告白
「日本はなんて?」
「こっちに届けてくれる言うとったよ。ついでに移動用の車のキーもな。」
ゴキゲンで戻ってきたスペインに布団の中からイギリスが声をかける。
「移動用の…車?」
布団を口元まで引き上げて目だけ出して聞く姿が可愛い。
思わず口元をほころばせながら、スペインはうなづいた。
「ここいらは徒歩で移動できひんし、公共の乗り物も不便やからな。
タクシー使うてもええんやけど、自分で運転した方が好きなとこへ行けるやん?」
「好きなとこって…言うほどこのあたり詳しいのか?」
イギリス自身は結構日本と親交が深かったので比較的日本の観光地も回ったが、それでも網羅しているわけではない。
信州は初めてではないが、蓼科近辺は初めてだ。
それほど詳しくはない。
イギリスですらそうなのだからスペインがそう詳しいはずもなかろうと思ったが、スペインの口からは思わずイギリスがぽか~んと呆けてしまうくらい意外な言葉が返ってきた。
「もちろんやでっ。親分ちゃんと調べて下見までしてきてん」
「はぁ???」
え?下見?下見ってなんだ?まさかこいつは会議場の下見に来たのか??
そんなイギリスの無言の問いに、スペインはやっぱり優しい笑みを浮かべてイギリスの頭を撫でながら言った。
「事前にイギリスと同室やって知って、どうせなら楽しませたろ思うてな。1週間ほど前に日本入りしてん。で、色々聞いて回って、自分の足で回ってみてん。会議後やからイギリスも疲れとるやろ思うて、ゆっくりできる場所も入れといて正解やったわ~。病み上がりに無理させたないしな。」
何?こいつ何言ってるんだ?俺はお前の可愛い子分じゃないんだぞ?
スペインの発言に軽いパニックを起こすイギリス。
そんなイギリスの動揺もスルーでスペインは楽しげに続ける。
「いわゆる観光地みたいな場所は明日行こうな~。
今日行ったらたぶんウルサイ髭やメタボが探しに来かねへんしな。
ま、なんか言われても親分が守ったるけど、体調悪い時に胸糞悪いこと言われても嫌やんな?
今日はまずあのアホどもが思いつかんあたりでゆっくりするで~。
明日やったら同じとこ探しにきぃひんやろし、イギリスの好きなティディベアの博物館でもオルゴール博物館でも、どこでも連れてったるで。」
本当に…訳がわからない。
もしかして夢なんだろうか?まさかの夢オチっ?!
こうして混乱が収まらないまま朝食に。
今回はさすがに食べさせるというのを辞退して、自分で食べる。
自分も食べながらも、イギリスが食べるのを楽しげにニコニコ見ているスペイン。
あまりに現実感がなさすぎる。
その後、おそらく大多数が各々観光に出かけた頃、スペインに連れられて宿を出た。
どこに行くかも知らされず、いきなり連れて行かれたのは山の中にある公共の温泉、◯文の湯。
「ここならあのアホどもも来ぃひんで~」
とイギリスの分の着替えも入ったカバンを手にさっさと中に入るスペイン。
まず靴を脱ぎ靴箱に入れ、入り口の自販で切符を買って受付に渡す。
その後どうやら食堂のような場所に。
足の短い机が並び、床に座るタイプのその場所は毛足の短い絨毯敷きで、気温が低く湿気が少ないため扇風機だけでも十分涼しく心地良い。
「おばちゃん、こんにちはぁ。例のアレ作ったって。俺らこれから風呂入ってくるから」
と、下見に来たのは本当らしい。
カウンターの向こうでどうやら料理を作っているらしい中年の女性に自販で買ったチケットを渡す。
「例のってなんだ?普通に蕎麦じゃないのか?」
スペインが買ったのは蕎麦のチケットだったのだが、わざわざ例のというからには何か違うのだろうか?
「あ~、自販にはない特別メニューやねん。自販で同じ値段のチケット買うて特別に頼むんや。何が出てくるかは風呂上がってからのお楽しみやで~。」
どうやら知る人ぞ知る系のメニューらしい。
地元民でもないただの外国人観光客の分際で、そんなものを知ることができるのは、やはり国境を超えたこの男のコミュ力の高さゆえか…。
「ということで風呂行くで~」
と、イギリスを引きずるようにして風呂へと向かうスペイン。
平日午前中の微妙な時間という事もあって、他に客はいない。二人きりだ。
スペインはそんなことも全く気にする様子もなく、さっさと脱いでそれをたたみもせずにロッカーにポイポイ放り込んでいる。
「どうしたん?気分でも悪いんか?」
全部脱ぎ終わってキョトンとした表情で振り返るスペイン。
下はタオルを巻いているものの、ほどよく筋肉のついた均整の取れた彫刻のような体が間近にあって、イギリスは何故か気恥ずかしくなって顔を反らした。
スペインの裸を見るのが恥ずかしいのか、自分のを見られるのが恥ずかしいのか自分でもよくわからないが、何か恥ずかしい。
しかし変に意識していると思われるのも恥ずかしいので、
「…なんでもない……」
と消え入りそうな声で言うと、自分も服を脱ぎ始めた。
それでも風呂に入って体を洗って、露天風呂に浸かってしまうとそんな気恥ずかしさも薄らいで、リラックスした気分になる。
少しぬるめに設定されたお湯と、高原の涼しい風が肌に気持ちいい。
「ああ…気持ちいいな……」
思わずそうつぶやくと、スペインは
「そうやろ?どっちにしてもイギリスはいつも働き過ぎでめちゃ疲れてそうやから、体壊す前にゆっくりできるとこ連れてきてやりたかってん。…ま、ちょっと間に合わんかったみたいやけどな」
と苦笑する。
「ほんま…無理したらあかんで?自分細っこいし心配やわ。」
そう言うスペインの目は嘘をいっているようには見えなかった。
意外にも…病人と認識される前から心配されていたらしい。
「別に…俺がいなくてもイギリス自体は連合王国だから兄さんたちの誰かが継ぐだろうし…EUに迷惑はかけねえよ。」
ああ、ここで心配してくれてありがとうとでも言っておけば、心証も良くなるのだろうに、なんで自分はこんな言い方しか出来ないんだ…。
せっかく少しは好意を持ってくれたらしいのに、また嫌われる……。
言った瞬間後悔してうつむくイギリスに、スペインが手を伸ばす。
「自分がイギリスっちゅう国から開放されたらええのにな…。」
涙が伝う頬に温かい手が触れた。
「スペイン?」
少し顔をあげるイギリスに、スペインは少し困ったような笑みを浮かべる。
「ほんまに自分がおらんくても誰も困らんのやったら俺が欲しいわ…。
ちっちゃい自分がフランスんとこおった頃からずっと欲しかってん。
フランスは単にイングランドっちゅう土地欲しかっただけみたいやけどな…。
俺が欲しかったんは土地や無くて自分やってん。
あの頃は弱肉強食で、自分の好き嫌い通しとったらお互い終わってまうから、利害ないもん欲しいなんて言えへんかったけどな…。
土地なんて要らんからちっちゃな自分連れ帰って、危ない事、辛い事、悲しい事とかぜ~んぶ遠ざけて、ただただ可愛がって暮らしたいって思うとった。
今こうしてEUっちゅう枠組みができて、欧州の間で殺す殺されるものうなって、スペインて国やのうて、ただのアントーニョっていう存在として動く事がある程度できるようになって、いまさら自分の事守って可愛がって暮らしたいって思うのは…ずるいか?」
真剣な視線に目をそらす事もできず、イギリスはただただスペインを凝視した。
あまりに予想外の展開に思考が付いて行かない。
硬直するイギリスに、スペインはまたフッと困ったような笑みを浮かべた。
「堪忍な。困らせるつもりやなかってん。もっとゆっくり…自分に俺の事とか知ってもらってからって思うとったんやけど…昨日のアレでちょっと焦ってもうた。言える時に言わへんかったら自分消えてまうんやないかって怖なってん。」
自分が誰かに愛される…大切なものと思われる…そんなことはあまりに非現実的すぎて、脳が処理しきれない。
ありえない…と思う。
「別にすぐ結論ださんでもええよ。
ただほんま体だけは大切にしたって?
おらんくなってもええなんて思わんとって?
フランスは土地欲しさに自分を騙したかもしれへんし、兄さん達は自分の力を恐れて疎ましく思うたかもしれへん。
どこぞの若造かて自分が大きくなるまで保護してくれる相手欲しかっただけで必要なくなったら切ったのかもしれへん。
みんなにとって自分はあの島国の土地の化身てだけやったかもしれへんけど、俺はほんまちゃうねん。
俺にとっては自分が…アーサーって言われてる自分て存在がおらんくなったら、土地なんていくらあっても意味ないねん。
国として融通なんてせんでもええ。むしろせんといて。
権力がおっきくなったかてちっちゃくなったかて関係ないわ。
ただ…自分のこの体と心だけ欲しいねん。せやからそれだけは大事にしたってな?」
スペインはさらにそれだけ言うと、笑って
「はい告白タイムは終わりや。今はこれでええから。休日を楽しんだって?」
と、硬直したままのイギリスの頭をポンポンと軽く叩いた。
それからスペインは今日回る場所の候補を話し始める。
「まずな~、部屋でも言うたけど、イギリスが気に入りそうな所やとティディベア博物館とかあるんやけど、昨日の夜嫌味言いそこねたどこぞの髭や若造が待ち構えてそうやから、今日はあかんとして…下の方に諏訪湖言う湖があるんやけど、そこのほとりに足湯言うて、足だけつける温泉があるんや。
湖眺めながら足だけつけてしゃべんのも楽しそうやし、その隣の間欠泉センター言う場所では自分の好きなゆで卵売っとるでっ。
あとは道路わたったとこにはタケヤ言う日本でも有名な味噌屋のショップがあって、その中では味噌汁も飲めるらしいわ。
もちろん湖やから遊覧船とかも出とるらしいけど、これも有名やからアホな奴らにみつかったら面倒やしな。
ガラスアートの北澤美術館とかも自分好きそうやけど、これも行きたいなら明日な。
逆に上の方行くなら霧ヶ峰とかもええし、女神湖の方へいくなら少し足伸ばして長門牧場まで行けば旨い自家製パン売っとるから、それ買うてかじりながらドライブもええな。」
「ホントに…よく調べてんな…」
ようやく我に返ったイギリスが思わずいうと、スペインはにかっと太陽のような笑顔を浮かべる。
「そりゃあ、俺めっちゃ楽しみにしててんもん。1000年やで?
初めて会うてからずっと独り占めしたい思うてた子をたった2日だけやけど独り占めできるんや。そりゃあちゃんと調べて楽しみたいやん。」
全く照れなく言うあたりが本当にこいつはラテン男だ…と、イギリスのほうが赤くなる。
それを湯あたりと勘違いしたらしいスペインに促されて風呂を上がると、着替えてさきほどの食堂へ行く。
そこで
「ちょっと待っとってな。」
と部屋を出ていくスペイン。
すぐ戻ってきたその手には2本の牛乳瓶。
「日本では風呂あがりに飲むらしいで~」
と一本をイギリスに手渡した。
イギリスがそれを受け取り、自分の分をテーブルに置くと、スペインは今度はカウンターへ。
「おばちゃん、できとる?」
と言うと、どうやら出来ていたらしく受け取ってきたのは変わった食べ物。
「これは……蕎麦?」
海苔巻きのようにも見えるが、どう見ても米の代わりに具を取り巻いているのは蕎麦である。
「ああ、蕎麦寿司言うらしいで。これならすすったりせんでもええし。食うてみ?」
スペインはそれを付属のタレに付けてあ~んと一つイギリスの口に放り込む。
「俺にはちょっと物足りん感じやけど、アーサーはこういうの好きやろ?」
一応他に人がいるので人名を使うスペイン。
確かにそれは蕎麦の香りに酢漬けのショウガの酸味がマッチしていて日本料理の好きなイギリス的にはとても美味しかったのだが、何故スペインが自分の好みまで熟知しているのだろう?と少し思う。
普段KYとか鈍感とか言われているくせに、いざエスコートをするとなると、実に至れり尽くせりなあたりが、ラテンの本気、恐るべしっ!である。
そのあと他の物も買ってきて昼食にして、食べ終わるとスペインはゴロンとその場に横になる。
「少し早いけど、シェスタにしよか~。ここ気持ちええやろ~」
というスペインだけでなく、確かにあちこちで地元の人間が寝転がっている。
「こういう時治安の良い日本はええわ~。寝ててもなあんもなくならんしな」
呑気に言うスペインにイギリスが戸惑っていると、
「アーサーも体調本調子やないんやから、のんびりしとき。なんなら観光は明日でもええし。」
と、ぽんぽんと自分の隣の床を叩いた。
お年寄りも多くのんびりした雰囲気に釣られて、ついついイギリスもスペインにならって横たわると、扇風機で回される高原の風が心地よく、思わず眠ってしまった。
それからかなり眠っていたらしい。
昼くらいに横になったはずなのだが、気づけば3時だった。
目を覚ますとスペインはもう起きていて、イギリスには上着がかけられていた。
「おはようさん。だいぶ顔色よおなってきたな。」
頬を柔らかく撫でる手に熱があがる。
「いつ起きたんだよ」
と、赤くなった顔をごまかすようにそういうと、スペインは
「ん~ついさっきやで。どないする?疲れてへんならちょお山降りてってオヤツにしよか~」
と、にこにこ聞いてくる。
オヤツ…の言葉に俄然目が覚めてくるイギリス。
返事はもうそのそわそわとした態度でわかったらしく、ほないこか~と、スペインは片手で荷物を持って、片手でイギリスの手を取って立ち上がらせた。
そのまま◯文の湯を出て山を下り、今度は高速インターのすぐ側、諏訪ステーションパークへ。
「ここやここっ!」
とスペインがイギリスの手を引っ張ってきたのは◯B屋という極々普通のコーヒーショップのようだった。
あれだけ綿密に調べてたわりに、今回は普通の店だな…と首をかしげつつも席につくイギリス。
スペインはイギリスに特に聞くこともなく、パフェとコーヒーを注文した。
「なんだよ、オヤツとか言ってお前は食わないのか?」
決してコーヒーを飲めないわけではないが好んで飲む習慣のないイギリスのためにわざわざコーヒーを注文しないであろうし、そうするとパフェをということだろう。
そう思ってイギリスが聞くと、
「いや、食うで~」
とスペインはニヤニヤと楽しげに笑う。
「?」
わけが分からず首をかしげるイギリスに、
「ま、ええから待っとき」
と言うスペイン。
「おまたせしました。」
と、やがてウェイトレスが持ってきた物を見て、イギリスは目を見開いた。
「なんだこれっ?!!」
スペインはクリームソーダパフェと注文していた。
確かにクリームソーダの上にアイスやらフルーツやらがてんこ盛りなわけだが、問題は……大きさだっ。
大きい、とにかく大きいっ。
どのくらい大きいかというと、おそらく容器の本来の目的はガラスの花瓶なのではないだろうか?
そんなとてつもなく大きな入れ物に入ったパフェは、とうてい一人で食べきれる量ではない。
「一緒に食おうな~」
と、言うスペイン。
おそらく複数で食べることを想定しているのだろう。
スプーンもストローもそれぞれ2本ついている。
カップルだとこれもいいのだろうが…男二人だとなかなか恥ずかしい…
イギリスがそう言うと、
「アーサーかわええから全然問題ないで」
と、スペインがいい笑顔で言った。
もしかして…こうやって食べたくてここに誘ったのか…と聞くと、当たり前やんと本当に何をいまさら聞いているのだ的な言い方で返事が返ってきて、イギリスを赤面させた。
ああ…これだからラテン男は…と恨めしげな目で睨んでみるが、にっこり幸せそうな笑顔を返されて、諦めて黙々とパフェをつつく。
コーヒーはパフェほどのインパクトはないが、それでもかなり多い量だ。
「寒くなったらこれ飲み?」
と、パフェだけで量的には十分なのにわざわざ取ったのは、体が冷えた時に温まるようにということらしい。
本当に…腹が立つほど至れり尽くせりである。
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