捕獲作戦 - 進行_1

狂気と愛情


(よぉ寝とるなぁ…発作起こして疲れたんやろな……)
食事を終えて寝支度を整えると、スペインはイギリスを起こさないようにソッと自分の布団をイギリスのそれに寄せる。

かすかに薄桃色に戻った柔らかなイギリスの頬をソッとつつくが、イギリスはそれにも目を覚ます事無く、むずかるように少し眉を寄せるのみだ。

すやすやと…しかし相変わらず身を丸くして眠るその様子は子どもの時から変わらない。
縋るように布団をつかむイギリスの手をゆっくりと開かせて、スペインは自分の浴衣の袖を握らせた。


不幸なままの子ども…。

誤解を恐れずに言うならば、スペインは不幸な子どもが大好きだった。
もちろんそれは子どもを不幸にしておくのが好きという事ではない。

むしろその逆だ。
加減なく思い切り愛情を注ぎ込みたい。それを幸せと感じて欲しい・

与えられる愛情を喜んで受け取り、失うまいと抱え込もうとする必死さ…それを持つのは持たざる不幸な子どもである。
だから不幸な子どもが好きなのだ。

当たり前に満たされた子どもは与えられる愛情の価値を認めないし、平気で踏みつけ、平気で手放す。
その良い例が子どもの頃からイギリスに守護されて愛されて育ったアメリカだ。

裏切って傷つけて…それでも相手からは当たり前に愛情が与えられると信じている。
愛情を与えられるのが奇跡のように幸せな事だとは思わない。
そういう持つモノの傲慢さがスペインは嫌いだった。


多くの国がそうであったように、かつてスペインもまた恵まれない不幸な子どもであった。
その頃のスペインの前に現れたのは偉大なるローマ帝国。

彼は平和と安寧をスペインに与え、子ども時代のスペインにとって彼は絶対的な愛情と信頼を向ける相手となった。

しかし、ローマ帝国は不幸な子どもに愛情と保護を与えてくれたが、スペインは彼にとって唯一ではなく、彼が保護する多くの子どもの中の一人だった。

それがある程度満たされたにも関わらずスペインに不足感を与え、ローマ帝国が消えた後もどこかその満たされない感を引きずらせた。

こうして中途半端に満たされた子どもは成長し、今度は与えられるよりも唯一絶対に成ることを求め始めた。


そんなスペインが小さなイギリスを一目見た時に感じたのは、ああ、この子どもだ…という確信だ。

愛情を与えられる事無く、傷つけられ、裏切られ、心のあちこちに深いひびを持った子ども。
そのひびが多ければ多いほど、深ければ深いほど、それを愛情で埋めてやった時の子どもの自分への執着は強くなる。

この渇望することも出来ず、ただ現実を諦めて遠い世界を羨むように夢見るような眼…。

この子どもこそが遠い日の自分の深い感情…それと同等か同等以上の執着を持って自分を唯一として縋ってくれる存在だと確信した。


スペインがかつてロマーノを溺愛したのも、そんな彼が醸し出す愛情に飢えたような雰囲気からくるところが大きかった。
しかし彼は幼い頃は祖父のローマ帝国の、そしてその後は双子の弟からの愛情を知って育っている。

純粋に唯一にすることは出来ない。

それを証明するように、成長して自分の手を離れ弟と暮らすようになると、ロマーノのスペインに対する依存はグン!と減った。

仲はいまだにとても良好だ。
お互い家族のような愛情は持っている。
だが、万が一自分に何かあったとしても、ロマーノは悲しむかもしれないが立ち直れるだろう。
決して壊れたりしない。

それでは足りない。それではダメなのだ。


自分がいなくなったらダメになる…そのくらいの相手じゃなければ自分も安心して全てを注げない。
全てを明け渡してしまうくらい、加減をしないで愛情を注ぎ込みたいのだ。
自分が唯一とする相手は、それを確実に受け入れられる器でなければ駄目だ。


愛情を知らない子ども……。

実兄は子どもの力を恐れ、憎んでいた。
隣国は…いずれ利用するために優しくするふりをした。
幼子は…自分が大きくなるまで餌をくれる相手なら誰でもよく、必要がなくなったら切り捨てた。
友人は…彼が特別なわけではなく、交友関係を持たねばならない沢山の相手のうちの一人だった。

子どもをただ純粋に、愛するために愛するのは自分一人だけだ。
それでいい…いや、そうでなければならない。

自分は子どもを唯一とする…だから子どもも自分を唯一とするのだ。

狂気と言うなら言えばいい。
お互いがそれを受け入れたなら、誰に非難される筋合いもない。


「自分をほんまに愛しとるのは…俺だけやで?」

スペインはサラリとイギリスの金色の髪を梳き上げると、チュっとリップ音を立ててその髪に口付け、すやすやと眠るイギリスの横に自分も身を横たえた。




0 件のコメント :

コメントを投稿