そこは花咲き匂う天の御国…ではなく、ピレネー山脈を越えた隣国のはずれだった。
最近景気が良いらしい幼馴染の所でとりあえず1年分くらいの食料をたかってみようかと思いついて、たどりついた森の木陰でスペインは信じられないモノを見た。
大きな木の根元で森の動物に守られるように眠っている白い塊。
背中には綺麗な白い羽が髪には金色に輝く輪っかが見える。
まだ見かけは少年のようなその天使は陶磁器のように真っ白で滑らかな白い肌をしていて、頬は淡い薔薇色。
頭上に浮いている天使の輪より若干落ち着いた綺麗な金糸の髪は、木漏れ日に照らされてキラキラ輝いていた。
かっわ可愛ええなぁ…こんな可愛ええ子初めて見たわ~。
天使様にもこんな可愛ええ天使様がおるんやなぁ…
スペインがニヘラ~っとこれが現代なら変質者として通報されそうな緩い笑みを浮かべてフラフラと近付くと、怪しい空気に怯えたのか動物達が一斉に逃げて行く。
その気配に異変を感じたのか、固く閉じていた天使の瞼がぱちりと開いた。
新緑色の澄んだ瞳にスペインの顔が映りこむ。
「……うっ…うわああああ~~~!!!!!」
一瞬の硬直のあと、まだ声変り前のボーイソプラノの悲鳴が森に響き渡った。
止める間もなく天使が文字通り裸足で逃げて行く。
「…あ……」
伸ばしたスペインの手が行き場を失って空をつかんだ。
「怯えられてもうた…」
スペインはしょぼんと肩を落とす。
可愛かったのに…とか、神様の使いなのに脅した形になってるんやないやろか、大丈夫なん?自分…とか、羽があるのになんで飛んで逃げへんかったんやろというツッコミまで、色々な考えが脳裏をぐるぐる回る。
「あ~あ…」
考えれば考えるほどがっかりで、がっかりと落とした視線の先には杖の先に星型の飾りのついた小さなステッキ。
「これ…天使様の落としモンやろか。」
スペインはそうつぶやきながらそれを拾い上げ、陽にかざす。
「届けたったら、喜んでくれはるかなぁ…」
と、懐にしまうと、スペインはよいしょっと脇に置いておいた荷物を再びかつぎあげた。
「あ~でも俺どこに届ければええか知らんやん。アホやなぁ」
と、自分で突っ込みをいれてみる。
ああでも…これを持っていたらもう一度くらいは会えるかもしれない。
天使が現れる場所と言えば…教会!
そうや、教会いっぱい増やしとかな。
それにはまず異教徒追い出さんとなっ。
やったるで~!
アントーニョはそう心の中で叫ぶと歩き始めた。
…自分の国の方向へ。
そう…彼はここまで来た当初の目的をすっかり忘れていたのだった。
それからスペインはまあ頑張った。
とにかく下手な鉄砲でも数撃ちゃあたるはず!
そう思ってとにかく異教徒を追い出して教会をたてまくるために戦った。
そんな国の心の高揚は国民の士気にも影響するのか、スペイン軍は破竹の勢いで勝利を重ね、ついに身体の半分を神の地として取り戻す事に成功した。
そして教会もたくさん建てる事ができたが、いまだに当たらない。
天使は来ない。
おかしいなぁ…と考え込んだスペインは、一つの結論にいたった。
そうや!あれはフランスんとこの天使様やん。
フランスに住んではるのかも!
天使は地上に住んでいるものなのか?とかそういう疑問は浮かばなかった。
とにかく頭は天使に会う事でいっぱいだった。
こうして出会いから十数年後、スペインは再びフランスを訪ねる事にした。
ついでに前回すっかり忘れていた食料一年分も分捕ってこようと決意をもこめて。
「お~い、スペイン、久しぶりだな~」
豊かで平和な国土を象徴するように、幼馴染フランスは美しく成長していた。
他の者なら魅了されるその人形のような美しさも、幼馴染のスペインには見慣れすぎていてなんの感慨も抱かせない。
せいぜい、その平和そのもので体調が絶好調らしい姿を見て、
(これ1年分なんてケチくさい事言わんと2年分言うてもいけるんやないやろか?)
と、思うにすぎない。
「ほんまやなぁ…ローマのおっちゃんがいなくなって以来か?」
「かなぁ?あれからお前大変だって聞いたけど、思ったより大丈夫そうじゃん?もっとボロボロかと思ったよ。」
そんな話題がでてきたところで、
「ここ十数年くらいで身体半分くらいは取り戻せたんやけど、ボロボロやで~、主にお財布のあたりがっ。フランス景気良さそうやん?ちょっと2~3年分くらいの食料分けてや」
と、スペインが切りだすと
「ま、立ち話もなんだし、続きは城の中でな。」
フランスは目線を泳がせ話をそらすようにそう言って、お~い!と声をかける。
その声に駆け寄ってきた人影に目を向けたスペインはその場に硬直した。
なんで?
背に翼もなければ頭上に金色の光の輪もない。
しかしその金糸の髪も白い肌も薔薇色の頬も…まぎれもなく十数年前に出会った天使のもので……
「こいつ、俺の召使のイングランドな。十数年前くらいに手に入れたんだけど…」
紹介するフランスの声も聞こえてない。
「天使様やん!!」
喜色満面でフランスを突き飛ばすと、スペインはぎゅ~っとイングランドを抱きしめた。
硬直するイングランドと、呆然とそれを見つめるフランス。
「お前口説くにしたって天使なんて台詞ベタ過ぎ。そもそもさ、よく見てみ?そんなちんちくりん口説いてどうするよ…目だいじょうぶ?」
そう言うフランスには回し蹴りを入れ、
「俺の部屋に荷物運んでお茶二つな~」
と言葉を残すと、スペインはかちんこちんに硬直したままのイングランドをよいしょっと抱きあげて、そのままいわゆるお姫様抱っこの形で運ぶ。
そう言えば…こいつこういう奴だったよ、昔から…。
スペインの空気を読まない周りをみないフリーダムさはローマ亡きあと苦労してきたとは思えないほど変わらない。
というか…調子に乗った時のスペインの勢いはローマのそれに匹敵すると秘かにフランスは恐怖する。
「ああ…蹴られたの顔じゃなくて良かった」
と、半分涙目でそうつぶやきながらフランスは起きあがると、別の使用人を呼んで荷物を運ばせ、お茶の用意を命じた。
そして要求を一通り満たしたフランスの脳裏には
(逃げちゃおうか…)
と、いう考えがよぎる。
何故かわからないがここ十数年のスペインは妙にイケイケだ。
ノッテいる時のスペインを敵に回すと怖い。
現在の国力など関係なく、下手をするとつぶされる。
自分は飽くまで愛と美の国。
漁夫の利だけのヘタレ野郎と罵られようと、戦争なんて野蛮な行為は苦手なのだ。
食料3年分くらいはまあそのみかじめ料と思えばやすいものだよね…などと、まるでヤのつく自由業の方に睨まれた少し裕福なだけの善良な一市民のような事を考えていたフランスは、それでも思い出してしまった。
今そのヤのつく自由業の方も真っ青な男に拉致されているであろう、人みしりのチビ助の存在を。
海を越えた隣の島国からほんの十数年前に家来にして連れてきた野性児は、きかん気が強い割に突発事項に弱い小心者で…いまごろビクブルしているだろう。
なんであんなもんをスペインが気にいったのかはわからないが、このままではお持ち帰り決定な気がする。
フランス個人としてはそれでも構わないのだが、というか、綺麗な服を着せれば汚すし破くし、フランスが主人と言う事をまったく気にしてない様子でえらそうだし懐かないし…うん…厄介払いできていいかも…とひどい事を考えたフランスは、チビ助を自国に連れ帰った要因を思い出した。
このままじゃ野生に帰ってしまう野性児をなんとか国として格好がつくように躾けて返せ…と、なんだか怖いチビ助の兄貴が無茶な注文してきたのが原因だったような?
…チビ助は知らないわけなんだけど…。
チビ助は良いとしてもスコットランドは怖いよね…あいつ変な呪いとか使うし…。
確か言う事きかないと、俺の美しい三日月眉をイングランドみたいなぶっといゲジ眉にするとか言ってたっけ…そんな事になったら美の国としての看板をもう下ろさないといけないからって思って涙を飲んで引き受けたんだっけ…
あれ?なんだか大国のはずなのにあちこちから脅されてない?俺って…。
なんだか可哀想じゃない?
と、フランスは綺麗なレースのハンカチを目に当てた。
一方その頃のイングランドは絶体絶命な場面に追いつめられている気がしていた。
目の前にいるニコニコ人の良い笑顔を浮かべている男には見覚えがあった。
あれは確かこちらに来たばかりの頃に、やたらと人を野生児扱いするフランスに腹が立って一発魔法をかけてやろうと思ったのだが、あいにくとステッキが壊れていたので森の妖精さんに直してもらいに行った時の事だ。
魔法を使う時の正装、ブリタニアエンジェルの恰好で森に入り、杖を直してもらってる間に少しだけ…と、動物達と昼寝をしていたイングランドが動物達が怯える気配に目を覚ましたら、ほんの目の前に血走った目をした男がいて、自分を凝視していたのだ。
その時はあまりの恐怖に悲鳴をあげて逃げ切って、その日の残り半日をベッドの中で震えて泣きながら過ごしていたら、勘違いしたフランスがさっきは言いすぎた、と、マドレーヌを持ってきてくれたんだった。
その日から2日だけはフランスの事が好きになったな、確か。
2日後にはまた喧嘩してむかつく奴に戻ったけど…
そして今、自分を天使と呼ぶと言う事はこの男は前回の出会いを覚えていて、あの時のブリ天が自分だと認識しているのだろう。
やばい……。
何がやばいって?
フランスが言ってた。
『スペインはね、馬鹿みたいに神様信仰してる奴なんだ。
今その信仰のために異教徒を追い出そうと戦ってるらしいんだけどさ、俺みたいに優雅じゃないんだよな。暴力的で容赦ないところあるっていうか野蛮なとこあるっていうか?』
確かにいかにも弱そうななまっちろいフランスと違って、肌なんかこんがりと日焼けをしてて、ムキムキではないもののかなり筋肉がついた身体をしている。
そして…信仰心てことは…もしかして俺の事、神様冒涜した格好してた奴って怒ってる?
笑顔だけど怒ってる?
フランスだってよく笑顔で怒ってるし…大陸の連中の感情は読めない。わからない。
あれは魔法使う時の正装なんだって言って許してもらえるかな?
いや、でも狂信者って怖いって言うし……
ちきしょ~フランス助けに来いよ~!普段偉そうに上から目線で主人づらしてんだから、今すぐ助けに来いっ!!
と、のちのどこかのヘタレクルン兄のような事を思いながら震えているイングランドの様子に気づかず、スペインはご機嫌だ。
「なあ、自分うちに来ぃへん?俺自分の為にい~っぱい教会作ったったんやで。」
とのスペインの言葉にイングランドは震えあがった。
これは…教会懺悔の旅を勧められているのか?そうなのか?
恐怖のために涙が出た。
「…無理……」
ああ、もう何が無理なのかって全てが無理。
プライドも何もこの瞬間の恐怖の前に消えうせてイングランドは嗚咽をもらした。
「無理?なんで?」
その様子にスペインが顔色を変えるのが怖い。
フランス、お前の方がまだ怖くないだけいいや…。
ここにいてやることにする…と、イングランドは心の中でそうつぶやく。
そして
「どうして無理なん?」
と詰め寄るスペインに思わず言った言葉…
「俺もうフランスの物だから…無理」
す~っと氷点下まで下がる空気。
ヒッとイングランドは息を飲んだ。
そしてその時、ガチャリとタイミング良くなのか悪くなのか開くドア。
その向こうには様子を見に来たフランスが……
「こっの腐れ外道がぁあああ!!!!天使様に何しとんじゃ~われぇ~~っ!!!!!」
状況も飲みこめないまま廊下の向こうに吹っ飛ばされた。
「ええかっ?!そのうち俺はどんな手を使っても世界の覇者になったる!そしたら真っ先に自分の手から天使様救出したるからなっ!覚悟しときっ!!!」
ビシっと叫んでそのまま出て行くスペイン。
嵐の後の廊下…
「……フランス?…大丈夫…か?」
とりあえず自分が助かったらしい事にホッとしてフランスの様子を見に来るイングランド。
「…チビすけ…お前…あいつに何言ったんだ……」
自慢の顔を腫れあがらせながら呆然とした目で言ったフランスは、イングランドの返答を聞く事もなくそのまま気を失った。
そして…それから300年ほどのち、勘違いした勢いのまま、スペインは世界の覇者に上り詰めた。
こうしてフランスの悲劇は続くのだった。
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