やっぱりイケメンに限る_2

いつか私のイケメンが…


Some day My Prince will come.(いつか私の王子様が迎えに来る)

世の少女たちが一度は夢見るシンデレラストーリー。
この王子は当たり前だが絶対にイケメンだ。
キラキラしいイケメン王子が白い馬か美しい馬車に乗って迎えに来るから絵になるのだ。

そしてそんなイケメンに迎えに来られるヒロインだって美少女と相場は決まっている。

恵まれない環境に置かれている、きらきらふわふわな長い髪と華奢な手足に柔らかい身体、そして夢見るように美しくも優しい顔立ちの少女であるべきなのだ。

そう、決してボサボサのくすんだ髪にガチガチの固い身体の冴えない男ではありえない。
たぶんそれが敗因だったのだ……



イケメン、アントーニョとの二回目のデートの翌日のことである。
アントーニョはその日は1年の時からやっている事業の関係で大学の講義を取らずに空けていて、極々普通の大学生のアーサーは当たり前に講義だった。

アントーニョと付き合う事にしてから初めて、メアリと一緒の講義。

アーサーが開始5分ほど前に行くと彼女はもう来ていて、無視しようもない勢いでアーサーを呼びながら手を振ってくる。

彼女が自分を恋愛対象として見ていると知る前は、彼女のこの行動がとても頼もしくも嬉しかった。

自宅でも1人で学校でもほとんど友人と言えるような友人はいない。
そんなアーサーが1人ではないと感じさせてくれるのは、唯一、特別なレベルでの親しみを持って接してきてくれる彼女のこの態度だけだったのだ。

それだけに自分が応えられないような想いを彼女が持っていると知った時、罪悪感も失望感もかなり感じた。

彼女が離れて行ってしまったら自分は完全に1人だ。
でも特別な相手としてしまうには、どうしても違う感がぬぐえない。

そうして結局それとなく恋愛という方向では諦めてもらえないかと色々やってみたがダメで今に至るわけで、これまでは完全に決裂するしかないという結果を先延ばしするように、ダラダラと中途半端に距離を取っていたが、今日はアーサーも一つの決意の元に彼女の方に踏み出している。

「モーニン、メアリ」
と、普段なら駆け寄ってくる彼女に引きずられるようにその隣に座らせられるアーサーだが、そんな風に自分から当たり前のように隣に座るのに、メアリは自分で呼んでおいてポカンと呆ける。

「モーニン、アーサー。今日は何かあったの?」
「ああ、ちょっと…。この講義のあと、少し話があるんだ、いいか?」
「ええっもちろんっ!!」

妙にテンション高く答えるメアリーの様子に、これは勘違いされてるな…とは思うものの教授が来て講義も始まり、それ以上言及する暇がない。
アーサーはやっぱりここ最近感じ続けていた罪悪感を胸に講義に集中する努力を始めた。

そうして無事教授が講義の終わりを告げ、礼もロクにすまないうちに、メアリーはガタっと立ち上がって待ちきれないようにアーサーの腕を引っ張って教室を出る。

「ちょ、メアリ、挨拶がっ」
「乙女にはそんなものより大事な物があるのよっ!!」
と、そのテンションに先ほどの不安がまた持ちあがった。
これは絶対に勘違いされている。

申し訳なくて泣きそうになった。
それでも…今日は言うのだ。
頑張れ、自分っ!
人のいない講義室に二人でこっそりはいる。
開き放たれたドアを自分達がいる後ろ側だけ閉めた。

「それで?」
と、講義室の椅子にポスン!と勢いよく座り、機嫌良くアーサーを見あげるメアリ。
その視線の明るい強さに、アーサーはぎゅっと手を握って視線をそらせた。

「…ごめん……いるんだ……」
「は?」
「…ずっと言えなかったんだけど…付き合ってる相手いる……」
「えええっっ?!!!!」

シン…とした講義室に響き渡るメアリの絶叫。
ガタっと椅子から立ち上がり、両手で強く腕を掴まれて引き寄せられた。

「うそっ!アーサーそんな様子なかったじゃないっ!!あたしずっとアーサーと一緒にいたから嘘言ってもわかるわよっ?!」
まあそう言われるのは想定の範囲内で…そう言われた時の答えは用意してある。

「でも…トーニョと約束あったのは知らなかっただろ?」
「そ、それは…でも女の子とデートしてたらさすがに気づくよっ!」
「……だから…だよ」
「…??」
「俺がつきあってるの…トーニョだから」
「はああ??」

視線が痛い。
見る見る間に機嫌が降下していくのがわかる。
ぴりぴりと張り詰めた空気。

「うそ…」
「…ほんと。だから言えなかった」
「ありえないっ!男同士とかマジ気持ち悪いっ!アーサーもあの人も異常だよっ!!」

吐き捨てるように叫ばれて、アーサーは泣きそうになった。
自分は仕方ない。
でもアントーニョはそんな風に言われないといけない人間ではない。

「俺は異常かもしれないけど…トーニョは俺が可哀想な人間だから付き合ってくれてる良い人なんだ。異常じゃないっ」
泣きそう…を通り越して、弱いと自覚のある涙腺が決壊する。

アントーニョはあんなに優しくて良い人なのだ。
それが自分のせいで落とされるのは嫌だった。

しかしそんなアーサーの態度が余計にメアリを硬化させたらしい。

「異常よっ!!二人ともおかしいっ!!変態っ!!!」
と叫んでそれ以上アーサーに反論させる間も与えず、メアリは教室から出て行ってしまった。

アーサーはその場に残されて、ただ子どものように泣きじゃくる。

自分のせいでアントーニョに迷惑をかけたら…アントーニョが他の人間から悪く言われるようになったらどうしよう…。

メアリにはアントーニョの事を言うべきではなかったのかもしれない…
と、今更のように自分の行動が軽率だったために事態が悪化したように思われて、アーサーはひどく不安に駆られた。

自宅に戻っても不安は続く。
どうしたらいいのか本当にわからない。

暗い部屋で一人膝を抱えて昼間の事を思い起こしていると、世界中が自分を責めている気がしてくる。

こんな時に相談出来る相手なんて誰もいない。

1人ぼっちというのは今まで当たり前で寂しくはあったが耐えられないモノではないはずだったのが、こうして困った事が起こって初めて、それが耐えられないほど恐ろしい事に感じた。

多数が必ずしも正しいとは限らないが、メアリは人気者で友達も多くいる。
そのメアリが悪だと言えば、周りも無条件に悪だと思うのではないだろうか…。


どうしよう…アントーニョまで巻き込んだ。
どうしよう…どうしよう…

そんな風に不安に押しつぶされそうになりながら家で膝を抱えていると、ふいに振動する携帯。
番号を見るとアントーニョで…巻き込んだ事で怒られるなら早く怒られて早く終わりにしてしまいたいと、アーサーは震える手で携帯を手に取った。


――オーラ、親分やで。

電話で音声だけなのに、ぱぁっと空気が明るくなるような声。
1人ぼっちで空気に押しつぶされそうになっていた体内に、新鮮な空気が流れ込んでくる気がした。

『今日は全然会えんかったから、親分すっかりアーティ不足で、声だけでも聞きたなってん』
などと言われれば、心がすぅっと軽くなる。

ああ…自分は世界中に嫌われているわけではない。
そんな安堵で泣きそうになった。

しかしそれも一瞬。
言葉の出ないアーサーに、電話の向こうからいぶかしげに問いが投げかけられる。

『アーティ?どないしてん?なんかあったん?』

と、その問いにアーサーは凍りついた。
そうだった…自分は今日やらかしてしまっていたのだ……

怒られる……

そう思いながらも隠しておくのも辛くて、アーサーはおそるおそる今日、メアリにアントーニョと付き合っているから付き合えないと告げた話をする。

話しているうちに蘇るやりとり…
嫌悪に満ちたメアリの声…

自分が言った事実は伝えられても、そんなメアリの反応を伝えようと思うと怖くて言葉が詰まる。

怒られるのも仕方ない…そう思っていたはずなのに、怒って嫌悪されて離れて行かれるのは辛い、悲しいのを通り越して、怖い。

ヒックヒックと堪えようとしてもシャクリがあがる。

――アーティ…大丈夫やで?
と、そんなアーサーの様子に、電話の向こうからは穏やかな声がかけられた。
本当にホッとするような優しい声。

――何があったん?親分に話したって?
でも…話したらきっと嫌われる…

――な、親分アーティが悲しい思いしとるん辛いんや。なんでも助けたるよ?
でも今日の事を言ったら、俺の事嫌になるだろ…

――何があっても親分はアーティの事愛しとるし、アーティの味方やで?
まるで心の声が届いているように続いて紡がれる言葉…

「…ほんと…に?」

そこでとうとう声に出したその問いに、電話の向こうでアーサーのヒーローであるイケメンは力強く肯定した。

『もちろんや。どんなことでも親分にまかせとき』
と、その言葉は、アーサーが今まで聞いたどの言葉よりも温かく頼もしかった。




『なんや、そんなことかっ』

メアリに言われた事、アントーニョの事までおかしいと言われた事をおそるおそるアーサーが話すと、返ってきたのは少し笑いを含んだ言葉だった。

不快に思われる…と思っていたのだが、電話の向こうからは不快感どころか、甘く慈しみに溢れた声音で、アーティは可愛えなぁ、などと言う言葉すら返ってくる。

別に自分は可愛くはないし、それはまあ良いのだが、とりあえず今回の事でアントーニョが自分に対して不快感を覚えていない事に、アーサーはホッとした。

さらに自分なんかがアントーニョと付き合っているなんて事を言ったから…との言葉には
『そんなん言うの当たり前やん。
親分なんか周り中にあの子は俺の恋人やから手ぇ出さんとってや~って言いまくっとるで?』
などと信じられない言葉が返って来て、アーサーは1人真っ赤になる。

「手なんか…頼まれたって出す奴いないし……」
と、思わず言うと、電話の向こうからはことのほか真剣な声音で
『何言っとるんっ。アーティは親分が夢中になるくらいや。
世界でいっちゃん可愛えよ?』
と返って来て、うあぁぁ~~とアーサーはプスプスと湯気が出そうな勢いで沸騰する。

もうさきほどまでの不安もふっとび、くすぐったいような、笑いだしたくなるような、そんな感覚が身体を包んだ。

イケメンはすごいっ
と、アーサーはアントーニョと付き合い始めてもう何度思ったかわからない事をまた思う。

不安や恐怖、暗い感情はイケメンの明るい光の中ではあっという間に消されてしまう。

「…トーニョ、ありがとう」
と、すっかり浮上して言うと、返ってくるのはやっぱり優しい声。
『どういたしまして。
アーティは親分の大事な大事な恋人なんやから、困った事、悲しい事、何でも相談したってや?
絶対にどんなもんからも守ったるし、助けたるからな?
そもそも今回の事は、もともと付き合おう言うたんは親分の方やし、アーティが気にせなあかん事なんてなんもないんやで?』

いやいやそれでもアントーニョはイケメンで…王子様になるには十分な資格がある。
彼が白馬に乗って迎えにきたら、どんなお姫様だって喜んでついて行くだろう。

そう考えるとやっぱり不似合いで問題なのは自分の方なのだ…。
それでもアントーニョはちゃんと自分をまるで素敵な相手役のように扱ってくれる。
優しい。
つまらない相手でも態度を変えたりしないのが、心の奥底からイケメンだと常々感心をする。


今だっておそらく本当は忙しかったのだろう。
アーサーの気分が浮上したら、『ほな、ちょっと親分連絡取らんとあかんとこがあるから、いったん切るな~。また電話するから』と言って電話を切ったのだが、そんな風にやらなければならない事を後回しにしてまで、アーサーの様子を気にしてくれる。

そんな優しいアントーニョに対して自分はどうだ。
忙しいのがわかったのだから、自分のことなど気にしないで放っておいて良いと言うべきなのだが、どうしても言えない。

それならそれで、
1人は寂しかった…構ってくれて嬉しい…
くらい言えばまだ可愛げもあるものの、それさえも言えず、何も返す事無くただアントーニョの好意に甘えるばかりだ。

そんな自分が嫌いすぎてため息が出る。
ぷつりと通話が切れたスマホを手にしたまま、アーサーは再び部屋の片隅で膝を抱えた。

アントーニョと電話でつながっている間はあんなに軽かった気持ちが再び沈み込んでいく。
メアリを怒らせた今、アントーニョに見限られたらアーサーは本当に一人ぼっちだ。
それがすごく寂しく、そして…怖い。

明かりをつける気力もないまま声もなく涙を零し続けてどのくらいたったのだろうか…

ふいに携帯が鳴る。
さきほどまたかけると言ってくれていた…アントーニョだ…
そう思うと、心に再びぽぉっと灯りがともった気がした。

「…もしもし……」
手の甲で涙をぬぐって電話に出ると、電話の向こうで小さく苦笑する気配がする。
そしていつもの優しい声

――泣いとったん?可哀想に。でもこすったらあかんよ?赤くなってまうからな?
と、その言葉にびっくりした。
何故わかるんだろう。
アントーニョは本当に何でもお見通しだ。

アーサーが何をしているかも、
そして…アーサーがどうして欲しいかも……

だから
――親分な、今そっちに向かっとるんやけど……
と続いたアントーニョの言葉にアーサーは驚かなかった。
少し申し訳ないな…とは思ったが、それ以上に嬉しい…と思う。

言いたい事はいっぱいで、言わなければと思う事もいっぱいだったが、色々いっぱいすぎて出て来たのはたった一言
――気をつけて…

それでもアントーニョが電話の向こうで
――おおきにっ
と笑ってくれたから、それはアーサーにしては珍しく正しい選択だったのだと思えた。




それから10分強ほど。
玄関のベルが鳴る。

そう言えば…来てくれるのは嬉しいけど、理由はなんだっけ?
などと思いつつもアーサーは抱きしめていたティディをソッとクッションの上に座らせると、急いでドアに飛びついた。

カチャリと即鍵を外してドアをあけると、ドアの向こうには綺麗な笑顔。
少し笑みを堪えるように眉を寄せたアントーニョが、
「ちゃんと相手を確認してからドア開けなあかんよ?」
と、ツンとアーサーの額を軽く突いてくる。

そんな仕草もカッコ良くて
「…こんな時間に来るのトーニョくらいだ……」
と、顔が赤くなるのをごまかすようにクルリと反転して口を尖らせると、
「わからへんよ~。アーティ、こんなに可愛えんやし、悪い奴が攫いに来たのかもしれへん」
と、がお~と後ろからふざけて抱きつきつつ、アントーニョは中に入ってドアを閉めた。


とにかく来てくれた事が嬉しい。
1人ではなくなった事にホッとする。

「今、お茶いれるなっ」
と、抱きしめるアントーニョの手を外そうとしたアーサーを、アントーニョはさらに強く抱きしめ直す。

そして
「トーニョ?」
と振り向こうとするアーサーの耳元に、甘い声が滑り込んできた。

――それより、うちへおいで

ひぃぃ~!
いきなり吹き込まれたイケメンボイスに、腰が抜けた。
…といっても…しっかりとアントーニョに抱きこまれているので、倒れたりはしないのだが…。

「耳元やめろっ!くすぐったいからっ!!」
と、もう真っ赤な顔を隠すのも忘れて手で耳をふさいで涙目で見あげると、いたずら成功!とばかりにクスクスと楽しげに笑うイケメン。
そう、イケメンがイケボでやるからこんなに甘い。カッコいい。

「堪忍~。明日講義は?あるんやったらその支度と着替えだけ用意したってな?」
と、もう決定事項のように言うのが少し癪で、
「まだ行くとは言ってない」
と、むすっとした顔を作って見せると、なんとこのイケメン、ずるい事に
「親分、来る前にチュロス揚げる準備してきてん。
シナモンまぶしてもチョコに浸して食うてもめっちゃ美味いんやで?」
などと、まるで夕食も食べずにいたアーサーの空腹さえも見抜いてでもいるような魅力的すぎる条件を出して来るではないか。

食べた事はないが見た事はある。
揚げたてのチュロスにたっぷりのチョコレート。
そんな食欲をそそる画像が脳内にいっぱいになった時点で、もう意地を張る気なんてなくなってしまう。

「行くっ!」
と脊髄反射で言うと、拘束していた腕がパッとほどかれた。

「急がんでもええから、講義関係は忘れんようにな」
と、まるで保護者のように言われるのも相手によっては腹の立つところだが、アントーニョだから心地よい。

腕の中から解き放たれて、アーサーは部屋の奥へと駆け込んで、大きめのバッグに着替えと教科書を詰め込んで、最後にクッションの上に座っている友人にチラリと視線を送る。

さすがに彼も一緒に…というのは恥ずかしいなと、まあ部屋の棚や椅子、あちこちに隠しようもないほど置かれたティディを見られているので今更なのだが、そんな事を思うと、アントーニョは長い手を伸ばしてその一番大きなティディを抱き上げ

「全員は無理やから、この子だけでも一緒に来てもらおか」
と、まるで連れて行くのが当たり前のように言ってくれた。

「うん!」

ああ、からかわないどころかわかってくれる。
その事にアーサーは感動する。

そしてアーサーが大きく頷くと、アントーニョは
「ほな、行こか。忘れ物ないね?」
と、アーサーの荷物を持ってくれた。



こうして一日ぶりのイケメンのオシャレマンション。

他のオシャレ空間は本当に落ち着かないのだが、ここは好きだ。
オシャレだけどどこか優しく温かい空気がある。

「荷物はあとで運ぶさかい、手ぇ洗ってソファで待っといて」
とアントーニョは荷物をリビングのソファ横に置くと当たり前にエプロンをつけてキッチンへと向かうのでアーサーは手を洗ってソファで待機する。

先日と同様ソファの横にはマガジンラックと棚があって雑誌や本が並んでいるが、アーサー的には遠目からでもここからカウンターキッチンの向こうで料理をするアントーニョを眺めているのが好きだ。

自分以外に人の居る空間…
それがとても心地良い。

まあそれもアントーニョ…イケメンに限る、のかもしれないが…

すぐ漂ってくる油の匂い。
ふらふらと待ち切れずにキッチンに行くと、アントーニョが振り返らずに笑う。

「あと5分で出来るから大人しく待っとき」
と言われて、それでもそわそわとうろついていると、小さく苦笑。

「そこにシナモンシュガー振ったのやったらあるから、それ食べてええよ」
と許可が出たので、いそいそと茶色がかった砂糖のかかったチュロスにかぶりついた。

温かくて甘くてそれは幸せな味だ。
お腹も口も舌も歓声をあげている気がする。

飢えた心と体に染みわたるようなそれに夢中になっていると、目の前に置かれるのはチョコレートの入ったマグ。

「これに浸して食うても美味いんやで」
と言われて、砂糖のかかっていないチュロスをそれに浸して口に運ぶと、シナモンシュガーとはまた違った美味しさ幸せが口いっぱいに広がった。

そして甘い甘いチュロスをお腹いっぱい食べて満足すると、歯を磨いてシャワーを浴びている間に荷物が寝室に運ばれている。

昨日来た時は足を伸ばす事はなかった螺旋階段。
それをのぼるとそれも広い寝室がある。

備え付けのクロゼットと驚くほど大きなベッド。
その横には小さなテーブルと椅子が一つ。

「家には悪友達くらいしかいれた事ないし、あいつらは隣が自分の部屋やさかい、泊まっていくゲストおれへんかったから、ベッドは一つしかないねんけど、大人3人くらいは余裕で寝れる広さあるから一緒でええよね?」
と言われてコクコク頷く。
3人どころかつめれば4,5人寝れそうだ。

アントーニョと自分二人くらいなら…ああティディも入る場所が…と思っていると、
「これならアーティの友達も一緒でも全然平気やしな」
と、アントーニョはこれも言う前に察してティディをベッドの奥へと寝かせてくれる。

本当に…何から何までアントーニョはわかってくれて、アーサーの世界を否定しない。
度量が大きく懐が深くて温かい。

だから本来はパーソナルスペースが非常に広いアーサーだが、アントーニョに抱き枕みたいに抱え込まれても全く緊張しないのだ。

――おやすみ、アーティ。明日はきっと良え日やで…
ゆっくりと髪をなでつけながら語られる優しい言葉…

今日一日の緊張と悲しみがその光の塊のような音と感触にふんわりと溶けて行く。
気づけば無意識に笑みを浮かべながら、アーサーは心地よい人肌に包まれて、眠りの世界へとおちていった。


Before <<<


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