スペインが作った離乳食を美味しそうに食べる赤ん坊。
顔は何故か眉毛以外はイギリスにそっくりなのに、きゃらきゃらとよく笑う。
こうやって笑うとかわええのに…と、スペインはチラリとそれを赤ん坊の隣で眺めているイギリスに目をやる。
――え?…笑っとるやん……
目は泣き続けたせいで真っ赤で、寝てないのか心持ちやつれて目の下に隈まで作ってはいるが、確かに慈しむような優しい柔らかい笑みを赤ん坊に向けているイギリスは思いがけず可愛らしい。
ああ…こんな顔もできるんやなぁ……
感心していて手が止まっていたらしい、
「ぱ~ぁ、まんま~ぁ」
と、ちっちゃな手がスペインの手をぺちぺちと叩く。
「ああ、堪忍な~。」
手足をバタバタさせて膨れるその様子は、こちらはまるでイギリスのようで、スペインはふはっっと吹き出した。
「自分、なんやそうやってふくれとるとイギリスにそっくりやん。」
スペインが言うと、イギリスはてっきり怒るか嫌味の一つでも言ってくるかとおもいきや、
「…悪かったな……ばかぁ……」
と、真っ赤になって俯いて、ギュッと赤ん坊を抱きしめる。
なん?なんなん?その反応…。
自分そんなキャラやったっけ?
まるで初めての育児に寝不足の可愛らしい幼い母親のようやで?
と、言いかけて、スペインは首を振った。
可愛らしってなんや、可愛らしって…。
ああ…でも…可愛らしなぁ……
お腹がいっぱいになって眠くなったらしい赤ん坊を抱いてゆっくり背中をなでてやるその姿は、優しく心温まる光景だ。
「…スペイン……」
ついでに大人の食事も作って交互に赤ん坊を抱いて食べたあと、食器を洗っているスペインの後ろ姿にイギリスが声をかけてきた。
「なん?」
洗い物の手を休めること無くスペインがそう聞くと、イギリスは小さな小さな声でつぶやく。
「…死んじゃうかと思ったんだ……。
俺…何もわかんなくて……。
ちゃんと分量通りに作ったのに……ずっと泣いてるし……。
病気かと思って……怖くて……死んじゃったらどうしようとか思って……。
……お前が来てくれて良かった……………その……ありがと……」
ツルっと手の中の皿が滑って、スペインは慌ててもう片方の手でそれを受け止めた。
その最後の一枚をチャッチャと洗ってしまうと、エプロンで手を拭きながらダイニングに戻って、イギリスの頭を撫でた。
そして、つんつんとさぞや固いのだろうと思っていた髪の思いがけない柔らかさに驚く。
「頑張ったな。よお一人で頑張った。もう一人で頑張らんでもええで。
親分が一緒に育てたるからな。」
なんでそんな事を言ってしまったのかわからない。
気づいたらそう口走っていたが、まあいいか…と、思った。
そこで予想に反して皮肉の一つも言わず、ホッとしたような目でポロポロ涙をこぼすイギリスがありえないほど可愛らしかったからかもしれない。
「赤ん坊は親分が見とってやるから、自分ちょっと休み?
昨日寝てへんのやろ?」
当たり前にチュッとイギリスの額にキスをして、赤ん坊をその手から取り上げる。
そして赤ん坊を片手で抱き直すと、イギリスの腕を取って寝室へとうながした。
「なあ…自分どこの子なん?イギリスによお似とるけど…」
ベッドで眠るイギリスの足元で、スペインは指先で子どもをあやしながら話しかける。
「ぱぁぱ…だぁ……」
赤ん坊はゆっくりと動かすスペインの指をきゃっきゃ笑いながら追いかけて、掴ませてやるとはむはむとほとんど歯のない口でかみかみする。
「くすぐったぁ……ははっ……食われへんって!自分ほんま食い意地はっとるな」
スペインは笑って赤ん坊を抱き上げた。
「ほんまかわええなぁ。自分もイギリスもめっちゃかわええ。
なんや親分若い嫁さんもろうた父親みたいな気分やわ。」
スペインがそう言った瞬間…ポフン!と目の前に煙が広がった。
「な、なんやっ?!イギリスっ?無事かっ?!!」
スペインはしっかりと赤ん坊を抱え直すと、慌てて窓を開け、煙を追い出してベッドに駆け寄る。
「……んぅ?」
「へ?」
煙が消えたベッドの上にはサラサラの長い髪の女の子。
白い華奢な手で目をこすりこすり身体を起こすと、男物のシャツがズルリと細い肩からずり落ちる。
KYと言われて大抵の事には動じないスペインもさすがに硬直した。
「…あれ…スペイン……どうしたんだ?」
コクンと首をかしげると、金色の髪がサラリと肩からこぼれ落ちた。
「いや…どうしたって……自分こそどないしはったん?」
と、思わず言葉が丁寧になるスペインに、イギリスは不思議そうにあたりを見回し、次に自分の手、身体を見ていきなり
「やったっ!!!成功だっ!!!!」
とこぶしを握りしめて叫ぶ。
「いやいやいやいや、何が成功なん?自分何したいん?
親分ぜんっぜん状況についていけへんのやけど……」
ありえない…いくら不思議国家といえどありえないと思う。
というか、もうこれは夢なんじゃないだろうか…と、鈍感王として名高いスペインに思わせる事ができるのは世界広しと言えどもそうは多くないだろう。
「あのなっ、アリスがずっとミルク飲んでくれなくて、調べてみたら哺乳瓶の乳首のゴム臭いのが嫌な赤ん坊もいるっていうから…」
「いや…哺乳瓶の乳首より哺乳瓶の中身が嫌やったんやと思うで?」
というスペインのツッコミは当然無視される。
「母乳だったら飲んでくれるかと思って、女になろうと思ったんだっ!!」
プハっとスペインは床に突っ伏した。
もちろん赤ん坊はすでにベッドに戻し済みだ。
「自分…アホちゃうっ?!」
「なんだよっ!名案じゃないかっ!!」
「あのなぁ……赤ん坊産まんと母乳出えへんやん……」
「……あっ………」
「…親分…昔、こんなアホの子に騙されたん?」
スペインはガックリと肩を落とした。
「そもそも…なんで今頃なん?」
「えっと……難しい魔法だったから…なんだか時間差で効いたとか?」
「効いたとか?はええけど、いつ戻れるん?」
そうスペインが尋ねたとたん、イギリスの顔からさ~っと血の気が引いた。
「……わからんの?」
「…い、いや……だって……アリスが死んじゃうとか思って必死だったし……」
「あかんわ、この子……」
スペインは額に手をやって空を仰いだ。
「だ…だって……」
ジワリと大きな瞳から涙がこぼれ落ちかけた時、スペインが唐突に言う。
「行くで。とりあえず短パンか何かはいとき。靴はしゃあないからサンダルか何かないん?」
「え?」
「買い物っ!アリスの服とかオムツとか…自分の服も必要やろっ。
親分が車運転したるからさっさと支度しいやっ」
そう言ってスペインは赤ん坊を抱き上げて、イギリスに視線を向けたままクローゼットを指さした。
「…う……仕方ないから着替えてやるっ」
プイッと赤くなった顔を隠すようにイギリスがそっぽをむくと、スペインは
「はいはい。頼むわ。その色っぽい格好で外出られたら買い物にならへんわ。」
と、は~っと大きく息を吐き出した。
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