ドラマで始まり終わるはずだった恋の話_3

バーチャル生活


アーサーは実にアントーニョを楽しませてくれる相手だった。

なにしろ幼い頃から不遇な境遇で、好意や善意に慣れていない。
何かしてやるたびいちいち驚いて、おそるおそるそれを享受、そして…本人は気付かれていないと思っているのだろうか…こっそりとすごく嬉しそうな顔をしているのが、とても可愛い。

人慣れない子猫か何かが少しずつ慣れて懐いてくるような、そんなわくわくする感覚。

アントーニョに比べれば一回り小柄で華奢な体格も、すっぽりと腕の中に抱え込んでしまえて心地良い。

それでいて絶対に自分から踏み込んでは来ないので、アントーニョのプライベートややりたいペースを乱される事がないのがさらに素晴らしいと思う。

元々世話を焼くのが好きなので、朝食の準備をして起こして食べさせ、その日に着て行く服を選んでやり、ぴょんぴょんと寝癖がついたままの、見かけに寄らず柔らかい、猫の毛のような手触りの髪を整えてやる。

おいで、と、呼べばおずおずと手の中に入り込んでくるし、どこに行くのにも連れて行く。

アントーニョが今回の映画の役作りのために日常的にアーサーを恋人扱いしている事は業界では有名な事なので、現場でも楽屋でも連れまわしてベタベタと世話を焼いていても誰も気にしない。

常に芸能人として自重を求められてきた身としては、非常に楽しい。
女は面倒だから要らないがこんな子どもは欲しいなぁなどと、そんな日常の中で思う。
ペットでも良いのだが、いかんせん仕事上ロケも多いし、動物は世話をし切れない可能性もある。

大抵の同僚はそうした時にはペットホテルに預ければ良いと言うが、それが嫌なのだ。
自分の…と思えば、他に世話をさせたくない。
自分だけのものでいて欲しい。
だからそういう時に1人で留守番していられるものでないと困る。

結果、この年まで特定の相手を作るでもなくペットを飼うでもなく1人で生きて来たわけなのだが、初めて誰かと常に共に生活するのがこんなに楽しいとは思わなかった。


料理番組も担当していた事があるので自然と得意になった料理だって、これまでは仕事以外でふるまう相手など悪友達くらいしかいなかったが、今では毎日可愛い同居人のために腕をふるっている。

それを幸せそうに頬張る顔の可愛らしい事。
童顔ずるいわ、汚いわ、とアントーニョはそれを眺めながら内心悶え回る。

そんな状態だったから、最初の心配とは裏腹に、撮影の時も特に意識しないでも相手を愛おしいと思う演技が出来た。
だって恋人は可愛い。
親分のこの子はそこらのえげつない女優達よりよっぽど可愛えんやでっと、アーサーの身体を抱え込み後ろからその金色の小さな頭に頬ずりしながら思う。

迷子にならないように名前と住所入りの首輪をつけたいという衝動にしばしば駆られるくらいには、アーサーはアントーニョのお気に入りになった。


まあ…今はまだ暮らし始めて間がなくて慣れていないせいでアントーニョのやりたい事を全て受け入れてくれるわけで、慣れてきて要望とかを口にして自分を出して来るようになったら煩わしくなるのかもしれないが、そのあたりは期間限定。
そうなる前に関係は解消されるのだから問題はない。

Xデーは2月初旬。
二人が一緒に撮る最後のシーンの撮影が終わったら、アントーニョはマンションを出て行く事にしている。
なんでもあと少し続けたいなと思ううちにやめるのが、物事を楽しむコツである。

もちろん出て行く直前の瞬間まで楽しむつもりでいるから、そのタイミングはアーサーには伝えていない。

その代わり用意したマンションはその後も使っておいてもらって構わないし、家賃はアントーニョの口座から引き落とす事になっている。
1年近く楽しませてもらっているのだから、そのくらいは問題ない。


こんな風に同居は全て順調だった。


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