始まり
それは不運な事の多いアーサーの人生の中では類を見ない幸運な出来事であったと言える。
なんと人気俳優アントーニョ・ヘルナンデス・カリエドの主演する映画の相手役として大抜擢をされたのだ。
もっともそれはゲイである主人公の相手役ということで、当然ながらゲイの役だったのだが…。
しかし新米俳優からすれば、例えそれがゲイという役柄だったとしても大抜擢だ。
本当に空から降ってわいたような幸運だったのである。
それからは怒涛だった。
初顔合わせ。
ほとんどテレビでしか見た事がないような雲の上の大物俳優がすぐ目の前にいる。
某女性雑誌でここ数年ほど毎回『抱かれたい男』のNo1に輝いているイケメン俳優、アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド。
少し癖のある茶色がかった黒髪に日に焼けた褐色の肌。
綺麗な形の眉に彫りの深い整った顔立ち。
生き生きとしたエメラルド色の瞳は笑うと少し垂れ目がちになって、それが親しみ深さを増している。
ムキムキではないものの、しっかり筋肉のついた肢体は見かけだけではなく、しばしば力技やアクションなどのシーンでも、スタントを使わずやれるくらいの運動神経の良さらしい。
どうやっても筋肉もぜい肉もつかない上に童顔なため、23歳にもなるのに未だミドルティーンに間違われかねないアーサーとしては羨ましい限りである。
そんなキラキラしい大俳優に対面してまず言われたのは、なんと
「アーサー、自分同性との恋愛経験ある?」
である。
あるわけない…。
いや、大多数の人間はないだろう。
もしかしてアントーニョはあるのだろうか?
確かに男から見ても魅力的な人物だとは思うし、俳優としてのキャリアも長く、人生経験もかなり色々積んでそうではある。
(これ…あるって答えなかったら、この役降ろされるのか?)
そんな不安が頭をよぎる。
何度も言うが今回の役はこれと言った実績のない新米俳優にとっては大抜擢でありチャンスなのだ。
降ろされたくはない。
…が、あると嘘をついてもすぐばれるだろう。
「……ないです。」
と仕方なしに覚悟を決めて正直に答えると、しかしそれを答えた時のアーサーの気持ちの重苦しさとは対照的に、アントーニョはフハッと笑って
「まあ、せやなぁ?親分もないわぁ」
と、実に軽い調子で言うので、力が抜けた。
小さく安堵の息をつくアーサー。
しかし次の瞬間、それが単なる世間話ではなかった事を知らされることとなる。
「せやったら…役作りのため研究せなあかんね。
よしっ!今日から俺ら一緒に住んで恋人同士になるで」
へ???
「家は…マンション借りようか。
すぐ手配するわ。
家具も一緒に用意させるから、アーサーは身一つで来てくれればええわ」
もう意見や考えなど言う暇もなく、どんどん決まっていく予定。
相手が大物俳優だけに事務所の側もアーサーの意見などはなから聞く気はない。
そんな感じでアーサーとアントーニョの同居生活は非常に慌ただしくも突然に始まったのである。
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