ドラマで始まり終わる恋の話Verギルアサ_4_流れゆく音2

夏休みが開けて撮影がまた始まる。

場所のせいなのだろうか…それとも付いていけないアーサーのためにギルベルトが加減してくれているのか?
意外に普通に終わったキスシーン。

続くベッドシーンはさすがに続くNG。
それでも、とにかくギルベルトに触れて、ギルベルトから触れられているのが恥ずかしくて、泣いて泣いて泣いているうちに、何故か終わっていた。
自分でもどうしてOKが出たのかわからないが、藪をつついて蛇を出したくはない。

終わったあと、ギルベルトがすごく難しいと言うか厳しい表情をしていたのも気にはなるが、これ以上は無理だ。
他のシーンで頑張ろうと決意する。

そうしているうちに時は過ぎ、クリスマス。
街にはCPが溢れるのだろう。
一応アーサー達も映画の役作りとは言えCPなのだが、男同士で街中でそんな風にふるまう勇気はない。
無理だ…。
それを求められたらどうしよう…と思っていたら、自宅で手作りのクリスマスをしようとのギルベルトの提案。
飾りが最低限しかないツリーを買って来て、好きな飾りを追加。
その飾りにはなんとクリスマス用にラッピングされたお菓子も含まれる。

「クリスマスまでに少しずつ食って、ツリーしまう頃には片付ける物が減ってたら合理的だし、次年度も楽しいだろ?」
にこやかにそう言うギルベルトは天才だと思った。

甘いお菓子なんてそんなに好きなだけ食べられるような生活をしてこなかったアーサーにはこのツリー自体がクリスマスのプレゼントだ。

市販の物だけじゃない。
2,3日前にはギルベルトが作った生地をアーサーがクリスマス用の可愛い型で型抜きをしたクリスマス用のクッキーを焼いて、それも小さな袋に入れてツリーに吊るす。

「ケセセ、2人の最初の共同作業だぜっ!」
などとバラエティに出演している時のように少しおどけた感じで笑ってそういうギルベルト。

そんな合間に、それもギルベルトの提案で2人とも手作りにすると決めたプレゼントの制作にもいそしんだ。

もし普通にプレゼントをと言われても、大スターであるギルベルトが買えないような物でアーサーが贈れる物など皆無だと思うので、この提案にも大いにホッとした。

アーサーが用意したのは普通の厚手の黒いエプロンに、ギルベルトが好きならしくよく身に付けている小鳥さんの柄を刺繍した物。

ギルベルトからは手作りのクマのヌイグルミをもらった。
銀色の毛並みに紅い目のヌイグルミ。
まるでギルベルトのようだ…と言ったら、

――そのつもりで作ったんだぜ。まあいつも側で守ってやるつもりではいるけど、いねえ時の俺様の代わりの護衛係な?
と、アーサーとクマの頭を交互に撫でる。

どうやら以前街中でアーサーが話した、父親に似ているから寂しい時に代わりに一緒にいてもらうのだと言った子どもの話を覚えていたらしい。



嬉しい…でも悲しさが押し寄せた。
自分達はあの親子とは違うのだ。

映画のための仮初の恋人生活は3月から来年の2月末まで。
確実に見えている終わり。
アーサーがギルベルトの不在を感じるのは一時的な物ではなく、その後、死ぬまでずっとなのだ。
一日一日確実に減って行ったツリーの菓子のように、2人の時間は減って行く。

――来年はどんな菓子を飾るかな

クリスマスの翌日。
残った菓子を2人で食べてしまってツリーを片付けながら笑いかけてくるギルベルト。

彼にはきっと来年があるのだろう。
その時に隣にいるのがアーサーではないだけで、同じようにツリーに菓子を飾って楽しむに違いない。

でも……
アーサーに“来年”の菓子はない。

きっと今回の仕事で少しだけ潤った分はこの先に備えて貯金して、ツリーを飾る事無く自室にいる事すらなく、自給が少しだけあがるので寒さに震えながらも、クリスマスにはしゃぐカップルや家族連れにケーキでも売っているのだと思う。

これが最後のクリスマス。
仮初でも温かく幸せな家族のクリスマスの思い出として心のアルバムに閉まって悲しい時に何度も見返す事になるのだろう。

そう思うと悲しくて切なくて、でもそんなそぶりを少しでも見せるとギルベルトが心配をする。
心配をして慰めてくれるその一つ一つがまた悲しい思い出となって残るのが辛くて、アーサーはそれは別々の寝室に戻って布団を被って声を押し殺して泣いた。

皮肉な事に…そんなアーサーを慰めてくれるのは、自分がいない時のためにとギルベルトが贈ってくれた銀色の毛並みのクマのヌイグルミであった。



どんなに愛おしく優しい時を惜しんでも、時間は容赦なく流れて行く。

そしてとうとう2月…
ギルベルトとアーサーが2人で撮影に臨む事になる場面は10日が最後で、あとはギルベルトのみのシーンになる。

そして…アーサーはこの日をXdayと決めた。
2月10日…ギルベルトには告げず、こっそりマンションを出て行くのだ。



朝はギルベルトが部屋まで起こしに来るので、その時までは部屋には一切手をつけない。
聡いギルベルトに気付かれる。

動き出すのは起こしに来たギルベルトがダイニングに戻ってから。
最初にここに来た時に持参した小さなボストンに元々持って来た本当にわずかな私物を詰め、それは目につかぬように部屋の隅へ。
普段は帰ってから慌てて整えるベッドも綺麗にメイキングし、軽く床に掃除機をかける。
あとは…帰って来てから。


撮影は順調に終わり、アーサーはその後は撮影がないのでスタッフに挨拶をして回る。
その間もまるで護衛でもするようにすぐ後方にいるギルベルト。
そんな距離感にも1年間ですっかり慣れた。
むしろ1人でいると違和感があるくらいだ。

この日はこのあと食事に行きたいと前々からギルベルトには言ってある。
だから支度を終えるとギルベルトの車に乗り込んだ。

――アルトが自分から何かしたいって珍しいよな。

食事の話をした時にギルベルトは随分と嬉しそうに笑っていた。
いつでも彼がアーサーが彼に馴染んで気楽に物を頼んだり甘えたりすることを望んでいたのは知っている。
でも同時にアーサーはそれが期間限定のもので、それに慣れて当たり前になってしまったら失くした時に辛いのは自分だと知っていたので、最後まで彼に無条件に甘えると言う事ができなかった。

これが一生に一度の機会、最初で最後のチャンスと思っていても、どうしてもできなかったのだ。

そんな中でただ一度、彼に頼んだ我儘が、別れの準備のためのものというのが、自分の不幸気質すぎて泣けてくる。

「…アルト?大丈夫か?気分でも悪いのか?」

どうしても悪くなる顔色に気付いたギルベルトが心配そうにそう言って顔を覗き込んできた。

「確かに今日はアルトの最後の撮影だけど、撮影自体はまだ続くし、気分が悪いなら食事は後日にするか?」
支えるように腰に手を回してそういうギルベルトにアーサーは慌てて首を横に振った。

後日なんてとんでもない。
前々から決意していたのだ。
ここで崩れたらもう自分で色々進められる気がしない。

だからアーサーは
「大丈夫。ただ…撮影期間が長かったから、終わって少し感傷的になってただけ」
と、無理に笑って見せた。


ずっと行ってみたかったのだ…と言って連れて行ってもらったのはマンションから1時間ほどの場所にあるイタリアンレストラン。
たぶん…美味しいのであろう料理の味はわからない。
ただ目の前で食事をしているギルを脳裏に焼き付けるように見つめ続けたら、さすがに異変に気付いたのだろう。

「アルト?本当に体調悪いんじゃねえのか?」
と額に伸びてくる手。

「熱はないみてえだけど…病院行くか?」
という声は慈しみに満ちている。

ああ、まだ恋人役は続いているんだな…と、その事に泣きそうになった。
人生の中で唯一他人に必要とされ愛されている時間。
…たとえそれが仕事上の偽りの物だとしても……
本当にこれきり。
これが最後なのだと思うと、途中で中断などできるはずもない。

アーサーは泣きながら
「…少し頭が痛い…だけ。
でも食べたいから…まだ帰りたくない」
と首を横に振る。

「ここの料理そんなに好きならまた連れて来てやるよ。
無理しねえで今日は帰ろうぜ?」
「嫌だ……」
個室なのを良い事に駄々っ子のように言うアーサーに困った顔のギルベルト。

でも滅多に自分を通すことのないアーサーの初めてくらいの強固な態度に諦めたらしい。
小さく息を吐き出すと
「我慢できなくなったらすぐ言えよ?」
と念押しをすると食事を続けた。

こうして微妙な空気の中で終えた食事。
「なあ…本当に病院行かなくて良いのか?」
と、マンションへと向かいながら聞いてくるギルベルトに、これも頑なに家に帰りたいのだと主張する。
するとギルベルトは最終的に、いつもそうであるようにアーサーの希望を優先してくれるのだ。

車で移動する事、1時間。
外は雨が降っていた。

だからいつもより少しだけ緊張した面持ちで運転するギルベルト。
端正な顔。
整い過ぎたその容姿はそうしていると少し冷たい印象を与えるが、笑うととたんに温かく優しい顔になる事をアーサーは知っていた。
そんな表情をする時のギルベルトがアーサーは大好きだった。
もちろん笑顔でなくてもギルベルトが優しい事もまた知っているのだけれど…。

だからアーサーは運転するギルベルトの横顔も脳裏に焼き付ける。
この1年間当たり前に見ていた光景。
それを目にするのも今日が最後だと思うと熱いものがこみ上げて来そうになるが、今泣くわけにはいかない。
ギルベルトに怪しまれる…という事もあるが、なによりもう時間がないのだ。
1分1秒でも長く愛情を与えてくれる相手の姿というものを目に焼き付けておきたい。

もういっそのことずっとマンションに辿りつかなければ良いのに…
そんな事を思ったが、こんな時に限って渋滞にすらひっかからず、実にスムーズに自宅マンション近くの見慣れた風景が目に入ってきた。

そろそろ…か…

――…あっ……
アーサーは小さな声をあげた。

――アルト?どうした?
と、チラリと横目でこちらを窺ってくるギルベルトに、
――…なんでも…ない…
慌てたように首を横に振りつつ、しかし言葉とは裏腹になんでもある風を装って唇を噛みしめて俯いて見せる。

一世一代の演技だ。
ひっかかってくれるだろうか?くれないと困るのだが……
そう思っていると、す~っと車線変更をして、静かに道路の端に完全に停まる車。

――なんでもなくないよな?どうしたんだ?
案の定聞いてくるギルベルト。
それに内心ホッとしながらも、アーサーはまた俯いたまま首を振った。

「本当に…たいしたことじゃないんだ…」
「…アルトにとってたいしたことじゃなくてもいい。
アルトがそんな顔してる事自体が俺様にとってたいしたことだから、教えてくれ」

クシャクシャといつものように頭を撫でる手。
アーサーを許容しているのだと雄弁に語る動作。
この1年間ですっかり慣らされてしまったそれ…

「財布…店に忘れたんだ」
「それ、たいしたことじゃなくねえよな?」
アーサーの告白に呆れたように目を見開くギルベルト。
「一応カード会社とかに連絡してカード止めておいた方が…」
「カードとか持ってないし…お金も小銭しか入ってないから…それはいいんだけど…」
携帯を取り出すギルを見あげて言うと、ギルはいったん手を止め
「けど?」
と聞き返してきた。

「…お守りが入ってる…。
いつもはずっと身に付けてたんだけど、最近は撮影があるからずっと財布にいれておいて、撮影が終わったからつけておこうと思ってレストルーム行った時に財布出して、ちょっと他の事に気を取られて出してつけるの忘れて財布ごと置きっぱなしにしちゃったみたいで…」

そう言ってまた俯くと、ギルベルトは電話をかけだした。
店に聞いているらしい。
そして通話を終えるとエンジンをかける。

「良かったな。まだあったって。取りに行くぞ」
「…良かった…けど……ごめん…無理だ」
「……??」
「頭痛い…」
「アルト??」

驚いて振り向くギルベルト。

「ずっと痛かったんだけど…」
「…言えよ……」
「…うん…でも……楽しみだったから」
「…お前なぁ……」

はぁ~とため息をついて少し考え込むギルベルトにアーサーは言う。

「家に頭痛薬あるから…」
「……お守りってことは…あまり身辺から離したくないもんなんだよな?」
「…うん……」
「アルト、2時間ほどマンションに1人でも大丈夫か?」
「…薬飲んで寝てるだけだから……」
「よしっ!家に帰るぞ」
と、ギルベルトはハンドルに持たれていた身を起こした。

「俺様はアルトをマンションに送ってから店に財布取りに戻る。
アルトはマンションで薬飲んで寝てろ。
で、どうしても辛くて我慢できなくなったら電話くれ。
俺様はすぐは戻れないけど、20分以内にはマンションにつける悪友を寄越すから、病院へ連れてってもらえ」

片道1時間、往復2時間の道のり。
それを取りに戻ってくれるくらいにギルベルトは優しい。
そんな優しさを分かっていて計画をたてたのだが、実際そうしてくれると言われるとやっぱり心が痛んだ。

「…ごめん……」
と言った時に申し訳なくて涙が出たのは演技じゃない。
それに対してさえ、
「気にすんな。それより気分悪くなったら無理すんなよ?
すぐ電話寄越せよ?」
と、頭が痛いと言ったからだろう。
いつもよりも優しく、ソッと頭を撫でてきた。

本当に最後まで完璧に優しい。
悲しくて切なくて温かい…。
マンションで降ろされてギルベルトの車を見送ったアーサーは、この瞬間、呼吸を止めてしまえれば幸せなのかもしれないとすら思った。
それでもアーサーは呼吸を止める事無くマンションへと戻って行く。
最後の幕を閉めるために……


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