ドラマで始まり終わる恋の話Verギルアサ_3_俺様とアルトの幸せな生活1

今日の朝食はパンケーキだ。
色々施行錯誤した上で出来たギルベルト特製のふわふわのパンケーキ。
ポイントは卵の白身をメレンゲ状態になるまで泡立てて粉と混ぜる事。
普通よりも数段手間はかかるが、これで本当にふわっふわのパンケーキが出来るのだ。

いつものように4時半起きで走り込みと鍛練を終えてシャワーを浴び、エプロンを身に付けてキッチンに立つと、ギルベルトは鼻歌交じりに白身を泡だてていく。
母親がいない家庭で忙しい仕事の合間を縫って守り育て面倒を見て来た弟が独り立ちしてからは1人だった事もあって凝った物を作る事もなくなっていたが、元々料理は嫌いではない。
久々に面倒の見甲斐のありそうな同居人を得たので、なおさらである。

アーサー・カークランド20歳。

元々マメで兄気質で世話好きなギルベルトが彼と会ったのは今回主演する事になった映画の相手役を決める公募のオーディションでのことだ。

子役時代から様々な役柄を演じて来たギルベルトだったが、今回の役は未だ演じた事のないゲイの役。

正直…ギルベルト自身は男を恋愛対象に見た事はない。
だが役の幅を広げるために、演じた事のないタイプの役は進んで受ける事にしていたので、この役も受けることにした。

主役は実年齢と同じ27歳の探偵で19歳の同性の恋人がいるという設定だ。
やるからには完璧に演じたいため、相手役は役柄年齢とプラスマイナス1歳の範囲と言う事で18~20歳で公募。

本当はどんな相手が来ても演じきれなければならないのだが、今回は今までにない同性の恋人役と言う事でギルベルト自身も100%絶対完璧にとは言いきれなかった事もあり、原作のイメージを壊さない範囲で、しかし最低限、自分が恋人役として扱えそうな相手をと思い、オーディションに同席する事にした。

最終オーディションに残ったのは100人。
それを10人ずつ面接し、1人に決める。

それで半数と会った感想…
――無理…とは絶対に言えねえけど、やっぱ男相手だと苦戦するよなぁ…

元々役割分担ははっきりしたい人間だ。
だから何のパートナーにせよ、自分と似たタイプよりは真逆くらいの方がやりやすい。
もちろん恋人にもそれは言える事で…自分と同じ事をやる人間なら2人は要らない。
自分は物理的に手を動かしたいし力もあるので肉体労働もしてくれなくて良い。
つまりは…異性なら女性らしい守ってやりたいようなタイプが好みだ。

そう言う意味で言えば、原作の通りの主人公の相手役は性別を気にしなければ好きなタイプである。
一生懸命なのに不器用で危なっかしく…そしてひたむきだ。
支えてやりたい、守ってやりたいと思わせる何かがある。
まあ主人公がやはりゲイと言う事を除けばわりあいと自分に似たタイプなので、そういう人間が好むタイプと言う事ではよく書けているのだろう。

だが実際相手役のような性格の人間は当然ながら自信満々にオーディションを受けにきたりはしない。
目の前にいる応募者達は皆一様に非常に上手に自己アピールをしていく。
もちろん役の人柄と実際の人柄と違うのは当然で、普通の作品ならうまく演じられれば全く問題はない。

しかし今回はダメだ。
今来ている相手役候補には申し訳ないのだが、ギルベルト自身が演技に入るために極力役の人柄に近そうなタイプが欲しい。

そう思って延々と面接をするが、該当者なし。
さてどうしようと思い始めた時だった。

一応18歳からとなっているのに、やけに幼げな青年。
…ミドルティーンじゃねえの?
…この台本ラブシーンとかあるけど、親の許可とか大丈夫なのかよ?
と、ギルベルトが思わず心配になってしまった候補者が1人。

居並ぶ面接者どころか他の応募者にもどこか怯えたような委縮したような様子で、それでも逃げるわけにもいかないので精いっぱい頑張ってますという風情の泣きそうな顔でその場に立っていた。

ぎゅっと握りしめたこぶし。
大きな丸い瞳は緊張しすぎて見開いたまま、小さな唇を噛みしめている様子に、思わず駆け寄って、大丈夫、大丈夫だから、と、頭を撫でてやりたくなった。

右手がわきわきする。
順番は5番目。
4番目までの候補者の話など何も頭に入っていなかった。

そしてとうとう青年の番。

今までの候補者とは反応が違うだろうなとは思ったが、いきなり
――お時間を取らせて申し訳ありませんでした。
と、かまされたのにはさすがのギルベルトも驚いた。

え?え?何?
“申し訳ありません”じゃなくて“申し訳ありませんでした”??
過去形?終わってる?終わってるのか?
ひどく焦った。
淡々と候補者達の自己アピールを流し聞きをしていて半ば止まっていたギルベルトの時間が一気に動き出す。

――それは…辞退してえってこと?
それは困る。
断固として阻止したい。

結局その焦りが決め手となった。

他の反対を押し切って即契約の流れに入ってとりあえず合法的に逃げ道を塞がせてもらったあと、役に入り込むためにと物理的に逃げられないように住まいを用意して同居に持ち込むなど、本当に自分らしくない、むしろペドと称される悪友の1人のような強引さで青年を確保するという荒業を使って、相手役を決定。
撮影に入る事にあいなったのである。

こうして確保した青年はアーサー・カークランド、20歳。
成人はしているはずなのに、広い額と大きな目、それにまだ成長しきっていない少年のように細い体格のせいだろうか…とてもそうは見えない。
本当に弟のルートがミドルティーンの頃の方が体格が良かったくらいだ。

自分はペドと揶揄される幼馴染の悪友と違って少年趣味はないはずなのだが、どうにも目が離せない。
いや、でも相手は幼く見えても20歳なのだからセーフだろう、うん、セーフ、セーフだ。
…と、自分で自分に言い訳しながら、日々楽しく世話を焼いている。




オーディションが行われたのはちょうど桜が固い蕾をつけ始めた初春。

ということで、アーサーと契約を結んだのもその季節で、ついでに言うなら表向きは役柄に慣れるため、実は物理的に相手に逃げられないため――普通ならあり得ないことだが、アーサーにはどこかそんな風に急に消えてしまいそうな雰囲気があったのだ――同居する事にしたのもその季節だ。

そのためにギルベルトは川沿いに伸びる遊歩道を見下ろす住宅街の一角にあるマンションを借りることにした。
広めの2LDKで寝室のみ別であとは共有。
何もないガランとした部屋に即必要な家具を運ばせておいた新居まで、アーサーが持って来た小さなボストンバッグを左手に、右手はその恋人役の手を握りながら、たくさんの桜の木が植えられた遊歩道をゆっくり歩いてマンションに着くと、まずエントランスでアーサーがポカンと口を開けて固まった。

小鳥の雛のようで可愛い…と、まず思ったものの、次に可愛らしい顔に不似合いな太い眉がへにゃんと困ったように八の字になったため何か気に入らないのかと思って聞いたら、困り果てて泣きそうな顔で
――こんな高級そうなマンションの家賃…半額でも払えないです。ごめんなさい。
と言う。

あー悪い!俺様が悪かった!!
と、抱きしめたくなった。
というか、抱きしめた。

「あのな、俺様が役作りのために借りてるから、家賃はもちろんかかる費用は全部俺様持ちな?
アルトは俺様が役を作るのに付き合ってもらえればいいから」

ギルベルト的には元々当たり前に思っていた事をそう伝えても、申し訳なさそうにうなだれる。
ギルベルトの周りは皆、幼い頃からずっと第一線で活躍していて、当然収入もそれなりなギルベルトが支払いをする事に何の疑問も感じていない。
だから一般人の相手役と暮らすという時点で、全部自分が費用を負担すると言う事はギルベルトの脳内では呼吸をするのと同じくらい当たり前の事だったので、相手が半分費用を出すとしたら…などという事はすっぽりと頭から抜け落ちていた。

しかしそれは自分の常識である。

可哀想にずいぶんと委縮してしまっている相手を前にギルベルトは少し後悔をしながらも、エントランスで立ち話もなんなので中に入り、エレベータに乗る。

そのまま借りている8階で降りてドアの前。
鍵を開けて中に入るとチャリンとアーサーの手の上に合い鍵のキーホルダーを落とした。
それは映画の中で主人公が恋人に渡したのと同じキーホルダー。
わざわざ同じ物を用意したのだ。

手に落とされたものに視線をやりながら、二度パチパチと瞬きをするアーサーに
「これな、映画の中のと同じキーホルダー。
ちょっと今回の生活始めるにあたって話してえから、リビングのソファに座っててくれ」
と言うと、室内に促し、自分はあらかじめ必要なものを準備しておいたキッチンへとむかった。


そうしてコーヒーのカップを手にリビングへ向かうと、大きすぎるソファにちんまりと座っている青年。
その様子さえすでに可愛らしく見える。

「熱いから気をつけろよ?」
と、その前にコーヒーの入った大きなマグカップを置いてやると、アーサーはチラリと中に視線を向けて、わずかに戸惑った表情を見せた。

普通なら気付かないくらいの表情の変化。
しかしギルベルトはそういう事によく気がつく方だ。

「もしかして…コーヒー苦手だったか?」
と聞くと、アーサーは気づかれた事に焦ったようにブンブンと首を横に振って
「いえ、ありがとうございます」
と、慌ててカップに手を伸ばした。

…あ~、緊張されてんなぁ…
と内心苦笑するギルベルト。

まあ今の状況を考えれば当然だろう。
知らない人間…しかも売れっ子俳優といきなり同居となれば緊張しない方がおかしい。

「とりあえずな、俺様実は今回の役も完璧に演じ切りてえんだけど、今ひとつ自信ねえんだわ」

自分もアーサーの正面のソファに座るとギルベルトは説明を始めた。

「俺様これまで色んな役こなしてきたんだけど、ゲイの役は初めてだし、同性を恋愛対象として見た事もねえ。
職業としてならデータである程度情報を補足して演じる事もできんだけど、恋愛感情ってのはやっぱり実感伴ってないと難しいしな。
幸い主人公の考え方とか行動性には多々共感できる事が多いんで、原作に近い雰囲気の相手役を相手にしたら心理描写もあるんである程度心情を掴みやすいかなってのがあって、今回アルトを選ばせてもらった。
でも原作にある心理描写だけじゃ圧倒的に情報不足だからな、一緒に暮らしてみて少し主人公の疑似体験出来たらと思って、今回お前さんに付き合ってもらう事にしたんだ。
だからこの生活は本当に俺様の側の演技上の都合だし、必要なもんは一切俺様が用意するからアルトは普通にそこにいてくれればいい。
そこに恋人がいる時にどう思うか、どうしたくなるかってのは、俺様が勝手に感じて理解して行く事だから、仕事の時以外は本当に自由に生活してもらって構わねえし、必要なもんだけじゃなくて、快適に過ごすために欲しいモンとかあったら遠慮なく言ってくれ。
食事も原作と同様に俺様が作るから、食えないもんとかも教えてくれな?」

全て自分の側の都合で、相手には付き合ってもらっている。
そんな立場的な強弱をはっきりすることで少しでも気を楽にしてもらえれば…と思ったのだが、それでも恐縮するアーサー。

もうこれは自分に慣れてもらって、気の置けない相手と認識できるようになってもらうしかない。

…よし!思い切り甘やかすぞ!!
実は無条件に甘やかすと言うのはあまり得意ではないのだが、相手に努力を強いるなら自分も倍努力すべき。
そう思ってギルベルトは新生活を始める事にした。



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