壮絶に理解した……
ラテン系の悪友2人と違って本来は甘い言葉を吐くのも無条件にベタベタとするのもゲルマン系のギルベルトには荷が重い。
そんな自分とどこか似ているこの映画の主人公はとにかく恋人を甘やかす。
先回りして危険を取り除き、強い日差しや冷たい風に当てるのさえ避けるのではないかというくらいの勢いである。
そこまで気を回してどうする…と、たいていは頷ける主人公の行動性にそこだけは疑問が残ったギルベルトだったが、アーサーと暮らし始めて1週間もしないうちに、その心情を突きつけられた。
食事…そう、食事である。
悪友の1人は料理が得意だ。
ギルベルトだって不得意では決してないが、フランス系の悪友の1人のそれはもうプロレベル。
見た目も麗しいそれに対抗できる気は到底しないし、味は普通にうまいと思うのだがギルベルトのそれはどうしても武骨さが消えない。
ところが初日…2人で夕食の食材を買いにマーケットに行った時点で、すでにそれは始まった。
…あ……
…なんだ?
…いえ……
ギルベルトが脳内でレシピを考えながらポイポイと食材を籠にいれるたび、いちいち驚くアーサーに、あまりに気になりすぎて理由を聞くと渋りながらも答えてくれた。
――すごい高いから……
目が点になった。
いやいや、どこが?…と問いたい。
一緒の事務所で子役時代からずっと一緒だった悪友達とは比べものにならないほど、ギルベルトの生活は質素である。
たまには豪華な物も作るが、日常的にはきちんと栄養バランスが取れていて、そこまでまずくなければ良いというギルベルトの食卓は、悪友達に言わせるとスターの食事ではないらしい。
そこでさらに聞き進めると、アーサーの普段の食事はバイト先の350円の弁当…が、売れ残って廃棄寸前になったものとのことで、この細すぎる体格はそのせいか…と、思わず少しだけ良い肉を買い足してしまった。
それでも帰宅して作ったのはいつもより少しだけ品数が多いだけの普通の食事……のはずだったのだが、――いただきます…と手を合わせて料理を口にしたアーサーはいきなりポロリと涙をこぼす。
え?ええ??
「わりっ。何か嫌いなもんとかあったか?!」
と、慌てるギルベルト。
だが、ふるふると子どものように首を横に振ったアーサーから返ってきた言葉は…
――…美味しい…。温かいもの食べたのすごく久しぶりだ…
ぽろぽろ泣きながらスプーンを動かすアーサーにギルベルトの方が泣きそうになった。
可愛くて愛しくて何でもしてやりたい。
甘やかし倒したい。
それからは食事の支度は今までになく気合いが入った。
美味しい物を食べて泣くのではなく、笑顔になれるようにしてやりたい。
そんな気持ちで日々食事を作る。
それだけではない。
基本、真摯でひたむきな主人公の相手役とどこか似ている…と思ったのはギルベルトの勘違いではなく、アーサーもまた、ひどく自己評価が低い上に真面目で、すぐ自分を追いこんでしまうところがあった。
それは一緒に暮らし始めて数日の頃、ギルベルトが走り込みと自己鍛練をするなら自分もしなければと思ったらしい。
ジョギングというと走るだけなので誰でも…と気軽な運動に思いがちだがこれは間違いで、実はいきなり始めると突然死する危険性さえ伴う。
だからギルベルトは止めたのだが、アーサーの意志は変わらない。
仕方ない。
普段走っていなければすぐ疲れて走れなくなるだろう。
そう思ってアーサーのペースに合わせて自分も少し速度を落として伴走する事にしたのだが、考えが甘かったらしい。
いきなり倒れた。
急に始めたジョギングのために極度の低血糖状態に陥った、いわゆるハンガーノック状態だった。
あれは本当に肝を冷やした。
救急車を呼び、診断が出て、ブドウ糖を点滴している間、ずっとギルベルトは後悔に苛まれたのだが、もっと辛かったのはアーサーが意識を取り戻したあとだ。
迷惑をかけた事にパニック状態で何を言っても聞こえない。
ただ泣きながら謝る姿が可哀想で痛々しくて、全てがいっぱいいっぱいで余裕がない彼の代わりに自分がある程度トラブルを排除して道を作ってやらねばと思った。
もちろん、やるなという言葉はダメだ。
やれなければならない(と思っている)事をやれない自分というのは、アーサーをひどく追い詰める。
だからある程度障害を取り除いたうえで、いつでもフォローに入れるように隣にいて一緒にやってやる、その姿勢が大事だ。
普通なら面倒に感じるそれをやってやるのが面倒ではない相手…
ああ、これが主人公も大切に思っている恋人、という奴なんだな。
と、その時ストンと脳内で納得できた。
――アルト…アルト、大丈夫、俺様がいるから大丈夫だからな?
それからは主人公も恋人に繰り返し言うその言葉が口癖になった。
そうして少しずつ、実際にアーサーもそう思ってくれるようになればいい…
それも主人公が実際に辿った道で、ギルベルトはまさに原作に描かれている主人公の心理描写を体験しながら日々を過ごしている。
甘やかしたいのに甘やかされてくれない、守りたいのに守らせてくれない、そんな恋人にハラハラさせられながら…
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