当たり前に持っている合鍵で中に入ったはいいが……
「放せよぉっ!!」
へ??
何故か聞こえる最愛の恋人の泣き声…。
自分はさきほどの妄想で煮詰まりすぎて、とうとう幻聴まで聞こえるようになったのだろうか…
そんな事を思っていると、
「放しませんっ!いい加減諦めろっ!!」
と荒い息づかいと共に聞こえてくるのは悪友の声だ。
そう言えば…こいつはるか昔、イギリスを侵略、占領した挙句に、あの子を無理やり自国に連れて行ったんやったっけなぁ……
イギリスはあの当時から天使のように可愛らしかった。
あの頃すでに大国だったフランスと占領されて拉致られた可愛い可愛いイギリス…。
バキっと鉄で出来たはずの手の中の鍵が真っ二つに折れた。
怯えて泣き喚くまだ幼さの残る天使のように可愛いイギリスを強引に組み敷く、当時恐れるものもない傲慢な大国であった悪友の姿が脳裏に浮かんで、スペインは握ったこぶしを震わせた。
こいつやったんか…っ!!
その想像はもうスペインの中では許しがたい事実としてインプットされる。
まさか…それをネタに今現在も脅してる??
声の聞こえてくるフランスの寝室のドアを開けると、案の定フランスに組み敷かれて涙目のイギリス。
怒りで頭が真っ白になった。
そして…手に当たったものをそのはちみつ色の頭に向かって投げつけてやると、そこでフランスはようやくスペインに気づいたらしく、悲鳴を上げてそれを避け、驚いたように振り返る。
投げつけた丈夫な木のミニテーブルは壁に当たって粉々に砕け散り、青くなったフランスが慌ててイギリスの上から飛び降りた。
「ご、誤解だからねっ!!お兄さん何もしてないからっ!!!」
フランスが何かごちゃごちゃ言っているが、頭に血が登り過ぎたスペインの耳には意味のある言葉として入ってこない。
そして…その視線と注意はボタンの弾け飛んだシャツの前をはだけさせられたまま、涙で濡れたペリドットをスペインに向けて呆然としている可愛い恋人にむけられた。
守ってやらなければ…なぐさめてやらねば…
まずそんな考えが脳裏を占めた。
そしてベッドに駆け寄る。
「これ羽織っとき。」
と、無残にボロボロになったシャツの残骸から肌をさらけ出したままのイギリスに自分の上着を着せてやった。
「可哀想に…。怖い目ぇにあったな~。親分が来たからもう大丈夫やで」
と、イギリスの額にかかった乱れた前髪を払ってやると、チュッとその額に口づけを落とすが、イギリスは血の気を失って呆然としたままだ。
この子のショックを思うと泣きそうだった。
可哀想に、可哀想に、可哀想に…。
何故自分はあの時この子を一人で帰してしまったのか…スペインはひどい自己嫌悪に襲われた。
「アーティー?」
なるべく優しく…労るようにそう声をかけると、その瞬間、何かの糸が切れたかのように、イギリスは大きな瞳からぽろぽろと水晶のように綺麗な透明の粒をこぼし始める。
「ご…ごめん…。経験なくて…上手くできなかったらどうしようって……それで…俺ヒゲに……」
何度も言葉に詰まりながらも言葉を紡ぐ様子が痛々しくも愛らしい。
「…っ……ご…ごめんっ…俺っ…も…お前といられない……嫌になっただろ…別れても……」
そこまで言って嗚咽で言葉が出なくなる可愛い愛しい恋人にスペインは胸が締め付けられる思いがした。
やっぱり…何も知らない身体だったのか…。
それを自分が察してやらなかったがために、あのクソ髭に…っ!!
この子のショックと悲しみを思うとすぐには言葉が出ない。
「堪忍な。親分がもっと早く助けに来たったら良かったんや。
アーティーはなんも悪くないで。そんなに泣かんといて?
事故やからな?犬に噛まれたようなもんやから気にせんとき?
そんな事で親分はアーティーを嫌ったりせんよ?
アーティーは何があっても親分の大事な大事な恋人や。
世界の誰より愛しとるよ。」
陵辱者に怒りをぶつけるよりまず、強引にでも汚されてしまった事で自分に嫌われたかも…と泣いている愛しい恋人をいたわって安心させてやらなければならない。
まずこの可愛らしい恋人の心の傷を少しでも癒してやるのが先だ。
スペインは泣きじゃくるイギリスを抱きしめて、そのつむじに口づけを落とす。
「大丈夫やで…。アーティーはなんも悪ないで?」
何度もそう囁いては頭をなで、ぽんぽんとなだめるように背中を叩く。
あまりのショックと思い切り泣いた事で疲れてしまったのだろうか…そうしているうちにイギリスはコテンと眠ってしまった。
そこで初めて見渡すと、フランスは逃走したあとのようだ。
「……あいつ潰すのはあとでええか…」
と、スペインは憎々しげにつぶやき、逃げる際において行ってしまったらしいフランスのスマホに手を伸ばす。
「…ま、このくらいはさしたらな…」
と、それからフランスでもカップルに人気のロマンティックなホテルの部屋を取る。
普通ならなかなか取れないところだが、フランスの祖国特権を使えば楽勝だ。
こんなことで可愛いイギリスの心の傷が癒えるとは思えないが、ロマンティックなものが大好きなイギリスのことだ、こんなホテルでゆっくりと休ませてやれば少しは落ち着くかもしれない。
熟睡しているイギリスを連れてフランスの家からフランスの車でホテルに向かい、ホテルについたところでイギリスをソッと揺すって起こすと、まだ半分寝ぼけているのだろう…イギリスはぽやぁっとした目をこすりながら
「ここ?」
と舌足らずに聞いてくる。
コテンと首をかしげる子供じみた様子の可愛さに危うく絶叫しかけてかろうじてそれを押さえたスペインは
「雰囲気ええって評判のホテルやで。
明日会議やしまた国に帰ると面倒やしな、予約いれてん。」
と、なるべくそういう方向に触れないようにと言葉に気をつけながら、イギリスを車の外へとうながした。
0 件のコメント :
コメントを投稿