アーサーさんが頭を打ちました-後編_4

パニック&パニック&パニック


お…怒ってるっ!もうダメだっ!!!
そのスペインの勢いに、イギリスは思わず逃げ出した。

これまでだって嫌われていたのは知っている。
でもここまで激怒したスペインを見たのは数百年ぶりだ。

もう憎悪と言って良いほどのスペインの激高ぶりを目の当たりにして、イギリスはパニックを起こしてポロポロ泣きながら二階に駆け上がって寝室へ駆け込んだ。

追ってくる気配にバルコニーに逃げ込み、そこで逃げ場を探すが当然ない。

鍵をかけた寝室のドアを突き破ったスペインが何か叫びながらこちらへ向かってくる。
もうダメだっ!!!
優しい記憶をかき消すように罵られるのは辛い。
嫌われているのを再確認するのも…もう…嫌なのだ。

イギリスはクルリと反転すると、迷わず柵を飛び越えた。






少し時を遡って、その日の午後のこと……

「ああ…可愛えなぁ…」

まだ完治したとは言えないイギリスを居間のソファベッドに寝かせながら食事を作るスペインは、時折イギリスの様子を見に居間に戻る。

そして…さきほどのようにうなされる事もなくスヤスヤと小さな寝息をたてて眠る愛し子の頭をソッと撫でて顔を綻ばせた。

誰かのために食事を作る…それはなんて幸せな事だろう…と思う。

自分のためだけだと面倒な料理も、それを楽しみに食べてくれる相手がいるだけでヤル気が俄然違ってくる。

一人の時にはほぼ作らない数時間もかかる煮込み料理を作りながら、スペインはそれを前にした時のイギリスのキラキラした目を想像し笑みを浮かべた。



実はスペインはイタリアが独立してロマーノが自宅を出ていってしまってから一度、一人の寂しさに負けて猫を飼った事がある。

こんな金色の毛に綺麗なグリーンの瞳の可愛い子だった。

部屋飼いだった事もあって甘えん坊で、スペインの後をいつもついて歩くその姿は可愛くて可愛くて溺愛して育てた。

しかし当然猫の寿命は国どころか人間と比べてすら短い。

自分の手の中でその最愛の家族の命の灯火が消えたその瞬間の喪失感と来たら、スペインの中では覇権を失った時よりもひどかった。

もう、他からしたらありえない事なのだろうが、覇権と猫の命、どちらかを残してやると神様に言われたら、スペインは迷わず後者を取っただろう。

スペインにとって、力や金などは所詮、守るべきものを守る道具でしかないのだ。
なければ努力して働いて得れば良い。
それだけのものだ。

しかし実際は長い自分の人生を共に過ごしてくれるようなペットは存在しない。

幸せすぎる時間と引換に、あの心臓が握りつぶされるような喪失感を定期的に味わう事になる。
そう思うと、それ以来動物を飼うことはできなくなった。

が、この子は違う。
同じ国である以上、同じ長い時を共に生きる事ができるのだ。

そして…見かけの幼さはともかくとして、一応年齢的には大人にはなっているはずなのに、自分の世話を喜んで受け入れてくれる。

本当に…誤解して避けている場合じゃなかった。
今までなんてもったいないことをしていたのだろう…。

そんな事を思いながらスペインはキッチンと居間を往復し、確かに愛しい存在がそこに居ることを何度も確認し続けた。



「愛しとるよ。一緒におってな?」
チュッと柔らかなバラ色の頬にキスを落としながら言っては、キッチンに戻って料理にも愛情を込める。

そのうち煮込みも程よくできてきて、居間に戻ると愛し子はその良い匂いに惹かれたのか鼻をヒクヒクとしている。

その可愛らしい様子に小さく吹き出して、そろそろ料理ができるからと起こそうとすると、今度はまだ疲れているのかむずかるように首を振る様子が何とも言えず愛らしい。

ああ…可愛えなぁ…と、スペインはもう今日何十回思ったかわからないことをまた思い、そして疲れているなら自分が食べさせてやろうと、イギリスをブランケットごと一人がけのソファに運んで、料理を取りにキッチンへ戻る。

食器棚から皿を出して並べ、もう一度お玉で煮込みの鍋をかき回した瞬間…聞こえてはならない声が聞こえてきた。

『坊ちゃん大丈夫?!いくら仲が悪くてもスペインが積極的に何かするとは思わなかったんだけど…なんか嫌がらせでもあった?』

居間の方から聞こえてきたのは悪友の一人フランスの声。

お互いよく行き来をするため合鍵を持っているので、それで入って来たのだろう。

いや、そんな事はどうでもいい!
自分の事を棚に上げて、イギリスになんて事を吹き込んでくれてるのだっ!!!
お玉を握ったまま慌てて居間に戻ると、血の気を失って今にも倒れそうなイギリスが見える。

裏切られる事にひどく怯えていたあの子に、自分までもそうだったのだと誤解させた…傷つけた……

そう悟った瞬間頭が真っ白になった。




「糞ヒゲぇっ!!自分、何さらしとんじゃあぁぁ~~!!!!」

とりあえず持っていたお玉でスペインが諸悪の根源を殴り倒したところで、イギリスがすごい速さで二階へ駆け上がっていった。

追わなければっ!誤解を解いてやらなければっ!
それしか頭になくて、とりあえず追いかける。

「アーティっ!誤解やっ!!!ここ開けたってっ!!!!!」

鍵をかけられた寝室のドアをドンドン叩くが当然開かない。
仕方ないっ!
スペインは倉庫に使っていた部屋に飛び込んですでにオブジェと化していたハルバードを手にして戻り、ドアを叩き割った。

ハルバードを放り出した瞬間後ろの方で何やら悲鳴が聞こえた気がしたが、気にしない。

そのまま部屋に駆け込むと、ポロポロと泣きながらバルコニーの柵を超えようとしているイギリス。
ここは…2階だ……。

「あかんっ!!!アーティっ!やめたってっ!!!!あかんっっ!!!!!!!」

悲鳴を上げながら部屋を駆け抜け、バルコニーに飛び出ると自分も柵を飛び越えて必死に落ちていく白い身体に手を伸ばした。



一緒に落ちながら、まるでスローモーションのように徐々に近づいていく手でなんとかイギリスの腕を掴む。

そしてそのままグイっと自分の方へと引き寄せて体勢を反転させた。

国は丈夫に出来ているとはいっても、打ちどころが悪かったらやばい…イギリスに怪我でもさせたら大変だと、とりあえず自分の事は二の次でそんな事を思いながら落ちていく。

しかし幸い植え込みがクッションになって、地面に直接叩きつけられるのは免れたらしい。

それでも身体の上に細いとは言っても大人の男一人の身体を乗せたまま落ちた衝撃に一瞬息が詰まった。

そのまま気を失ってしまいたい気持ちを叱咤して、スペインは痛む身体を動かしてみる。
動く所をみると骨はやられてないらしい。

そこでハッとして自分の上でぐったりとしているイギリスの首筋に手をやり、脈を確かめ、生きている事を確認してホッと息をついた。

自分は凄まじい打撲と落ちる際に植え込みの枝で切った切り傷があちこちに出来たが、とりあえずイギリスが無傷なことに心底安堵する。

『おい…大丈夫かっ?!』
と、バルコニーの上から声をかけてくる悪友に、

「うっさいわっ!大丈夫やないっ!!自分あとで潰すから覚えときっ!!!」
と忌々しげに叫び返すと、スペインは体中の痛みを堪えて、イギリスを抱き上げた。




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