アーサーさんが頭を打ちました-後編_2

幼馴染と初恋


大陸で多くの国に囲まれて育ったフランスは、物心ついた頃から世の中の道理というのは知っていたし、国としての感情と自分個人としての感情を分けなければいけないのも、また知っていた。
自分で言うのもなんだが器用な性格で、そのあたりの折り合いをつけるのも上手だったと思う。

そんなフランスがある時見つけたまだ小さな島国は4人兄弟の末っ子で、その兄達3人は国と個人の感情を分けるべきというのは知っていたのだが、他国に揉まれていないためか非常に不器用な性格をしていた。

お互いしか知らないこの兄弟達は、その年齢ゆえに個人の感情を優先させると危険だと知っている兄達と、まだ生まれたてなだけに、ひたすら個人としての愛情を求める末弟に分かれていた。

まだ感情の使い分けなど当然理解していない小さな小さな弟を、彼らは彼らなりに心配していたのだと思う。

ゆえに…末弟の欲求を危険視するあまり、それを身をもって教えてしまった。

『自分以外の国に気を許すと危険な目に遭うぞ』
…と。



上3人はそれを悟るまでに兄弟間での愛情は学んできたし、その上で個人と国との切り替えが必要なのだと知っていたのだが、末っ子は知らなかった。

それはすなわち、
『自分は皆から嫌われ、疎まれているから攻撃される』
という考えを小さな心の中に刻み付ける事になった。



その歪んだ愛情の中で育った愛を知らない小さな島国の子どもに単に愛を教えてやりたかったのだ。
フランスは愛の国なのだ。
ましてや相手は小さな小さな、愛されるのが当然の可愛らしい子どもだ。

足繁く通い、優しい包容と言葉、菓子を与え、満たされない心が求めてくるままに、そこにからかいを交えながらもずいぶんと色々を与えてやったと思う。
そう…それはちょうど後のイギリスのアメリカに対する盲目的な愛しかたにも似ていた。

初めて巡りあった自分より小さな子どもに愛情を与える行為は、ずいぶんとフランスを満たされた気持ちにしてくれた。

だからフランスは失念していたのだ。
どんなに可愛らしくても相手は国だということを。

ある程度節度のある距離感を持って接しなければ、いつか傷つける時がくるのだ。

その時はそう遠くない未来に来た。
国としてその小さな島国を攻めなければならなくなった時、その子どもは一瞬絶望的な目をして、次に表情から感情を無くした。

それは…最初から与えられないよりも深く子どもの心を傷つけたのだと、フランスはその時理解した。

可愛がり続ければまた傷を増やす…そう理解してからはフランスは無条件に甘やかす事はしなくなった。
なのに少年を無条件に甘やかしたがる存在が隣国から訪ねてくる。

子ども好きな旧友…太陽の国。

「ああ…可愛えなぁ。」

フランスが攻め入ってからすっかり素直な態度を見せなくなったその無愛想な子どもを有無を言わさず抱き上げて、膝に乗せて、菓子を与える。

それでもそれは飽くまで余所の子どもに対するものに過ぎなかったし、傷つけられ続けた子どももそれだけで相手に心を預ける事はしなかった。




こうしてそれは、フランスがなるべく会わせないように取り計らったのもあって、ただ少し温かい思い出として過ぎ去っていくはずだった。

…が、ある日太陽の国は別の子どもを引き取った。
小さな島国と同様、どこか傷ついたような目をした素直さを失った小さな子ども。
自分の被保護者として引き取ったその子どもを、太陽の国、スペインは溺愛した。

国と個人との感情の区分けなどなく、心の赴くままその子どもを可愛がり、慈しみ、上司に怒られ国庫を空にするまで、その子どもを守りつづけた。

そんなスペインとスペインに引き取られた子ども、南イタリアに向ける小さな島国の視線は思慕と羨望。

その二人の関係はまさに小さな島国イギリスが求め続けたもので…そんな男の愛し方にイギリスはおそらく恋をしたのだと思う。

それは小さな島国が大きく広い海を支配し、大国に名を連ねた後も変わらない。

力が大きかろうと小さかろうと、小さな島国が恋したのはそんな大きな愛情を持った男だったのだ。

もちろん国という枷に縛られたまま、その男の国を陥れて覇権国家に上り詰めた時点で叶う恋ではないと諦めていて…ただ想い続ける事数百年…。

今では老大国と揶揄される古参の国に数えられるようになっても、男、スペインを見る時のイギリスは愛に飢えた小さな島国に戻る。

そして…そんな時のイギリスを見るとフランスもまた、小さな弟のような幼馴染の幸せを願う兄のような幼馴染に戻るのだ。



イギリスを嫌うスペインに何度かフォローを入れてみようとはしたものの、意外に頑固なところのあるスペインの気持ちは変わらない。

イギリス自身も別に今更どうこうなりたいという希望は抱いてはいないらしいので、せめてスペインに悪意を向けられずに、平穏にただ時を過ごさせてやれればいい…そう思っていたのだが、そうも行かなかったらしい。

自分が渇望していたのと丁度真逆の感情を相手から向けられて、今頃どこで泣いているのやら……フランスはそんなやるせない思いに、ため息をついた。

ああ、スペインと言えば…まさかとは思うが当日イギリスが誰といたか知らないだろうか?
取り上げられた内職道具を返してもらう時に見かけている可能性もある。

フランスはふと思いついてスペインに電話をかけた。

イギリスを知らないか?と聞くとやはり電話の向こうのスペインの声音は目に見えて不機嫌なものになっていくが、まあ自分が不機嫌になられる分には別に構いはしない。

『なんで?』と不機嫌丸出しに聞いてくるのを苦笑して流して

「アメリカがさ、会議後坊ちゃんとお前が仕事の話あるって二人でいたっていうからさ、何か知ってるかと思ったんだけど…」

と、必要最低限の会話だけして取って返したんだろうな…と思いつつも聞くと、返ってきた言葉はなんと

『知ってたらなんや自分に関係あるん?』
の言葉。

続いて
『見つけて?それで何するつもりなん?』
という言葉が返ってくるにしたがって、どうやらスペインが何か知っているらしいことを確信して、

「え?ちょっと待ったっ!お前知ってるの?!」
とさらに聞いたが、そこでさらに機嫌が悪い声で

『知らんわっ!!もう切るでっ!』
と告げられ、本当に電話が切られた。

切られたのでもう一度電話をかけてみたが、携帯の電源自体を切ったらしい。
つながらない。

「一体どうなってんの?…ひどいことになってないといいけど…」

行方不明のイギリスの行方をイギリスを嫌いなスペインが知っているらしい…。
下手をすれば一緒にいるのか?
何故?
まとまらない考えのまま、フランスは手早く荷物をまとめて、一番早いスペイン行きの飛行機のチケットを予約した。



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