アーサーさんが頭を打ちました-中編_1

スペイン親分、萌えの世界を知る


イギリスを一般の客室に案内して自室に戻ったスペインは、軽くシャワーを浴びてベッドに潜り込んだ。

イギリスが頭を打って半日も経っていないのに随分時間が経った気がする。
まあ色々あったから疲れているせいもあるだろう。

スペインが今まで知っていたイギリスは、極々幼い頃…それこそ不器用なお子様だった子ども時代から油断のならない三枚舌で騙されまくった中世…皮肉屋の現在と、素直とか愛らしい態度とは程遠い存在だった。

しかし今、生活に必要な最低限以外の色々を忘れてしまっているイギリスは随分と頼りなげで可愛らしい。

そういえば…それが他の国からの影響を与えられる前の本質と思い込んでいた、スペインが初めて出会った頃のイングランドですら、実はその前に兄弟から疎まれて矢を射掛けられ、好意的に接してくれていると思っていたフランスに裏切られて侵略されてその国に連れてこられたという、もとの性格が失われるには十分すぎる体験をしていたのではないだろうか…。

個人的な趣味がガーデニングと刺繍で、紅茶と甘いお菓子をこよなく愛し、一説によると妖精に好かれていてユニコーンが友達という、国という立場を全く離れると一体どこの可愛らしいお姫様なのだと思ってしまうようなイギリスがああ育ってしまったのは、後天的な環境が要因なのではないかと思えてきた。

もしその考えが正しいなら…
(こんな怯えとったあの子になんてことしよったんやっ、あのクソヒゲ…潰すっ!)
スペインはギリリとこぶしを握り締めた。

よくもわるくも思い込みの激しい情熱の国の怒りの矛先はまっすぐ自国の北の方の隣国へと向けられる。

もう自分も思い切りガチで殺そうと思って戦っていたり、何世紀にもわたり相手を良く思っていなかったりしていたことは頭から消え去っていた。

そう、彼の脳内ではすっかり悪人変態ヒゲ男の魔の手から自衛するために必死に虚勢を張らざるをえなかった自分の可愛い被保護者の図しか見えない。

変態ヒゲ男から…傲慢メタボから…いや、世界中から可愛いあの子を自分が守ってやらねば…と、妙に高揚した気分で思いこむ。

スペイン…情熱のラテン男…彼は非常に燃え上がりやすく…また思い込みの強い男だった。


(とりあえず…今度あのヒゲはボコっとかな…)

と思いつつベッド横のライトを消そうとしたスペインは、ふと

(あ…あの子大丈夫やろか…一人で怯えてへんかな…)

と、思いつき、思いついたら即行動派なのでベッドから出て様子を見てこようと思いたつ。

こうしてスペインがガウンを羽織って明かりをつけ、ドアを開けようとしたとき、何かの気配をドアの外に感じてソ~っとドアをあけた瞬間…目に入ってきたのは…

ドアのすぐ横に白い塊…。
大きな枕を抱きしめて床に座り込んだまま眠っているイギリス。

あまりの可愛らしさにスペインは叫びだしそうになって慌てて口を押さえた。

あかん…親分このままやと心臓爆発して死んでまう…。
なんやこれ、なんやこれぇぇぇ~~!!!!

(スペインさん…そう、その気持ちこそ【萌え】なのですよ…)

何故か【世界の至宝、イギリスさん萌えの世界へようこそ…】という横断幕をバックに両手を広げて微笑む某東の島国の姿が脳裏に浮かぶ。

(そうか…日本ちゃん、親分わかったでっ!これが【萌え】言うもんなんやな…)

(そう、それが【萌え】なのですっ!よくぞ悟りを開きましたっ。
さあその姿を写真に撮るのですっ!そして私の元へ転送を…)

心の中の日本が命じるまま、急いで部屋の中へ取って返してデジカメでその図を映像に収めるスペイン。

そしてハッとする。
そうだ、こんなことをしている場合じゃないっ。

日が落ちてさすがに冷え込んでいる廊下でパジャマ一枚で眠り込んでいるイギリスの体はすっかり冷えてしまっている。

(風邪でもひかしてもうたら大変や…)

スペインは慌てて自分のガウンを脱いでそれでイギリスを枕ごと包み込むと、膝裏に手を入れて横抱きにして部屋へ連れ帰る。

そこでようやく異変に気づいたのか、イギリスがうっすら目を開けた。

「…と~…にょ?」

まだ半分寝ぼけているのか、ぼんやりとして、ぽやぁっとした舌足らずな口調でそう言う様子の可愛らしいことっ。

「堪忍な~。寂しかってんな。やっぱこっちに呼んどいたら良かったな、
でもそんなら普通に部屋はいってこな。あんなとこで眠っとったら風邪ひいてまうわ。」

冷え切った額に、鼻先に、頬にと、チュッチュッと口付けを落とすと、まだ寝ぼけているのかイギリスは無邪気な様子でクスクスと可愛らしく笑った。

そのほわほわした笑顔に胸の奥底から熱いものが溢れてくる。

ああ…やっぱりこの子は俺が守ったらなっ!
手始めに北のクソヒゲを血祭りやっ!
哀れ…フランスの運命やいかにっ!


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