アーサーさんが頭を打ちました-前編_5

スペインさんは絆されたようです


「ほい、お待たせ。」

ショコラータの入ったマグカップを渡してやると、イギリスの顔がぱあぁっと輝く。

それはそれは嬉しそうに目を輝かせるその様子に、スペインは
『坊ちゃんはね、口では素直じゃないこと言うんだけど、甘い物とか大好きで、食べさせてやると目が輝いちゃうのよ。だからついつい餌付けしちゃうんだよねぇ…』
と苦笑交じりに言っていた悪友の言葉を理解した。

カップを受け取ってキラキラした目で中の液体を凝視したあとイギリスは、それでも何か言いたげに今度はスペインの顔を凝視する。

「……?どうしたん?あったかいうちに飲み?」
聞きたいこともあるのだろうが、とりあえず一息入れてから…と思って、スペインがそううながすと、またイギリスの顔がぱあぁっと輝き、コクコクとうなづいてカップに口をつけた。

(…まさか…飲んでええって言われるの待っとったん?)

もうどうしようかと思う…。

ダメや…親分悶え死んでまう…。

自分、記憶と一緒に性格やら人格やらもどっか飛んでいったん?
それとも…“国”としての義務やら立場やらを取っ払うと、こんな可愛え中身しかないんか?
赤くなって緩む顔を隠すように顔に手を当ててうつむいていたスペインは、

「…あつっ……」
と小さな呟きを拾って慌てて顔を上げた。

少し涙目で小さな口からピンクの舌を少し出すイギリス。

ぶっふぉぉ~!!
鼻血が出るかと思った。

「ひた…やけどした……」
と、ベロを出しながら回らない口調で言うイギリスに、スペインはそんな内心を押し隠し

「あ~堪忍なぁ。猫舌やったん?どれ、貸してみ?親分が冷ましたるわ。」
と、別にいい!と慌てるのをさえぎってマグカップを取り上げる。

ふ~ふ~と息をふきかけて、少し冷めたそれを渡してやると、イギリスは赤い顔で受け取ってコクコクと飲み始める。
そしてそれをすっかり飲み干すと、満足げなため息をついた。


それを眺めながらスペインは考える。
とりあえずイギリスをどこに泊めようか…。





この家は最近 ―― といっても50年ほど前だが国の長い一生からしたら最近といっても差し支えないだろう ―― 越してきたのだが、客室は3部屋ある。

一室は悪友二人が泊まりにくる時にまとめて放り込んでおく部屋で、一室は普通の客室、そして最後の一室はスペインの私室の隣、ここに越してきて以来そういう機会がないので使っていないのだが、もしロマーノやベルなど身内が泊まるとなったら使おうと思っている客室だ。

そう、そんな部屋まで用意しているのに、たいてい二人ともそれぞれの兄弟と訪ねてきては、その日のうちにそれぞれの兄弟と帰っていってしまう。

世界会議など国々の集まる場所ではそれなりに明るくて愛想の良いスペインの周りには人が集まるが、そんなわけで自宅では意外に一人が多いのだ。

悪友達用の乱雑にして怪しいものがいっぱいある客室は論外として、普通に考えれば一般客用の客室なのだが、それは3室の中でスペインの私室から一番遠い。

今の“記憶を失っている”頼りないイギリスを一人でそこに放り込んで大丈夫なのだろうか…というか、イギリスが大丈夫だったとしても自分が気になる。

かといって、いつかあの極悪非道の大英帝国に戻るのかと思えば、身内用の客室の最初の使用者にするのもいかがなものか…。

う~ん……。

非常に悩んだが、気になった時には自分のほうが様子を見に行けばいいのだ、と、結局普通の客室に泊めることにした。

家の中の説明をして、その後客室に案内すると、イギリスは一瞬ひどく心細げな様子をみせる。
やはりスペインの自室との距離が気になるのだろうか…。

「あのな、実は他にも客室あるんやけど、しょうもない悪友達が普段使っとって、しょうもないもんが仰山置いてあるんや。」

と、ついつい聞かれもしない説明をすると、そこでイギリスは表情を読まれていたことに気づいたのか、慌てたように
「いや、うん。良い部屋だな。」
と、無理にはりつけたような笑顔で、そう言った。

全身からなんとなく寂しさ、心細さオーラが漂っていて、それでもそんな風に気遣いをみせる健気さに、スペインは

「堪忍な~。なんかあったらすぐ親分の部屋来てええからな?」
と、自分より随分と細い体をぎゅ~っと抱きしめる。

久々に庇護欲がひどく刺激され、どうしようもなく愛しさがわきあがった。

ああ…ずっとこのままでええのになぁ…と、思ってしまったのは仕方ない。

手の中で守り可愛がり育てたあの子達は、本当の兄弟の元へと帰ってしまって、もうあの満たされた日々は戻ってこないのだから…。

短期間でもそれを求めて何が悪いのだろう…。

今また再び自分の庇護の手を必要とする存在を手に入れて、スペインは最近自分がいかにそれに飢えていたかを初めて自覚したのだった。 





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