「何をやってるんですかっ!どいて下さいっ!!」
と、アーサーを抱きしめたまま地面に呆然自失でへたり込んでいるアントーニョの耳に入ってきたのは高い女の子の声。
柳眉を逆立てて、元は優しげな顔に怒気の色を浮かべている。
怒って当然だ。
真っ先に死ぬべき前衛の自分が無傷で守るべき後衛…いや、守るべきアーサーを死なせたのだ。
「邪気を防ぐ人魚の涙、コンクパールモディフィケーション!」
桜の呪文で柔らかな乳白色の真珠が光を放ち、短い杖、ウォンドの形になった。
桜がそれを片手に近づいてきても、アントーニョはピクリとも動かない。
ただ自分の中でひどく穏やかな顔で眠るアーサーに視線を落とし、ぽつりと一粒涙を落した。
(自分…なんでそんな穏やかな顔してんねん…。守ってもらえるはずの前衛が頼りなあて守ってもらえへんで、ミスった仲間は退却してしもて…ちゃんとしてた自分一人犠牲になって、なんでそんな満足げなんや…)
堪忍…と、言葉を紡ぐ気にもならなかった。
許しを乞うてはならない気がした。
自分でも自分の力に驕って力足りず、守るべき者に守られてこうして呼吸をしている事すら許せない。
かといって相手の命を賭して守られた身としては、その相手の遺志を無視するかのように自分で命を絶つこともできなかった。
だから桜が激昂して、この価値のないゴミクズのような命を奪ってくれるなら、むしろありがたい気がした。
しかし無抵抗に死を待つアントーニョの元にはいつまでたっても衝撃は襲ってこない。
桜がそのウォンドを握ったまま手を祈るように重ねて小さく何かつぶやくと、ロッドの先についたピンポン玉くらいの大きさの真珠色の宝玉から光が放たれ、アントーニョが抱きしめたままのアーサーの周りをクルクル回る。
そして光の雨のように淡い乳白色の光がアーサーの上に降り注がれると、血の気がなかった頬に少し赤みが差してきた。
ああ…と、思わずこぼして安堵の息をつくアントーニョに桜はウォンドをペンダントに戻した後、言い放った。
「どちらを選びますか?」
と、いきなり付き付けられた選択肢のない選択に、アントーニョのショックのあまり働いていなかった頭がようやく動き出す。
「どちらて?殺されるか自分で死ぬかとか?」
へたり込んだまますぐ横に立つ桜を見上げて聞くアントーニョの言葉に、桜は毒気を抜かれたように軽く目をつぶって息を吐きだした。
「何言ってるんですか?そんな意味のない事してどうするんです?」
「…やって…この子目の前で死なせてしもた……」
「死んでませんよ。私のパールステッキでも死人を生き返らせる事なんてできません。
…まあ…失血で死にかけてたのは確かですけど…。」
アーサーさんはすぐ無茶をするから…と、ブツブツとこぼしながら、桜は少し考え込んだ。
「アーサーさんの第三段階のヘブンズストームは白薔薇を術者の血で染めて、それで敵を一体どんな相手でも滅する…そういう技なんです。
先祖代々ペリドットの術者のアーサーさんの家系のジャスティスはこれで亡くなってますし…。今回は幸い治癒系の私がいるので死なない程度に血液を増量させて命を取り留める事はできたんです。
まあ…それでもあくまで死なない程度に…が限界で、当分極度の貧血は否めませんけどね」
「…輸血とか…あかんの?」
「アーサーさんの家系ってとても珍しい血液型なので…。
しかも毎回ジャスティスに選ばれた当人だけ。」
「…そうなんか……」
「ええ。そのくせこの人は本気で自分を大事にするという習慣ない人で棒振り回して敵中に特攻するし。
…本当は死にたいのかもしれません…。
だから…もし組むならもう積年の思いが叶ってようやく嫁にもらえた新妻くらいの勢いで大事に必死にお守りして下さい。
出ないと気付いたらその辺で死んでると思います。
それができないなら戻ってコンビ解消を進言して下さい。私が組みます。」
アーサーさんは私が守りますからと、自分を睨むように注がれる厳しい視線に強い批難の色を感じたが、アントーニョはぎゅっとアーサーを抱きしめる腕に力を込めた。
「次からは…俺の手の一本や足の一本くらいなくしてもアーサーには小指の先ほどの怪我もさせへんわ。なんなら新妻にもらったってもええんやけど…」
「まだ実績あげてない方に、うちの大事なアーサーさんはあげられませんよ」
アントーニョの言葉に桜はにこりともせずに応じる。
「まあいいです。覚悟があるならもう少し預けて差し上げます。」
クルリと反転すると翻る桜色の着物の袖が、潔く咲き、潔く散る、まさに桜の花を思わせて美しい。
「帰りますよ。」
と、そのままスタスタと車に向かって歩き出す桜。
苛烈な環境で生き延びてきたのはアーサーだけではなかったな…と、見かけの優しさに隠された凛とした強さをそこに垣間見て、アントーニョは心の中で称賛を贈った。
「桜ちゃん…杖より薙刀とか似合いそうやな…」
と、その後ろ姿に声をかけると、
「私がつるぎを手にした時は、あなたを切り殺す時ですよ?」
振り向くことなく桜はそう答えた。
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