青い大地の果てにあるもの5章_5

異変に気付いたのはすぐだった。

正直前回の戦闘ではいつものように味方を殺してしまうのでは…と、アントーニョの攻撃はもちろん、ベルの攻撃すら見る余裕がなかったので、アーサーは自分以外のジャスティスの攻撃を見たのはこれが初めてだった。

だから隣でフェリシアーノが弓を構えたのも矢を放ったのもそう気にも留めていなかったのだが、その矢が前を行くアントーニョをどう考えても追い越しそうだと分かった時、瞬時に作戦の変更を決断した。
そしてイヴィルがこちらへ飛んでくるのを覚悟して、いったん時間のかかる殲滅用の魔法を止め、発動の早い足止め用の魔法に切り替える。

そうしてとりあえず雑魚が強敵と対峙するアントーニョに向かうのを防ぎ、改めて自分が盾モードでカバーし、フェリシアーノに落ち着いてイヴィルを倒すように促せばい…そんな計算の元に、アントーニョには残った方のを殺れと指示を送ったのだが、一瞬のち、アーサーはその見通しが甘かった事を悟って、ほぞをかんだ。

緊張のあまりフェリシアーノが起こしたミスは矢を射るタイミングだけではなかったようだ…。
なんと…矢の方向性もありえない方へとミスしていた。
通常の方ではなく、豪州支部を壊滅させた強力な方のイヴィルを呼び込んだらしい。

詠唱を終えてそのまま流れるようにローズウィップにアームスの形を変えたアーサーの前に飛んできたのは、紫の目をした女のイヴィルだった。
一見美しい女性だが、放つ威圧感が他とは違う。

ここで…どういうパターンがありうるかをアーサーは全力で考える。

まずアントーニョが戻る前に自分達がやられた場合、アントーニョは、イヴィルを倒した頃に足止めした氷が解けた雑魚と対峙しながらこの強力なイヴィルと戦わなければならなくなり、おそらく全滅だ。

アントーニョがイヴィルだけ倒して戻った場合…漏れなく雑魚がついてくる。
ああ…それでも無理だ。
イヴィルと雑魚、両方を一度に相手をさせないためには雑魚掃除が必須だし、それを瞬時にやろうとすれば、自分の魔法しかないが、イヴィル相手にしている途中で効果範囲からの脱出なんてできるはずがない。

ではアントーニョが通常イヴィルと雑魚両方を倒してから来た場合…無理だ。本業の盾でない以上、そこまで長くは自分が持たない。

となると…だ、アントーニョが戻る前に目の前の敵を倒すしか手はないわけだが…

「フェリ、お前車に戻って現状伝えろ。最悪即敵が基地に向かう。」
正直…ここでこれ以上足を引っ張られるとフォローしきれない。
不確定要素が悪い方に転んだ時の対応を考えるよりはソロの方がいい。

そう思って出したアーサーの指示に、フェリシアーノは
「で…でも…俺のミスだし…俺も残るよ」
とオロオロと言う。

ああ…頼むから自分で動けないなら素直に指示に従ってくれ…と、アーサーは余裕なくイライラした気持ちで繰り返した。

「ここにお前がいても出来る事はない。現状の報告は留守組の準備に必要だ。」
相手の攻撃を避ける事、フェリシアーノの方に行かせない事、それだけで手一杯で言葉を考えて選んでいる余裕はない。
嫌な汗が額を伝う。

今まで何度もきつい戦闘は乗り切ってきたが、正直今回は乗り切れる気がしなかった。
こんなに死を間近に感じたのは初めてだ。
それだけ今対峙しているイヴィルは格が違う気がする。

それでもその場でオロオロしているフェリシアーノを
「急げっ!」
と叱咤する。

すると、ようやくフェリシアーノは離れた所へ止めた車へと走り出していった。

一方イヴィルの方はどうせ最終的に本部を落とすから良いとでも思っているのか、それを追う事はせず、まっすぐアーサーに視線を向けるとにやりと壮絶な笑みを浮かべる。

「味方を逃がしたところでそろそろ殺される覚悟はできたかしら?」

相手は勝利を確信している。
もし勝機を見いだせるとしたら、その確信からくる慢心の隙をつくしかない。

「どうせ殺されるなら大サービスだ。
最初のベリドットロッドと今の鞭、ローズウィップ…。
俺のアームスはあと1種類形態を変えるんだが、こいつがなかなか綺麗なんだ。
見せてやってもいいぜ?…それとも別形態に変わったら倒す自信がないか?」

相手が挑発に乗ってくれなければ最後だ。
しゃべる言葉を考え口にする…その若干集中が途切れた僅かな間に、敵の攻撃が左の肩口に傷を作る。
こんな余裕のない状態では形態を変えるために一瞬無防備になるその瞬間に即死する事請け合いだ。

「いわゆる死に花を咲かせたい…と言う事かしら?」
ふふっと女性型のイヴィルは綺麗な笑みを浮かべた。
どうやらのってくれるらしい。

「あなたのこの鞭もなかなか素敵だけど…それ以上なのよね?」

「ああ…華麗さではジャスティスの技の中でも随一だと自負している」
内心の不安を押し隠して、アーサーはにやりと不敵な笑みを浮かべた。

「これ見ないまま殺したら後悔するレベル…と言う事だけは確かだ。」

嘘ではない。
ペリドットロッド、ローズウィップ、そして第三段階のヘブンズストーム…。
アーサーのどれも緑とバラをイメージさせるモノで、戦闘という場に似つかわしくない美しい形態をしている。

代々極東の女性に受け継がれているこのジュエルアームの最後の持ち主はアーサーの母親だった。
その前の持ち主はその母の母…。
女系家族だったはずのカークランド家なのだが、アーサーの代は男しか生まれなかった。
ゆえに珍しく世襲のようにジュエルアームに選ばれてきたのもここまでかと思われたが、母の死後、ペリドットのジュエルアームはその持ち主として末弟であるアーサーを選んだ。

代々人材不足の極東支部で、ぎりぎりの時になると本来は使用してはいけない禁止技である第三段階を使用して命を落としてきたカークランド家のジャスティスの血を引いている時点で、これは当然の運命と幼い時から普通に受け入れてきた。

気にするのは…使いどきと、きちんと発動させられるか…その2点だけだ。

今これを使用すれば豪州支部を壊滅させたイヴィルを道連れにすることで本部の当座の危機を防ぐ事ができるだけでなく、貴重なジャスティスを二人救える。
使うタイミングとしては最高だろう。

あとは…きちんと発動させられるか…こればかりは初めて使うので何とも言えない。
敵の攻撃が一時止まったところで、アーサーもローズウィップを収めた。

たいして生に未練もなく、死に対する恐怖心もない。
ただ静かにきちんと発動できる事だけを祈り、集中する。

「モディフィケーション、ヘブンズストーム。」
アーサーの声に応じて鞭は光と共に消え、一面に真っ白な薔薇の花が舞った。。

その花びらはいったん主の左肩に吸い寄せられるように集まり、傷口から流れるその血を吸って紅く染まった。
全ての花びらが血の色に染まると、アーサーはすっと白い手を前に差し出す。
それにまた吸い寄せられる様に花びらが細い指の周りをクルクルと舞い始めた。
「オープン・ザ・ヘブンズドア…」
やがてアーサーが静かな声でつぶやくと、花びらが動けずにいるイヴィルに一斉に襲いかかりその身を覆い尽くす。
そして花びらは更に赤みを増し、ハラハラとその場に散って行った。
敵のいたはずの場所にはただ砂がサラサラと舞っている。
第3段階ヘブンズストーム。術者の血を吸って生命を吹き込まれた薔薇の花びらが敵一体をどんな状況どんな相手でも確実に倒す能力なのだ。
その代償として術者は極度の失血で命を失う。

そろそろ凍らせた豹達の足下の氷が溶ける頃だが、戦うどころか目の前がかすんで立っているのもやっとだ。
(あ~あ、フォローいれにいけねえな…でもイヴィル倒せてれば雑魚くらいは自力でなんとかするか…)

長い長い苦行の末…ようやく使命を全うしたような、清々しい気分だった…。

正直…こうして子孫を残さず死ぬ事にホッとした。
おそらく自分が子供を得れば、その子供はほぼ確実にペリドットに選ばれるだろう。

宝玉に仕え、人類のために死ぬ…。
人として生まれても、人ならざる者として生き…そして死んでいくような人生を送るためだけに生を受ける幼子など哀れなだけだ…。

ああ…誰も選ばれずにこのままペリドットアームも光に溶けて消えれば良いのに…ジャスティスとしてのみの生だけ許されたアーサーが最後に思ったのは、そんなジャスティスとしては決して望んではならない望みだった…。

足下から崩れ落ちる体。しかし不意に何かに抱きとめられて落下が止まった。



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