青い大地の果てにあるもの5章_6

雑魚の足止めが解ける前に眼前の敵を倒さねばならない。

イヴィルと対峙したアントーニョはいつもにも増して目の前の敵に集中した。
通常イヴィルなら同時に3体までなら相手にした事がある。
1体なら楽勝だ。

とは言うものの、そこは油断大敵。
きっちり確実な動きで勝ちに行く。
いつも適当に振り回すカットラスをハルバードに変えて敵の急所を正確に狙い、数分で片をつけると一瞬迷って、先に倒せるだけの雑魚を倒す事にした。

逃げるにしても身体能力に優れた攻撃特化の自分と違って遠距離型のジャスティスであるアーサーとフェリシアーノは豹の足を振り切る事はできない。

強化イヴィル一体だったら最悪自分がなんとか足止めして逃がしてやる事もできるかもしれないが、それすら他に敵がいない前提だ。

(どっちにしても俺はここまでやなぁ…)
豪州支部を壊滅させた強化イヴィルが素直に全員が逃げるのを見逃してはくれないだろうし、かといってソロで倒せる相手ではない。

ジャスティスのように最前線で戦う職業についているのに不思議なのだが、アントーニョは今まで…正確にはつい数時間前まで自分が若くして死ぬ事など考えた事もなかった。

ジャスティスの中ではエリザと並んで戦闘の才能に恵まれていたため、大きな怪我すらする事はほぼなかったと言って良い。

なので死は遠くの出来事で…いつか年を取って体力や反射能力が落ちてその時がきたらさぞや動揺するかとも思っていたが、いざそれが目の前に見えてくると、意外に平静な自分に驚く。

考えるのはほんの数日前に出会った少年の事。
適当に戦闘に興じ、適当に女性と軽く遊び、本当に全てが適当でいい加減だった自分が初めて見つけた本気。

雑魚を掃除し終わった後、アントーニョはその少年、アーサーがいる後方へと跳躍した。

一瞬で後方へと戻ったアントーニョは目の前に広がる光景に我が目を疑った。
一面薔薇の花弁が舞い散る中で悠然とたたずむアーサー。
黄金を思わせる髪が風に吹かれて薔薇の花びらと一緒に舞っている。

元々色のない肌はいつもにもまして真っ白で、アントーニョが好きな、あの意志の強そうなつり目気味の丸く大きな新緑色の瞳がまっすぐ前を見据えていた。

そして白い花びらがアーサーのすらりとした肩をまるで飾り紐のように彩る血に誘われるように集まるその様子をアントーニョは指一本動かせないまま呆然とみとれている。

そこでは全ての時間が止まったように、蝶のように舞う花びらとその中心にいる美しい術者以外の何者をも動けずにいた。

花びらはみるみる間に血に紅く染め上げられ、アーサーが舞いを舞う様な優雅な手つきで差し出す指先にまた吸い寄せられて行く。

そしてその形の良い薄い唇から
「オープン・ザ・ヘブンズドア…」
とつぶやくような呪文が漏れると花びらが一斉に敵のイヴィルを包み込み、さらにその色を紅くして、散った。

ハラハラと花びらが舞う中心からサラサラと止まった時を戻すかの様に砂がこぼれ落ち、それを合図としたかのように時間が動きだした。
目の前で大切なモノが崩れ落ちるのに、アントーニョは必死に手を伸ばした。

「タマ!!」
なんとかその体を支えて泣きそうになってその名を呼ぶと、一瞬軽く瞑られていたアーサーの目がぼんやり開いた。

かすかに笑みを浮かべた気がした…。

しかし次の瞬間、ペリドットは白い瞼の下へと消えていく。

「...タマ?!」
そこでアントーニョは初めて異常に気付いた。
「タマ?どうしたんや?!タマ?!!!」
不安が一気に胸中を襲う。
元々色が白いからついついみおとしていたが、顔だけじゃない。普段は薄いピンク色の形の良い唇にすら血の気がない。

左肩の傷に思わず目をやるが、確かに軽い傷ではないものの、こんなに短時間に意識不明の重態に陥る様な致命傷には見えない。
見えないだけで何か特殊な毒でも入ったのだろうか...
「タマっ!タマ、目、開けたって!!」
不安と恐怖でまともに思考が働かない。
ただゆるやかに命がうしなわれていく感覚だけがリアルに感じられた。

綺麗な綺麗な大切な花が散って行く。
止めようにも花びらは散る事をやめず、手のすきまからおちていく。

ふと思いついてアントーニョは固まった。
第一段階は杖で…第二段階は鞭…さっきの攻撃ではそのどちらも手にしていなかった…と言う事はまさか…第三段階?!
本部ではアントーニョがジャスティスになって以来、第二段階すら使えるようになっているのはアントーニョとエリザだけだ。
だから実際に目にした事はないが、記録として残っている第三段階の技と言うのは使ってはならない禁止技…再起不能になるか死に至るか…ともかく本当にどうしようもなくなった時に自らの身と引き換えに使う技だと言われている。

もしさきほどのモノがそういう類いのものだとしたら…アーサーの第三段階だったとしたら…それを使う事自体が致命傷になりうる…?
そう考えればこの状況も合点がいく。
そして…全身の血が凍り付いた。
声にならない声をあげて、アントーニョもその場に崩れ落ちる。

戦場跡で動かなくなったアーサーを抱えたまま放心するアントーニョの元へ人影が近付いてきた…



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