「おはようさんっ!」
カフェテリアで背中をポンと叩かれてアーサーは後ろを振り返った。
「昨日の…アントーニョ!」
後ろに近寄られるまで気配を全く感じなかったのに、こうして認識すると圧倒的な存在感を放つその男に、アーサーは警戒をあらわにする。そして吊り目がちな目をさらに吊り上げて、側に立つアントーニョを睨みつけた。
フッ~!と猫が全身の毛を逆立てて威嚇するような視線も意に全く介さず、アントーニョはむしろ嬉しそうに、名前覚えてくれたん?と満面の笑みを浮かべる。
「一人?隣ええ?」
アーサーが返事をする前にアントーニョはもうトレイをアーサーの隣において座っている。
「返事してねえ。」
というアーサーにアントーニョは
「そう言って嫌だっていう奴めったにおらへんやん。」
とニコっと爽やかさ満載の笑みを浮かべた。
「…言ってやる。い・や・だっ!!」
一言一言切って思い切り拒否ると、一瞬驚いたように目を丸くして、次の瞬間ぷ~っと吹き出した。
「自分おもろいなぁ…。俺の事はトーニョって呼んだって?子猫ちゃん」
「誰が呼ぶかっ!ていうか、その子猫ってなんだよ、子猫ってっ!!」
ガタっと立ち上がるアーサーを行儀悪く肩肘をついた状態で見上げると、
「やって、自分子猫みたいにかわええから。ひっかかれても冷たくされても可愛らしいて怒る気せんわ」
と、アーサーの手を取ると指先にチュッと口づける。
途端にかあぁぁ~っと染まる頬。
「ふざけんなぁ~~!!」
アーサーはその手を振りほどこうとするが、腕力は常人並みの遠隔系ジャスティスの力では、攻撃特化型の怪力には到底叶う訳もない。
何度か試したものの振りほどけず
「放せよ」
と言うが、
「嫌や~」
と返される。
そこでアーサーも諦めて椅子に座りなおし、
「昨日から一体何なんだ?何がしたいんだ?」
と、ため息まじりに問いかけると、アントーニョは嬉しそうに、しかし手はしっかり握ったまま答える。
「仲良うなりたいねん。」
「はあ?」
「せやから、自分と仲良うなりたいなぁって思って追い回しててん」
「…なんで?別に仕事に私情は入れない主義だから、無理に私生活まで仲良くしないでも構わない。」
そう、まずそれだ。
アーサーが言うと、アントーニョは一瞬また目を丸くして、次の瞬間苦笑した。
「ちゃうちゃう。仕事はまた別でええねん。私生活で仲良うなりたいねん」
「なんで?」
「だから…さっきから言うとるやん。自分かわええから、一目ぼれしてん」
「はぁぁ???」
聞いてない、そんなの断じて聞いてない!
「お前馬鹿か?俺男だぞ?」
昨日も言ったかもしれないが、念のためともう一度言う。
「知っとるで~。昨日聞いたわ。だから?」
「だからって……」
どう対応していいかわからない。
「そんな困った顔せんといて。いきなり襲ったりせんから」
太めの眉をぽよっとハの字に寄せて悩むアーサーにそう言うと、アーサーは
「襲われるくらいなら襲ってやるっ」
とフンと鼻を鳴らして応じる
「あ~、それええわ~。襲ったって?」
クスクス笑うアントーニョに、アーサーも諦めたらしい。
「もう少し行儀よく出来たらそのうちな」
と、ぷいっとそっぽを向いて食事を続けた。
「はいはい。楽しみにしとるわ。で?子猫ちゃんの事はなんて呼んだらお気に召すん?」
「子猫ちゃん以外の呼び名だなっ。」
即返ってきた返答に、アントーニョはう~んとうなる。
「そんなに悩むような事か?」
アーサーはちらっと目だけアントーニョに向ける。
「うん。そう言われると何かナイスな呼び方を考えないといけない気がするわぁ」
「変なやつ。」
アーサーがまた前を振り向いた時
「そうや!タマ!」
唐突にアントーニョが叫んだ。
「はあ?」
アーサーがあきれたように自分を指差すと、アントーニョはうんうんとうなづいた。
「確か極東支部のある日本の猫のポピュラーな名前やったような…」
「まあ…間違いではないけど…」
アーサーはこの妙なノリの男を見て少し考え込み、
「ま、いっか。じゃあお前ポチな。」
と宣言した。
「ポチ?」
今度はアントーニョが不思議そうに考え込む。
猫の名は知ってても犬の名は知らないのか、と、アーサーは説明を付足した。
「日本の犬のポピュラーな名前。」
「犬?」
アントーニョが自分を指差すのにアーサーがうなづく。
「好き勝手にしているようでいて、すげえ周り気にしてんだろ。フラフラしてるようで仲間が列からはぐれないように見張ってる感じで。」
「タマって…もしかしてえらい頭ええ?」
「それに気づくポチも頭いいな。」
こうしてアントーニョの性懲りのなさとアーサーの諦めの良さで、なんとなく二人の交流が始まりかけた時、ジャスティスに集合をかけるサイレンが鳴り響いた。
二人がブレイン本部に着いた時には、早朝だったと言う事もあり、まだベルが待機しているのみだった。
「ああ、来たな。まあ急ぎだから来てる奴らで行くか~。」
急ぎと言いつつのんびり言うローマ。
「おっちゃん、そないなええ加減な事を…」
さすがに呆れた声を上げるアントーニョに
「いや、アーサーの戦闘見たいからな。で、まだアーサーの能力を俺が把握しきれてないから、不測の事態に備えてトーニョは出動組だろ。そしたらあと一人はトーニョが使いやすいベルでいいかと思ってな。おっちゃんだって何も適当に組んでるわけじゃねえんだぞ。
とりあえずやばい所にはトーニョおいとけば、あとはそれほどシビアに選ばないでもいいって思ってるだけでな」
と、めんどくさそうに頭をかくローマ。
「そういう無茶ぶり堪忍してえな。いつもやん」
と、アントーニョは情けない表情で眉尻をさげる。
「ま、それだけ信頼してるってことでいいじゃねえか。」
と、ローマはそこでその話を打ち切って、状況説明に入った。
「敵はイヴィル一人にトカゲ型の魔導生物多数。
作戦としてはイヴィルの相手はベル、魔導生物はできるならアーサーの範囲攻撃で一掃してみてくれ。トーニョはアーサーの盾やれ。」
大事な期待の新人だ、怪我させんなよと言う言葉にはアントーニョも、まかせたってと力強くうなづく。
しかし続く
「でもってトーニョはアーサーが攻撃に入るまではトカゲへの攻撃は控えろ。
どの程度の範囲を倒せるのか見たい。
で、アーサーの方が大丈夫そうならベルのフォローはいってやれ。」
という言葉には、さすがに焦って
「ちょ、攻撃せずに防衛しろって?曲刀でどうやってそない器用なコトできるん?
どう考えてもルートのが適役やない?」
と反論を試みる。
「ん~。聞いてなかったか?アーサーの力把握できてないから不測の事態もありうるんだよ。
最悪アーサーなしでトカゲ全部とベルのフォローやる事になるから火力もいるし、お前じゃないと無理じゃねえか」
「簡単に言わんといて」
にこやかに言うローマに思わず頭を抱えるアントーニョ。
「ん~。簡単じゃないからお前に振ってるんじゃねえか♪」
「頭痛くなってきたわ…」
アントーニョは大きくため息をついた。
「まあよろしく頼む。お前はベテランなんだから、期待してるぞ」
にこやかに言うローマに見送られて3人は第8区の駐車場に向かった。
そのまま車に乗り込み、アントーニョがハンドルを握って、現場まで誘導するナビを確認して出発する。
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