誰にいうともなくそう言うと、プロイセンはドイツ行きの方へ向かう。
会ってしまえば手を伸ばしてしまわない自信がないくらいには惚れている相手だ。
みすみす不幸にはできない。
ドイツに戻ったら弟に言って、しばらく誰にもわからない場所で仕事をしよう。
イギリスが愛し愛される相手を見つけて、しっかりとくっついて、自分が立ち入る隙などなくなるくらいまで…。
でないと安心できない。
誰よりも幸せを与えてやりたいのに、自分が自分の感情のためにそのチャンスを奪ってしまいかねない気がする。
自分の理性が信用出来ない……。
そんな事を思いながらチケットを取ろうとカウンターへ向かいかけた時、フイに携帯がなる。
発信元は…日本。
いつ着くのかとかそういう話だろうか…。
それなら仕事が忙しいからとでも理由をつけてドイツへ帰る旨を伝えておくか…と、小さく息を吐き出した。
「あ、日本か。わりい、実は…」
「師匠っ!まだアメリカです?!出来るだけすぐ来てくださいっ!!」
プロイセンの言葉を遮る常にない日本の焦った声。
普段なら落ち着いたゆったりした喋り方をする元弟子が慌てるような原因と言えば…
「イギリスに…何かあったのかっ?!!」
携帯電話にすがるように顔を近づけるプロイセンの耳に入ってきたのは、日本のすすり泣くような声…。
「私の口からは……」
という言葉に
「すぐ行くっ!」
と、携帯を切って、
「一番早い日本行きのチケットをっ!!」
と、カウンターに飛びついた。
何が…何が起こった?!
もう一度日本に電話をかけて事情を確認しようと思ったが、怖くて出来ない。
何度も修羅場をくぐり抜けてきて自らの国すらなくしても生き残ってきて、怖いものなど何もないはずの自分が…怖くて電話に手をかけることすらできない。
(…イギリス…何もないよな?…無事だよな?)
飛行機の中でも震えが止まらない。
常に冷静沈着なはずな自分が…怖くて怖くて何も考えられない…。
自分が消える…その可能性はいつもあって、それすらも冷静に受け止める自信があった。
あいつが…イギリスが消えたら…?
クラリと目眩がした。
ありえない。
イギリスは腐っても大国だ。
いや…でも……兄が消えて自分が残って…またドイツが生まれて…そんな風に変わっていく可能性は?
今のイギリスの人格が消えて、あらたにイギリスの化身が生まれる可能性は?
絶対なんてありえない…。
(だめだ…お前が消えるなんてありえねえ。
俺は自分が消える覚悟はしてても、お前が消える覚悟なんてぜってえにできねえ。
俺は……なんのために………)
気が狂いそうに長い時間飛行機で運ばれて、空港に着くとプロイセンは大急ぎでタクシーを拾って日本の家に行く。
「わりい。本気で急いでんだ。」
と、急かして、日本の家まで着くと、鬼のような勢いでドアベルを鳴らした。
ひっそりとした玄関に人の気配。
ソロリと開くドアの向こうには、どこか憔悴したような日本が立っている。
「…師匠……もう少し早ければ……」
何故日本が赤い目をして黒い着物を着ているのか…いつもとは違う線香の香りをまとわせて……
「……っ!」
弟子を押しのけるようにかつて知ったる家の居間に駆け込むと、普段は開け放たれている奥の間のふすまが閉まっている。
ガラっとそれを横にスライドさせると、シン…と静まり返った部屋の中には布団が一式敷かれていた。
そして…その上に横たわっているのは金色の髪の少女…。
眠っているにしてはピクリとも動かない。
なにより…生きていれば当然あるであろう気配がしない……
「…お…い……なんの冗談……」
フラフラと布団の横まで歩を進めると、ペタンとその場に膝をつく。
若干顔色は青いが眠っているような顔。
なのに…生きている時にする生気のようなものだけない……まるで人形のようだ。
「…うん…なんか…ね、こんなことって…あるんだね。
今さ、魔法かかってて普通の状態じゃなかったから…なのかな?
人間みたいに…さ、あっという間だったよ……。」
と掠れた声で言う悪友の言葉に、そっと形の良い唇や鼻先に手を伸ばしてみるが、空気を感じない。
そのままそっと触れた首筋も冷たく脈がない…。
「なんだよ…これなんだよっ!!ありえねえよっ!!!」
慟哭するプロイセンに、フランスが静かに言った。
「坊ちゃんさ…プーちゃん待ってた。会いたいって言ってた。
たぶんさ、お前が居てもきっとこうなってたと思うんだけどさ、お前さ、早々に離れて良かったと思う?
どうせ終わりがくるなら、少しでも深入りしないように距離取った方が良かったって思う?」
「んなわけねーだろっ!!ざけんなあぁっっ!!!」
プロイセンはフランスを思い切り殴り飛ばした。
ドタンッ!!と、押入れの戸にぶつかる大きな音に日本が驚いて部屋に駆け込んでくる。
「師匠っ、落ち着いてくださいっ!!」
「ざけんなよっっ!!!
こんなことになるってわかってたら一分一秒でも一緒にいたに決まってんだろっ!!!
終わりが近えならぜってえに一時も離れたりしなかったっ!!
一瞬一瞬が二人でいれる貴重な時間じゃねえかっ!!!」
そうだ…こんな終わり方をするくらいなら…あの時スペインに託したりはしなかった。
狭い車でずっとくっついて過ごして、イギリスが最後の息を引き取る瞬間、そのまま車で海に突っ込むなんて終わり方でも良かったのだ。
惚れた相手と一緒に車でなんて最高の最期じゃないか。
「こんな…一人で逝かせるために諦めたわけじゃねえっ!ちくしょうっ!!」
畳に頭を擦り付けて床をこぶしで殴るプロイセンに、ですよねぇ…と、さきほどの暗いトーンはどこへ行った?とばかりに、淡々とした口調で日本が言った。
「…へ?」
おそるおそる振り返ると、その場に正座した日本はにっこりと言う。
「イギリスさんも同じだと思いますよ?
師匠がいつ消えるかわからないという意味で離れるというのは、イギリスさんが納得できる理由にはなりません。」
「…おい…一体……」
呆然とするプロイセンをよそに、日本の家の古い時計がボ~ンボ~ンと時を告げる。
「おや、そろそろ魔法が切れる時間ですねぇ…。
さあさ、爺は目覚めの紅茶でも入れてきますかねぇ…。」
どっこいしょっと年寄りくさい掛け声と共に日本が立ち上がって部屋を出て行くとほぼ同時くらいに、目の前の少女の白い瞼がゆっくりと開き、綺麗なペリドットの瞳が顔をのぞかせる。
「あ…ちなみに坊ちゃんを一時的に仮死状態にしたのは、スペインから拝借したランプの魔法ね。
坊ちゃんは事情知らないから、どう行動するかはお前さん次第だけど…自己完結する前に言葉にして想いを確認するって方法を世界のお兄さん、愛の国としてはおすすめするよ。」
イタタっと、こちらは首を振り腰を押さえながらもウィンクを一つ。
フランスも立ち上がって部屋を出て行く。
残されたのは訳もわからず目を覚ましたイギリスと、思い切り泣いたため赤い目の周りまで真っ赤に染めたプロイセン。
「…プロイセン?お前…どうして泣いて……」
半身起こして不思議そうにそう問いかけてくるイギリスの言葉は、思い切り抱きしめたプロイセンの胸元に顔を押し付けられた事によって遮られる。
「…っ……選べ…」
「…へ?」
「…俺様を…選べよ……。
もしかしたら…急に消えちまうかもしんねえけど……それまでの時間、お前に全部やっから……。
国じゃねえから…おはようからおやすみまで、ことりさんのように華麗に世話してやんよ…。
だから俺様を選べ…」
『プーちゃんて実は俺らより若いし……』
スペインの言葉が脳裏に浮かぶ。
なんだ…こいつ可愛いとこもあんじゃねえか……
「ガキかよっ」
プスっとイギリスが思わず噴きだすと、プロイセンは珍しく顔を赤く染めて
「うるせえよっ!どうなんだよっ?!俺様選ぶんだろっ?!」
と、さらにギュウギュウ抱きしめてくる。
「どうしてもお前が…」
「どうしてもだっ!」
ツンデレのテンプレートを遮ってプロイセンはイギリスの顎に指をかけた。
「…というわけで…ちゃっちゃと元に戻れよ。」
「へ?」
「時間がもったいねえ。俺は本物のお前と過ごしてえんだよっ。
俺が知ってる男で眉毛で貧相で…」
ツラツラと並び立てられて、イギリスは
「悪かったなっ!!」
と、ぽこぽこ頭から湯気をだすが、それにプロイセンは最後にニヤリと笑って付け足した。
「でも世界で一番俺様の好みのイギリス様とよ」
「………////」
「なあに、赤くなってんだよっ。キスしようぜ?キスっ」
「…っせえよっ!!さっきまでなんだか泣いてやがったくせにっ!
急に調子取り戻しやがってっ!!」
ニヤニヤするプロイセンに、今度はイギリスが真っ赤になる。
「すんのかっ、しねえのかっ?!」
「するっ!するけどよっ!」
「じゃ、黙ってろっ」
そう言うとプロイセンはグイっとイギリスを引き寄せて、半ば強引に唇を重ねた。
ぽふんっ!!!
と、まさにそんな音がしそうな煙に包まれて、イギリスが数日ぶりにいつもの姿に戻る。
「お~、おかえりっ」
それを見てくしゃくしゃっと嬉しそうに髪をかき混ぜるプロイセンに、イギリスは仕方なしに
「……ただいま…」
と赤くなってうつむきつつも応える。
「うん、やっぱあれだ。お前はお前のままがいいぜ?
小鳥さんのように華麗な俺様が言うんだから、間違いねえ。」
自信たっぷりに言うプロイセンに、
「全然説得力ねえっ」
と、イギリスは笑う。
それでも…自分は確かに愛されている…と、実感する。
まあ…女になった意味があったのか?と問われれば微妙なわけだが…。
強いて言うなら…ことりさんだけに幸せの青い鳥はあれこれ特別な事をしてあちこち特別なところにいかなくても、実はそのままの自分のところにいた…ということに気付くため…だったのだろうか。
消えるか消えないか…それはいつか国という概念が消える可能性もあるわけだから、今現在国であるから大丈夫というわけでもない。
ある意味、国という枷から外れて久しい状態でも消えていないプロイセンは、もしかしたら消えるという可能性から一番遠いところにいる…そんな可能性もあると思う。
ともあれ…国にしばられず、おはようからおやすみまで自分に縛られてくれるらしい恋人のおかげで、もう青い鳥を探す旅に出ることはなさそうだ…。
イギリスは満たされた気分で、ランプの精の魔法を解くためではない、二人で幸せな夢を見るための魔法をかけるための口づけを恋人からうけるため、再度ゆっくりと目を閉じたのだった。
Before <<<
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