プロイセンは内心混乱していた。
世界会議後から誕生日当日までイギリスの時間を拘束させてもらえるだけでもう今までで一番幸せな誕生日であるのは確かだが、今現在、イギリスが予約しておいたという温泉宿に向かう特急の指定席。
隣に座るのはいつもぴょんぴょんと跳ねている髪がサラサラロングになっていたり可愛い顔に不似合いな立派すぎる眉毛が綺麗な三日月眉になっていたりする以外はイギリスをそのまま縮めて柔らかくしたような感じの愛らしい少女だったりする。
プロイセンも想い人は悲観主義者で斜め上に暴走気質な男なわけだが、今回はどんなことを思いこんだのだろうか…。
誕生日なら男より女に祝われた方が嬉しいだろうとか…か?
もしそうだとしたらきっちり否定しておかなければならない。
男でも女でもイギリス本人だったら良いと言えば良いのだが、プロイセン個人としてはいつもの素のままのイギリスが良い。
今隣にいる少女だってイギリス本人でイギリスの面影をたぶんに残しているから十分可愛いのだが…あの心配になるくらい細く薄っぺらい身体や立派すぎていっそコミカルな眉毛が少し懐かしいな…と思っているのは秘密である。
まあそれでもせっかくイギリスが考えてそうしてくれているのだ。
どうせなら男のままのイギリスでは出来ない事をしよう。
そう考えて会議後すぐにプロイセンはイギリスを誘って街に繰り出した。
男のままだと絶対に嫌がられるであろうエスコートも、今の自身の姿がレディであるという自覚の元、紳士淑女の国の体現者としてはちゃんとさせてくれる。
男の恰好では絶対に行かないであろう、本人は隠しているようだが実は結構知られている少女趣味なイギリスが喜びそうなカフェや店だって、データ人間のプロイセンとしては一応ちゃんと事前にチェックしてあったので連れて行ってやったら目をキラキラさせていて可愛い。
案の定可愛らしいパフェを頼んで頬張りながら、じーっとまんまるのグリーンの目でこちらを見ていて、いきなり身を乗り出して来るから何かと思えば手が伸びてきて、オールバックにセットしたプロイセンの髪をクシャクシャと乱す。
非常に唐突なその行動に驚いて目を丸くすると、拗ねたように
――なんだか…ギルじゃないみたいだったから…
と口を尖らす様子は手にしたコーヒーのカップを思わず取り落としそうになるくらい壮絶に可愛らしい。
(これが萌え、萌えなんだな?!)
と、思わず心の中でこの国の国体である元弟子に語りかけてしまうくらい愛らしかった。
男とか女とか、性別なんか関係なしに、プロイセンの想い人はしばしばこういう突拍子もない可愛らしい行動をとるのだ。
そもそも…本人はそれを意識しているかどうかはわからないが、今の髪型がプロイセンじゃないみたいで嫌だということはすなわち、いつものプロイセンの方が好きだと言う事に他ならないのではないだろうか。
そう思うとじわじわと嬉しさがこみあげてきて、
――そっか。
とだけ返した自分の口元は絶対に緩んでいたに違いないとプロイセンは思う。
その後、やっぱりイギリスが好きそうなファンシーショップや雑貨屋に入ってジーッと凝視していたのでクマのヌイグルミを買ってやった。
イギリスがティディベアコレクターなのは秘かに知られていて、特にお気に入りの物は抱きしめて眠っているという噂なので、自分が買い与えた物を日々抱きしめてくれれば…と思う。
ちょっとした独占欲と言うやつである。
「俺様と同じでこいつも寂しがり屋だろうから、帰ったら一緒に寝てやってくれ」
と会計を済ませて渡すと、少し赤くなって『ばかぁ…』とクマに顔をうずめた様子が可愛すぎて、色々ピンチになりかけたのは秘密だ。
まあ女になって容姿は少しだけいつもと違ってもイギリスはイギリスで、そんな想い人とこんな風にデートを満喫出来た時点で最高の誕生日である。
これが明日も続くと思うと、『俺様もしかしてもうすぐ死ぬんじゃね?これ神様の最期のプレゼント?』とか、縁起のよろしくない事を思ったりもするが、逆にこんな可愛い想い人をライバル達のただなかに残しては絶対に死ねない。
そして電車を降りてタクシーに乗り、辿りついたのは静かな温泉旅館。
日本に教えてもらったというその旅館は客室全部が離れになっていて、そのそれぞれに露天風呂まで付いている。
――こういう方がゆっくりできるだろ?
と自分の方がうきうきと嬉しそうに言うイギリス。
そう言えば日本にイギリスは温泉が好きでよく日本に来ると一緒に旅行すると聞いた事がある。
その時はなんて羨ましいと思ったものだが、自分がこうしてイギリスと一緒に温泉旅館に泊まる日がくるなんて思ってもみなかった。
プロイセンがそんな風に感慨に浸っている間に、イギリスは女性にだけのサービスである自分で選んだ浴衣を着つけるのに悪戦苦闘している。
「お前…よく日本と温泉来るんじゃねえの?」
と、意外に苦戦しているらしいイギリスに声をかけると、イギリスは帯の結び方の説明書と帯を交互にみながら
「普段は女物の浴衣なんて着ねえだろ」
と、帯を結んではほどき結んではほどきしている。
ああ、なるほど。
「どれ、貸してみ?」
と、座イスに落ち着いて緑茶をすすっていたプロイセンは立ちあがって説明書を見て帯を結んでやる。
綺麗に蝶の形に結ばれた帯に、イギリスは『おおー!』と満足げに鏡の前でクルリと回った。
「サンキュー、プロイセン」
と、ようやく落ち着いて座イスに座るプロイセンのすぐ横にちょんと座る。
「お前…ここ座んの?」
と聞くと
「せっかく一緒に来たんだしなっ。近い方が良いだろ」
と頷くので、正面の座イスを持ってきて並べておいてやると、やっぱり礼を言ってそこに座りこんだ。
なんだかパーソナルスペースが広いイギリスにしては随分と距離が近い。
違和感を感じながらもそれでも幸せなので放っておくと、食事をとる時もそのままずっとくっついている。
日本のおススメだけあって料理も非常に美味しいのだが、食事と一緒に口にした日本酒で淡いピンク色に染まったイギリスの肌が少しはだけた浴衣から覗いているのが気になって今ひとつ味がわからない。
足を崩しているせいで裾が乱れて見えそうで見えない微妙なライン。
「イギリス…俺様だから良いけどな、お前足気をつけろよ?
崩すと見えるし、他の奴だったら襲われてるぞ」
と、羽織りを脱いで膝にかけてやると、少し酔ったのだろうか…トロンとした目で
「見えてもいいんだよ、ばぁか。
今日はそういう日だろ?」
と返ってきて、
まじかよ…この光景もプレゼントの一環てか?
いや…眼福ではあるが、見せつけられたらなかなか生殺しじゃないだろうか…。
男ならそこのところわかれ、わかりやがれ…と、プロイセンは深々とため息をついた。
こうして食後…布団を敷いてもらう間にとイギリスを誘って二人して大浴場へ。
当然混浴ではないので男女に分かれる。
幸せだし楽しいがイギリスも酔っているせいか妙に距離が近くて緊張もするので、ここでようやくホッと一息だ。
プロイセン自身は割合とそのあたりの理性は有る方だとは思うが、男の姿だろうと女の姿だろうと想い人がしどけない様子でくっついてくるのだから、たまらない。
しかしここで理性を保って穏やかに終われば、あの時楽しかったからまた…と誘う機会もあるだろうから、ジッと我慢だ。
頑張れ、俺様っ!
と、プロイセンは雑念を洗い流すようにシャワーを念入りに浴びてから風呂に入った。
こうしてなんとか復帰。
イギリスと待ち合わせてまた離れへ戻る。
ドアをくぐると香の薫り。
ガラリとふすまを開けると当たり前だが布団が二組並んで敷いてある。
一瞬ふすまのあたりで2人とも止まる。
しかし先に中へと足を踏み入れたのはイギリスの方だった。
少し離れて敷いてある布団をズルズルとくっつけ、荷物の置いてある方に駈けだして何やら出している。
そしておそらくローションの瓶とスキンを手に、どこか緊張したような…思い詰めたような顔でプロイセンを振り返った。
「…えっと…イギリスさん?」
グイッと浴衣の袖を引かれて戸惑うプロイセンに、イギリスは真っ赤な顔でぎゅっと目をつぶって俯いた。
「お…お前の誕生日に…童貞もらってやるからっ…」
「はああ????」
びっくりした。
ほんっきでびっくりした。
どうしてそういう話になるんだ??
いや、視覚的には可愛い…けど、こんなぷるぷる震えながらそんな事を言われても……
と、さすがにぽかーんと立ちすくむプロイセンに、イギリスはおそるおそる目を開き、ちらりと上目遣いに見あげてくる。
そして…男の時と変わらぬ大きな新緑色の瞳を縁取るまつげがじわじわ溢れてくる涙で濡れてきた。
――俺じゃ…だめ…か?
うああああーーーーとプロイセンは頭を抱えたくなった。
いや、ダメじゃない、ダメじゃねえけどよっ……
「ちょっと待て。ダメじゃねえけど…とりあえずちょっと話をさせてくれ。
急すぎて俺様展開についていけねえから」
と、とりあえずイギリスの肩を抱いて端に寄せてあるテーブルの方へと誘導する。
そしてその横に座らせるとイギリスの分と自分の分の緑茶を淹れた。
「えっとな…どうしてこういう展開になってんのか、教えてくれねえか?」
とりあえず落ち着いて話そう…と、なるべくそういう雰囲気にならないように頭を撫でながら湯呑を差し出すと、――子どもじゃねえ――…とぷくりと膨れるさまが元の童顔もあいまってあどけない子どものようだ。
それでも湯呑を受け取って湯気に顔を埋めるようにしながらぽつりぽつりと語りだすイギリスの話に、プロイセンは心の中で大きく息を吐きだした。
(…フランスのせいかよーーー!!!!)
イギリスがプロイセンの誕生日の贈り物に迷って相談に行った先がフランス…というのは、もう仕方ない。
まあプロイセン的にはフランスならまだ日本に聞いた方が良かったんじゃないか?と思わないでもないが、不本意ながらスペインと3人悪友トリオなどと一緒くたにされる事が多い自分達だから、そこは仕方ないと思う。
…が、確かに2人よりは若干若いし、ラテンの2人と違って遊んでいる方ではないにしても、生を受けて数百年。
その間ずっと貞操を守って来たとか、さすがにねえだろぉぉーーー!!!
そう一言申したい。
まあ…もし本当に自分が童貞だったとしたら、目の前の愛らしい想い人に今贈るのもやぶさかではないのだが……。
チラリと視線を落とすと、半分涙目で緑茶をすするイギリス。
ああ、可愛いなぁと思って、無意識に頭を撫でる。
「…事情はわかった。わかったけどよ…なんでそれで女?」
童貞じゃない…とはなんとなく悪くて言えなくて、とりあえず別の方向の疑問を口にしてみると、だって…とイギリスは口を尖らせた。
「男より…女の方がやりやすいだろ」
とプロイセン的には少し気になる発言。
ひくりと口元がひきつるが、なんとか平静を保って聞いてみる。
「つまり…お前、男でも女でも経験あるって?」
口にした瞬間、腹の底でドロリと黒いモノがこみ上げてくるのを押しこめていると、そんなプロイセンの葛藤に気づく事無く、イギリスはあっさりとのたまわった。
「あるわけねえだろ。
髭みてえな自分から無節操に誘いまくる変態じゃ無けりゃ、国やってたらそんな事やる必要ねえし、機会もねえし」
ゴン!とプロイセンはテーブルに突っ伏して頭をぶつけた。
え?ええ?!今なんておっしゃいました?イギリスさん。
いやいや、国だろうとなんだろうと、成人男性の形取っていたらそんな機会ありまくりだろうよっ!!!
喉元まで出かかった突っ込みを無理矢理飲み込んだプロイセン。
そしてさらに心の中で突っ込み。
――これ……俺様の童貞もらうってより、自分の処女プレゼントってのが正しくね?
もうどう反応して良いかわからない。
いや、頂いて良いならありがたく頂きたいところだが……なにぶん悲観的で暴走気質なイギリスの事だ。
ここで順序を間違うと飛んでもない事になる気がする。
なのでプロイセンは訂正を試みた。
「経験ないなら男でも女でも関係ないんじゃね?
俺様頂けるなら普段のイギリスが良いんだけど……」
すぐ戻れるものなのかわからないがそう言ってみると、
「…お前…ホモなのか?」
と生温かい目で見られて不覚にも泣きそうになった。
「そうじゃねえよ。男なら誰でも良いとか女なら誰でも良いとかじゃなくてだな、俺様はそのまんまのイギリスが好きだって言ってんだよっ」
このくらいでめげていてはフラグクラッシャー相手に恋の成就なんて望めない。
こうなったら絶対に折れないフラグを突き立ててやる!とプロイセンは決意した。
「ついでに言うなら一晩身体だけをもらいたいわけじゃなくてな、これからずっと心を貰いてえ。
お前は気づいてないかもしれないけど、俺様はずっとお前が好きだった。
料理…は好きとはまだ言えるまでになってねえけど、嬉しそうに料理するお前は好きだから、出来る限り毎週通ってお前の作ったもん食って、少しでも料理が俺様の好みに近づくようにアドバイスもした。
好きだから誕生日に一緒に過ごしたかった。
好きだから抱きてえ。
でも…好きだから…心がまだついて来てねえなら好きになってもらえるまで抱きたくねえ。
ちゃんとお前も俺様に抱かれてえって思ってから抱きてえんだ。
だから…お前がまだ俺様の事好きじゃねえなら、今日はまだ抱かねえし、宣言しちまったからにはこれから好きになってもらえるように必死に口説く」
一気にそう言いきってイギリスに視線を向けると、本当に全く気付いていなかったのだろうか…真っ赤な顔で口をパクパクさせているイギリスがいた。
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