ハプニング・バースデー_3

こうして迎えた1月17日。
世界会議最終日。




今回の会議はやたらと隣の髭が話かけてくる。

(ねえ、結局プーちゃんの誕生日どうするの?)
と聞かれて、
(ああ、こいつ前回置いてあったワイン根こそぎ持って行った事を根に持ってて嫌がらせに邪魔するつもりだな)
と思った。

そう、フランスはそういう奴だ…と、イギリスは信じている。
だから言った。

(すげえ逸品見つけ出したけど、お前には見せねえ)
それを信じたのか信じてないのかわからないが、フランスはそれを聞いてなんだかホッとしたような顔をした気がする。

おかしい…
たとえそれがプロイセンへの贈り物のチョイスだろうと、フランスがイギリスの成功を望むはずはない。

あまつさえ…
(ああ、そうなんだ。前回の話、ちょっと心配してたけど……)
などと言うので、ますますおかしい。
何故フランスがイギリスの心配なんかするんだ?
あ、もしかして心配しているのはプロイセンの貞操の方か?
馬鹿だな、男は初めてかどうかなんて気にされない…というか、初めての方が気にされるのに…などと思いながら、これだからこいつは髭なんだ…と、内心呆れかえる。

そしてさらにバレて邪魔をされないように…と、

(前回の話?なんのことだ?ああ、贈り物が見つからないって言ってたことか?
あれ…結局何かお前役に立つこと言ったか?
なんにも役に立たなかったよな。酒は美味かったけど)
ととぼけて見せれば、イギリスが酔っていて覚えていないと思ったのだろう。

心底安心したように
(何言ってんのよ、お兄さんの料理だって美味しかったでしょっ!
てか、お前、お兄さんが素敵なアドバイスする前に根こそぎ持って逃げたよねっ)
と、フランスは拗ねるフリをしてみせた。

そんなやりとりをして半分は信じたらしいが、まだ疑っているのだろうか…

(まあいいや。今日終わったら飲みにでも行く?)
と聞いてくるので、それはきっぱり
(いや、終わったら日本とでかける)
と、それは日本に根回しして頼んでおいた理由を口にすると、それでもしつこく
(あ、じゃあお兄さんも合流していい?)
などと聞いてくるので
(死ねっ!)
と返しておいた。

まあ…もしついて来ようとしても、いったん撒いたら絶対に見つからない自信はあるわけだが……。

髭を撒く。
それだけで楽しい気分になってくる。
クスリ…と笑みをこぼして、アーサーは上機嫌で会議に集中した。



会議の終了は午後2時。
日本が告げる終了の宣言。
それと同時に当初の計画通り、日本が『あ、フランスさん、少し話が…』と、フランスを足止めしてくれる。

そうしておいて、イギリスのさきほどの言葉がまるで本当のように
『ああ、イギリスさん、申し訳ありません。片付けに少しかかるかもしれません。
休憩室に紅茶をご用意させて頂いておりますので少しお待ち頂いていても宜しいですか?』
とイギリスにも声をかけてフランスを油断させる。

いたずらっぽくかわされる島国の視線。
それは楽しい共犯者の視線だ。

イギリスはそれを了承すると、他からの声がかからぬようにすばやく会議室を後にして、プロイセンが待つ隣の隣の休憩室へ。



「お、イギリス、会議終わったのか。お疲れさん」

感心な事に待っている間仕事をしていたのだろう。
プロイセンはそう言って向かっていたノートPCから顔をあげると、パタンとPCを閉じて言った。

「ああ、ちょっと急いで支度する。
髭を撒かなきゃなんで…」
と、イギリスは自分が入ってきたドアを後ろ手に閉めると、鞄の中から巻物とステッキを取り出した。

へ?…と、不思議そうに目を見張るプロイセンの目の前で床に用意してきた魔法陣を描いた巻物を広げ、トン!とその上に乗るとほあたっ!とステッキを一振り。
するとクルクルと星が舞い、光の中で魔法少女の変身シーンよろしくイギリスの髪は伸び、背が少し縮み、手足は若干柔らかい丸みを帯びた。
不思議な事に着こんでいたスーツですら、真っ白なワンピースに変わっている。

「ま、大英帝国の本気を出せばこんなもんだっ」

どうだっ!とばかりに仁王立ちするイギリスに、さすがのプロイセンも目が点だ。
いや、一体何が起こってる??
「…え~っと………」
「………」
「イギリス……だよな?」
「…おうっ……」

明らかに困惑しているようなそのプロイセンの反応にイギリスはちょっと不安になってきた。

「えっと…好みのタイプから外れてたか?」
とおそるおそる少し低くなった視線で見あげれば、プロイセンは
「い、いやいやいや。なんで俺様の好みのタイプが関係すんだ?」
と、慌てたように飛びのいたので、ああ、これは外してしまったのか…と、プライベートでは弱い涙腺が決壊しかけた。

そこでプロイセンがさらに焦る。

「いや、違うってっ!可愛いっ!すっげえ可愛いけどなっ?
なんでいきなり女になってんだと思ってっ!!」
と、今度は近寄ってきて、イギリスの肩口にそわそわと手をさすらわせて、結局諦めて肩を抱き寄せた。

気を使わせた…と悲しくなってクスンクスンと鼻をすすると、プロイセンは困ったように眉を寄せたまましばらくイギリスを抱き寄せていたが、最終的にポケットからきちんとプレスした白いハンカチを出して涙を拭いてくれる。

そして顔を覗き込んで
「…なんかわかんねえけど、せっかく祝ってくれようとしてるのに泣かせてごめんな?」
と、頭を撫でて来た。

こういうところがプロイセンは兄っぽいと思う。
嫌いじゃない。
というか温かくて安心する。
プライベートではプロイセンは絶対にイギリスを貶めたりしない。
悪い事は直接注意してくれるし、大抵の事は許容してくれる。
そういうところにホッとする。

「…あの……」
それでも何か言わなければ…と、イギリスがようやく顔をあげた瞬間、バン!とノックもなしに開くドア。
そして顔を見せるフランス。

やばいっ!と思う。
気づかれないとは思うが、この姿で自分がイギリスだと気づかれたらとても嫌だ。
あとで絶対にからかわれるっ!!
そう思うと反射的にプロイセンに抱きついていた。
プロイセンの方にもあらかじめフランスが邪魔をしようとしているからと言ってあったので、プロイセンもイギリスの顔を隠すように抱き寄せてくれる。

それを見て、フランスはぽかーんと呆けて、
「あ…ごめん。プーちゃん取り込み中だったのね。
坊ちゃん見なかった?」
と、どうやらイギリスには気付かなかったようで、そう聞いてきた。

「いや?俺様、ここで雑用中でそろそろ終わったし、これからデートなんだけど?」
そこでプロイセンがとぼけてそう言うと、
「あー、邪魔してごめんね。ごゆっくりー」
と、フランスは少しホッとした様子で言うと慌ただしく去って行く。

「なるほどな…こりゃあ気づかねえわ」
と、それを見送ってプロイセンは感心したように言った。
どうやらこの姿になったのはフランス避けのためだと思ったらしい。

まあ結果的にはそうなったが実は目的は違うのだが、良しとしよう。
そう思っていると、上から感じる視線。

「…なんだ?」
と聞くと、プロイセンはニカっと笑って
「ま、せっかくだからデートすっか」
と、いったん離れてハンガーにかけてあったジャケットを羽織った。

「デート…か?」
「おう、3時前だしな。
男同士じゃ入りにくそうなカフェでも行ってみようぜ」

そう言いつつお手をどうぞ?と言わんばかりに差し出すプロイセンのひじに手をかけると、イギリスは
「しょうがねえな。つきあってやる」
と、実は内心非常に浮かれつつもツンとした様子で了承する。

こうしてイギリスはプロイセンにエスコートされるまま街中へと繰り出した。



日本…という国では外国人は珍しい。
だからしばしば注目をされるのだが、そんな中でもプロイセンは人目をひく。

まず色合いが珍しい。
銀髪…はとにかくとして、最高級のルビー、ピジョンブラッドのような真紅の瞳。

顔立ちだって職人が丹精込めて作りあげた彫像のように整っていて、体つきは今でも鍛練を欠かさないだけあって全身無駄のない筋肉に覆われている。

軍人あがりで姿勢がよく、今日はスタンドカラーのシャツにリボンタイにジャケットというセミフォーマルで、それがまた驚くほどよく似あっている。

そんな様子だったから、外国人が珍しい…と言う以上に、何かモデルか芸能人に向けるような羨望の眼差しが若い女性を中心にした道行く女性陣からチラチラと向けられていた。

そして今日のスタイルに合わせているのだろうか
いつもは騒々しいイメージのある男だが、今日はやや落ち着いた雰囲気だ。

極々自然に通路側に誘導され、ドアが開けられ、カフェに入れば当たり前にメニューを先に差し出される。
驚いた事に女性に全く縁がないと思っていたプロイセンは意外にもエスコートに慣れている風だった。

失礼ではあるがあまりに驚いたのでそれを口にしてみると、プロイセンはちょっと目を開いて、そして笑う。

「俺様だって一時は国の仕事してたんだぜ?
社交界に混じれねえとやっていけない事だってあるだろ」
と言われれば、確かにそうだと納得した。

いつも女性関係の縁遠さを悪友達にからかわれていたので失念していたが、そう言えば昔はパーティで会った事もある。
そんな時は普段の騒々しさが嘘のように堂々と落ち着いた様子で、貴婦人達とも普通に会話を交わしたりダンスをしたりしていたな…と、イギリスは懐かしく思いだした。

なまじ軍人でストイックな雰囲気を纏っている事もあって、随分と令嬢達にも人気があったように思う。
今日はなんだか珍しくドイツのように前髪をきっちりとあげていて、そんな頃を思わせた。

――プロイセンのくせに……

何故そんな事を思い出してムッとしたのかわからない。
でもムッとした感情のまま少し身を乗り出して手を伸ばすと、綺麗になでつけられたプロイセンの前髪をクシャクシャっと乱した。

…へ?
いきなりのイギリスの行動に左手にコーヒーカップを持ったまま目を丸くして固まるプロイセン。

「…なんだ?」
と言う声にハッとして、今度はイギリスの方が一瞬固まる。
本当に自分でも何故そんな事をしたのかわからない。

――なんだか…ギルじゃないみたいだったから
と、ごまかすように口を尖らせてみせれば、

――そっか。
と、プロイセンはそれ以上追及はせず、しかし何故か少し嬉しそうに笑った。



そのあとは促されるまま可愛い雑貨屋を覗いて、そこでこちらをつぶらな目で見ている小さなクマとお見合いをしていたら、気づいたらそれを買われて持たされていた。

「いや、おかしいだろ?今日お前の誕生日の祝いなんだから俺がお前に買うべきで…」
と、わたわたと慌てると、プロイセンに当たり前に
「いや、おかしくねえだろ。今お前女だし?
俺様がクマのぬいぐるみ抱えてるよりは自然じゃね?」
と言われて、
「それもそうだな…」
と、その時は納得したが、何か違う気がしないでもない。
まあクマは可愛くて手放しがたくなってしまったのでありがたく頂いて置く事にはした。

全てがそんな感じで進んでいく。

これではどちらの誕生日なのだかわからないな…と思いはしたが、そんなまるで大切なレディのように扱われるのは不思議と不快ではなく、むしろ楽しかった。





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