元軍国プロイセン。
黙っていれば非常に整った容姿のイケメン。
…だが、口を開くとなかなか残念。
………に見えて、実は根本的な部分は生真面目な性格で頭も良い。
もちろん元国である以上、他国同様に共闘した事も敵対した事も多々あった。
が、他国と違ってその国同士の政策を後々まで感情的に悪い方に引きずるような事はなく、むしろ個人としては友好的な関係を築いていたと言っても良い。
特に昨年にイギリスを訪ねて来てスコーンを食べて倒れて以来、何故かよくイギリス邸に訪ねてくるようになっていた。
もちろん仕事ではなくプライベートで、である。
下手をすると隔週の週末ごとくらいに…。
これだけ頻繁に訪ねてくるとなるともう知人という枠ではないなずだ。
友人…そう、友人だ。
元々他国と違ってイギリスを過剰に恐れたり貶してきたりすることのないプロイセンにイギリスは好意を持っていたし、それは非常に好ましい事に思えた。
友人と呼べるのはポルトガルと日本に続いて3人目だろうか…。
つまり…非常にレアな存在なのである。
そんな相手の誕生日。
もちろんそれ相応の贈り物はしたいと考えるのは当然だ。
自分があげたい物よりは出来れば相手に喜ばれる物を…と思うのだが、友人と言う括りに入れてもこれはおかしくないだろうと思ったのがごく最近で、そう認識してから初めての誕生日である。
だから失敗は絶対にしたくない。
でもよく行き来をするわりには相手に贈り物をと思うと良い物が思い浮かばない。
これは…非常に不本意だが彼と付き合いの長い相手でさらに自分も聞きやすいあたりに意見を求めるのが無難だろう。
ということで…
「ヒゲ!プロイセンの誕生日に相応しいと思われる逸品を教えやがれっ!」
金曜日の夜…機嫌良くオフィスから出て来たフランスにいきなり後ろからヘッドロックをかまして、そのままフランスの自宅へ連行。
食事を作らせて仕方なくそれを食べてやって、酒を出させて今ここ…状態なわけである。
食後にデザートまでしっかり食べ、つまみと共に呑む態勢に入ってそこで本題。
『プロイセンの誕生日の贈り物を選ぶため好みを教えろ』
とイギリスが言った時のフランスの顔ときたら、本当に苦虫をつぶしたような顔だった。
まあフランスからすれば無理もないだろう。
楽しいはずの週末に待ち伏せされてヘッドロックをかまされて自宅へ連行された挙句に食事にツマミを作らされて酒を提供させられる…まではまだ通常運転だとしても……
「お前…お兄さんの時は誕生日の歌を歌いながら素敵な食物兵器を口に押し込んでくれた気がするんだけど……?」
日常的にそこまでさせられている自分の誕生日はこれだったのに…
そんな献身に対して年に一度の報酬があの暗黒物質で、プロイセンには何か特別に贈り物をと言うのである。
不機嫌になるのも仕方ない…とフランス自身思うのだが、イギリスにとっては違うらしい。
「食物兵器じゃねえっ!スコーンだっ!!
年に一度の誕生日だからわざわざお前のために焼いてやったんだぞっ」
普段ならフランスのためにわざわざ焼いてやったりはしないのだ。
まあ…たまたま焼いておいたのがある時は分けてやるが……
だから、まぎれもなく特別な贈り物であり、感謝しろと主張する。
「しかも…誕生日の支度に張り切り過ぎて疲れ貯めて食った瞬間礼も言わずにぶっ倒れやがってっ」
「お前…あれをそう認識するわけね……」
ああ、本人にも誰にも言わないけど…絶対に言わないけど、なんで自分はこんなむちゃくちゃな女王様が好きなんだろう…
そう思うとさすがの世界のお兄さんもため息しかでない。
フランスとしては美食の国として名高い自分がそれでも即座に捨てたりせずに果敢に口にしただけで感謝して欲しいくらいなのだが、これもイギリス的には認識が違うらしい。
「なんだよ、失礼な奴だな。
まあ俺は紳士だからな。
謝罪もない無礼は許してやるから、プロイセンの好みに関する情報寄越せっ」
とまで言われたことで、イギリスのそういうところには慣れているはずのフランスも酒が入っているせいか次第に苛々してきた。
「お前さ…もうお兄さんのお誕生日にしたのと一緒の事すれば?」
と、やれやれと言った風に首を横に振って言うと、イギリスはうつむいて口を尖らせた。
「……俺だって…俺のスコーンが他人には理解されない事くらい知ってる……」
そう、だからダメだ。と言う。
自分が良かれと思って渡したとしても相手が嫌がっている物を渡したら嫌がらせだ。
プロイセンは来るたび『少しは巧く焼けるようになったか?』なんて失礼な事を言いながらも何故か食べて、そして感想と改良点を指摘するのだけど…
美味いとは思ってないようなので、それを誕生日の贈り物にするには気がひける。
友人には喜んで欲しいのだ。
なにしろ日本以来、数百年ぶりの友人なのだから、とびきりの物を贈りたい。
もちろんそんな事を素直に口に出せるような性格ならもう少し周りに人があふれていたのだろうが、素直に口に出さなくてもなんとなく匂わせるだけでフランスにはイギリスのそんな気持ちはしっかりと伝わっている。
この場合…伝わらなかった方が幸せだったのだろうが、あいにく伊達に1000年以上すぐ隣でイギリスを見守り続けていたわけではないのだ。
好きな子が他の男の好みを聞いてくる。
それだけで十分気分が宜しくないのに、自分の時とのあまりの待遇の違いに、フランスは少し眉を寄せて口を尖らせた。
しかしフランスに気を使うという習慣を持たないイギリスは当然ながら空気を読まない。
ああ、これが数百年前の髭の生えていないお姫様のような容姿の頃なら可愛らしい表情だったのに時の流れは残酷だな、などと失礼な事を言うので、イギリスと違ってフランスはハッキリ言った。
「…お兄さんの時と随分態度が違うじゃない」
すると即答。
「お前とプロイセンを一緒にする事自体が間違ってるだろう?
そんなのいくらなんでもプロイセンに失礼だ」
本当にいつもの軽口だ。
フランスだって逆の立場ならこのくらいの事は普通に言う。
しかし繰り返すがフランスは今非常に機嫌が悪い。
加えて
(ああ、そうですか。そう言う事言うわけね…)
と、近年はなりを潜めている気位の高さが頭をもたげて来た。
「お前、お兄さんと違ってセンスなんて欠片もないんだからさ、お兄さん怒らせたら困るんじゃないの?
自分で用意出来るプレゼントなんて、せいぜいプーちゃんの童貞もらってあげるくらいじゃない?」
本当に売り言葉に買い言葉。
喧嘩を売る気満々のフランスの口から出たこの言葉は、しかしこの時のイギリスにはそう聞こえなかった。
まるで雲の合間から差し込んだ日差しのように、きらりーんと脳内を照らしたのだ。
「それかっ!!そうだよなっ!よくお前らにそれでからかわれてるもんなっ!
でかした、髭っ!
そうと決まれば俺帰るなっ」
実に晴れ晴れとした顔で宣言するイギリス。
それに驚いてぽかーんと口を開けたまま固まるフランス。
そして…
「え?ええ?坊ちゃん??
なに?うそっ!冗談だってばっ!!!」
いきなり立ちあがったイギリスを止めようとして、フランスは有無を言わさず現役時代さながらの蹴りで吹っ飛ばされて一瞬意識を失ったのだった。
時間にして数分だろうか…
意識が戻った時にはまだ開けてなかった酒やつまみごとイギリスが消えていた。
飲み食いしようと思っていた物はしっかり持ち帰ったらしい。
(ちょ……嘘…だよね?坊ちゃんも酔ってたんだろうし……)
と青くなるもあとのまつり。
まあ…プロイセンの誕生日の前々日はタイムリーにも日本で会議だ。
喧嘩した手前すぐ電話で自分が言った事を否定するのも癪に障るし、何か変化があるようならその時にでも訂正すれば良い。
まあその前に今日の事などすっかり忘れ果ててまた相談しにくるかもだし?
そんな事を考えながらフランスは仕方なしに2人で食い散らかしたテーブルの上を片付け始めた。
《プロイセンの童貞の奪い方》
それがイギリスの目下の課題だ。
前々日から日本で会議なので会議の前日には日本入りをする予定だが、さて、いつプレゼントを渡すか…だ。
前日まで家族であるドイツが会議で日本なので、もしかしたら誕生日の祝いを日本で開くのかもしれない。
日本自身もプロイセンとは元師匠と弟子という関係なので、あるいはそこにプロイセンのお気に入りのイタリアも加えて元枢軸で楽しくパーティと言う事も考えられる。
そんな中に果たして割りこめるだろうか…。
いや…無理だろう。
仕方ない。
前後の日のどちらかに二人きりになる時間を取ってもらおう。
さすがに皆の前で渡せるようなものではないのだから…。
とりあえずプロイセンの予定をきかなくては
そう思ってイギリスはプロイセンに誕生日に贈り物をしたいので前日の会議後か、もしくは翌日あたりに時間を取ってもらえないかとメールを送る。
そして待つ…間もなく、とてつもなく早いスピードで返事が返ってきた。
…自宅警備員だからよほど暇なのだろうか……
そんな失礼な事を考えながらメールを読んで、イギリスは目をぱちくりさせた。
From:イギリス
件名:1月18日前後について
本文:
突然すまない。
お前の誕生日の17日の会議後か19日あたり、贈り物を渡したいので2人きりになれる時間を取ってもらえないだろうか?
とのメールに対して
From:プロイセン
件名:re:1月18日前後について
本文:
いつでもいいぜーー!!!
なんなら17日から19日までずっとでもいいっ!!
めっちゃ時間空けておくっ!!!
という返事。
いや、それはないだろう。
そこまでイギリスに時間を取ったらドイツがさすがにキレるだろう。
いや…落ち込む…か?
From:イギリス
件名:re:re:1月18日前後について
本文:
いや…ドイツと祝う時間もあるだろうし、そちらを優先してもらって構わない。
俺は空いてる時間で良い。
本当に気を使わないでくれて良いから。
これが悪友のフランスとかとの予定ならスルーするところだが家族は大事だ。
そう思って、そう返事を返すと、今度はなんとそのドイツからメールが来た。
From:ドイツ
件名:1月18日前後について
本文:
突然すまないな。
兄からメールについて聞かされた。
俺はいつでも会えるし、兄がイギリスと過ごすのを非常に楽しみにしていて今度の申し出もとても喜んでいる。
なのでイギリスの都合が良ければ誕生日当日の1月18日に一緒に祝ってやってくれないだろうか?
そうか…あいつもいつも1人楽しすぎるとか言ってるから、家族で祝う事はあっても友人に祝ってもらえるという事がないのかもしれないっ!
なかなか失礼にしてありえない感想である。
しかし家族であるドイツ直々の許可にイギリスはなるほど!そうか!とそう納得した。
そしてそれなら…と17日の会議後から18日にかけて一緒に過ごしてもらいたいとの旨を送りなおして了承される。
これで日程は決まりだ。
まあ…プロイセンは初めてだから2,3時間のご休憩的にすませるというのも可哀想だし、そもそも無理だろう。
初めての思い出にするには…やはり日本に良い宿を取ってもらって、美味しい食事に風呂。
そして良い雰囲気の中で…と、シチュエーション作りも大切だ。
どうせなら奮発して露天風呂付きの部屋にしようか…。
ワクワクとそんな事を考えつつ、準備するものをピックアップし始めたが、そこでイギリスは壁にぶち当たる。
――男同士でやる時って何を用意してどうすればいいんだ?
そこにフランスがいたなら、お前、まずそこから考えるべきでしょおぉぉーーー!!!
と叫んでいたに違いない。
もちろんこの場にはいないから突っ込みを入れる人間も存在しないのだが…
そう、千数百年の人生の中で友人ですら3人目なのだ。
プロイセンの事を童貞童貞と言っていたが、イギリスも恋人など持った事はない。
コミュ障を舐めてはいけない。
それでも女性とのやりとりはまだ少年期にたしなみとして教えられた事はあるので知識としては知っているが、男性とのやり方など誰も教えてはくれなかった。
どうする……
イギリスが知らないと言う事はプロイセンだって同性同士のやり方など知らないだろうし、ミッションを完遂出来ないではないか。
正しいやり方など知識としてはネットで出てくるが、実地が大切だ。
異性間より難しそうだし、童貞をもらってやると誘っておいて自分も初めてで上手く出来ませんでは笑えない。
かといって…練習で他とやるのは嫌だ。
気持ち悪い。
ここでプロイセンとならやってもいいのか?という考えが浮かばないのがイギリスである。
うーーーん………
イギリスは悩んだ…
予定を開けてもらっているのだ。
今更キャンセルはありえない。
物を渡すだけなら2人きりでなくても、そんなに長い時間を取ってもらわなくても良かったのだ。
ここまできたら絶対に童貞をもらってやるしかない…
謎の使命感に突き動かされてイギリスは考え込む。
せめて異性間ならイメージくらいは沸くし、普通に出来る気がするのだが……
(あ、それだっ!当日ほあたっ☆すればいいじゃないかっ!!)
実に安易に、イギリスはぽん!と手を叩いた。
会議後、魔法で女になれば全ては解決だ。
やるなら女の方が楽だろうし、慣れてなくても普段は男だからの一言で済む。
プロイセンだって初めてが男よりも女の方が良いんじゃないだろうか。
非常に安易に…だんだん何が目的かわからなくなりつつあったが、イギリスは色々流された。
そして日本に連絡をして1月17日から18日まで、1泊2日で東京から1時間強くらいの距離の温泉宿を予約してもらう。
『ちょっと事情があって…アリス・カークランドで予約いれてくれるか?』
と言うと、そこはさすが空気を読む国だけあって理由をしつこく聞いて来たりせず流してくれるのがありがたい。
『了解いたしました。一緒に特急券もお取りしますか?』
などと言う気づかいもあって、イギリスは感謝の言葉とともにそれに甘える事にした。
こうして準備は整った。
あとは当日を待つばかりである。
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