恋は仁義なき戦いだが愛は誠意であると元軍国の化身は言った

動揺につけ込むのは戦略としてあり。
は?戦略なんて言っていいのか?
当たり前だ。
《恋は戦争》なんて言葉もあるんだぜ?
今はまだ恋。クールに戦略をたてていこうぜ。
そしてこれが愛に変わったら…そこからは一切の嘘も打算もなし。
誠心誠意お仕えしますよ?ユアハーネス?





その日は世界会議二日目。
場所はベルリン、ドイツのお膝元だ。

明日を最終日に控えてドイツの補佐役として裏方に徹しているプロイセンは会議室の隣室でリアルタイムで送られてくる今日の会議の情報を元に、明日の会議の資料を作っている。
踊るばかりで進まないと言われている世界会議でも、多少の進展がなくはないのだ。
進展に合わせて必要な資料だって変わってくる。

踊り9に対して進展1。
それでもなんとか多少の進展を見て今日も無事会議終了。

そして会議が終わると、各国がぞろぞろとグループに分かれ出す。

放置すると残った仕事を一緒に片付けに来るであろう弟のドイツには今日の片付けや明日の支度は自分がやる。
他の国が羽目を外さないように見張るのも仕事だ、特に遅刻癖のあるイタリアあたりは…
と言ってやっているので、久々に会う恋人と二人きりとはいかないかもしれないが、そのあたりと食事に行くだろう。

ディスプレイの向こうで普段は厳しい顔の弟が、兄であるプロイセンにだけはわかる少し嬉しそうな顔でイタリアに話かけているのを微笑ましい気分で見る。

普段気苦労ばかり多い弟なのに、この上胃が痛むばかりの会議では可哀想だ。
もちろんやる事はきちんとやるべきだが、やったことに対する褒美は与えられるべきである。

親や兄という立場の人間がしばしばそうであるように、プロイセンは自身の褒美はその目下の家族の嬉しそうな顔だとばかりに自分は黙々と仕事をこなしながら、そんな事を思いつつ、ちらちらとディスプレイをのぞいていた。

悪友二人は二人きりで飲みに行くらしい。
合流するか?と思って一瞬携帯に手を伸ばしかけるが、まあ明日もあるので良いだろうと思いなおす。
とりあえずまだ会議の日程が完全に終わっていない以上、仕事が優先だ。

まああと30分もすれば今の資料も出来るし、コピーその他は部下に任せて、その時にまだ食べているようなら連絡して合流しよう。
そう思いつつ、プロイセンはひたすらまたキーボードに指を滑らせた。

それからほんの1,2分後。

会議室に目を向けるとふと見えるイギリスの姿。
プロイセンがずっと秘かに片思いをしているヨーロッパの西に浮かぶ島国の化身は今日も相変わらず世界で一番可愛いが、一度目にいれてしまうと視線を放しづらくなってしまうため視界にいれないようにしていたのに…と、しまったと舌打ちをする。

ああ、でも隣に仲良しの日本が居ると言う事は、今日は二人で夕食か。
ちきしょー、羨ましいぜジジイ、そこ代われ!と心の中で毒づきながらも、それでも数百年来の想い人が親友と楽しく過ごせると思えば、心が温かくなる。

会議の時はいつもふざけた事をぬかす元弟をたしなめては暴言を吐かれ、ただただ構って欲しい隣国の腐れ縁にはそれをちゃかされ、世界のために正論を言っているのに嫌な思いばかりさせられるのだ。
ドイツ同様、それを補う褒美を受け取るべきである。

そんな事を考えながら少し口元に笑みを浮かべて手だけはキーボードを叩いていると、ディスプレイの向こうで小柄な白と黒の島国達の所に大きな影が映った。

イギリスの元養い子で日本の友好国であるアメリカだ。
日本の腕を取る彼の言っている事はディスプレイに背を向けているのでわからないが、日本が『申し訳ありませんが、今日はイギリスさんとお約束をしているので』と言っているのは唇の動きでわかる。

この時点ですでに嫌な予感がした。

3人知らない仲ではないのだから普通なら100歩譲ってもじゃあ3人でというところだが、アメリカは常に一歩も譲る気のないお子様だ。
特にイギリスに対しては意地になる。

…というか、もうイギリス本人以外はうっすらと気づいているが、これはイギリスと仲の良い日本への牽制だ。
思春期真っ盛りのお子様のごとくイギリスを独り占めしたいが素直になれないアメリカは、日本と食事をしたいわけじゃなく、誰かとイギリスを近づけたくなくてイギリスに近づく相手の方にちょっかいをかける。

ああ…こいつ本当に馬鹿だ…と、まいど繰り返されるそれを見て、プロイセンはため息をついた。

むしろアメリカがイギリスと二人きりで食事をしたいのだと主張すれば、育て子が可愛いイギリスは悩んだ末融通をしてくれるだろうに…。
子どもに見られたくない、甘えてるなんて思われたくないなんて意地を張る方がよっぽど子どもだとプロイセンは思う。

もし自分がアメリカなら、元養い子の立場を最大限利用してイギリスの時間を出来る限り拘束した上で、関係を変化させていくものを……

こうなるとお子様の我儘に日本が折れる。
『イギリスさん、申し訳ありません。またご連絡させて頂きますね』と謝罪。
アメリカに引っ張られて行った。

確かにあそこでそれでも粘るとアメリカがイギリスに対して暴言を吐き始める事は容易に想像できるし、被害が大きくなると判断したのだろう。

それは確かにわかる。
わかるのだが……

――そこは粘れよ、ジジイっ!
とプロイセンは苛々と思う。

アメリカの方に行くと言う日本にイギリスが一瞬見せた何か諦めたような傷ついたような目を見ると、どうしても被害を最小限に抑える大人な対応だとしてもプロイセンは納得できない。

こうして日本を見送って1人で鞄を持って出ようとするイギリスに追いうちをかけるのは悪友達。

『坊ちゃん、相変わらず1人?』
『ほんま寂しい眉毛やなぁ。しゃあない、優しい親分達が一緒に飯食うたるわ』
などと声をかけた。

実は彼らには悪気はない。
プロイセンにはわかる。
彼らは単に素直に一緒に食べたいと言えないだけの馬鹿だ。

ただ、もう1000年以上生きている老大国である以上、悪気がない=悪くはないとは言えない。
それでなくても日本の事で傷ついているイギリスはいつもより心が弱くなっている。
目が潤みかけるのに気付かれないようにそっぽをむいて

『俺は能天気なお前らと違って忙しいんだよ、ばかぁ!』
と鞄で二人の顔面を順番に叩いたあと、大急ぎで出口へと向かった。

ああ、もう限界だっ!!!


プロイセンはPCをそのままに部屋を出て、
「イギリスっ!!ちょっと来てくれっ!!」
と、同じく廊下に出た瞬間のイギリスを捕まえた。

「せっかく仕事終わったとこ、ほんっとに悪い。でも他に頼める奴いなくてさ…」
と、手を合わせると、頼られるのに弱いイギリスは
「仕方ねえなぁ…」
と、しぶしぶといった様相で…しかしどこかホッとしたようにプロイセンがいる部屋に入ってきた。

「実はな、明日の会議の資料作ってんだけどよ、これ出来たら全員分コピーしてホチキス止めして会議室に並べて置かねえとなんだけど、俺様今日なんにも食ってねえから腹ペコでさ、1人でやると結構かかるし倒れそうなんだよ。
かといって会議の時はいつも胃薬離せねえヴェストは会議後くらいゆっくりさせてやりたくてな。お前も忙しいのわかんだけど、俺とお前の仲だろ」

と言いつつプロイセンがPCの前に座りなおすと、イギリスは
「俺とお前の仲ってなんだよ」
と口をとがらせながらも、
「早く帰って家で待ってる子どもにお休みのキスをしてやりたい部下のために自らが雑用までやってのける小鳥のようにカッコ良くて優しい俺様に美味しい紅茶淹れてくれたりしねえ?」
と、少し甘えるように言うと、
「まあ俺は優しいからな。しょうがねえから淹れてやる。飯はお前のおごりな」
と、端についているミニキッチンでお湯を沸かし始めた。

少し浮上したらしい。
それを視覚で確認後、プロイセンはホッとしてまたキーボードを叩き始める。

もちろんコピーやホチキス止めなんて部下にやらせても良いような事で手伝いなんて要らないし方便である。

会議中と言う事もあってマナーモードにしてったのであろう携帯が振動しているので、見てみると案の定悪友の番号が表示されているが放置。

さすがにイギリスがこの部屋にいるとは思っていないだろうし、おそらくしばらくは会議場の周りを探してみるだろうが、これが終わってコピーとホチキス止めが終わった頃にはさすがに諦めているだろう。

そのためにわざわざ部下に任せてもいいものまで自らがここで行う事でイギリスと一緒に出る時間を調整することにしたのだ。

こうしてイギリスが淹れてくれた香り高い紅茶を飲みながら資料作成に20分。
コピーとホチキス止めなどそれほどかかる事はなくやはり20分ほど。
1時間もしないうちに終わって念のため職員用の裏階段を使って駐車場へ。
そこから車で知っているあたりが来そうにない、穴場のレストランへと向かった。



大衆的な店ではあるが、奥にはパーテーションで区切られたテーブル席もあるので、そちらへと座る。

まずはビールで乾杯。
ぷはーと勢いよく飲みほして口元をぬぐったあと、
「あー、会議の仕事すんのはよくあるけど、誰かと食事とかほんと久々だぜー」
と、まず自分の側から1人が多いと言う事と今こうしてイギリスと食事が出来て嬉しいと言う事をさりげなく匂わせて話題を振ってみると、案の定イギリスは乗ってきた。

「お前、ドイツの会議だけだろ?」
「いんや、会議自体に出てねえだけで、資料作成とか裏方作業とかでよく同行してんぜ?」
「ふーん、じゃあルートヴィヒと食わねえの?あと3馬鹿仲間とかと」

ちびりちびりとビールを飲みながら、伺うように緑の丸い目でこちらを見てくるのが可愛い。
大きなジョッキで小さな顔がかなり隠れてしまうというのも可愛くて、思わず笑みがこぼれそうなところだが、ここは笑顔で言ってはいけないところだ。

プロイセンは気合いと根性で笑みを押さえつけ、小さくため息をついて見せる。

「ルッツはなぁフェリちゃんと会うの楽しみにしてんのわかるから、邪魔しちゃ可哀想だしな。
フランとトーニョはたまには食うけど、なんつーか…自分がある程度気力が満ちてる時だけ?」
「…どういうことだ?」
「俺様会議出てねえからな。
あいつら悪い奴らじゃねえけど、人いじんの好きだから。
いちいちわざと会議の話して『あ、ギルちゃん出てへんもんな(笑)』とか『まあ自宅警備員にはわからないかもしれないけど?(笑)』みてえに言われるのが、たまにウザイ時があるから」
「…お前にウザイって言われるってあいつらもう何かが終わってるな」
と、そこでジトーっとした目で宙を見るイギリス。
「うっせえなっ!俺様うざくねえだろうがっ。あの勝手な奴らの中で俺様ほど空気読む奴いねえぞ」
「自分で言う辺りがウザイ」
「…うっ……」

ほどよくアルコールが回ってきたのだろう。
酔うほどではなく若干気分が浮上して険が取れた様子で笑うイギリスは可愛い。

「まあ…そんなわけでな、会議後は俺様は大抵1人だ。
飯は美味く食いてえし、わざわざ不愉快な事言われながら他人と食う必要ねえだろ」
「確かにな」
「まあ、アーサーは飯の時にそうやってわざわざ他人貶したりしねえし、今日はラッキーだったけどな」
と言ってやると、それまでほわほわ笑みを浮かべていたイギリスがびっくり眼になった。
それからジワリと大きな目に涙が浮かぶ。

え?え??
いきなりの急展開にプロイセンは慌てた。
やっぱり酔ってないように見えて意外に酔っていたのか?
それともかなり参っていたのか…

「わりっ、なんか俺様悪い事言ったか?
おい、泣くなよ。あ、芋っ!この芋美味いぞ?」
と、頭をぐりぐり撫でながら、フォークに刺したフライドポテトをイギリスの小さな口元に持って行くと、またイギリスは目がまん丸になって固まって、それからぷすっと小さく噴出した。

「お前…面白いよな」
それからクスクス笑うイギリスにプロイセンもちょっとホッとして微笑む。

「なんだよ、酔ってんのか?」
と、プロイセンにしては少し静かな声で言うと、イギリスはそれには答えず
「…お前は…あいつらより年下のくせして、なんか兄貴っぽいよな」
と、少し自分も静かな口調で言って大きなジョッキに顔を埋める。

「んーーもう俺らくらい長く生きてると人間と違って百年単位くらいの年齢って関係なくね?
そもそも人間関係でいえばフランスは一人っ子、スペインとお前は末っ子みてえなもんだろ。
でもって、俺様はまぎれもなく兄貴だ」
「…ああ…そうだったな。お前は本当にまぎれもなく兄貴だ」
コトッとジョッキをもう一度テーブルに置いてクスクスと小さく笑い続けるイギリスはとてつもなく可愛い。
どうやら良い酔い方をしているらしい。

「お兄様として甘えていいんだぜ?」
と、今なら大丈夫かと思って言ってやると、馬鹿じゃね?とかツン全開で返されるかと思えば、とてつもなくレアな事にツンのかけらもなく
「…うん…じゃあ甘やかせ」
と、撫でろとばかりに頭を少し下げてくる。

ああ、これ酔ってるな…と思いつつ可愛いから撫でていたが、ふと気付くとイギリスが大きな澄んだ目で物言いたげにみあげているのにプロイセンは気づいた。

「…ん?なんだよ。話したい事あったら聞いてやんぜ?
俺様はもう国じゃねえからな。
イギリスが言うべき事じゃなくて、アーサーが言いたい事きいてやる」
そう言ってやると、またその大きな目からぽろりと涙が零れ落ちた。

そしてしばらく声も出さずに静かに涙を零し続けて少し落ち着いた頃、ようやくポツリポツリとイギリスが話し始めたのは、さっきのやりとりの事だった。

日本との夕食の約束。
自分は日本が大好きだが、日本は人気者だから、自分が誘う事で日本が本当に日本と一緒にいたいと言う日本も一緒にいて楽しいような国からの誘いを受けられなくなるのは悪い。
だから最終日だと色々日本も誘いがあるかもと思って、わざわざ二日目の今日に日本と夕食を一緒にという約束をしたのだそうだ。

それを聞いてまず馬鹿だなぁと思う。
イギリスが日本を好きな以上に日本はイギリスが大好きだ。
日本が三次元で自分が積極的に関わっても良いと思うくらい好きな数少ない国の筆頭に自分が入っているなどとは、イギリスは思ってもみないらしい。

そしてその日本に『そんな辛気臭いおっさんと一緒だと食事がまずくなるんだぞ』と言い放ったというアメリカは、実は何かあるとすぐ自国に帰ってしまってなかなか訪ねて来てくれないイギリスを独占したいという理由で独立を決意したというくらいイギリス大好きっ子で、世紀末でもう最期かもという時までイギリスと一緒にいたがった腐れ縁の隣国は言うに及ばず、その髭に小さなイギリスを見せられて自慢された事でペドに目覚めたペド王国も成人後も何故か成人に見えない童顔のイギリスが可愛くてその距離を縮めようときっかけを得るためにいまだ髭にくっついて回っているのをプロイセンは知っている。

ようは…強く出れない日本+素直になれない3国の態度のせいで、当のイギリスは周り中に嫌われていると思いこんで今こうしてプロイセンの前で泣いているわけだ。

棚からぼた餅?漁夫の利?
色々がクルクルとプロイセンの脳裏を回る。
他の4国に遠慮するつもりはさらさらない。
自分の方が膝を折れば良いモノをくだらない自尊心なんかでイギリスを泣かせる方が悪いのだ。

ただ好きな相手に対しては誠実にありたい。
そこで少し悩んで、結局プロイセンは全部伝えることにした。

「俺様からすると全員お前の事好きで気を惹きたいだけに見えるけどな」
と言えば即
「ありえない」
と首を振る。

OKOK。
さ、これで事実は伝えた。
最低限の義理は果たしたし、嘘も隠しごともしていない。
というわけで本題だ。


「少なくともな、俺様がこうしてお前を構うのはお前の気を惹きてえからなんだけど…」
と、やっぱり頭を撫でながら言うと、びっくり眼でプロイセンを見あげて固まるイギリス。
それにプロイセンは苦笑した。

「本当はこんな大衆酒場で飲みながらとかじゃなくてさ、アーサーが好きそうなオシャレな店で夜景でも見ながら花束でも用意して伝えるべきだと思ってんだけどな、お前が他の奴らの諸々で落ち込んでて人恋しくなってる今がチャンスとかズルイ事を俺様は今考えてる。
ごめんな。
正々堂々とかマニュアルとかTPOとか大切そうな事全部かなぐり捨ててもかっさらいたいくらい、俺様はアーサーの事好きなんだわ。
《恋は戦争》なんて言葉もあるくれえだから動揺につけ込むのは戦略としてありなんて思うほどには必死。
だけど隠しごととかはさ、好きな相手にしたくねえから、都合悪い事は上手に隠してスマートになんてできなくて、中途半端にみっともねえのわかってんだけどな。
俺のモンになってくれねえ?
ダメって言うなら明日から必死に口説く。明日も食事いこうぜ?
OKなら明日は花束持って会議終わるの待って迎えに行く」

「お前…それどっちにしても明日も一緒って意味にならねえ?」
呆れた声で言うイギリスに、
「おう、単に他に聞かれた時に『約束してるから』って言うか、『恋人だから』って言えるかの差はあるけどな」
と胸を張って答えると、イギリスが噴出した。

笑って笑って笑い過ぎて出た涙を指先で拭って、
「OK…って言ったら…口説いてはくれないのか?」
などと先ほどまで泣きながら落ち込んでいたくせに、もう可愛らしい顔でそんな事をいうものだから、プロイセンの方の余裕が吹き飛んだ。

「今日、出来れば返事聞かせてくれ。
そうしたら今晩は徹夜で、NOなら好きな相手の口説き方、Yesなら恋人に対しての愛情の伝え方のマニュアルを熟読するからっ」
などと言って、さらに爆笑される。

その夜…イギリスをホテルまで送っていったあとのプロイセンがどちらのマニュアルを読むことになったのかは言うまでもない。





踊りまくった世界会議は今回も無事終了した。
普段よりは若干は収穫はあったのだろうか。

まあイギリスにとっては会議の内容以上に大きな事があったのではあるが…。


「イギリスさん、昨日は申し訳ありませんでした」
と、会議が終了してすぐ日本が駈け寄ってくる。

昨日あれから丁重なお詫びのメールも貰い、会議の始めにも本当に申し訳なさそうに謝罪をされたが、そんな風にされるとこちらの方が申し訳ない気分になってくる。

だから心配をかけまいと…実際にそんなには気にならなくなっていたのもあって
「いや、実はあれからこ…恋人と食事をすることになって…」
「えっ?!!イギリスさん、恋人が…っ」
と、さすがに気恥かしくて少し視線をそらせるイギリスに日本が食いつきを見せた瞬間、

「に~ほ~ん、君は今日は急いで帰らないといけないんだろ。
飛行機に乗り遅れたら大変だぞっ」
と、いきなり日本が放り出された。
そして割り込んでくる超大国。

「こら、アメリカ日本に乱暴をするなっ
とイギリスが眉を逆立てるもアメリカは全く意に返さず
「日本は遠いからね。遅れたら大変だし、親切心からなんだぞっ」
と言い放ち、日本もまあまあとなだめつつも
「ではまた今度メールさせて頂きますね。
今度は前お話した美味しい玉露を送らせて頂きますので、その時にでも」
と、揉めてアメリカが要らぬ言葉を投げつける前にと帰って行く。

名残惜しげにそれを見送るイギリスに、アメリカは全く気にすることなく、堂々と宣言した。
「昨日は君の唯一の友達を誘ってしまって悪かったよ。
まあ彼は君よりは俺の方と仲良い友達だけどね。
それでも俺はヒーローだからね。埋め合わせはしてあげるよ。
今日は一人ぼっちの君と世界のヒーローのこの俺が一緒に食事をしてあげようじゃないかっ
どうだい嬉しいだろっ」

絶対に喜ばれると言う自信に満ちた笑み。
確かに昨日までならそれがどういう理由であろうとどういう言い方であろうと、可愛い育て子に誘われたら喜んで付いて行っただろうと思う。

…が、今日はダメなのだ。

「ごめんな、アメリカ。
今日は俺予定があって……」
というイギリスの言葉にかぶせるように、今度は腐れ縁の隣国が
「ごめんね~。そういうことなのよ。
今日は会議の最終日だしね。
坊ちゃんはお子ちゃまとご飯食べるより、お兄さん達と飲みたい気分なの」
と肩に手をまわしてきたので、容赦なく腕を取って投げ飛ばした。

「飲みたいのは事実だが、てめえとだけは飲まねえっ
と、床に転がったフランスに容赦なく蹴りを入れる。

「自分ら…ほんまバイオレンスな関係やねぇ」
と、そのフランスの横にしゃがみこんで、しかし飽くまで手を差し伸べる事もなく笑ってフランスの顔を覗き込むスペイン。
このあたりが親友ではなく悪友と言う事か。

「でこの変態が嫌やったら、親分とでも飲む
と、やっぱり笑って自分を見あげてくるスペインにイギリスは
「フランスが変態だと言うのは同意だが…スペイン、ペドも一般的には変態って言われるんだぞ
とため息で返す。

そこでスペインは立ち上がって
「えー、親分ちっちゃい子ぉが好きなだけやで変態ちゃうもん。
それにイギリスやったら一応23歳やからペドの範疇にはいらんのとちゃう
と、いつのまにか腰に回された手をきりきりとつねりあげながら外したら、痛い、痛いと、たいして痛くもなさそうに笑いながら外される。

そんなやりとりを苛々しながら見ていたアメリカは今にも段々と足を鳴らしそうな勢いで言い放った。

「日本はいないし、そっちの変態と出かけるんでもなければ、君ひとりぼっちだろっ
別に見栄張らなくても良いからさっさと俺と食事に行くんだぞっ

「ああ、もうアメリカ、いい加減にしなさいって。
これは坊ちゃんの照れ隠しなの。
俺らのお約束、様式美ってやつ
ほら、坊ちゃん、店こまないうちに行くよ
と、そこで早くも立ち直ったフランスが服の埃を払いながらイギリスに向かって手を差し出した。

そしてイギリスはその双方を見比べながら、はぁ~っと腰に手を当ててため息をつく。

「だ~か~ら、今日は先約がいるって言ってんだろっ
恋人が迎えに来るんだよっ薔薇の花束持ってなっ!!

「「はああ???」」

叫んだのはアメリカ、スペイン、フランスだけではない。
会議室に残っているかなりの国々が食いついた。

「君…それはまさか君の目に見えないお友達ってやつかい
とアメリカが、
「坊ちゃん、盟主特権とかで連邦の子に無理言っちゃダメだよ
とフランスが声を揃えて言い、約束したとは言え、ここで本当に来てくれなかったら…と、悲観主義者のイギリスがやっぱり悲観的な想像をした時だった。

シン…とした中で部屋の外から靴音が聞こえて、ドアの前でぴたりと止まる。
そして皆が注目する中、ドアが開いた。


「ん会議終了から10分後って事だったよなぴったりに来たはずなんだが、まだ何か残ってたかダーリン

普段はバサッとおろしている綺麗な銀色の髪をまるでドイツのようにピシッと後ろになでつけて、白いスタンドカラーのシャツに黒いスーツ。その胸元には1輪の白い薔薇の花。
もちろん手にも無造作に白い大きな薔薇の花束を携えているその姿は、元々整った顔立ちをしているのと、適度に筋肉のついたスタイルの良さもあって、文句なしに華があってカッコいい。

「いや、時間どおりだ」
「それは良かった。じゃ、行くか

コツコツと軍人あがりだけあってピシッと良い姿勢のまま真っ直ぐにイギリスの方に歩いてくると、軽い抱擁。
花束を渡すと、左右の頬にキスを落としてすぐ少し距離を取り、恭しくイギリスに向かって少し高い位置で手を差し伸べる。
イギリスが高貴な者のようにその手に手を乗せると、ゆっくりとした動作でそれをもう少し低い位置に移動し、

「それでは参りますかユアハイネス
と、ニコリと微笑み、イギリスが小さく頷くのを見て歩きだした。

そこまでが流れるような動作で行われ、パタンとドアが閉まったあと、カツ、カツと靴音が遠ざかって行く。


「…す…てきですわ!!!
と言うリヒテンシュタインの歓声で凍りついた空気が解けだした。
「ちょ、なにあれっ!!プロイセンのくせに萌えたわっ!!
ちょっと日本さんと色々相談しないとっ!!
と盛り上がる乙女達。
阿鼻叫喚とかす会議室。


後に残してきた面々がそんな事になっているとはつゆ知らず…
チン…と音をたててエレベータのドアが開くと、白い手袋をした手でドアを押さえながら恭しくイギリスを中に促して、イギリスが乗ると自分も乗り込みFのボタンを押すプロイセン。

「…お前…本当の本当にプロイセン…だよな
イギリスがちらりと隣に立つ男を見て言うと
「おうっ俺様やればできる子だろ?!
と、ニカっといつもの調子で笑うプロイセンにイギリスも噴出した。

「おまっ、もう少しの間は頑張れよっ」
「いやいや、十分じゃねあいつらの間抜け面ときたらっ
一矢報いてやった気分だぜっ!!
「だよなっざまあっ!!
男子小学生のようなノリではしゃぐ二人。

しかしまたチン…と音がしてエレベータのドアが開くなり、ピタッと止む笑い声。

「それでは参りましょうか
これもプロイセンの手によって開けられた助手席に乗り込んだイギリスと、運転席に回り込んで乗ったプロイセン。

こうして二人を乗せた車はドイツの空の下、夜の街へと走り出していったのだった。


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