オンラインゲーム殺人事件第七章_3_アゾットの日記(20日目)

救急車で病院へと向かう間中、お姫さんはギルベルトの腕の中でただ泣き続けた。
大丈夫…もう大丈夫だからな…
とギルベルトが繰り返し言っても、首を横に振って泣き続ける。



泣いて泣いて泣いて…それでも病院について
「ちょっとだけこいつ抜いてくるから待っててくれな?」
と、待合室のソファにお姫さんを座らせトーリスに預けてギルベルトが処置室へと向かおうと歩を進めると、
「姫っ!!」
とトーリスの声。

慌てて振り向くとグッタリと意識を失っているお姫さんが見えて、ギルベルトは駈け寄った。

「お姫さんっ!!」
トーリスに支えられるまま青ざめて気を失っているお姫さんに声をかけるが返事はない。

「あ…大丈夫です。おそらく意識を失っているだけだと思いますが、お姫様はお姫様で一応医師に診てもらいますね。
ギルベルトさんは手当てを受けて来て下さい」
と、それに対してトーリスがそう言うと軽々とお姫さんを抱き上げて立ちあがった。

「…大丈夫です。信頼して下さい」
離れるのが怖い…そんな顔をしていたのだろうか。
ギルベルトにそう言って微笑むトーリス。

確かに…今はさっさと手当を受けて、お姫さんの意識が戻る前に側に戻ってやった方が良いか…と、ギルベルトも思いなおし
「よろしくお願いします」
と頭を下げて、自分は処置を受けに処置室へと向かった。



傷はそこそこ深かったが幸いにして神経などを傷つけてはいなかったので、きっちり縫ってしかしなるべく大げさに見えないようにテーピングをしてもらった。
それでなくてもショックを受けているお姫さんにこれ以上のショックを与えたくはない。

そうしてギルベルトが処置を終えて廊下に出ると、ナースがお姫さんが寝かされている部屋を教えてくれる。
もちろんギルベルトは礼を言って即その病室へと向かった。

病室の前には警備の警官が立っていて、挨拶をされたのでギルベルトも挨拶を返す。
そうして部屋に入ると、ベッド脇の椅子に腰をかけて何か書類のようなモノに目を通していたトーリスが立ちあがって、
「お疲れ様です。どうぞ座って下さい」
と、ギルベルトにその場を譲って自分はもう一つ椅子を持ってきて座った。

「傷…ずいぶんと目立たないようにしたのは、お姫様のためですか?」
くすりと柔らかく微笑んで言うのにギルベルトが頷くと、トーリスは、そうですか…と、少し言葉を選んでいるように考え込んだ。

「ギルベルトさんが手当てを受けている間、お姫様も診てもらいましたが、外傷は見事なまでに一切ありませんでした。
血液反応はかすかにあったんですが、本人の物ではありません」
と、そこで言葉を切るトーリス。

とりあえず犯人…おそらくイヴの中の男の言っていた事が事実だったらしい事に、ギルベルトは一応ホッとした。
お姫さんに不埒な真似や乱暴な真似をされていたら、真剣に奴が拘束されるであろう施設に忍び込んで殺さない自信はない。

「血は…和樹の物です?」
とギルベルトが聞くと、言おうか迷っていた原因の一つはそれだったらしい。
トーリスが少しホッとしたように
「予想はされてたんですね…」
と言うのでそこは正直に
「犯人に聞きました」
と言うと、そうですか…と、また考え込む。

そこで考え込むと言う事はまだ何かあるのか?
ギルベルトも少し考え込んで、ちらりと眠っているお姫さんに視線を移す。

「…怖い思いさせてごめんな……」
と、聞こえていないのは承知でそう謝罪すると、そっとその柔らかい頬を撫でる。
うっすらと涙のあとがあるものの、生きている事が感じられる確かなぬくもり。

嫌な現実だったとしてもお姫さんを守る為には情報は多い方が良い。
それを胸に秘めておくべきか活用すべきかは自分が決めれば良い話だ。
その寝顔を見てギルベルトは思う。

「トーリスさん、大丈夫だ。
どんな嫌な話だったとしても、俺は知りうる限りの事を知っておきたいし、そんな事で潰れたりはしない。
お姫さん守らないとならないから」


決意したギルベルトの表情に、トーリスは、そうですか…と、さきほど読んでいた紙の束をギルベルトに渡した。

「さきほど被疑者徳山健一の自白から早川和樹の遺体を発見。さらに共犯者だったという早川の自宅から押収した今回について早川が記述した日記のコピーです。
ギルベルトさん達の事も書いてあるのでどうしようかと思っていたのですが…
一応押収物件なのでおおやけにはしないように。
飽くまでギルベルトさんの諸々の判断の材料としての情報と言う事でよろしくお願いします」
少し気遣わしげにそう言うトーリスにギルベルトは頷いてその紙の束に視線を落とす。

アゾットの日記…それで全てが判明する……


『アゾットの日記 -1- 

ネットゲーの勝者に1億与える…
主催の主旨はわからないが面白い試みだ。

こういう物に参加する奴はたいていは2種類。
1億本気で狙う馬鹿、あるいは暇つぶしで10万もらえればいいや程度の危機感のない馬鹿。

まあ…稀にどこぞの馬鹿会長みたいに、欲に走る奴らで混乱するだろうゲームの中で秩序を守ろうなんて事をくだらない正義感から考える物好きもいるかもしれないが。
…どちらにしろ馬鹿には違いない。

さて…どうするか…
馬鹿は相手にしないという選択もありだが…せっかく与えられた娯楽だ。
馬鹿を観察しながら笑ってみるのも悪くはないな。
上手くすれば金に目がくらんだ馬鹿が殺人に走る姿くらいは見られるかもしれない。

しかしみすみす巻き込まれて奔走するのもまた馬鹿というもの。

決めた…。ジョブはプリースト。
善良の象徴であり、また魔王を倒すと言う観点から見ると無害の象徴…。

一般馬鹿から善良な人として情報を集め、金に目がくらんだ加害者からは無害な人間として安全な立場を保てる。

そして…この馬鹿げた人間達が演じる悲喜劇を高みから見守る超越した知能を持つ存在として君臨する…退屈しのぎとしてはまあ悪くはない。』

まあ…和樹らしい考え方だ…と、納得した。
和樹の事を口は悪いが良い先輩だと信じているルートあたりが見たら驚くだろうが…
これをルートにも見せるべきかどうか…ギルベルトは少し悩みながらも読み進める事にした。

『アゾットの日記 -2- 

危機感のない愚か者…もう低能というレベルを超えてるな。
イヴというウォーリアの気を引こうとリアルまでペラペラと話しているゴッドセイバー。

一昨日あたりからショウというウォーリアも含めて3人で行動しているようだが、ショウが来たら黙ったという事は…イヴにだけなのか、リアルをしゃべりまくってるのは。

まあ…他に聞いている奴がいるかの確認もせずに、ウィスにもせず、通常会話で話してる
あたりが低能としか言いようがないわけだが…。

一応…僕の他にもギルともう一人アーサーというプレイヤーも聞いてるようだが…
とりあえず僕を覗くと奴のリアルを知ったのは3人…。

この中の誰かが襲撃でもしてやれば面白くなるんだが…

まあギルとアーサーはないだろうな。
何を考えているかはわからんが、ギルは名前からしても見かけからしても奴だ。
ネット内で身バレするようなキャラを作るというのは本来ならありえないが、奴ならやりかねん。
どうせ大金目当てに暴走する輩の目を自分に向けさせて秩序を守ろうとか、そんな厨2病を発症したんだろう。
もちろん誰かが奴の外見や名前を使っている可能性もあるが、この短期間にあの高レベルに出来ると言う事は、99%本物だろう。
そんなギルが一緒にいるのだ。
アーサーがそのての行動に走れるはずはない。

とすると行動を起こしてくれるとしたらイヴ。

自分がウォリアなら充分魔王を狙えるし、連れ歩いてるのウォリアとベルセルクという自分のライバルになりうる相手だとすると、仲間のふりをして追い落とすためというのも考えられなくはない。』

厨2病とは確かによく言われるが、こんな魔王視点の日記を書いているお前には言われたくねえっ!…と文句を言いたいところだ。
ギルベルトはむぅっと口を尖らせ、さらに次を読み進める。


『アゾットの日記 -3- 

ついにやったっ!
愚民が動いた。
8割方、犯人はイヴだな。

そんな事を考えているとイヴが怪しいとブツブツつぶやいてきた女がいる。

女ウィザードのメグ。僕に気があるらしい。
単にゲームを楽しめれば良い馬鹿の一人だ。
メグによればイヴはリアル女ではないとのこと。
同じ女としてわかるそうだ。
さらに、ゴッドセイバーと一番親しかったのだから怪しいと続ける。

…普通に考えればリアル聞いてた親しい奴が疑われるのは必須。
まあそれはこの女のような馬鹿にでもわかる事だ。
それに気付かずに短絡的に殺すってイヴも果てしのない低能だな。

せっかく面白くなってきたのに、ここで御用は残念だな。
そう思って良い事を思いついた。
あの馬鹿に知恵をつけてやったら楽しいかも知れない。

僕はあくまで手を下さず知恵だけ与える。
そうだ、それこそ神の啓示のように…。
あの馬鹿を操ってこのゲームの参加者の歴史を変える神になる。
素晴らしい考えだ。

僕はイヴに近づいた。
そしてささやいてやる。
お前は疑われている。このままでは即御用だ。

焦るイヴ。
そこでさらに言ってやる。
僕はプリーストだから自力で魔王を倒せる事はまずない。
だから500万でお前の軍師になってお前の敵を排除する知恵をさずけてやる…と。

もちろん…500万なんて欲しい訳じゃないんだが、奴のような低能には僕のような高尚な考えは理解できなくて信用しないのは必至。
非力で自力で金を取れないプリーストが少しでも金を手にしたくて協力するという図を作ってやらないとだめだろう。

半額…というと奴も迷うし、100万くらいならミッション達成金で稼げる可能性もでてくるので、500万。
我ながら絶妙な額だと思う。

案の定奴は乗ってきた。
さあ…ゲームの始まりだ…』


これ…ルッツが読んだら人間不信になりそうだな…と、ギルベルトはため息をつく。
歪んだ奴だとは思っていたが、さすがにここまでとは思わなかった。


『アゾットの日記 -4- 

とりあえず…そうと決まったらイヴが捕まる前に真犯人らしき人間を作らないとだ。

ここでいきなり全く面識のない人間も使えないし、利用できるとしたらイヴのもう一人の仲間のショウと僕に気があるらしいメグ…。

さてどうするか…。
ショウは殺人にびびったらしく、イヴにゲームをやめると言って来た。
冗談じゃない。
次々やめていかれたらイヴに声をかけた意味がない…。
しかたない…やめる宣言をしているショウを殺す事によってやめても無駄だと皆に悟らせるか……さあどうする…。

メグを…利用するか…。

どちらにしても今後周りを騙すためには個別に連絡を取れる手段が必要になるし、全員のメルアドを集めさせないと…。

とりあえずイヴにはショウの連絡先をたずねさせる。
ゴッドセイバーと同じくイヴに気があるショウはイヴにだけならとあっさりと連絡先を吐いた。

ゴッドセイバーの時に殺人犯が若い男だと報道されたのも奴の警戒心を緩めるのに一役買っているようだ。
キャラの性別がリアルの性別なんて限らないと言う事が全くわかってないあたりが低能すぎて笑える。

メグは、今回の事もあるし、ゲームに接続できない時間にも連絡を取れる手段があった方がいいが、それを男の僕が提案するとみんな警戒するから、女の子の君が発案者という事にして欲しいと言うとあっさり了承した、馬鹿だ。

さらにこのままではイヴに向かうであろう疑いの目をそらさせるため周りを撹乱したいので、方法まで指定する。

まずメルアド交換をしても良いと言う奴のメルアドを一度メグが聞いて、送って来た奴に送り返すという方法だ。
これで本当にメルアドを送ってきたか来なかったのかはメグしかわからないという状況ができあがる。

こうしてメグにメルアド交換を申しださせてメルアドを集めさせた。
こういう状況だから、みんな心細くなって群れたがるのは必須。
案の定、やめると言うショウとヨイチというアーチャー以外は全員メルアドをよこして来た。

メグにショウはやめるから交換しないと言ってたと教え、ヨイチにはメグ本人に確認させるが返事がなかったので参加の意志がないと結論づける。

とりあえずヨイチはどうでもいい。
ショウがやめると言っているというのを全員に知らせるのが目的の一つだ。

メグにメルアドを回させる時に、参加しなかった奴の不参加理由も明記させた。

メルアド交換終了のタイミングでイヴにショウを殺させる。
まあ…やめると言えば殺されるとは思わなかったんだろうな。
相手がイヴという事もあってショウはあっさり騙された。

あとはメルアド交換の発案者が実は僕だという事をメグが漏らす前にメグを殺させなくては…。

メグを呼び出すのは簡単だった。

ショウこと秋本翔太殺害のニュースが流れたその晩、インしてイヴと合流後、メグにメールを入れる。
そして秋本翔太がショウで殺された事、イヴがショウはメルアドを送ったのにメグのメールでやめるから不参加だと書かれていたと言っていると伝える。

このままだとメグが悪用するため故意にメルアド交換の情報を改ざんしたと言いふらされかねない。
こういう状況になってから実は発案者が僕でショウがやめると言った話も僕から出ていると言っても、周りは僕がメグをかばってると思うだけだろうと言うと、焦ったメグから助けを求められた。

僕がその事できちんと相談したいから今から出て来て欲しいと言うと、焦っていたのだろう、メグは愚かにも誘い出されてきた。
それは当然イヴに殺させる。

誘い出せるメドが付いた所でもう一仕事…
イヴのアリバイ作りだ。

イヴがメグを殺してる間に二人目の被害者が出た事を理由に、一度全員の顔見せをと全員を広場に呼び出し、イヴと僕は普通に会話をする。

もちろん…イヴを操っているのも僕だ。
PCを2台並べて一人二役を演じている。

しかしこれでメグ殺害時刻に全員の前で話をしていると言う事で、僕とイヴのアリバイが成立した。

さらに…仲間が二人とも死んでしまって怯える可哀想な女の子を慰める善良なプリーストという図を全員に植え付ける事で今後イヴと行動を共にするのが自然に見えるようにできる………完璧だ』


基地外に刃物とはこのことだ…。
誰だ、こいつに無駄な頭脳与えやがったのは……
本当に…もっと建設的な方向に使える奴に才能が与えられれば良いのに、世の中は本当にままならない…と、もうため息ばかりつきながら、ギルベルトは読み進めた。


『アゾットの日記 -5- 

メグ殺害でメルアド交換の本当の発起人も、ショウを殺害できた人間の範囲も永遠に闇の中。

フェイクを織り交ぜ真実と嘘が混在する事も知らずに必死に情報を集めようとする輩もでてきて、なかなか面白い。

僕としては右往左往する人間をもう少し眺めていてもいいんだが、とりあえず約束に向けて動いている事をアピールしておかないとイヴが焦って暴走しかねない。
そろそろ次に行こうか。

次のターゲットは…アーサー…かな。
ギルの4人パーティは放置はまずい。
ルートはギルがついているから無理として…フェリは見たところなんでも周りに直接聞いてくるタイプらしいから、誘いをかけた時点でギルに連絡をとる可能性があるし、そこでバレて警戒されたら今後切り崩しにくい。
ていうことで消去法だ。

すぐに排除する必要はないが、とりあえずギルの注意を分散させたい。
そして出来ればルートと引き離せれば尚可だ。

本当に…腹立たしい。
ただ天才の弟に生まれたというだけで、当たり前に天才にフォローをさせて甘い汁を吸いまくる寄生虫めっ!
優れた人間は互いに高め合えるような優れた人間と付き合うべきだ。

だがまあいい。
ゲームを利用して奴の牙城を粉々に崩して歯噛みするのをあざ笑ってやる。


とりあえず身元を暴いてパニック起こさせるため、フェリを語ってアーサーに呼び出しをかけた。

人の目につきやすい時間に人の目につきやすい場所。
どう考えても殺人を起こせない場所を選んでやると、アーサーは安心してノコノコと誘い出されてきた。
そこで後をつけて自宅を割り出す。
それで完了。

体調が悪くて行けないからキャンセルさせてくれってメールを送ったから、夜に体調くらいきくだろうし、そうしたらメールを送ったのが本人じゃないのにはきづくだろう。
今はそれで充分だ。

翌日…一応アーサーを見張っていたら、ギルと会っていた。
ああ、確かにいかにも庇護欲をそそるような愛らしい容姿はしているし、奴の好みなんだろう。
まあそれは良い。
アーサーの方はルートと違ってギルと対等なんてバカな妄想はしていないだろうしな。
愛玩動物を可愛がるくらいの気晴らしは天才にも必要だ。

むしろあれだな。せいぜい媚びてギルを惹きつけてルートから引きはがしておいてくれるなら、こいつは利用したあとは生かしておいてやろう。
ギルのお気に入りの愛玩動物に懐かれれば奴を御しやすくもなるからな。

ともあれ、とりあえず種はまいたから、しばらく育つまで放置しよう』


ギリっと噛みしめた奥歯がきしむ。
それまでは呆れ交じりで読んでいたが、ここに至って怒りがこみ上げた。

もうルッツまでは仕方ない。
関係者と言えば関係者だ。
しかし何の関係もないお姫さんを巻き込んだ事は万死に値する。
…まあもう死んでいるわけだが……
落ち付け、俺様…と、ギルベルトは大きく深呼吸して、さらに先を読み進めた。



『アゾットの日記 -6- 

様子見を始めて1週間。
面白い事が起こった。

情報を集めてかぎ回っていた雑魚、エドガーがイヴが犯人というところまで辿り着いた。
まあそこまでは雑魚にしてはよくやったと褒めてやってもいいんだが、雑魚は所詮雑魚。
僕がイヴに騙されてる哀れな第三者だと思って離れるように忠告してきた。
本当におめでたすぎて笑えるな。

ま、笑うのはいいとして、それを明晩全員の前で発表しつつ主催にメールを送るつもりだというのはなんとかしないと楽しいゲームが終わってしまう。

僕は奴に非常に感謝していると礼を述べ、事情を全く知らないので、詳しく話を聞かせて欲しいと丁重にお願いする。

探偵もどき君は自分の推理を話したくてしかたなかったんだろう。
礼もしたいし話もじっくり聞きたいからと呼び出すと、やっぱりノコノコ呼び出された。
もちろんそれはイヴに始末させる。


さあ、そろそろ仕上げだ。
可愛い“お姫さん”に活躍してもらおう。

まずは生徒会を使ってお姫さんからギルを引き離すと同時に生徒会内でトラブルが起きている事を印象付ける。
そうした上でギルが出かけた後のお姫さんをギルと同じ生徒会役員として制服で訪ねて書類を預かって欲しいと呼びだして拉致。

僕は一緒に拉致された善意の第三者だ。
自分の縄をなんとか自分でほどいても、お姫さんを見捨てたりせず一生懸命固く縛られたお姫さんの縄をほどきつつ、お姫さんに伝えてやる。

ギルがお姫さんに声をかけたのは、ルートが一億を取る為にヒーラーを欲しがってお姫さんに目をつけたからだ。
でもお姫さんが犯人に目をつけられて足手まといになったからと、今度はもう一人のヒーラーに声をかけている。
いつもギルは弟に騙されて言われるがまま利用されているのだ。
僕が言っても弟を信じ込んでいて聞いてもらえないが、親友がこのまま良いように利用され続けているのを見るのは心苦しい…。
そんなところか。

自分を追い落とそうしているというルートへの怒りと焦り、そしてギルを騙していると言う相手を罰すると言う大義名分があれば、お姫さんはギルにルートから距離を取るようにと説得してくれるだろう。

今のギルの大そうなお気に入りだ。
成功すれば万々歳だ』


ここで日記は途切れていた。
おそらくこのあと日記に書いてあることを実行したところでイヴの言うとおり裏切りを警戒したイヴに殺されたのだろう。

「…ギルベルトさん?」

最後の一枚を読み進めていた視線が動かなくなったにも関わらず、紙面を睨みつけたままのギルベルトを心配するようにトーリスが声をかけてきた。

落ち付け…落ち付け、俺様。
感情的になるとロクな事にならない…そう思って深呼吸。

「ああ、大丈夫。
誰にどういう風に説明すっかな…とか考えてて……」

そう…説明をせねばなるまい。
本当にお姫さんになんて事を吹き込んでくれやがったんだ…と怒りが頂点に達するが、それをぶつける相手はもういない。
自分の中で昇華するしかない。

最悪…自分が馬鹿で弟に騙されているまではいいが、それでお姫さんの機嫌を取ってるとかふざけるなこの野郎!…だ。

「トーリスさん…」
「はい?」
「最後のこのページの後半部だけでもお姫さんに見せて構いませんか?」

全てが和樹の策略だったとわかってもらうにはそれが一番手っ取り早い。
そう思ってギルベルトが聞くと、トーリスは一瞬目を丸くして、次にクスリと笑みを零した。

「ギルベルトさんでも弱い相手って居るんですね」
「は?」
「いえ…6年ほど前でしたか…。
総監のお宅にお邪魔して総監の御用が済むのを待っている間に将棋をさして小学生のあなた相手に3連敗した僕に得意になる事もなく『単に他人より少しばかり早く強い父から学んでただけですから俺が特別できるわけじゃありません』なんて淡々と言ってたので、なんというか…良くも悪くも感情的にならないお子さんだなぁって思ってたんですよ」
などと昔の話を出されるとなんだか気恥かしい。

「まあ…可愛げのないガキでしたね」
と言うと、トーリスはいえいえと笑いながら首を横に振る。

「さすが総監の御子息と思いました。
名門海陽の児童会長ともなれば小学生でも違うものだなぁと感心しましたよ。
今回もご自身も渦中にいても犯人の物と思しき車のナンバーを控えていたり、状況から犯人の待機している場所を割り出したりと、普通の高校生とは思えない冷静さでしたし。
ああ、だから資料についてはギルベルトさんの判断で当事者に見せて頂くのは構いません。
でも原文がどこかに流れたりしないようにお願いします」

こうしてトーリスの許可は取れたから、あとはお姫さんの誤解を解くだけだ。
ギルベルトに騙されていたと思いこまされた上、目の前で人が殺される場面を見せつけられ、どれだけ悲しく恐ろしい思いをしたのだろうと思うと、心が痛むどころの話じゃない。


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