だから裏をかくために敢えてタクシーを使う事にする。
ただし道路の込み具合でいつでも電車に乗り換えられる道を選んでの上だ。
車の中では見張られている可能性はないので安心して電話が出来るので、向かう道々父親に電話をして状況説明をするのも忘れない。
こうして無事指定された公園の東口でタクシーを降りると、運転手に少し待っていてくれるように言ってギルは辺りを見回した。
入り口付近に路上駐車している車のナンバーを一応控える。
犯人の者かも知れない。
それから公園内の案内図に目を通す。
もし車から移動しているとして…自分を呼び出すつもりならなんらかの目印がある場所のはず。
かといってあまりに入り口から離れると、今度はお姫さんを連れての移動のため人目につきやすいし上、逃走の際に不便だ。
以上の観点からすると、犯人がいそうな場所は入り口からそう離れていない人目につきにくいしかし目印になる場所…トイレ…か。
そこでいったんタクシーに戻り、中でこっそりトーリスにその旨を連絡。
そして今度こそタクシーと離れて電話をかけた。
「着いたぞ。いま東口だ」
と言うと、犯人はやはり東口近くのトイレの前を指定してくる。
もちろんギルベルトは迷わずそちらへと向かった。
学生は夏休みに入っているとは言え平日の昼間だ。
暑い事もあって公園内には人影はない。
多少の木々はあるものの一面広い芝生が広がる運動公園なので基本的には隠れる場所もない。
誰かが近づいてくれば即わかる。
そのあたりで唯一身を潜められそうな場所が犯人が指定してきたトイレだ。
こんな状況じゃなければ走り込みに良さそうな土の遊歩道をひた走り、トイレの前に付いたギルベルトはそこに二人の人影を見る。
トイレの入り口ぎりぎりに身を隠すようにして立つ、いかにも小悪党っぽいニキビ面の男と、その前に探し求めたお姫さん。
「お姫さんっ!!」
と、思わず声をかけたが、反応を返したのは男の方だけだった。
「早かったな」
と、ニヤリと笑みを浮かべる。
が、お姫さんの方はと言うと全く反応がない。
目は開いているから起きてはいる。
だが顔には血の気がなく、いつもどこか心細げに揺れている子猫のように大きな丸い目はどこかうつろで何も移していない。
男に後ろから抱えられていてピクリともしない。
そう言えば…と見れば服が違う。
よれた品のないTシャツ。
昼間に分かれた時はオフホワイトのシャツの上に淡いグリーンのサマーカーディガンを羽織っていたはずだ。
ぞわりと嫌な想像がギルの脳裏を駆け巡った。
…まさか?
「…無事…って言ったよな?」
腹の底からふきあげてくる怒りが抑えきれずに声が低くなる。
「…お姫さんに…何しやがったっ!!」
感情的になったら負けだ…そう思うモノの口は止まらない。
怖気がするような嫌な想像に黙っていたらなんだか泣きそうだ。
頭ががんがんするのは決して暑さのせいではないだろう。
最悪の事態を想定してそうどなったギルベルトだが、しかし男はあっさりとそれを否定した。
「何もしてねえよ」
「じゃ、なんで着替えてんだよっ!」
「あー、血まみれの服とかじゃいくら車だからって言っても万が一公園内で誰かに見られたらやばいから着替えさせたんだよ。
一億入ったらいくらでも女抱き放題なのにいくら綺麗な顔してっからって好きこのんで野郎に手ぇ出すかよ」
との言葉に体中の力が一気に抜けた。
抜けすぎて気を抜くと意識が飛びそうになる。
良かった…とにかく良かった…と今度は安堵で泣きそうになるのを堪えていたギルベルトだが、しかしそこで疑問が沸き上がった。
「…血まみれって…まさかお姫さんのじゃねえよな?
怪我はさせてねえって…」
「そう、それだ。
血はアゾット殺った時の返り血。
今までぁあいつの言うとおりやってきたけどよ、あいつはどこかやべえ。
ギリギリで裏切らねえ気がしねえんだ。
だから組む相手変えることにしたんだよ。
この通りヒーラーちゃんは無事だ。
これからも手は出さねえし、危害も加えねえ。
大事にお預かりしてっからご協力願いてえなぁって、こういうことよ」
と、片手でお姫さんの体を支え、もう片方の手でお姫さんの首元に突きつけたナイフをちらつかせる男。
その発言諸々がギルベルトの脳内で高速処理されて行く。
アゾットを殺った?つまり和樹が殺された。
犯人は仲間割れ。
お姫さんの身の安全と引き換えにギルベルト達のパーティにイヴが一億取る協力をしろとそう言う事らしい。
だがもうそんな諸々はどうでも良い。
つまりあれか…お姫さんは目の前で…それこそ返り血がかかるくらいの距離で人が殺されるのを見せられたってことか…。
そのショックでこんな風になっている……
「待てっ!協力すんのはいいっ!協力はしてやるっ!
でもお姫さんは限界だっ。
ゲームが終わるまでに衰弱しちまうだろっ。
だから俺様が身代わりになる。
同じパーティのルートは俺様の弟だし俺様が人質になっていれば絶対に協力するし、ルートが協力すればフェリちゃんも追随する。
お姫さんは開放してやってくれ」
ゲーム内の秩序も平和も色々がどうでも良かった。
望むモノはお姫さんの無事、それだけだ。
「あーそいつぁ無理だな」
「何故だっ?!」
「お前…武道の有段者なんだって?
そんな奴をずっと見張っとくのしんどいしな」
男の言葉にギルベルトは脳内で舌打ちをした。
それで確実にお姫さんが無事なら別に大人しくしてやっても良い。
そう思うがそれを信用させる術がない。
いや…あるか。
能力を封じさせれば良い。
物理的に…。
「俺様の事なら一億取り終わるまでグルグルに縛って転がして置いたってかまわねえよっ」
「縄抜けださねえとは限らねえだろ」
ああ、もうこれでダメならいっそのこと…
「じゃあ腕と足の骨折っておけっ!
なんなら腱切ったっていいっ!
生きてりゃ人質としての価値はあるだろうし、物理的に拘束しなくても動けなくすりゃあいいだろっ!!」
「…本気…かよ」
ギルベルトの提案にさすがに男が目を丸くした。
「本気に決まってんだろうがっ!!
お姫さんの無事より大事なモンなんて何もねえっ!!
なんなら今ここでやってやるから、人質交換だっ!
俺様を連れて帰れっ!」
ギルベルトは缶切りや栓抜きなど何かと便利なので持ち歩いている万能ナイフをポケットから出すと、その場にしゃがみこんで自分の足首に刃を当てた。
そうして一瞬息を吸い込んで一気に突き刺そうと力を入れた瞬間、聞こえる悲鳴に顔をあげる。
男を突き飛ばして泣きながら駈けだして来るお姫さんと、焦ってお姫さんにナイフを振り上げる男。
それはほぼ条件反射だった。
ギルベルトは瞬時に立ちあがってお姫さんを抱き抱えると、後ろから迫るナイフを左腕で防ぎ、男に後ろ回し蹴りを入れる。
吹っ飛んでトイレの壁に叩きつけられた男。
「ちょっとごめんな、ここにいてくれ、お姫さん」
完全に顔色を失くして号泣するお姫さんの頭をナイフが突き刺さってない方の手で軽く撫で、倒れた男の方に向かって駈け寄ると、その腹を蹴り上げる。
そうして男の抵抗が完全にやんでから、自分のベルトを引き抜くと男の両手をしっかり拘束し、そこでようやく携帯に手をかけた。
「トーリスさん、近くにいます?」
と言うのとほぼ同時に肉声で
「ギルベルトさん、遅れてすみませんっ!
今救急車を呼びますっ!」
と、トーリスがかけつけてきて言った。
ああ…もう任せて大丈夫だな……
と、犯人の事は完全にトーリスに任せることにして、ギルベルトはお姫さんの方へ…。
「…お姫さん…良かった、怪我ないか?」
大きな目が融けて零れ落ちてしまいそうなくらい涙いっぱいのお姫さんを抱き締める。
本当に…ごめんな。
でも無事で良かった……
心配した…死ぬほど心配したんだ……
言いたい事はいっぱいあったはずなのに、言葉が出ない。
ただその存在を確かめるように、涙であふれた目元、額、頬、鼻先…と口づけて、それから少し顔を離す。
…お姫さん…好きなんだ…何かあったら俺様も死んじまうほど……
呼吸をするようにするりと言葉が出るとほぼ同時に、その生命が続いている証である空気が吐き出されている小さな唇に吸い寄せられるように、ほとんど無意識に己のそれを重ねていた。
Before <<< >>> Next
0 件のコメント :
コメントを投稿