オンラインゲーム殺人事件第七章_1_焦燥(20日目)

…ったく、なんでこんなに今回不手際が多いんだよっ!!
夏休み中でも学校に入る時は制服でという規則は、こんな時でも有効だ。
もちろんお姫さんの家に行くのに制服を着る理由はないので私服だったギルベルトは一度途中下車をして自宅に直行。
急いで制服に着替えてさあ学校へ急ぐか…と自宅のリビングを通り抜けようとした瞬間、留守宅時の録音が入っているのに気づいて、スイッチを押す。

入っていたのは和樹の電話だ。



「すまない。何か急ぎの案件だろうか?」
『あー急ぎと言えば急ぎだな。ギルベルト居るか?
あいつ昨日なんだかヒーラーな彼女と馬鹿っぷる丸出しで歩いてたんでな。
からかいたくて電話かけてみた』
「いや…兄さんは今日出かけていて……」
『まさかそのまま泊まったのか?!』
「いや、昨夜は家に帰ってきたが…」
『昨日デートして今日もデートか。結構なことだ。
しっかり青春を謳歌してふぬけて一位の座をさっさと明け渡せと伝えておけ』

……で、終わっている。

相変わらずな男だ。
昔からいつもギルベルトの行動チェックをしている。
ライバルとしてそれなりに認めているためらしいが、少々粘着質すぎだと思う。

元々出来るだけにプライドの高い男だ。
どうやってもいつも負け続ける相手を前に、負け続けても仕方ないと自分が納得出来る理由を探しているようにも見えた。

ギルベルト的にはまあ危害を加えられるわけではないので構わないのだが、和樹のギルベルトへの執着は時にギルベルトの周りにも向かうのでそのあたりは注意しなければならない。

特に非常に賢い男だけに巧妙に隠してはいるが、ルートに対する憎悪と言って良いくらいの嫌悪に関してはギルベルトも非常に気になっているところだ。




ギルベルトはルートを弟として可愛がってはいるが、それと同時に尊敬していた。

要領が良くてたいして努力をしないでもそこそこまでなら何でもこなせてしまう自分。
それが少しばかり努力をすれば、ギルベルトはあっという間に他が付いていけないところまで到達してしまう。

本当に子どもの頃。
単純に出来る事が良い事だと思っていた、実際大人達にはそう言って神童と褒められ続けた頃には、しかしながら誰もギルベルトの友達にはなってくれなかった。

子ども心に出来すぎる相手と比べられるのが嫌というのがあったのだろう。
堅苦しい敬意と好意を向けられながら周りに疎遠にされ続けたギルベルトは無駄に聡い子だったので、そのあたりを早々に悟って、おどけておちゃらけて必要な事以外は馬鹿になる事で完璧すぎて近寄りがたいという認識を消す習慣をつけた。

そんな中で弟と言う一番近い位置にいて一番比べられて嫌な思いをしていたであろうルートはギルベルトと自分の差を真正面から受け止めて、ギルベルトに近づくように自分の方が努力を重ねると言う道を選んだ。

ギルベルトが気ままにしていて出来る事を何度も何度も繰り返し努力して学んで身に付けていく。
それでも出来て当たり前、到達度が足りなければあの兄の弟のくせにと叩かれる。

それは想像を絶する辛さだろう。
それでもルートは逃げなかった。
ギルベルトを恨む事もしなかった。
ただただ自分の未熟を恥じて努力を続けたのだ。

天才…という言葉を使うならば、ルートはまさに忍耐と努力の天才である。
ゆえにギルベルトは自分より優れている人間をあげろと言われれば、迷うことなくルートの名をあげる。
天才と言われるギルベルトが誰よりも信頼し尊敬する人物、それが弟のルートヴィヒなのだ。

だからこその今回の2年生での会長引退劇だった。

通常は5月に生徒会役員の入れ替えがあり、つまりは3年の5月で役員を引退する事になる。
ギルベルトは1年の5月に会長になったので通常は2年会長を務めて自分が3年、ルートが2年の5月に会長を引退。
おそらくその時にも学年ではトップであろうルートに引き継ぐという形になったのだろう。

だが2年自分が務めたあとの会長職を1年しか務められないルートはその時点で当然自分に追いつく事はない。
また色々言われるのは目に見えている。

それなら自分が1年、ルートは学ぶ期間1年と完全な状態での1年の計2年やればバランスが取れるだろう。

学ぶ期間には自分が副としてフォローを入れつつ教えていけば尚良しと思った。

しかしながらそんなギルベルトの考えは和樹には当然伝わらない。
ギルベルトがルートを特別視する事が単なる肉親の情としか映らないようだ。

だからタイプは違うが優れた相手と共に自分を高めていきたい…と、ルートが必要な場所まで到達するためにほんの少し手を貸す事も、甘やかしに思えるらしい。

ルートはギルベルトが時間を使うのに値しない…と言う類の事を、二人きりの時に何度か言われた事があるし、今回の会長の交代劇も当然ながら反対された。

そこで和樹の周到なところは、自分で表立って反対の姿勢を取らず、しかし水面下で他の役員にそれとなく会長ボイコットの根回しをしてくるところだ。

その手の裏の掌握術だけはギルベルトも和樹には敵わない。
元々が馴染みにくい容姿と物腰の自分と、非常に人に警戒をさせない優しげな和樹との差もあるのだろうか…。

現役員の大半がいまだ自分を会長と言い続けるのは、主にそのあたりが原因だ。
そうしておいて自分自身はキツイ事を言いながらもルートを会長として扱うあたりが本当に抜け目がない。

ルートにはまだそのあたりの裏のドロドロまでを飲み込む余裕はなさそうなので自分が気をつけるようにはしているが、今回の留守録の相手が和樹でルートが対応しているという時点で一瞬ひやっとした。

ひやっとしたから…か?
何かひっかかる気がする。………が、まあ気のせいだろう。

特に急ぎの要件はなさそうなのでギルベルトは留守録はそのままに、マンションの方についたら着替える事にして私服はバッグに放り込んで制服で家を出た。

こうして自宅から駅、駅から学校まではダッシュして、駆け込んだ生徒会室で恐縮する会計から書類を受け取って目を通しサイン。

いつもなら和樹がやっておいてくれるあたりの仕事なので、
(俺様の行動チェックしてる暇があればやっておけよ!)
などと秘かに思う。

こうして本当に5分で用件を済ませてギルベルトはまた駅までダッシュした。


そしてお姫さんのマンションの最寄り駅で降りてまたダッシュして、そのままエントランスを抜けお姫さんの部屋がある3階までは階段を走って登る。

お茶の時間には間に合ったはずだ。
今日のお茶受けはクッキー。

昨日生地まではギルベルトが作ってそれを伸して、お姫さんが楽しそうにぺったんぺったん色々な形の型抜きを使って型を抜いて、ギルベルトがしっかり見ている前でお姫さん自身がオーブンレンジの火加減や時間を設定して焼いたものだ。

ファンタジー世界じゃあるまいし別にお姫さんだって手を触れたら爆発させるわけじゃない。
爆発するような行動をしてしまうだけだ。

だから子どもに教えるように大丈夫だろうと思わずにしっかりと目を離さず丁寧に手順を教えつつやらせればちゃんとした物が出来るのだ。

そうやって自分の手で作り上げたモノを前にふわふわと嬉しそうな笑みを浮かべるお姫さんは可愛い。

『いつか殺人犯が捕まって安全になったらフェリやルートにも食べさせたいな。
食べてくれるかな』
とあまりに嬉しそうに言うので少し妬けて
『喜んで食うと思うけど…俺様の分は先にちゃんと確保な。
お姫さんの手作りの物を食べる一番の権利はあいつらより俺様のもんだ』
と、拗ねたように後ろから抱き締めると、
『ギルはくいしん坊だな』
とクスクス笑う。

幼い頃に身に付けた他人に近づいてもらうための手段としてとかではなく、お姫さんといると少しだけ自分の年相応の子どもな部分が出てくる気がする。
ああ…自分も“普通の人間なんだ”と言う事にホッとする。
お姫さんと居る時だけは元神童、現天才エリート高校生ではなく、好きな相手の気を必死に引こうとしているただの高校生ギルベルトになれる気がした。
お姫さんはギルベルトにとってお姫さんであると同時に天使である。

そんなお姫さんがそろそろお湯を沸かして待っているであろう部屋へとギルベルトは辿りつき、チャイムを鳴らす。

……?
出てこない。
お茶の支度で手が離せないのだろうか…。

まあエントランスで来客を告げられない限り、ここまで訪ねて来れるのはギルベルトだけ。
そのギルベルトは合い鍵を持っているのだから、自分で入ってくると思っているのだろうか。

それでもいつもなら鍵を開けて嬉しそうに出迎えてくれるのにな…
少し寂しく思いながらもギルベルトはキーケースからキーを出してドアの鍵を開けて中へと入った。

「…お姫さん?キッチンか?」

普段なら手洗いうがいのために洗面所へ直行なのだが、不思議に思ってキッチンへ行ってみるもお姫さんの姿どころかお茶の準備をしていた気配すらない。

そこでざわりと嫌な考えが脳裏を走った。
トイレ、バスルーム、寝室、バルコニーと全部見回ってお姫さんが居ないのを確認すると、ギルベルトはダン!とテーブルに手をついて自分が出てからについて考えられる可能性を全て探った。

部屋は荒れてない。
ということは部屋で襲撃を受けた等の可能性は限りなくない。
家族が帰ってきて一緒にでかけた…もないだろう。
目に付くところにメモなどがないから。
また呼び出された…も可能性は少ない。
一度あんなことがあったあとにまたメールでの呼び出しに応じるとは思えないし、電話や直接の呼び出しの可能性を考えてもお姫さんがリアルで知っているのはギルベルトだけだ。

あとは…あとは……

とりあえずあれだ。
何か犯人と対峙しなければならないなら、制服より私服の方が動きやすい。
着替えよう。

もうお姫さんが犯人に拉致られたという前提でギルベルトは思考を巡らせると共に持参した私服の入ったバッグに手をかけた………あ、それだっ!!!
違和感とお姫さんが気を許してついていく可能性。
その線が一気につながった。


――あいつ昨日なんだか“ヒーラーな彼女”と馬鹿っぷる丸出しで歩いてたんでな。

自宅に残っていた和樹の留守録。

このところ日常的になっていたその言葉にすっかり聞き流していたが、ギルベルトは当然ながらゲームの事もお姫さんの事もルート以外にはリアルの自分の関係者には一言も触れていないのに、お姫さんに対する修飾に“ヒーラー”という言葉が使われるのはおかしい。
不自然だ。

そして制服…。
ギルベルトが通っている海陽の制服で、さらに同じ生徒会の人間ともなればお姫さんとて気を許すだろう。

「やられたっ!!あいつがアゾットかっ!!」

何故その可能性を考えなかった。
そもそもギルベルトがアゾットの名の意味を知ったのだって和樹の本からではなかったのか。

普段なら和樹がやっておいているような裁断が必要な書類をあえて残して置いたのも、自身に連絡がとれないようにしたのもわざとだ。
自宅へのあの電話は自分が今日もお姫さんの元にいるかどうかの確認。
ギルベルトを学校に向かわせて引き離した上で、生徒会内の仕事がゴタゴタしているのを印象付け、それを理由にお姫さんにギルベルトに渡さなければならない書類を預かってくれとでも言って外におびき寄せて拉致。
そんなところだろう。

やらかしたっ!自分のミスだっ!!
ざわざわと嫌な考えが耳鳴りとなって脳裏をかけずり回るのを追い払うように、ギルベルトは両手でパン!と自分の頬を叩いた。

さあ、考えろっ!考えるんだ、ギルベルト・バイルシュミット!
和樹の目的はなんだ?!
一億欲しいような男ではない。
自分が犯罪者になって将来を潰すような真似もしないだろう。

和樹はおそらく巻き込まれた善意の第三者と言う姿勢を崩さず、それで乗り切るつもりだ。
しかしお姫さんに何かあればギルベルトがそれを許さないのもわかっているはず。
本当にそうだったとしても、お姫さんに小指の先ほどの怪我でもさせよう日には原因を作った和樹をギルベルトは許さない。
そしてそれがわかる程度には和樹はギルベルトの性格を知っている。知り尽くしている。
だから物理的にお姫さんに危害を加えるような事はしないしさせない。

そこまで思考が辿りついた時、はぁっと一旦息を吐きだした。
そう…お姫さんは巻き込まれだ。
和樹の目的は自分…もしくはルート…あるいは両方か…。

和樹は自分がアゾットだと言う事は晒す気はないだろう。
だから一緒に攫われた善意の第三者のフリをして、お姫さんにルートの悪評を拭きこんでお姫さんから自分にルートと距離を置くように懇願させる…そんな程度のところか。

飽くまで証拠は残さず、巻き込まれで一緒に攫われてしまったのに自身の安全よりもお姫さんの安全をまず考えて行動してくれたとても良い奴。
…そんな奴がギルベルトは弟に騙され利用されているのに肉親の情が勝って自分が言っても信じてくれない。
このままでは自分の大切な友人がダメになってしまう。
そんな風に言われれば、おそらくお姫さんは信じてギルベルトのために一生懸命説得してくるだろう。
それを袖にすれば後ろ向きなお姫さんの信頼を失う事になる。
腹立たしいが上手いな…と、ギルベルトは肩を落とした。

さて、和樹=アゾットの側の都合はこんなところとして、実行犯のイヴにはどう説明をしているのだろうか…。

お姫さんを人質にしてギルベルト達のパーティに魔王を諦めろと脅すか、もっと直接的なモノなら1人1人呼びだして殺す…か。

とりあえずそういう方向ならフェリは安全だ。
ルート以外に身元は割れてないし、ルートに身元が割れている事もギルベルト以外の誰にも知られていない。
お姫さんにすら…だ。

一番危ないのは和樹が邪魔に思っているルートか。

自分の携帯はお姫さんの携帯からわかっているだろうから、犯人から電話がかかってくる可能性がある。
ギルベルトはそうおもってお姫さんの家の電話からルートの携帯に電話をかけた。


「ルッツ、お前だれかに呼び出されても絶対にフェリちゃんの家から出るな。
つか、今日は悪いけど泊めてもらえ」

と言えばさすがに何かあったと思うだろう。
電話の向こうでルートが固くなる気配がする。
が、普段なら出来る気遣いをする余裕がギルベルトにはない。
それが余計にルートを心配させたようだ。

『…何があったのか教えて欲しい。
あなたは大丈夫なのか?』
と返されてギルベルトは悩む。

イヴとアゾットの事、和樹の事、色々ルートには言っていない事が多い。
それをルートが聞いて大丈夫な範囲と言うのを考えながら説明する自信がない。
そう、ルートに心配されている通り自分は全然大丈夫じゃないという自覚がある。

だからただ一つだけ
「俺様が目を離した隙にお姫さんが拉致された…。
正直これ以上誰かに何かが起こっても俺様は助ける余裕がない。
優先できるのはいつでも1人きりだ」

暗にお前に何かあっても俺は助けられないのだと言う事だけ伝える。
いつでも守り育ててきた弟を初めて突き放す発言をした。
あとで後悔するかも…と思いつつも口にしたわけだが、弟は兄が思ったよりもしっかりと成長していてくれたらしい。

『わかった。俺はフェリといるから。
兄さん、念のために父さんに連絡を。
おおやけに動けなくても何かしら力にはなってくれるだろう』
と、あまりに動揺しすぎてギルベルトが考え付かなかった事まで指摘してくれる。

「…ダンケ。ダンケ、ルッツ。
じゃあ親父様に連絡するわ」
『ああ。大変だろうが兄さんも気をつけて』
電話を切った時にはギルベルトは泣いていた。


その勢いで父親に電話をして事情を話すとやんわりと諌められた。

『ギルベルト…お前は1人で抱え込みすぎじゃないかね?
職業上の諸々をあまり期待されても困るが、たまには親としてくらい頼ってもらえないと私もなかなか寂しいぞ』
という言葉に体の力が抜けていく。

「悪い、親父。
たぶん…俺様はお姫さんは自分の手で守りてえとかそんなバカバカしい矜持持っちまってたんだろうな。
誰がなんて関係なく、お姫さんの安全が一番大事なはずだったのに…」

そう…自分の諸々を過信していた。
お姫さんが大切なら、大丈夫だと思っても何重にも策を打つべきだったのだ。
唇を噛みしめるギルベルトに電話の向こうで父フリッツは穏やかな口調で言った。

『丁度トーリスが休暇中で、久々にお前と話でもしたいと言ってるな。
“個人的に”な。
そのうち電話の一本でもかかってくるんじゃないかな。
連絡は携帯じゃないほうがいいのか?』

ああ…と、ギルベルトは息を吐きだした。
トーリスは父の古くからの部下でキャリア組だ。
毎年、地方公務員としての警察官採用者数は15,000人近くにのぼるが、国家公務員としての採用は、わずか10〜15名程度。
ギルベルトも将来的にはそこを目指しているのだが、そう考えればかなりのエリートなのである。
そんなすごい人間であるにも関わらず、全く威圧感を与える事無く、腰が低く、他人を緊張させる事がないというのは、ある意味すごいことだ。

そんなエリート様が個人的に動いてくれると言うのである。
ありがたい話だ。
父がかなり可愛がっていて自宅にも連れて来た事があり、ギルベルトもよく知っている。
彼が来てくれるなら安心だ。

一気に肩の荷が下りた気分でギルベルトはお姫さんの家の電話番号を告げると、いったん電話を切ってトーリスの連絡を待つことにした。





そうしてトーリスからの連絡を待っていると鳴る携帯。
ああ…来たか…と、ちらりと知らない番号であることを確認して緊張する。

「…もしもし…」
声が掠れる。

予想ではお姫さんに危害は加えられないはず…そう思いながらも嫌な想像が頭の中をくるくると回った。
しかしそんなギルベルトとは対照的に、電話の主はふざけたようなおちゃらけたような声音で
「もしもし?ギル?とりあえず今おたくのヒーラーちゃんと○○公園の東口にいるんだけど…俺が殺しちゃう前に来てくれるとありがたいなぁ…」
と、予想の範囲内の言葉を発してくる。

色々言いたい事はある。
でもおそらく口を開いてしまえば自制が効かない。
理性のなくなった言葉はお姫さんの身を危険にさらすことになる。

その程度の事を考える理性はかろうじて残っていたので、ギルベルトはただ、
「…お姫さんは無事か?」
とだけ聞く。

そう、大事なのはそれだけだ。
和樹がついているならそのあたりは大丈夫だとは思うが…と思いつつも念のため確認すると
『でなきゃ交渉になんねえだろ。怪我ひとつさせてねえよ』
と言う答えが返ってくる。

しかし
「…声を聞かせろ」
と言うと
『今ここにはいねえ』
と返ってくるのに不安が募る。

和樹と一緒なのだろう。
そうに違いない……
と、しかしそれ以上追及してもおそらくは何も出てこない気がしてギルベルトは諦めた。

『当たり前だが警察とかは呼ぶなよ。
呼んだらどうなるかは…』
「わかってる」
言葉としてだけでもその先を口に出させたくなくて、ギルベルトは相手の言葉を遮った。

『じゃ、タイムリミットは1時間。
そこからなら30分もありゃ着くだろ。
公園に着いたらこの番号に電話しろ。
場所を言う』

と、そこで電話が切れ、ギルベルトは念のためにと付けておいたボイスレコーダーを止めて、詰めていた息を吐きだす。

少しでも早く向かいたいところだが、焦りは禁物だ。
それからすぐに来るトーリスの電話。
犯人からの電話を含めて事情を全て話し、さいごに
「警察は呼ぶなと言われているので…」
と一応付けたすと、電話の向こうで相変わらず穏やかで腰の低さがにじみ出ているような声音でトーリスが
『“警察”じゃありませんよ。今日僕は非番ですから。
たまたま公園に気晴らしに行く一般人です』
と、全てを心得たように言ってくれてホッとする。

「じゃ、俺はそろそろ行きますね。
最悪お姫さんだけでもくれぐれもよろしくお願いします」
そう、自分の事は考えないでくれて良いと思う。
トーリスにしてみれば大事な上司の息子さんなわけなのでそうもいかないかもしれないが、お姫さんの安全を最優先に…とお願いすると、
『ギルベルトさんももうそんな相手が出来る年になったんですねぇ』
としみじみされた。

そう言えば…確かに新人のトーリスに会った時はギルベルトもまだ11歳の小学生だった…。
かれこれ6年越しの付き合いになる。

ともあれ、久々の再会を懐かしんでいる暇はない。
ギルベルトは大急ぎで私服に着替えるとお姫さんのマンションを飛び出した。

目指すは○○公園の東口だ。




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