オンラインゲーム殺人事件第六章_4_王子はいつも迎えに来る(20日目)

怖い…そう思って固まっていたら電話をくれた。

そうしてそのままゲーム時間中ずっと声で寄りそっていてくれて、その後…ゲームも終了。
本当に1人ぼっちになって不安に押しつぶされそうになっていたら、何故かそれがわかったようで、なんと真夜中なのにこっちに来てくれると言ってくれた。



最近、ギルはディスプレイの壁を乗り越えておとぎ話の王子様かヒーローのようにアーサーの世界に存在している。


しかし実はギルは二人目の王子様だ。

昔々、アーサーがまだ中学1年生だった頃…アーサーの側にはやっぱりリアルで王子様がいたのである。

それはギルと同じく1歳上の、当時中学2年生の女性だった。

アーサーの通っている有名ミッション系お坊ちゃま学校である私立私立聖月学院には聖星学院という姉妹校の女子校があって、中等部までは文化祭を一緒に開き、各生徒会役員が毎年ロミオとジュリエットを演じると言うのが伝統なのだが、アーサーは成績だけは良く、1年の時に先生に勧められて生徒会書記をやっていたので、当然その劇に参加する事になった。
彼女はそれをきっかけに知り合った姉妹校の先輩、生徒会長である。

聖星の生徒会の2年生の会長はスラリと背が高く、こちらの生徒会役員なんかよりよほど凛々しく綺麗で、アーサーのような生徒会でも1年生の下っ端の書記にも優しくしてくれるので、良い人だなぁと見とれていたら気に入られた…のは良いとしても、何故か“ジュリエットとしてロミオな彼女の相手役"をやる事が決定していた。

もちろん前代未聞の配役だったがキビキビキリキリ仕切る彼女にはだれも逆らえない。

こうして配役が決まって日々遅くまで練習をするたび、レディにそんな事はさせられないと固辞したのだが、彼女はなんと遅くて危ないからとアーサーの送り迎えまでしてくれていたのだ。

「役に慣れるように登下校は制服交換しましょうか」
と、非常に真面目で熱心な性格だったらしい彼女は聖月の制服を入手。
アーサーには聖星の制服を入手して、お互いそれを着て登下校するように提案。

もちろんアーサー的には固辞したかったが、そのためになんと長かった髪を肩ぐちまでばっさり切って、今までにないくらい完璧に素晴らしい劇にしたいと熱く語られれば断り切れず、しぶしぶ了承。

幸いにしてまだ小学校を卒業して半年ほど。

元々細く小さかったアーサーはウィッグを被ればまだまだ少女のようだったし、彼女は当時145cmほどしかなかったアーサーより20cmほども背が高かったため、それぞれ逆の制服を着て並んで歩いても奇異の目でみられたりとかは全くなかった。

常に寄りそってくれるのに本来パーソナルスペースが広いアーサーがベタベタとした気持ち悪さを感じる事のない絶妙の距離感。

当たり前に開かれるドア。持たれる荷物。
気づけば通路側を歩かされていたりと、本当に完璧にエスコートされていた。
そう言えばなんだかそんな雰囲気はギルベルトにも似ている気がする。

劇自体もそんな凛々しく美しく華のあるロミオのおかげで大盛況で、学校外の人間にはロミオとジュリエットが男女逆な事など気づかれなかったようだ。
それどころか歴代の中でも一位二位を争うくらいに素晴らしいロミジュリだったと評判になったのである。

そんな彼女とは翌年やっぱりロミオとジュリエットをやって、彼女は何か困った事があったら何でも相談するように…と、自らの学校の後輩と同様に優しく言ってくれて、高等部へと進学して行った。

もちろん本当にレディに助けを求めるなどという事が出来ようはないが、それ以来、ギルに会うまではずっとアーサーが困った事が起きるたび思い浮かべるのはその優しく凛々しい先輩の姿だった。

実際、本人いわく剣道柔道空手の有段者らしいので、助けを求めれば助けられてしまう可能性が無きにしも非ずだが…


まあそんなわけでギルはアーサーの人生で二度目の王子様である。
男のくせに何故かそんな風に王子様にエスコートされ続けると言うのもどうかとは思うが、それを心地よく思ってしまう自分がいるから仕方ない。

せめて真夜中に駈けつけて来てくれるギルに何かつまめるものを…と思うのだが、レンジでチンするプレートの他は朝食用に用意したパンくらいしかない。

悩んだ末にサンドイッチでも…と、アーサーは冷蔵庫を覗くがあいにくそのまま挟めばいいだけのハムはない。
同じくチーズもない。
あるのは卵…。

生卵ではサンドイッチにならない…というのはさすがにアーサーでもわかる。
たまごサンドにするには思い切ってゆで卵にしなければならないのだ。

それでも…サンドイッチに挟めそうなのはこれしかないっ!
頑張れ、俺っ!やれば出来るっ!!

アーサーは思いきって冷蔵庫からたまごを出して、水を張った鍋に放り込み火にかけた。
そして待つ…。

これってどのくらいゆでればいいんだ?

湯が沸騰してすぐに取り出した卵は全然固まっていなくてやり直し。
あまりに何回もやりなおしているとギルが家についてしまう。
だから今度は絶対に固まるまで…とゆっくり茹でる事にして沸騰した鍋を放置して食パンの耳を切り落とす事にした。

これは大丈夫。
キッチンバサミで一枚一枚丁寧に耳を落としていく。

あとは…マヨネーズがいるか…
と、冷蔵庫からマヨネーズを取り出し、異臭に気付いた。
こげくさいっ?!

バッと振り向くと鍋からもうもうと煙がたっている。

焦がした――!!!

と慌てて火を止めようとコンロに手を伸ばしてカチリと火を切った瞬間……ドッカーン!!!と何かが爆発する。
そして惨状……。

恐ろしい事にたまごが爆発したらしい。
壁に飛び散るたまごの残骸や煤に茫然とする。

どうしよう…と立ちすくんだその時にタイミング悪く鳴るチャイム。

ああ…もうダメだ…もてなすどころかこの惨状。
これでは嫌がらせじゃないか…。

それでも何度かなるチャイムに真夜中に来させて居留守を使うわけにも行かないので仕方なしに玄関へと向かう。

ああ…でもさすがに呆れられる。
嫌われるかも…と思うと涙があふれて止まらない。

ところがドアを開けると、心配していると顔に書いてあるような表情のギルベルトがいて、何かあったのか?大丈夫か?と心配されたので料理に失敗して…と、もうごまかしようがないので正直に言うと、なんと『お姫さんに怪我がなくて良かった』と抱きしめてくれた。

もう本当に王子か?ヒーローか?と尋ねたい。

ギルベルトはいつでもアーサーが欲しい言葉をくれる。
本当にもうどうしたらいいのかわからない惨状となったキッチンも当たり前に片付けてくれて、アーサーを責める事もなく
『料理出来ねえのに俺様のために頑張ってくれたんだな。ありがとな』
なんて、ほんと、どこの乙女ゲーのキャラクタだっ!と問いたくなった。
本当に問いたいっ!

しかも社交辞令とかで言っているわけではない証拠に、その後に続く言葉がもう二度とキッチンに立ってくれるなではなく、
『でも俺様が居ねえ時に万が一にでもお姫さんが怪我したら俺様の心が痛すぎるからな、これからは料理するのは俺様が一緒の時だけにしような?今度は一緒に作ろうぜ?』
という辺りが、愛情満載すぎて泣けた。

優しい。
ギルは本当に優しくて、でもアーサーがやろうとする事を取りあげたりしない。
1人で無理なら一緒にやろうと言ってくれるのだ。

「ギル…好き。大好きだ」
ぎゅうっと抱きついたままついつい嬉しさが溢れ出て零れた拙い言葉にも、
「俺様もお姫さんの事大好きだ。世界中で一番好きだぜ?」
と返してくれる。

すごく優しくて温かくて安心できる。
それから一緒に紅茶を飲んでたくさん話をした。

アーサーが好きなティディの事やファンタジー、花や紅茶の種類に至るまで、ギルベルトは馬鹿にするでもなく楽しそうに聞いてくれる。

普通男子高生が好きそうな話題でもなさそうなので退屈じゃないかと聞いてみたら、
「んー、世の中どんな知識が役に立つかわからねえから、自分が持ってない知識と言うのは仕入れておいてマイナスにはならねえよ。
だから俺様は自分がそれまで興味を持たずに知らなかった情報っていうのには積極的に耳を傾ける主義なんだ」
と、ギルらしい言葉が返ってきた。
確かにところどころで垣間見えるギルの博識さはすごいと思う。

しかしそんな風に怜悧な性格を思わせる答えを返してきたかと思うと、すぐ一転して
「ま、それを別にしてもお姫さんが楽しそうにしゃべってるの聞いてんの楽しいぜ?
例えるならあれだ、意味はわかんねえけど耳心地が良くて聴いていたくなるような洋楽みてえなもん?
もし意味がねえとしてもただそこに流れているだけで心地よくて楽しい」
なんて甘い言葉を投げつけてきて、アーサーを動揺させるのだからギルはずるい。

全面的に許容されているのが感じられて落ち着くと言うのは確かだが、時々甘やかされすぎて気恥かしすぎて落ち着かなくなる。
しかも恥ずかしがっているのはアーサーの方だけでギルの方は余裕だったりするから憎らしい。

一歳の違いと言うのはこんなに大きなものなのだろうか。
ギルといると本当に自分が子どもに思えた。

ティーカップを持つ手もアーサーの手と違って骨ばってゴツゴツしていて、大人の男の手のようだし、リラックスした様子でソファの上で足を組んで座る様子も大人びている。

「どうした?お姫さん」
と、あまりにマジマジと観察しすぎていたのか、少し気遣わしげに寄せられる眉。
アーサーが何でもないのだ、と、首を横に振ると、
「そうか?何かあったら何でも俺様に言えよ?」
と、少し身を乗り出してくしゃりとアーサーの頭を撫でる様子は、まるで大人のようだ。

夜寝る時もアーサーがうつらうつらし始めても起きていたらしく
――良い夢見ろよ?
と、優しい声で言って優しく頭を撫でてくれていた。

そうして朝だって自分の方が寝たのは遅かったはずなのに、ギルは当たり前に
――お姫さん、朝だぜ?飯作ったから…
と、額にキスで起こしてくれる。

シャッと引かれるカーテン。
眩しい朝の陽ざしを背に立つのは、黒いノースリーブのシャツにジーパン姿で片手で大きなトレイを軽々と持った目が覚めるくらいのイケメン。

昨日、一昨日はそれなりに着こんでいたが、こうして体格が出る格好をしていると、ギルはどちらかというと細身なのに筋肉が凄い事に気づく。

ただよう良い匂いはギルが持つトレイから漂って来ていて、クン!と思わず匂いを嗅ぐと、「子犬みてえだな」
と小さな笑い声が降ってきた。
何もかもがキラキラしていて甘い。




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