オンラインゲーム殺人事件第六章_3_新妻?新婚?甘い生活(12日目)

クン…と何かが焦げる匂い。
何かあったのかっ?!!

電車を降りてから走って走ってようやくたどり着いたマンション前。
何かあった時用にと預かった合い鍵でエントランスを通り抜け、一路お姫さんの部屋の前まで来た瞬間、漂ってきた不穏な匂いにギルベルトは焦る。

訪ねた理由が理由なので不安を隠せず何度かチャイムを押すと、バタバタっと足音がして、どこか煤けた涙目のお姫さんが飛び出して来た。



犯人の襲撃?!…だったらお姫さんがそれでも無事でいられるような気はしないし、追って来そうなものだが…と思いつつ、

「お姫さんっ?!なにかあったのかっ?!!大丈夫かっ?!!怪我はっ?!!!」
と、その細い肩を抱きとめて守るように抱え込むと、腕の中でお姫さんはふるふると首を横に振る。

不安げなオーラがどこか漏れだしている気がするし、この状態だ。
何かはあったのだろうと、

「誰か中にいるか?」
と、さらに聞くと、お姫さんはそれにも首を横に振って、少し言いにくそうに

…えっと…ちょっと料理に失敗して……
と、うなだれた。

へ?料理?料理で何故ここまで煤けるんだ?
と、声に出さなかった自分は偉いとギルベルトは思う。

他の相手になら確実に言う。
だがしょぼんとしているお姫さんを傷つけたくはない。

「そう…か。まあお姫さんに怪我がなくて良かった。
とりあえず…お姫さんはリビングで待っててくれ」
と、言いたい事を押しとどめてそれだけ言うと、中に入ってドアを閉めると鍵をしっかりかけて、ギルベルトはお姫さんをリビングに残してキッチンへと向かう。

そしてため息。

そこは正しく惨状だった。
鍋が黙々と煙を吐いていて、周りの壁に何かが飛び散っている。

小さな爆発が起こったようなその状況に

「おーい、お姫さん、一体何してたんだ?」
とリビングに向かって声をかければ、
「ゆで卵…作ろうとしてたら卵が爆発して……」
と、消え入りそうな声が返ってくる。

なるほど…卵をゆでて……

そうか…そうなのか…。
卵って電子レンジじゃなくても鍋でも爆発するんだな。
俺様また一つ賢くなったぜ…
と、脳内でそんな事を思いながら、ギルベルトは遠い目で片付けを始める。

幸いにして掃除は得意だ。
サクサクと片付ける物を片付け、爆発した鍋は悪いが処分させてもらって、壁のシミを落とし、綺麗にしていく。

こうしてある程度綺麗になったところで、ふ~っと腰に手を当てて綺麗になったキッチンを見回していると、後ろから遠慮がちな視線。

「俺様結構掃除好きでさ、すごいもんだろ」
と振り返って笑ってみせると、ドアの影から怯えた小動物のようにコソっとこちらをうかがっていたお姫さんの大きな瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちた。

「…ごめ…なさ……」
ヒックヒックと泣きだすお姫さんに慌てて駆け寄って抱き締めると、お姫さんは本格的に嗚咽をあげ出す。

「あー掃除に関しては気にすんな。
お姫さんに怪我さえなければ無問題だから、な?」
と頭を撫でてやれば、しばらく泣き続けてはいたが段々クスンクスンと泣きやんできた。

「…くろうと…ったんだ……」
「え?」
やがてお姫さんの口から出てくる小さな声。

小さすぎて聞き取れなくて聞き返すと、もう一度、今度はさきほどよりやや大きな、それでも小さな声で言う。

「…ギルが…来てくれるから…サンドイッチくらい作ろうと思ったんだ…。
でもハムがなくて…卵サンドなら…できるかなって……」

えーっと……
色々がクルクル回る。

料理出来ないってマジだったんだ…
このレベルで料理できないってすげえ…
他の事にはあんなに器用なのに…
てか、これ出来ないってレベルじゃないっつーか、ゆで卵一つでこの惨状って天才じゃね?

などなど色々思うわけなのだが…
それよりもまず

「料理出来ねえのに俺様のために頑張ってくれたんだな。
ありがとな」
と、可愛らしい黄色いつむじにちゅっとキスを落とす。

悲観的で後ろ向きなお姫さんが、自分のために出来ない、自信がないと思う事にチャレンジしてくれた、その気持ちがまず大事だ。
本当にいじらしくて可愛らしくて、愛おしさに胸が熱くなる。

例えるならあれだ。
料理をした事のない可愛い新妻が一生懸命作った微妙な料理を前に感動する夫。

今回は消滅してしまったので無理だが、もしまたお姫さんが何か作ってくれたとしたらそれが食物兵器的な何かであっても完食してやろうとギルベルトは心に固く誓う。

まあでもそれ以前の問題で…こんな壮大な実験の失敗のあとのような惨状を見ると、今回は無事だったが1人で料理をさせるには怪我が心配だ。

そこで
「でも俺様が居ねえ時に万が一にでもお姫さんが怪我したら俺様の心が痛すぎるからな、これからは料理するのは俺様が一緒の時だけにしような?
今度は一緒に作ろうぜ?」
と、また頭を撫でてやると、腕の中のお姫さんはきゅうっと自分もギルベルトの背中に手をまわして泣きながらウンウンと頷いた。

ああ…もう俺様のお姫さん可愛すぎだろっ…
と、その反応に内心悶えるギルベルト。

それでもこのままだと気分も晴れなかろうと
「なあ、キッチン綺麗になったとこでさ、また紅茶淹れてくれたりしねえ?
この前淹れてもらったやつ、すげえ美味かったからさ」
と、微笑みながらこつんとお姫さんの額に額を軽く押しつけると、涙目でしょげていたお姫さんはぱぁ~っと蕾が花咲くように可憐な笑みを浮かべて頷いた。

こうしてお姫さんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、お姫さんの可愛らしいおしゃべりを聞く。

花が好きでヌイグルミが好きでお菓子が好き。
大切に育てた薔薇が蕾をもったとか、どこぞにティディベアの専門店があるとか、行ってみたいカフェの話とか…ギルベルトが恋人にして欲しいおしゃべりランキング上位の話題を嬉しそうに語るお姫さんに、ギルベルトはある種感動を覚えた。

決してどこぞの暴力女のようにどこぞの刀剣が素晴らしい話とか最近竹刀のタイプを変えてみた話とかではない。


小鳥のさえずりのように和やかで可愛らしいそのおしゃべりを楽しんでいると、ふっと口をつぐんで

――ごめん…退屈だよな?こんな話…
と目を潤ませて上目遣いに見あげてくるとか、もう反則だと思う。

そんなわけはない。退屈なんてとんでもない。
耳心地の良い最上の音楽のようだと思うままを口にすると、真っ赤になる様子も可憐で可愛い。

性別ってなんだ?
女のはずのエリザベータはあんなななのに…と、ギルベルトはしみじみ思った。


こうして夜の2時も過ぎた頃、おしゃべりを続けたことでだいぶ気が紛れたのだろう。
お姫さんも眠そうに目をしばしばさせ始めたところで
「そろそろ寝るか?」
と、声をかけるとうんうんと頷いてソファからクッションを抱えて立ちあがる。

「枕…一つしかないからクッションを枕がわりかな。
今度もう一つ作っておく」
という謎の言葉。

え??
と聞き返す間もなく、お姫さんはこっちこっちと手招きをして、ついて行くとそこは寝室。

可愛らしいパッチワークのカバーがかかったベッドにクッションを放り出すと
「ギル、寝間着持って来たか?
俺の貸しても良いけど小さいよな?」
などとのたまわる。

「あ、ああ、持ってきてるし、俺様寝袋持参だから」
と、着替えるお姫さんから目をそらすように自分の鞄に飛びつくと、ふんわりとしたシルエットのパジャマに着替え終わったお姫さんは

――…一緒に寝るの…嫌か?
と、大きな丸い目で悲しそうな視線を送ってくる。

――…いや…ぜんっぜんダメじゃない

……と言うしかない。
あんな目で見られたら拒否できるわけがない。

ギルベルトは寝袋は諦めて自分も寝間着代わりのTシャツとスウェットに着替えた。

やばい…心の準備が……
頑張れ俺様の理性……

正直裸の美女に隣に寝ると言われてもここまで動揺しないと思う。

お姫さんは同性だからこその気軽さで言っているのだろうが、自分の今の可愛らしさに対して自覚がなさすぎだ。
本当に本当に自分じゃなければ襲われていると思う。
いや、自分だって絶対に襲わないという自信はないわけなのだが……

「…俺様…馬鹿な事したら容赦なくベッドから蹴りだしてやってくれ……」
自衛してくれ、頼む…という願いを思い切り込めてそう言うギルベルトの葛藤などどこ吹く風で、
「そっか。ギル実は寝像悪かったりするのか。意外だな」
と、全く警戒する事なく勘違いしたお姫さんは嬉しそうにベッドにもぐりこんだ。



こうして仕方なくベッドにもぐりこむと、ふわりと香る花の香りにクラクラする。

やばい、これやばい…と思っていると、時間も時間だったせいもあるだろうが、なんとも寝つきの良い事に一瞬でストンと眠りに落ちるお姫さん。
そして無意識にだろうか…するりと擦り寄ってきてギルの懐に潜り込むように抱きついてくる。

ぴょんぴょんと飛び跳ねた髪が顎や顔にあたってくすぐったいので少し撫でつけると、ふにゃりと子どものように邪気のない顔で微笑む様子は天使。
本当に天使だ。

「良い夢見ろよ?」
とその耳には届かない事は承知の上で呟きながら、

絶対にこの子だけは守んねえとな……
と、ギルベルトはそっとその小さな黄色い頭に口づける。

一応警察官である父親にも今回の事は報告したのだが、三葉商事と言う日本有数の大企業が行っていると言う事もあって、上からの圧力で今回のゲームの方面から事件を追う事は禁止されていて、現行犯逮捕でなければ警察は動けないらしい。

つまり…自分達以外の誰も自分達を守ってはくれない。
お姫さんを守ってやれるのは自分だけだ。

だからこそ絶対に自分が…最悪自分までは身を晒してターゲットになるくらいはする事になっても、お姫さんだけは守りぬかねば。

まだあどけなさの残る愛らしい寝顔を見つめながら、ギルベルトは決意を新たにする。

自分自身…今まで色々なものの頂点に立って色々なモノを征してはきたのだが、こんな風に本当に命の危険がふりかかるような経験はさすがにない。
始める前は自分が関わるのは犯罪予防までで起こってしまったら警察にバトンタッチをすれば良いと事態を甘く見ていた。

が、このゲームに手をつけた事に後悔はない。
そのおかげでお姫さんに出会ってお姫さんを守る事ができるのだから…。

――だけど…俺様生き残れんのかなぁ……

初めて自分が強かろうと賢かろうといち高校生に過ぎないと実感しながらため息をついているうちに朝が来る。

それでも…弱気になったら負けだ。
自分が不安を見せたらそれがルートやフェリ、お姫さんにも伝染する。

(よしっ!大丈夫っ!俺様は最強の男だぜっ!)
グッとこぶしを握り締めそう自分自身に言い聞かせると、ギルベルトは鍛練をしたあと朝食を作るべく、熟睡中のお姫さんを起こさないようにソッとベッドを抜け出した。


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