オンラインゲーム殺人事件第六章_1_コンプレックス(12日目)

バイルシュミット家の兄弟の朝は早い。
5時には起きて鍛練。
6時過ぎにシャワー、そして朝食。


それは兄のギルベルトが“お姫さん”の所に泊まりで護衛に行っていてルート1人だとしても変わらない。

7時半には朝食の片付けまできちんと終え、色々あって夏休みの間中勉強を教えると言う約束をしてしまったフェリの家に向かうために家を出る10時までは自主学習へと入る。

夏休みと言えど遊んではいられないのだ。
それでなくとも例え兄の七光だとしても1年生で生徒会長になってしまったからには、最低限学年でトップの成績くらいはキープし続けなければ示しがつかない。

思えば兄ギルベルトはそこまで勉強ばかりもしていなかった気がするが、天才肌な兄と自分を一緒にしてはいけない。

1回で出来なくとも10回やれば出来るなら10回やればいい。
それが凡才な自分に兄が示してくれた道なのだから。


腐ることなく黙々と繰り返す問題集。

色々な角度から見て行かないと解けない応用問題の類は得意とは言えないが、何度も何度も同じような問題を繰り返すうち、だんだんパターンがわかってくる。

一気にジャンプして頂点にいる兄を羨む暇があれば、一つ一つ地道に階段を作って上に登って行った方が良い。

そうやって一年生の生徒会長などという華やかな称号とは裏腹に、一歩一歩地を這うような努力をしつつルートは生きている。

おかげで自己肯定感は低いモノの忍耐力はついた。

例え夏休みと言うのに現生徒会役員から『ギルベルト会長は御在宅ですか?』という電話がかかってきたとしても…だ。


ギルベルトがいてもいつも
「おーい、ギルベルト会長に会いたきゃタイムマシンでも作らねえと会えねえぞ。
今ここにいるのはルートヴィヒ会長とギルベルト“”会長だ。
で?会長と副会長、どちらの権限で行う仕事の話だ?」
といちいち正すので、すぐわかる。

ルートが出る時は相手のほとんどは学年も役員としても先輩と言う事もありそこまで強くは言えないので、ただ、
「会長としての裁断が必要なら俺が聞くように兄に言われている」
と言うと、だいたいは
「あとでギルベルト会長にもきちんと確認を取った上でご返答下さい」
と、用件を言って来るのだ。


海陽学園は生徒会の権限が非常に強く、下手な教師より影響力があり、しかもOB達は当たり前に政財界の中枢にいて、本人達も将来その座を約束されているエリート中のエリートだ。
その中でも会長と言えばトップ。
プライドの塊の役員達を能力と人望でまとめあげていかねばならない。

常に最年少の会長だった兄は全国模試はほぼいつもトップで剣道、柔道、空手の有段者、楽器も得意で特にフルートの腕は素晴らしい、そんな圧倒的に他を凌駕する能力の持ち主だ。

定期考査、運動の記録など、点数がでるものは1位からビリまで全て貼り出されるが、兄の名が一位以外のところにあるのを見た事がない。
これが幼稚舎から今まで15年ずっとというのだから、もはや伝説になっている。

そんな文句のつけようのない圧倒的トップだったからこその一年生生徒会長だったのだ。

いくらそんな兄に色々マンツーマンで指導されていても日々必死に努力しているにも関わらず年に数回は一部の教科や記録で他にトップを明け渡すことのある自分が先輩諸兄どころかそんな天才の兄を差し置いて会長職を務める事には不満を持つ者が出るのは当たり前だ。
仕方ない事とは言えため息が出る。

兄いわくこれは会長様養成ギプスなのだそうだ。

兄ほどではないにしろ、1年の中ではルートはトップだ。
だから通常会長になる2年生の時からなら会長になっても誰も文句はないだろう。

だが、そこであえて1年でなって非常に協力的でない生徒会の中で執務を執行し、自分を高める。
そうすればギプスが外れた2年時には通常以上の仕事ができるようになる。

――ほんとは自分でやりたかったんだけどな、俺様には誰も直接に文句の一つも言ってきてくれやしねえから。
と肩をすくめる兄。

そりゃあそうだ、言っても論破されて反撃されるのが目に見えているのに、そこで敢えてという猛者もいないだろう。

本当に来年になれば楽になるのだろうか…と思いつつ、ルートはため息をつく。
そして鳴り響く電話に手を伸ばした。

この時間にわざわざ携帯ではなく家の電話にかけてくるのは、絶対に生徒会役員の誰かである。
また嫌味から始まるのか…と思うと気が重いし胃が痛い。

それでも取らないわけにはいかないので、どうせ兄に用件だろうと伝言用の録音ボタンを押しつつ仕方なくでると、電話の向こうから

『遅い!俺は忙しいんだからちゃっちゃと出ろっ!海陽の会長には呑気な夏休みなんざあると思うなっ!』

といきなり上から物を言われるが、その声の主に気づいてルートは心底ホッとした。


皆がさりげなく自分を認めない中、嫌味を言いつつ暴言を吐きつつ、それでも唯一ルートの会長として未熟さにガンガン突っ込みを入れてくる男、それがギルベルトのクラスメートで常に1番のギルベルト同様、常に2番をキープしている早川和樹だ。

彼は上級生らしく常に上から目線でズケズケ物を言ってくるが、ルートが会長に就任して以来、常に過剰なくらいルートに会長会長と言ってくる。

もちろんそれは敬うようなものではないが、態度は厳しくとも会長として接してくれているのだ。
言葉こそ悪いがルートにとっては生徒会役員の中で兄以外で唯一気の許せる相手である。

なので少しホッと肩の力を抜きつつも
「すまない。何か急ぎの案件だろうか?」
と聞いてみれば、いきなり
『あー急ぎと言えば急ぎだな。
ギルベルト居るか?
あいつ昨日なんだかヒーラーな彼女と馬鹿っぷる丸出しで歩いてたんでな。
からかいたくて電話かけてみた』
とのたまわる。

こちらが緊張して電話とったらそれか?それなのか?と、さすがにルートもがっくりと肩を落とした。

「いや…兄さんは今日出かけていて……」
『まさかそのまま泊まったのか?!』
と、食いつく和樹にルートは悩む。
これは…返答しだいではさすがに兄に怒られるだろう。

「いや、昨夜は家に帰ってきたが…」
『昨日デートして今日もデートか。
結構なことだ。
しっかり青春を謳歌してふぬけて一位の座をさっさと明け渡せと伝えておけ』
と、ルートが心配したようなそれ以上の突っ込みはなく、和樹はさっさと電話をきってくれた。


助かった…

兄ほどではないが彼も勘が良いのでそれ以上踏み込まれたら下手すると洗いざらい白状させられかねない。
ルートはほっと力が抜けてその場にしゃがみこんだ。

あの兄ですら常々苦笑しながら『和樹には本当に用心しろよ?あいつはやばい奴だ』と言うのがわかる気がする。

なにしろ彼はあのすごい兄ですらからかいの対象にできるのだ。
すごい、本当にすごい。
さすが兄に次いで常に2番の成績をキープし続ける男だ。

本当なら…兄が何かの事情で生徒会長を続けられなくなったら、間違いなく次の生徒会長は彼だと思われていただろう。
たいていの学校は生徒会役員は選挙で決まるようだが、海陽の場合は前会長の指名制なので兄の指名で自分がなったわけなのだが、彼は不満に思わなかったのだろうか…とふと思う事がある。
まあ思ったとしても決まってしまえばきちんと割り切るあたりがすごい男なのだろうが。

たとえ口が悪かろうと上から物を言われようがルートは兄と同様に和樹の事も尊敬している。
兄に対してはそうであるように、和樹がからかったり揶揄するネタが生徒会の仕事の事ではなくプライベートだけになるくらいに立派な生徒会長になる事が、自分の責務だと思っているくらいだ。


ああ…時間か……

そんな事を考えていると、そろそろ家を出なければならない時間が近づいて来ているのに気付き、ルートは急いで着替えて戸締りをして家を出た。

――ルートはすごいね。色々知ってるししっかりしてるし、俺ルートの事大好きだよっ。

いつも無条件に自分を受け入れてくれるフェリ。
甘えすぎて努力を怠ってはならないが、今はあの笑顔が見たい、癒されたい。

学校の補講の送り迎えをして家に招かれて、全然わからないというフェリの宿題を見ているうちに夏休みの間だけでも勉強を教えてくれないかと頼まれて、自分の勉強の合間にフェリの勉強を見ているのだが、常に出来ない自分を見せつけられる世界の中で自分を認めて受け入れてくれるフェリは本当に砂漠の中のオアシスのような存在だ。

教えてやっている、守ってやっていると言いつつ、それ以上に自分はフェリに自分の心を守られている気がする。

自宅から外に出ると相変わらずうだるような暑さだったが、このあとあの天使に会えるかと思うと、ルートは涼やかで快適な楽園にいる気分だった。




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