オンラインゲーム殺人事件第五章_2_お姫さんはやんごとない(11日目)

――脱がしたい……
そう思ったのは決してやましい理由からではない。



ふわふわぴょんぴょんと跳ねた小麦色の髪に小さな頭。
真っ白な顔をわずかに彩る淡い淡いピンクの頬とふわりと前髪が薄くかかる広い額には少々立派過ぎるまゆげ。

しかしそのすぐ下の、瞬きをしたらばさばさ音がするんじゃないだろうかと思うくらい長くて豊かな光色の睫毛も、それに縁取られた夢見るように潤んだ春の新緑のような色合いの大きく丸い目も、まるで宗教画の天使かアンティークドールのようである。

その小さな顔から首、肩までのラインは実に繊細で細く、乱暴に触れれば折れてしまいそうだし、細いと言えば腰の細さ、これなんか、本当に内臓が詰まっているのかと疑いたくなるほど細く薄い。

身長こそ178cmのギルベルトが少し見下ろすくらいなので170cm前後はありそうだが、そのくらいの身長の子もいるにはいる。

…と言う事で何が言いたいかと言えば、目の前で真っ赤になって俯いている《俺様のお姫さん》は、実は脱いだら少女だったっ!とか言うハプニングがあったりするのではないだろうかということだ。



ギルベルトだって最初はちゃんと男だと思って会いに来た。
確かにゲーム内のキャラも可愛らしい感じがしたが、RPGか何かかと思っていたのだ。

まあ性格は本当に可愛らしかったし、例えそういう容姿じゃなくとも“”がこれまで殺された二人のように殺人事件の犠牲者になるなどという事態は絶対に避けたかったから、リアルで完全に男の彼と会ったら多少はがっかりするだろうなぁと思いつつも会う事にしたのである。

それでもギルベルト的にはゲーム内では花が大好きだった“お姫さん”に会うわけなので、花の一つでも渡したいなぁと思いつつ、しかし男二人で出かけていて1人が花束なんか持っていたらちょっと周りの目が痛いだろうか…などと悩んだ挙句に用意したキャンディフラワー。

これを1本ならとりあえず『お花大好きなお姫さんにと思ってなー』と薔薇を渡すふりで、即『なーんて、これ実は菓子なんだぜっ』と種明かしをすれば笑いの方向に持って行って話題を作れる。

……なんて思っていたそれは、思わず今現在お姫さんが着ているざっくりとしたニットのチュニックの胸元に飾ってしまった。

それがそんじょそこらの女子高生達よりよほど似合うのだ。

俺様、もしかしてすげえリア充に見えてんじゃね?
と思うほどには…。

というかだんだん、その“リア充に見えてんじゃね?”が半分“リア充なんじゃね?”に思えてきている。


中学を卒業して4カ月ほどしかたっていない15歳。

体が出来きってないという奴もいるかもしれないが、それを差しおいても同じ性を持つ男に見えない。
男くささとか男特有のなんちゃらみたいなのを感じない。

だって待ち合わせの時、逃げようとされたので思わず追いかけて腕の中に抱え込んだら、なんだか薔薇の香りなんかしたのだ。

今は夏だ。
男子校だからこそ慣れている、あのむわっと汗臭い空間とは天と地の差だ。
もうギルベルトの周りのDK達とは別の成分で出来ている生物だと思う。


かといって女っぽいかというのもまた違う気がするのだが…。

あれはあれでなんというか…もっとムンムンギラギラしている生き物な気がする。

そう、男子校のわりにギルベルトは女子高生に夢を持ってはいない。
周りとの折り合いと自分自身の人生経験のために多少の接触を持つ事はあるものの、基本冷めている。

まあその一番大きな原因は母方の従姉妹で幼馴染のエリザからきたものではあるのだが…。

美人の多いと言われるお嬢様学校に通っているエリザは今では見た目は確かに美人だが小学校までは公立で男のようななりで、しかもギルベルトと一緒に道場で組手をしたり棒っきれを振り回したりしていたので、幼い頃はギルベルトもエリザ本人ですら彼女を男と思っていたし、中身は今でもそんじょそこらの男より凛々しいところがある。

それが中学で私立のお嬢様学校に入って急に女らしい格好になったかと思えば、今度は腐女子になっていた。

恐ろしい。
今でも道場には通っているのだが、会うたびギラギラした目でギルベルトの学校生活を根掘り葉掘り聞きたがる。

もちろん付き合いがあるのはエリザだけではないが、そういう方向性の子でなければ今度はギルベルトの容姿や学校などにギラギラした視線をぶつけてくるので、それはそれで怖い。

それに比べて……目の前のお姫さんの清らかで愛らしい事。

ああ、わかった、男とか女とか関係なく、お姫さん実は天使だったか…と納得。
とにかく世界中の危険や不条理からお姫さんを守るのが自分の使命だと言う事で落ち着いた。

こうして電車は目的の大きな街の駅に付き、まずは食事。

「お姫さん、何か食いたいもんとか、逆に食えないもんとかあるか?」
と聞くと、ことん…と少し考え込むように小首をかしげる様子が天使のよう…いやいや、元々天使だったそうだった。

駅ビルの通路の端で人の流れに流されないように少し自分の側に抱き寄せると、腕の中におさまってしまう細い身体。

――あまり…こういうとこに来た事なくて。何が良いのかよくわからない。好き嫌いはない。

そう言ってまた少し考え込む。
そして…トドメ……

――ギルが…普段友達と行っているような所に行ってみたい。

ひ・め・さ・ま・キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!

あどけなさの残る大きな目でギルベルトを見あげて言うお姫さんのやんごとなさに、ギルベルトのテンションがキューン!とうなぎのぼりにあがった。

「俺らDKが行くとこなんて、安くて速くて腹満たされる…みたいな、それこそマックとかなんだけど…」

とはいっても本当に自分が学校帰りとか悪友達と寄るような場所に初デートに連れて行ったらガッカリされそうなので、一応お伺いをたててみると、なんとお姫さんは、マックっ!と、それまで俯き加減だったのが、ぱあ~っと明るい顔でギルを見あげてくる。

「行ってみたいっ!テレビでは見た事あるし、行ってみたかったんだっ!!」

と、それはそれは愛らしい嬉しそうな笑みで言われてギルベルトはビックリだ。

「本当にマックなんかで良いのか?」

そこまで喜ばれるような所ではないと思うのだが…というか、行ってみたかったと言う事は行った事がない?今時マック行った事がないDKが存在するのか?などと思いつつもさらに念押しをすると、お姫さんがうんうんと嬉しそうに頷くので行く事にした。

こうしてお姫さんをエスコートしてマックへ。
はぐれたら危ないから…と、しっかりと手をつないで向かう道々、周りがたまに振り返っていく。
さすが俺様のお姫さん、やっぱ可愛いよなぁ、目立つよなぁ…などと上機嫌になっているギルベルトだが、実は自分も目立っている事に気づいてない。

嬉しそうなキラキラした目で隣を歩くお姫さんの愛らしさしかギルベルトの目には映らない。
少し内気そうなはにかんだような表情が本当に可愛い。
今時こんな風に守ってやりたくなるような清楚な子を見つける方が難しいのではないだろうかと思う。

マックについたら少し困ったように
「普通…どんなもの注文するんだろう?」
と聞いてくるのも可愛い。

「ゆっくり選んでいいぜ」
と言ってやると、真剣な顔で悩んでいる。

結局、余ったら俺様が食ってやるよと、興味のあるモノを一通り選ばせて、自分の分はちゃっちゃと注文。

それをまとめて払ってやると、やっぱり困った顔で財布を出そうとするので、あとでな、と、いったんしまわせて二人分乗ったトレイを手に座席へ誘導した。

まずお姫さんをソファ席に座らせて自分は正面に。
二人をはさむテーブルにトレイを置くと、目がトレイに釘付けになる。

ああ…お姫さん、可愛すぎだぜ…
と思っていると、思い出したようにまた財布を出そうとするので、それを制した。

「今日は俺様が会いたかったんだから俺様持ちな?
労力から財布まで全部まかせてくれ」
と言うと、年頃の女の子達と違ってそれは整えてないため幼さを際立たせている太い眉を困ったようにへにょんと八の時にする。

「全部出してもらうと俺から誘いにくくなるし?」
と、コテンと小首をかしげるのがあざと可愛すぎて悶え転がりそうになるのを必死でこらえつつ、ギルは例え1歳と言えど年上の余裕を堅持する笑みを浮かべて
「大丈夫っ!俺様からマメに誘うから。
ほら、冷めないうちに食おうぜ」
と、お姫さんの分のハンバーガーを渡してやった。

「じゃ、あとでな、コンビニ行ってパピコ買おう。
半分こして食おうぜっ!
で、それはお姫さんの奢りで」
おずおずとギルの手からハンバーガーを受け取るお姫さんにそう言うと、
「パピコ?半分こ?」
と、またコテンと小首をかしげる。

これ…癖なのか。可愛すぎてやばいぜっ!!

と、また内心悶えながらも表面上は平静を保ち、2個くっついているアイスがあって、それは友達同士で半分に割って食べるのだと言うと、またお姫さんは、ぱあぁぁ~っと嬉しそうな顔をする。

どうやらそういうギルベルトの周りだと当たり前に食べているような物を食べた事がないらしく、珍しさに喜ばれるという予測は当たっていたらしい。

「うんっ!じゃ、マックの次はパピコなっ!約束だぞっ!」
とはしゃぐのが死ぬほど可愛い。
なんだ、この可愛い生き物はっ!!!と思う。

これまでギルベルトの周りにいた女子どもは、妄想のネタか金や学歴かと、求める物は違えど何かをギルベルトに期待してくる腐女子か自称乙女達。

ギラギラと食いつくされそうな勢いで迫られてきたギルベルトの目から見ると、ここは天使のいる楽園だ。

ギルベルト自身はその外見に似合わず堅実な性格をしているのでさほど贅沢をする習慣はないが、実家自体はわりあいと裕福ではあるし、今回のゲームで予定外の大金が入ってきたのもあって別に金を使うのは悪くはないのだが、それを目的に近づかれるとやはり萎えるのだ。

が、正直近づいてくる女子にはそういう輩も多い。
こんな風にいかにもお育ちが良さそうな感じなのに瑣末なことでいちいち驚いたり喜んではしゃいでくれる子など皆無だ。

お姫さん…やっぱ可愛いなぁ…と見とれているギルベルトの前では楽しげにハンバーガーを齧り、今度はナゲットの紙箱を前に戸惑っているお姫さんの姿。

「これな、ソース。こうやって付けて食べる」
と、付属のマスタードソースをあけてナゲットを一つ取ってソースにつけると、その小さな口に放り込んでやった。

そしてふと気付く。

――こ、これは、俺様が運命の相手と巡り逢ったらやってみたい事ランキングTOP10に入っている、あーんだっ!!

そう、モテるわりに前述のような理由で本命は見つからず、甘い空気になる事もなく終わっていたギルベルトがまさに夢見ていたシチュエーション。

あーんと口をあけるその様子はヒナ鳥のようで、実は世話好きなギルベルトのハートをきゅんきゅん攻撃してくる。

もうダメだ…俺様死ぬ…これ萌え死ぬ…
いや、やっぱダメだ。死んだらお姫さん守れねえっ!!

こうして何度も萌え死にかけながらもなんとか生き残ってマックを出ると、今度はすっかり打ち解けたお姫さんに手を引っ張られてコンビニへ。

そしてまるで初めてのおつかいを見守る親のような心境で無事アイスのケースからパピコをみつけてそれをレジに持って行って支払いを済ませるお姫さんを見守る。

そうしてコンビニの外のごみ箱の前でパピコをあけて袋はゴミ箱へ。

「これ…割って大丈夫か?」
「ああ、大丈夫。そのまま割ってみ?」
「…っ!出来たっ!!」

嬉しそうに両手に二つに分かれたパピコを握って微笑むお姫さん。
記念しゃし~ん、などとふざけた調子で言ってこっそり取り出した携帯で写真を取って秘かに保存する。
もちろんこれはあとで待ちうけにするつもりだ。

その後、お姫さんはパピコの片方をギルに渡したまま立ちすくむ。
どうした?やっぱりこういう庶民の食べ物はダメか?などと思いつつも、ギルベルトが丸いプルトップのような部分に指をひっかけてパピコをあけて食べると、おおぅ!と言うような目でそれを見て、自分も同じようにあけて何やら感動している。

どうしよう…もう今日何度思ったかわからないが、お姫さん、可愛すぎる。

こうして無事初パピコを終え、ゴミはしっかりゴミ箱へ。

その後、これももしかしたら初めてかも?と思って誘ってみたらお姫さんがすごい食いつきをみせたゲーセンへ。

ガン見していたUFOキャッチャーの兎のヌイグルミを取ってやると、嬉しそうに抱きしめる様が天使。
プリクラを取って、その後当初の目的である防犯グッズを物色し終わった頃にはもう夕方だった。


「夕飯…どうすっかなぁ」
夏と言う事もありまだまだ明るい中をしっかり手をつないで歩きながら呟くギルの言葉に、空いている方の手でしっかりヌイグルミを抱きしめたお姫さんが、若干不安そうに見あげて来た。

「ギルは…家族いるんだろ?一緒に食べないでいいのか?」

そう言いつつ少しだけ…本当に気をつけないと気づかないくらい少しだけ握った手に力がこもる。
そして何より物を言う雄弁な大きな子猫のように丸い目が(1人は寂しい…)と訴えている気がした。

そんな簡単な事も口に出せない気弱さが愛おしい。

「あー、うちはお袋は亡くなってて親父とルッツなんだけどな、親父は仕事忙しくてほぼ帰ってこねえし、ルッツは最近ちょっと同級生に勉強教えに行ってて、そっちで飯食ってくるから俺様は1人なんだよな。
だからお姫さんが疲れてなければ一緒にって思ったんだけど……」
ちらりとふってみると、しょぼんとしていた目が急にキラキラ輝いた。

「疲れてないっ!全然疲れてないっ!!」
少し血を失っているようだった白い頬さえも淡いピンク色に染まる。

そんな風に嬉しそうに見あげてくる可愛すぎるお姫さんを、あやうくそのまま抱きしめそうになって、ギルベルトはその衝動をかなりの理性を要しながらも抑え込んだ。

今時の高校生にしては珍しく遠慮がちなお姫さんの言葉にできない望みを察して叶えてやるのも楽しいのだが、いつかお姫さんが自分にだけは安心して我儘が言えるようになると嬉しい。

そのために、これから自分は出来る限りお姫さんのために時間を取って、甘やかして甘やかして甘やかしてやろうとギルベルトは決意した。

そのためには…一つのステップが……

「あの…な、お姫さん、提案があるんだけど良いか?」
「うん」

お姫さんが頷いたところで、ギルベルトは少し道の端によって人波から離れた。
もちろん手をつないだままのお姫さんも一緒だ。

「これ、俺様の生徒手帳。身分証明な」
と、胸ポケットから生徒手帳を出して写真入りのページを開くと、お姫さんは突然のその行動に不思議そうにしながらも、それを覗き込む。

「携帯…は昨日教えたし、俺様に用事があっての連絡は携帯に、俺様に問題があってというなら学校に連絡すれば連絡がつく。
住所も教えたいとこなんだけど、これは俺様だけじゃなくてルッツの側にも関わることだから俺様の権限だけじゃ言えない。
だからここまでが俺様が俺様の権限で晒せる身分証明代わりの個人情報な」
「うん…それで?」
「俺様の側が全部晒してないという時点でフェアじゃねえし不安かもしれないけどな、いざという時に駈けつけられるように、俺様はお姫さんの家の位置を知っておきたいって思ってる。
ダメか?……ダメなら……」
「じゃ、今日はデリで何か買って行って家で夕飯にしようか」

てっきり多少は迷われるものかと思えば、危機感がないのか信用されきっているのか、お姫さんは何の疑問も抱いてないようで、むしろ嬉しそうにそう提案してきた。

「へ?いいのか?」
と、ギルベルトの方が驚いて聞き返してしまう。

すると
「うん。家ならとびきりの紅茶淹れられるし。
それに…」
と言ったあと、一呼吸置いて一言…

――1人で帰るの少しだけ怖かったから

「………」
「あ、少しだけだぞ?俺だって男だし……」
「………」
「…ギル?」

だめだ……お姫さん可愛いすぎる……好きだ………

「…もる…から…」
「え?」
「…もうめっちゃ気合い入れてお守りするから安心してくれ」

狙ってやってるならすごいと思う。
お姫さんはナチュラルにギルベルトの萌えポイントのど真ん中をヒットマンのごとく狙って打ちぬいてくる。

ギルベルト自身はわりあいと理性的な方だとは思うが、その理性の壁を崩壊させるレベルで萌え爆弾を発射し続けるお姫さんには本当に完敗だ。




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