オンラインゲーム殺人事件第五章_1_その男、ギルベルト・バイルシュミットなり(11日目)

おかしな格好をしたくはなかった。
どうしても失敗はしたくない。
だが自分の美的センスに著しく自信がない。

タイムリミットは10時間っ!!!!




明日…というか、もう今日か。
ギルベルトと初めて会う事になって、アーサーの気分はまるで初デートに向かう女子のようだ。

ああ、こんな事なら自分も制服をクリーニングに出さなければ良かった。
よりによって昨日出かけるついでにと駅前のクリーニングに出した制服がこれほど必要に思った時はない。

そりゃあギルベルトのように日本一賢い事を証明してくれるようなすごいものではないが、一応名門と呼ばれるお坊ちゃん学校のソレは、裕福な家の子弟が集まるだけあって、デザイン的にはなかなかオシャレと言われている。

それさえあれば、ギルも制服を着て来る事だし自分も…と言う事もできなくはなかったのに…。

まさかこの夏のさなかに冬服を着るわけにも行かないし、もう私服で乗り切るしかない。

こうしてクロゼットじゅうの服を引っ張り出して、アーサーは唸る。

「やっぱ…これと…これか?」

以前、父の取引先の令嬢で刺繍仲間として仲良くしていてくれたリーゼロッテが素敵だと褒めてくれたコーディネイト。

『アーサーさんらしくてとてもお可愛らしいですわ』
と、“可愛らしい”という表現は気になるモノの、きっと好感度は高いのだろう。

白いノースリーブの上にゆったりとしたクリーム色のドルマンニットのざっくり編みチュニックを着て、下には八分丈の細身のジーンズ。

アーサーが目指すカッコいい方向性とは若干違う気がしないでもないが、自分の美的センスで選んで外すよりは良い。

そう思って、アーサーはそれらをハンガーにかけると、他をクローゼットにしまい込んだ。

本当はいくら頑張ってもぴょんぴょん跳ねてしまう髪も美容院でセットしてから行きたいのだが、この状況で寄り道はさすがにありえない。
自宅前にタクシーを呼んでそこから駅に直行だ。

最寄駅なので10分前につくとしても20分前に出れば十分だろうし、髪は朝起きてシャワーを浴びた後、頑張って格闘してみよう。


そう決意してベッドに入るも眠れない。
楽しみだが不安。

容姿に関してはもう、電話で話したからさすがに異性だとは思われてないと思うし、キャラも実際の容姿に近づけたつもりなので過剰に期待はされてないとは思うのだが、なにぶん自分はコミュ障で他人とうまく話せたためしがないのだ。
ギルに会えるのは嬉しいが、がっかりされたらどうしよう…

ティディを抱きしめながらゴロゴロとそんな事を考えているうちに、とうとう夜が明けてしまっていた。




…まずい…眠れなかった……
と思いつつも起き上がり、落ち付かないのでシャワーではなく風呂に入る。

たっぷりの薔薇のバスソープを泡立てた湯に浸かり、
(大丈夫…落ち付け。大丈夫……)
と、自分に向かって繰り返した。

ゲーム内だって決して器用に会話できていたわけではないし、電話だってしていたわけなのだから、今更失望もされないはずだ……と半ば自己暗示のように呟く。


そんな事を考えていると眠気が襲って来てふぅっとバスタブに沈みかけて慌てて飛び起きた。
まずい。のんびりしている場合ではない。

アーサーは眠りこけない前に髪と体を洗って浴室から出ると、服を身につける。

タクシーは10時45分に自宅マンション前に来てもらうように手配したし、ギリギリまでドライヤーと格闘しつつ頑張ってみるが、やっぱりぴょんぴょんと跳ねる髪にため息をついた。

もう…外見は仕方ない。
せめて礼儀だけは失してはいけない。
そう思ってアーサーは40分に自室を出てマンションのエントランスでタクシーを待った。



徒歩15分ほどの距離なのだから、タクシーに乗ったらほんの数分だ。
荷物が多いとかいうわけでもなくわざわざ呼び付けてまでの車なので不思議な顔をされて少し気まずいが、命には変えられないので耐える。
ギルに会う前に死ぬわけには断じていかない。
まあその気まずさも時間も短いし良いと言えば良いのだが……




こうして駅でタクシーを降り、まばらな人ごみの中を改札方面へ。
目的の相手はすぐ見つかった。

…というか、人がまばらじゃなかったとしても、おそらくすぐ見つける事が出来ただろう。

目立つ……とにかく目立つ。

本当にゲームのキャラそのままに適度に筋肉のついたスラッとした体躯。
いくら整えようとしてもぴょんぴょんと跳ねてしまうアーサーのくすんだ金髪と違って、少し固そうだがさらさらと綺麗な銀色の髪に、非常に珍しい真紅の瞳。

整いすぎるくらい整った顔の正統派イケメン。
それが超名門進学校である海陽学園の制服を身にまとっている。

ピシッと伸びた背筋。
首元を覆う白いスタンドカラーの襟に黒いクロスタイ、それに同じく黒いジレを一部の隙もなしに着こなしている様子は、まるでモデルか俳優のようだ。

華がある。
なのに軽々しい感じはなく、ストイックさすら感じさせるのがすごいと思う。

大きくもない駅だが休日と言う事もあって出かけるところだったのだろうか。
学生らしき女の子達が少し離れたところでチラチラとそちらを見てはしゃいでいるのが見えた。

あ…1人の女の子が寄って行った…
そして玉砕…。

少し困ったように眉を寄せ、しかしとても綺麗に微笑む様子は本当にドラマのワンシーンのようで、やっぱり離れたところで女の子達がきゃあきゃあはしゃいでいる。

そんなギルを見てアーサーは
(…本人、昨日見るだけ見て帰っても良いって言ってたよな……)
と、小さくため息をつきながら思った。

もうあの隣に自分のように冴えない男が立つのは申し訳ない気がする。
申し訳なさ過ぎていたたまれない。
玉砕したあの女の子だって、自分の誘いを断って待っていたのがこんな相手だったらがっかりするだろう…。

そんな理由から少し離れた所で声をかけるにかけられずに立ちすくむアーサーだったが、今度は女の子達の視線が自分の方に向いたのに気付いた。

何か笑われている気がする…。

まさか…さっきからギルをちらちら見ているので不審に思われたか、もしくは待ち合わせの相手だとバレてこんな程度の男が…と笑われているんだろうか…と、恥ずかしさに泣きたくなった。

無理だ…キラキラしすぎていてコミュ障が声をかけるには敷居が高すぎる…

あ…女の子達がまたギルに駈け寄って行った。
そして何やらギルに話かけて、また離れていく。

…と思ったら、まるで最高級のルビー、ピジョンブラッドのような紅い瞳がアーサーの姿を捉えた。

そして笑みの形を浮かべる。
走ってくるイケメンに思わず逃げの体勢を取るアーサー。

クルリと反転して駆け出そうとすると、後ろから腕を掴まれた。

「お姫さんっ!ごめんっ!逃げないでくれっ!!」
と、そのまま後ろから抱きしめられて、アーサーはパニックを起こす。

だっ…抱きしめられっ…えっ?!…ええっ?!!!!
――驚かせてごめんな?
と、体勢的に耳元でささやかれる形になって、アーサーは膝から崩れ落ちそうになった。
イケボで切なそうに耳元で囁くとか、本当にそれ自体が凶器だと思う。

なのにギルは続けるのだ。

「一緒に出かけるの嫌ならせめてタクシー乗るまでは送らせてくれ。ほんと危ねえから
俺が呼びだしたの原因でお姫さんに何かあったら、絶対に気が狂うくらい後悔する…」

…って………
一体なんなんだ、お前はぁぁっ~~!!!!!
これは何か?!ドラマかっ?!!
ドラマの撮影か何かなのかっ?!!!
もう羞恥で死にそうだ。
これ自分が女だったらここから絶対に愛が始まっていると思うが、『ごめん、俺こんな冴えない男でごめんっ!!!』と世間様に土下座したくなった。

「ごめっ…俺なんかでっ…ごめっ……」

もうコミュ障には色々無理だった。
いっぱいいっぱいになって半分涙目で言葉に詰まると、クルリと体を反転させられて、ギルと向かい合わせになる。

「お姫さん…大丈夫か?出かけられそうか?」

と、気まずさに視線を合わせる事が出来ずに俯いているアーサーの耳に、電話の時のままの優しい声が降ってきて、アーサーはコクコクと頷いた。

すると、するりと背に回る手。
改札に促されて、切符が渡される。

え??と、そこで初めてギルを見あげると、
「ああ、時間あったし買っておいた」
と当たり前に言われた。

そしてそこで
「あ…じゃあ…」
と、慌てて財布を出そうとするアーサーの手を軽く制すると
「今日は俺様が一緒にいたくて誘ったんだから、これくらいはさせてくれ」
とアーサーを先に改札に通して自分はICカードをかざしてその後に続く。

え??これってそういうものだったか?
デート??
俺の防犯グッズ系の買い物じゃなかったっけ?
と、普段なら思ったのかもしれないが、テンパリ過ぎていて頭が真っ白なアーサーはギルに促されるままギルと一緒に丁度きた電車へ乗ったのだった。


電車内はすいていて、それもギルに促されるままアーサーは座ったが、ギルは座らずアーサーの前に立つ。

「ギル…座らないのか?」
と聞くと、
「こっちの方がお姫さんの事よく見えるし、話しやすいから」
と、にこりと笑う。

なんてイケメン、まじイケメン。

「…なんかごめん…。がっかりしただろ」
と、もうそんな言葉しか出てこない。
するとギルは少し不思議そうに目を丸くした。

「へ?ああ、帰られようとしたこと?
いや、俺様よく人相悪くて怖えって言われるから。
こっちこそ怖がらせてごめんな。
本当はな、お姫さんが嫌ならもうこっちからはアクション起こさねえって決めてたんだけど、今回の事件の事とかなくてもお姫さん可愛すぎて危ねえって思っちまって…」

「かっ…可愛いって……」

誰?誰に向かって言っている?!!!
もう言葉もなく真っ赤になってパクパクと口を開閉するアーサーに、ギルは真顔で

「実は待ってる間に逆ナンされて、可愛いお姫さん待ってるからって断ったら諦めてくれたんだけど、そのあとしばらくして、『さっきから見てる気がするんですけど、もしかしてあの人?』って聞かれて。
もう可愛いとか言うだけでわかるってなんだよって思ったけど、ほんっとお姫さん、あのゲームの可愛すぎるキャラのまんまなのな。
いや、性格は可愛いって思ってたけど、同じDKで外見あのまんまとかねえだろって思った。
子猫みてえにおっきな目でぷるぷる震えてるし、これ放置したら殺人以前に誘拐されんじゃね?って思ったら、反射的に捕まえてて…怖がらせてマジごめんな?
でも誓ってお姫さんが嫌がるような事しねえし、今日はきっちりお守りさせてもらうから」
と、恐ろしくわけのわからない言葉を吐いた。

いやいやいやいや、ありえないだろ?
とそんな風に思うが結局真っ赤になってとうとう俯くアーサーに、ギルは一瞬目を丸くして、それから悪戯っぽく笑ってさらにトドメ。

「護衛、荷物持ち、道案内、その他諸々なんでもわたくしめにお申し付け下さい、ユア ハイネス?」
と、恭しく胸に片手を当てて優雅に一礼して見せる。

うあーうあーうあーーー!!!
思わずふるふる頭を振ると、上からクックックッと笑い声が降ってきた。

「お姫さん、まじ可愛すぎだなっ」
「…からかうなよっ」
「わりっ!本当に可愛すぎてつい」
とギルはまだ笑いながら、ポケットの中から何かを出して
「申し訳ありません、プリンセス。
お詫びにこちらをお納め下さい」
と、アーサーに差し出す。

「…薔薇?」
一輪の造花の白い薔薇。
中心にキャンディがついている

いったん受け取ったアーサーの手からそれを再度取ると、
「ん~本当は髪に挿したいとこだけど…」
などと少し首を傾けて考え込んでいたが、
「まあ、このあたりが無難か」
と、結局アーサーのセーターの胸元に挿して留める。

「ん、似合ってる」

……とか微笑まないでくれ…その整い過ぎた顔で……

もうどう反応して良いかわからない。

「お姫さん、花好きだったもんな」

…そうだけど…そうだけどな?
普通こんな冴えない男に花贈ってどうする?
「白い薔薇の花ことばって知ってるか?」
「…純潔……」
「あー、そっちもお姫さんに似合うよな。
まあ贈る側からしたら?
深い尊敬とかいう意味もあるんだぜ?
あと一つは…《私はあなたにふさわしい》…とか。
んー…だといいんだけどな?」

だといいんだけどなっ…とか言うなっ!
ふさわしくないのは俺の方だ、ばかあ!
…などと言えるはずもなく…アーサーはひたすらに赤くなる。

ここで照れたらもっと恥ずかしい…けど、どうしても赤くなってしまうので、
「…恥ずかしい事言うな、ばかぁ!」
と口を尖らせた。

そうしたらやっぱり恥ずかしくなったのかギルの方も赤くなる。
(…これ…マジ天然かよっ!くそっ、可愛すぎだろっ)
などと、その恥ずかしさが別方向のものだったのは、当然アーサーは知る由もない。



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