その日はフェリのその一言で始まった。
いつものように城の中庭の花園の中。
昨日は自分が先だったが、今日は少し遅れてインしたらフェリが先に来ていて、花が咲き乱れる中、ぽろんぽろんと竪琴を鳴らして待っていた。
そしてPTを組んだ後の開口一番がその一言である。
確かにもう二人ともレベル4になっていたし、そろそろ最初のミッションくらいはやってみても良い頃かもしれない。
『今日はね、アーサー待ってる間にお弁当作ってみたんだぁ~』
とトレードしてくるので受け取ってみると、アップルパイ。
『昨日街の外で拾った林檎で作ってみたんだよ。
MPが増えるアイテムなんだって』
と言われたので礼を言って食べてみると、なるほど20だったMPが30にあがった。
『すごいな、これ』
3分の1もMPが増えた事に感動して言うと、フェリは
『ミッションに行く前に林檎の木のところでまた林檎拾っていこうね♪』
と、にっこり。
ミッションに行く事はもう決定らしい。
まあアーサーにもそのあたりの異論はないのだが…。
こうして街の外へ出て林檎を拾い、いつものように手をつないで歩きだす二人。
行き先はミッションの目的地である少し離れた山の麓だ。
そこにいる兵士に手紙を届ければミッション完了である。
あたりはのどかな草原で、二人は最初はくねくねと曲がりくねった道を歩いていたが、ふと視線を向けるとコスモスのような花が揺れる大地が広がっていて、そちらを歩く方がなんだか楽しい気がした。
そう…気がしたから…実行した。
それが飛んでもない結果を招くなどとは思わずに。
敵の影も見えなかったのでフェリはぽろんぽろんとご機嫌で無意味に竪琴を鳴らす。
アーサーがそれに合わせてウォンドを振ると音に合わせて光が舞い散って綺麗だった。
現実世界ではありえない仲良しの友達。
しっかりと握られたキャラ同士の手がそれを証明するように揺れていた。
無意味に笑顔のモーションを取ると、向こうからも笑顔が返ってくる。
そんなアーサーの楽しい気分を共有しているかのように、フェリからは
『楽しいね(^-^』
と言葉が贈られ、アーサーも
『そうだな、楽しいな』
と返した。
そんなたわいもないやり取りがとても楽しく心の中がほわほわと温かくなる。
フェリは可愛い。
フェリは優しい。
くるんと一本飛び出した髪が歩くリズムに合わせて楽しげに揺れていて、まるでファンタジーの世界そのもののように柔らかな光に満ちている。
そんなフェリと知り合えて本当に幸せだと思った。
見ているだけでも本当に幸せになるような可愛らしさなのに、なにかにつけて
『俺ね、アーサーの事だぁいすきだよ♡』
と言って来てくれる。
それだけじゃなく、アーサーが自分も返さなければ…と思いつつもなかなか返せないでいると、
『アーサーは?俺の事好き?』
と、ただ肯定すれば良いだけの質問をなげかけてくれる。
そこでアーサーは頷くだけで、またほわほわと可愛いフェリの笑顔が返ってくるのだ。
毎日毎日、甘い甘い砂糖菓子を頬張った時のように幸せな気分が広がっていった。
そう、それは例えば困った事が起きた時だって変わらない。
この日、二人でご機嫌で音符や光を撒き散らしながら歩いていたのだが、ふいにフェリの身長がちぢんだ…と思ったら、自分の視界もグン!!と下がっていった。
え?ええ???
と思った時には光に溢れた草原から景色が一転、薄暗い洞窟に変わっている。
『え?え?ここどこ?』
と落下が止まってキョロキョロと辺りを見回すフェリ。
『たぶん…落とし穴か何かにおちたんだと思うんだけど…』
と、答えてアーサーは自分も周りに視点を切り替えてみた。
ごつごつした岩に囲まれた洞窟。
少し前方を飛び回っている蝙蝠はどう見ても今まで自分達が街の周りで叩いていたスライムよりは強そうだ。
確かマニュアルには敵にはノンアクティブとアクティブがいるって書いてあったよな…などと脳内で考えていると、どうもマニュアルというものを読む習慣がないのだろう。
フェリが
『とりあえず歩いてればどこかに出るよね♪』
と、蝙蝠に向かって突っ込んでいくではないかっ!
いやいや、待てっ!!…と制止する暇もなく、どうやら街の周りのスライム達と違って近づくだけで攻撃してくるアクティブなモンスターだったらしい蝙蝠が、キキッと鳴いてフェリの攻撃を仕掛けて来た。
『ええっ?!!』
と慌てている間にあっという間に赤くなるフェリのHPバー。
『それ近づくだけで攻撃してくるアクティブなモンスターだっ!』
と打ちつつ、アーサーがHPを回復する魔法ヒールをフェリにかけると、今度は蝙蝠はアーサーに向かって飛んできた。
『だめえぇっ!!』
と、そこで慌てて竪琴の弦を弓のようにして矢で攻撃するフェリ。
『フェリ、ちょっと攻撃控えろっ!HPまだ半分しか回復してないからっ!』
ヒールで半分は回復したものの、まだHPバーはかろうじて黄色のフェリに向かってアーサーは言うが、フェリはフェリで
『だめだよぉ!!アーサー防御ないんだから攻撃されたら死んじゃうよっ!』
とひたすら矢を打つ。
『いいからっ!』
『だめえっ!』
と結局蝙蝠はお互いを庇いあうようにする二人の間をフラフラ。
減っていくHP。
ああ、これ二人して死に戻りだな…と思ったが、不思議と少し温かい気分になった。
だってこんな時でもフェリはアーサーの心配をして庇ってくれようとするのだ。
友達…それはなんて素晴らしい。
こうして互いに殴られてHPゲージも真っ赤であと1回。
どちらが先に戻る事になるのかな、自分だと良いな…などと思っていると、何故か急に光の線のようなものが蝙蝠に向かって伸びてきて、蝙蝠はまたキキッと鳴くと、線の伸びて来た方向へと飛んでいった。
それと同時に表示される
「1人はプリーストだよな?とりあえずMP残ってんなら回復しときな」
のメッセージ。
それでアーサーは条件反射的にフェリにヒールを2回。
見る見る間に赤から黄色、黄色から緑に変わるHPのゲージ。
「ありがとぉ~~;;」
と、礼を言うフェリに続いて
「助かった。ありがとう」
と言いつつ、フェリのHPが満タンになったのを確認して次は自分。
そうして互いのHPバーが満タンになると、今度は続いて表示された
《ギルにパーティに誘われています。入りますか?Y/N》
のメッセージにYを選ぶ。
すると自分とフェリの下にギルとルートというキャラ名とそれぞれのHPバーが表示された。
二人ともレベルがすごく高くてすでに10。
そうやって確認している間にも、自分達を襲ってきた蝙蝠は倒され、どうやらその二人が元々倒そうとしていた蝙蝠への攻撃に移っている。
すごい…強い…。
ルートの方はいかにも盾役と言った感じのがっしりとした男で鈍く光る銀色の重鎧を着ていて、ギルの方はおそらくシーフだ。
しなやかな黒い皮鎧に二刀流のナイフでサクサク攻撃している。
どちらも熟練の冒険者といった感じでカッコいい。
『ルッツ、これ殺ったら少し休憩な。相談タイムだ』
『わかった』
とのやりとりからも、パーティの誘いが来たのがギルからだった事からも、どうやらギルが主体のパーティらしいことが察せられる。
大きな壁のような盾役のルートは確かに物理的には頼もしいが、それ以上に本来はデジタルのキャラであるはずなのに、どことなく神出鬼没っぽいというか、抜け目なく全てを見とおしているようなというか、そんな空気を纏っているギルは、こいつに付いていれば大丈夫、安心安全だと思わせる、側にいると壮絶なまでの安心感を感じさせた。
そのギルは蝙蝠を狩り終わってしまうと、ちょいちょいと手招きをして、全員を
『このへんな~。敵完全にわかねえ安全地帯だから適当に集まってくれ』
と、誘導する。
そうしてまずフェリとアーサーが、そしてその後ろを護衛するようにルートが集まると、円陣を組んで座った。
『まあ改めて初めましてだな。俺様はギル。見ての通りシーフだ。連れはルート。こっちはベルセルク。俺らは初日から組んでて俺が敵を釣って来てルートがそれを引き受けて二人で殴るって形で狩りをしてる。
そっちはバードにプリーストだよな?』
『うん。俺はフェリで彼はアーサー。やっぱり初日から一緒に狩りをしてるんだ。
本当は俺達ミッション1をしようと思ってて兵隊さんのいる山の麓に行こうと思ってたんだけど、なんだか落とし穴に落ちちゃったみたいで…。
さっきは本当に助かったよ、ありがとう(^-^)し』
『いやいや。俺様達にも下心あるし?』
『下心?』
『そそ。俺ら釣りと盾だからな、後衛欲しいわけよ。支援と攻撃出来るバードと回復できるプリーストなら理想的だからな、一緒にやんねぇかなぁ…なんて思ってんだけど?』
え??とアーサーはびっくりする。
だって彼らはどう見たって熟練の冒険者だ。
プロっぽい空気がする。
そんなプレイヤーが何故自分達なんか?
確かにフェリは可愛いが、プレイヤースキルに関しては自分とどっこいだし、自分はただ回復が出来るだけで攻撃力はほぼ皆無だと言う事も実際にやっていて実感している。
ギルとフェリの間で進む会話にただただ目を丸くしていると、フェリがん~とアーサーを振り返り、
『俺は構わないけど…アーサーは?』
と聞いてくる。
え?俺に聞くのか?これ…とアーサーは動揺した。
『えっと…ギル達はレベルも高いし……』
となんとか言うと、ギルは身を乗り出すように言う。
『あー、もちろん敵のレベルは俺らに合わせてもらうけど、ルッツが絶対に後衛にタゲやらせたりしねえし、なんかの事故で敵が複数沸いた場合はもちろん俺様も一緒に守るから…』
守る…このすごい冒険者が守ってくれる……
一瞬、なんだかぽぉ~っとなって、いやいやレディじゃないんだから…と、アーサーはリアルで首を振る。
そしてアーサーがリアルでそんな風に1人百面相をしていると、ギルがさらに
『いや…か?』
と、何故だろうか、確かにデジタルデータのキャラクタのはずなのに、心持ちショボンとした雰囲気を漂わせてきいてくるのに、きゅんときた。
『いや…じゃないけど、でもレベル低いから足手まといじゃ…』
言いかけるアーサーの言葉をさえぎって、ギルは
『ぜんっぜんそんな事ねえよっ!回復に支援なんて、すっげえありがたいっ!
もうめっちゃ大事にお守りするから、一緒に来ねえ?!』
などと言うではないか。
もうこんな言い方はずるいと思う。
本当にずるい。
断れるわけないじゃないか……
『…そうまで言うなら……』
と、それでも出て来た言葉と来たら随分と上から目線で、内心しまった!と思ったのだが、相手は全然気にならなかったらしい。
『やったぜぇぇ~~!!』
と、ガッツポーズ。
ギルは感情表現が豊かで他人を乗せるのもうまい人間なのだろう。
そういう意味ではタイプは違うがフェリと同じタイプだな…と、思っていると、当のフェリはアーサーを抱きしめてぷくぅ~っと頬を膨らませた。
そして
『パーティは組んでも良いけど…アーサーの一番の友達は俺だからね。
とっちゃ嫌だよ?』
なんて可愛らしい事を言ってくる。
可愛い…本当にフェリは可愛すぎるっ!
『お、俺もフェリが一番好きだからなっ』
と、アーサーが抱きしめ返すと、とたんにニコニコ顔で
『わ~い♪俺達両思いだね(=´∇`=)
じゃ、そういう事でギルもルートもこれからよろしくねっ』
とぴょこんと頭を下げた。
こうしてその日はそのまま4人になったパーティで蝙蝠狩り。
ギルの釣りは絶妙なタイミングだし、ルートは絶対にタゲを後衛に流さない。
さらに二人とも本来の攻撃ジョブなだけに殲滅がとても速く、嘘のように経験値が稼げた。
こうしてレベルはフェリとアーサーがそれぞれ4ずつ上がって8へ、ギルとルートは11に。
そして最後はこれはフェリの絶対的こだわりでいつものように城の中庭に。
『今日は楽しかったぜ。明日は二人のミッション終わらせてからまた狩りしような』
と、ギルはどうやら最初のフェリの説明を覚えていてくれたらしい。
そう言った上で
『というわけで、NOUKIN二人は最後までお見送りするから、先にどうぞ?』
などと、まるで騎士のように膝まづいて恭しくこうべを垂れる。
その横でルートは敬礼。
戦闘のスキルが高いだけでなく、こういうところも気が利いていて、まるで本当にファンタジーの中でエスコートされているように思える楽しい二人だと、アーサーは感心した。
全てが順調で楽しく素晴らしい。
そんな初めてのオンラインゲーム。
しかしそこでもうじきとんでもない事態が巻き起こるとは、この時はアーサーは全く思ってもみなかった。
連続高校生殺人事件…のちにそう呼ばれる大事件の生き残りの高校生達。
この出会いがあったからこそ自分は生き残りの中に入れたのだ…と、のちにアーサーは我が身の幸運に感謝する事になるのだった。
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