敵が沸かないキャンプ地に離れたところから敵を釣ってきながらそう言うギルに、ルートは思う。
…この人はいったいどうやって操作してるんだ? と。
走りながらこんなに早く文字が打てると言うのは本当に謎である。
しかしそれをやってのけるのがまた、自分の兄のギルベルトだ、とも思う。
自分など、普通に攻撃し、ゲージが溜まったら必殺技を打ち、HPが減ったら兄が作ってくれたHP回復用のポーションを使う、これで手いっぱいでしばしば再使用可能になったアビリティをかけ忘れるのに…。
それでも兄に注意されて思い出して、攻撃力を倍加するアビリティ、オフェンスを入れてまた敵を殴る。
しかし自分がこれを忘れたせいで、きっちりアビを入れていたら倒しきれるくらいの時間を見計らってギルが釣ってきた敵には当然取りかかれない。
だがギルは防御が薄く殴られたら痛いジョブであるにも関わらず、それに全く慌てることなくすばやく回避UPのアビリティを使って近くで釣ってきた敵を引きつけながら、ルートが敵を倒し終わるのを待っている。
「すまん、兄さん。倒したっ!」
と、今対峙している敵を倒し終わると、ルートが敵の注意を自分に引き付けるプロヴォケーションで新しい敵を自分が引き受け、それを確認するとギルベルトは回避を解いて攻撃装備に着替えて殴り始めた。
そうして敵のHPが半分ほどになると、また回避装備に着替えて釣りに行く。
兄弟でこれを繰り返して早3日。
他のプレイヤーには会う事なく、狩り場は最初の城の周辺から沼地、沼地から地下に下っていく洞窟へとどんどん変えていき、いまでは二人してレベル10になった。
初日の最初の半分の時間にギルがレベル1で経験値が減るデスペナルティの影響がないうちにとシーフの回避力を駆使してあちこち歩き回って情報を集め、その間にルートが街をくまなく歩いて街中での情報を集める。
そんな風にギルベルトの指示の元、とことん効率にこだわって進めた結果だ。
とにかく自分達がターゲットになるために目立つためには、スタートダッシュが大切だ。
他人より早くレベルをあげ、一番魔王打倒に近い者として印象付けなければならない。
そう、これはすでに遊びではない。
仕事のようなモノである。
男二人でひたすら黙々と薄暗い洞窟で蝙蝠を狩り続ける。
剣と魔法?ファンタジー?そんなキラキラしい空気はどこにもない。
あるのは現代日本の社畜のごとく馬車馬のように働く二人の男の姿だけだ。
しかしむさくるしいと言うなかれ。
全ての華々しい活躍の裏にはこうした血のにじむような地道な努力が必要なのだ。
普段は賑やかなギルベルトですら必要な指示以外は無言。
遊びの部分は全くなく、完全に無駄を排除して作業を続けている。
ルートに至っては必要な言葉すら打つ余裕もない。
しかしそんな均衡が破られたのは、3日目の狩り開始1時間強のことだ。
敵を釣って走ってくるギル。
ザシュっと音をたてて蝙蝠に最後の一撃をくらわしたルートが、その兄が釣った蝙蝠にプロヴォを入れようとした瞬間、ギルが言った。
『ルッツ、プロヴォ右斜め後ろにいれろっ!俺様の方のはいいっ!!』
言われてプロヴォを入れようとしていた指を止め、ルートは視点を言われた方向に向ける。
そして…そこに花畑を発見したのだ!
背に羽が生えていないのが不思議なような小さな天使が二人。
わたわたとお互いを庇いあうように抱きあっている。
その天使たちを襲っているけしからん蝙蝠が一匹。
それを認識した瞬間、くたびれた日本の社畜なリーマンはファンタジーの勇者に早変わりしたっ!!
ピシっとルートが入れたプロヴォの光が二人の天使に襲いかかっていた蝙蝠に届き、不届きなモンスターは一路ルートの方へ。
「1人はプリーストだよな?とりあえずMP残ってんなら回復しときな」
と、回避装備に着替え回避アビを全開に自分が釣ってきた蝙蝠を引きつけながら、すばやく会話を通常会話に変えて二人に声をかけるギル。
「ありがとぉ~~;;」
と、涙マークと共に礼を言う天使その1。
「助かった。ありがとう」
と言いつつ細い手に握ったウォンドを振ってぴゅるるる~と可愛らしい音と共に回復魔法をかけ始める天使その2。
素晴らしいっ!実に素晴らしいじゃないか、ファンタジーRPG!!
リアルでじ~んとしながらしみじみと幸せを噛みしめるルート。
天使を襲っていた蝙蝠を倒し終わり、ギルの連れて来たほうの蝙蝠をルートが引き受けた時点で、おそらくギルが誘いをかけたのだろう。
ルートとギルのHPバーの下にフェリとアーサーというキャラの名とHPバーが表示された。
一気に華やかになったパーティー内。
こうしてルートのファンタジーRPGは幕を開けたのだった。
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