アーサー(9日目)
今日はアーサーと待ち合わせ。昼の吉祥寺。
悪友相手だと当たり前に遅れていくアントーニョだが、今回は待ち合わせ時間の12時の15分も前に待ち合わせ場所に着いている。
昨日は楽しみすぎてあまり眠れてない。
ほとんど遠足前の小学生のようだ。
(…絶対に悪い奴やないわ。)
今日アーサーに会う事をギルベルトやフランシスに言えば絶対に止められるのは目に見えている。
だから自分一人コッソリ会って、怪しい奴じゃなかった、自分ら考え過ぎやねん、と笑ってやるのだ…とアントーニョは秘かな決意と共にこの場に臨んでいる。
まだ早い時間ではあるが、アントーニョは一応あたりをぐるっと見回した。
目印は自分はトマトのストラップのついた携帯に黒いTシャツ。
アーサーの方は今日は学校に用があるということで、青いブレザーの制服に、ハリーポッターの原書を持っているとの事だった。
って…嘘やろっ!もしかしてあれかっ?!!
少し離れた所に都内屈指の名門進学校海陽学園の制服をきっちり着こなして、手に確かに英文の本を抱えた高校生が立っている。
なんやぁ…えらい…かっわええなぁ…。
背はおそらく自分達とそう変わらないと思うが、ずいぶんと華奢で細い。
髪はフランシスより若干落ち着いた感じの金色で、同じ色の驚くほど長いまつげが縁取る瞳はまん丸く大きく、頬もふっくらと柔らかそうで、目を引くほど太い眉が意志の強さをうかがわせるが、全体的に可愛らしい少女のような顔立ちだ。
自分達と同じ高校生の男には見えない。
少女じゃなければ中学生だ。
もうなんというか、その可愛い顔立ちと名門高校の制服のおかげで目立ちまくっている。
アントーニョはそっちへコソっと移動すると、携帯を鳴らしてみた。
アーサーらしき青年は一瞬ビクっとしたあと、慌ててポケットをさぐる。
どうやらマナーモードにしているらしい。着信音は聞こえない。
『もしもし…』
「すぐ後ろやで~。肉声きこえるんちゃう?」
クスクスと笑いながらアントーニョが言うと、ひよこのような金色の頭がクルリと振り返った。
「トーニョ…か?」
大きな眼をさらに大きく見開くアーサーに、零れおちるんちゃう?と、アントーニョは少し心配になった。
同じグリーンかと思ったが、アーサーの瞳はアントーニョのそれより明るい色をしている。
「そやで~。初めましてやなっ」
携帯を切ってジーンズの後ろポケットにねじ込むと、皆に警戒心を起こさせないと評判の笑顔で右手を差し出すが、アーサーは一瞬硬直する。
しかし不思議に思って
「どないしたん?」
と、聞いてみると、すぐ
「いや、なんでもない。宜しくな」
と、その手をおずおずと握り返してきた。
ぴよぴよと少し跳ねている短い金色の髪からのぞく耳が赤くなっている。
アントーニョは、(うあ~人見知りかいなっ。かっわええなぁ~)と、内心思うが、幼い頃から可愛がっている近所の人見知りの年下の幼馴染とのつきあいの経験上、それを本人に言ってはいけないのはわかっている。
アントーニョにしては珍しく空気を読んで、それに気づかないふりで、
「自分めっちゃ頭ええ学校やったんやなぁ。夏休みでも学校って進学校やし講習かなんかか?」
と、話題を振ると、アーサーは小さく首を振って答えた。
「いや…生徒会の仕事で。」
「へ~?書記か会計か何かやっとるん?」
自分よりかなり華奢な感じのする繊細な手は細かい作業も得意そうだ、と、アントーニョがきくと、アーサーはあっさり
「いや、生徒会長やってる」
と、驚くべき事実を明かしてくれる。
「うっあ~マジかぁ?あんな超有名進学校で、生徒会長なんかやっとるんっ?!すごいなぁ」
驚きのままアントーニョがそう口にすると、アーサーは言われ慣れてるのかなんだかわからないが、小さく息をついた。
「別に…すごくもないから…いいから、行くぞ。とりあえずどうする?」
まあ、確かにここで立ち話もなんだ。もう昼だし腹も減ってる気がする。
「ん~俺飯まだやから腹減った。昼、マクドでええ?」
アントーニョはいつもの調子でそう言ってハッと気付いた.
ミッション達成金があるのだから何もファーストフードに行く事はなかったのだ。。
まあ…質より量にならざるを得ない男子高校生の悲しい習性やなぁと思ってると、アーサーの言葉。
「好き嫌いはとりあえずないから、俺はなんでも。テレビでは見た事あるが行った事ないから任せる」
はあ????
テレビでは見た事あるけど行った事ないって……
「ちょっと待った…行った事ないって…マクドの事言うてる?」
アントーニョが一応確認してみると、アーサーはうなづいた。
「ええ~~!!!ありえんくない?!!!」
もう思わず叫ぶアントーニョ。
マジありえんで!こいつどこのボンボンやっ?!
「今時マクドも行った事ない高校生っておるん?マジ?!普段友達同士とかだとどこ行っとるん?!」
もうマクドがなくなったら生きて行けへんくらい入り浸ってるんやけど、俺ら。と、アントーニョはまた叫んだ。
単純に思い切り驚いただけだったのだが、その一般ピープルの驚きはこの何不自由ない、人生上々な気のするエリート高校生を何故かひどく傷つけたらしい。
怒るでもなく笑うでもなく、アーサーはただ少しうなだれて黙り込んだ。
アーサーが幼い頃から勉強と武道の詰め込みで友人関係など作る暇与えられずに育ったということをアントーニョが知ったのはもっと後の事で…まあそれを知ってから思い返せば随分自分も無神経で残酷な事言ってたなと後悔したわけだが、この時はそんな事は知る由もない。
ただなんとなく少し滅入ってるアーサーの様子に悪い事を言った気分にはなって
「堪忍な、俺ちょっと言い過ぎたわ」
とだけ謝罪した。
それに対してアーサーは
「いや、ちょっと色々考え事してた。悪い。行こう」
と少し寂しそうな笑みを浮かべる。
その寂しそうな顔にキュン!としかけて、アントーニョは慌ててぶんぶん頭を振った。
「トーニョ?どうした?」
不思議そうにアントーニョの顔を覗き込んでくる、クルンとした長いまつげに縁取られた少し吊り目がちな澄んだ瞳。
な…なんなん…?!これは……。
ドッドッドと心拍数があがった。
ありえん…フランやあるまいしありえんわ…
ふと浮かんだ可能性をアントーニョは慌てて脳内で否定するが
「なぁ、とりあえず普通ってどんなもん注文するんだ?」
マックに入ってどこか楽しげに周りを見回し、コクンと首をかしげるアーサーの様子に心臓がさらにフルマラソン後状態だ。
「あ~、そうやなぁ…」
と、とりあえず色々注文すると、アーサーは
「ずいぶん食うんだな…」
と、目を丸くした。
「このくらい普通やで?自分はそんだけで足りるん?それともこういうの嫌いやった?」
ビックマックのセットにさらにハンバーガー二つ、ナゲットにアップルパイまで買い込んだアントーニョの横を歩くアーサーのトレイの上にはチーズバーガーのセットのみ。
自分の女友達でももう少し食べるのではないだろうか、と、アントーニョも逆に目を丸くする。
「いや…普段から昼はこんなもんだから…」
トレイの上になんだかわくわくしているようなキラキラした視線を送っているアーサーの様子を見ると、嘘をついているようにも思えない。
席についてからもたかだかマックのチーズバーガーを
「これ美味しいなっ。こんなの初めて食べた」
と本当に嬉しそうにかじる様子を見て、この程度の事でここまで喜んでくれる子がいたら、それだけで惚れそうだ…と思ったところで、あかん、いくら可愛くてもこいつは男や…と、また慌てて脳内で否定した。
「…い…おい、トーニョ!聞いてるかっ?!」
そんな事を考えていたら、アーサーの言葉を聞き逃していたらしい。
目の前でぷくぅ~っとアーサーが少し頬を膨らませて睨んでいる。
…うん…上目づかいはやめてんか…可愛すぎていかん道に走りそうや…。
なんでこいつは女やないんやろ…とアントーニョは内心ため息をつく。
そんな風に脳内葛藤中のため口数が少なくなるアントーニョの様子に、アーサーはヘニャっと太い眉の眉尻を下げてうなだれた。
「悪い…俺こういうのあまり慣れてなくて…つまんないよな?」
しょぼ~んとする様子にアントーニョはハッとする。
「あぁっ違うねん!えっと…ほら、例のバットマンの事気になってちょぉ考え事しとったんや。堪忍なっ」
ああ、もう落ち込む姿もなんでこんな可愛いねん!
慌ててフォローを入れながらも、内心そんな事を思っていると、アーサーは少しうつむき加減に視線だけチラリとアントーニョに向けた。
「なら…いいんだけど…」
……こいつ……わざとやないよな?
もう可愛くないと思うのは諦めよう…それをいちいち否定しているとかえって精神衛生上よろしくない…というか、追いつめられていく気がする。
ああ、もうええやん。男でも女でも可愛えのはええ事や。
アントーニョはあっさり開き直った。
とりあえずアーサーは可愛い=敵(犯人)ではない=敵(犯人)から守ってやらなければ。
アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド…彼はとても単純な思考の持ち主だった。
「他の二人は幼馴染でいい加減殺しても死なん奴やってわかっとるからええねんけど、アーサーはほんま心配やねん。」
食事を終え、なんとなくそのあたりをプラプラとしようということでその道々、思い切り本音でそう言うアントーニョに、アーサーは
「俺だって男なんだし、たいして変わらねえよ。これでもそれなりに護身術は習ってるし…」
と少し照れたような笑みを浮かべる。
あ…かわええ……。照れた顔も可愛ええわ~…。
なんでいちいち可愛ええんやろ…てか海陽学園て男子校やん。この子大丈夫なんやろか…
と、心配は殺人事件のみならず、その日常生活にまで及ぶ。
「とりあえず…何かあったら遠慮なく連絡してや?何おいても飛んでいくさかい。別に何かなくてもかまへんけどな。」
「それはこっちのセリフだ」
とくすぐったそうに笑うアーサーに、アントーニョはなんだか体温が上がってきた。
夏というのもあって外気が暑いのは確かだが、それ以上に頬が内側から暑い気がする。
そこで
「ちょぃ待っててや」
と、コンビニに入って大急ぎで買ったのはパピコ。
「お待たせ~。」
と、パピコの外袋をコンビニ前のゴミ箱に放り込み、パキン!と割って片方をアーサーに渡す。
「暑いやろ、食べよ」
「え…でも…お前が買ったんだし…」
「これは友達同士こうやって半分にするもんなんやで。気になるんやったら今度遊びに来た時はアーサーが買ったって?」
まあ…相手が悪友だったら熱さにダラダラ汗を流している前で一人悠々と二本交互に食べたりするのだが、それは言わないでおく。
「サンキュ。なんだかこういう事した事ないから…変な気分だ」
と、はにかんだ笑みを浮かべるアーサーはとてもとても可愛いと思う。
アーサーの周りの人間関係がどうなっているのかはわからないが、こんな可愛いのに構わないで放っておく周りの人間がアントーニョには信じられない。
その後アントーニョはゲーセンに行った事がないというアーサーを誘ってゲーセンへ。
悪友達と一緒の時はたいてい格闘ゲーに直行するのだが、中に入ろうとした時にじ~っとUFOキャッチャーに視線を向けるアーサーに気づいて、アントーニョは
「ちょぉやってみよか」
と、アーサーが凝視していたぬいぐるみのUFOキャッチャーに向かった。
自分で言うのもなんだが、こういうのは得意だ。
伊達にゲーセンに通いつめてはいない。
アントーニョは最初の100円で見事ぬいぐるみをゲットすると、
「ほいっ」
と、それをアーサーに渡す。
「え?」
ぽか~んと大きな眼が丸くなる。
「取るのは好きなんやけど…うち狭いし置いておくとこないねん。良かったらもらったって?」
「そう言う事なら…もらってやる。…………ありがとう。」
真っ赤な顔でぬいぐるみをぎゅぅっと抱きしめて、偉そうな台詞の後に小さな小さな声で礼を言うその様子に、もう内心悶えすぎてその場で転げ回りたくなるのを必死にこらえるアントーニョ。
オンラインゲームの最初に出会った時の最悪に思えたやりとりも、目の前のアーサーがやっていたかと思うと、なんだか可愛い気がするのが不思議だ。
こうして二人で一日遊んで夕方に駅に戻った時には、もう白だ!アーサーは完全に白だ!と、アントーニョは根拠のない確信を持っていた。
「今度は4人で遊べるといいな…」
と、別れ際にすっかり打ち解けた笑顔で言うアーサー。
アントーニョとて元々はそれが目的だった。
……が、アントーニョの口から出た言葉は…
「ん~、しばらくは会った事二人には言わんとこ?実はギルちゃんめっちゃ神経質なやつで、ネット関係で知り合った奴に会いに行ったとか言ったらめっちゃ怒るからうっとおしいねん。で、フランは口軽いから、言うとポロっともらしかねんから。」
「そっか…。そう…だよな。こんな事件起きてる時だしな…」
肩を落としてうつむくアーサーにアントーニョは
「…俺だけじゃあかん?また遊びに行ってくれへん?」
と、その顔を覗き込んで言う。
「え?」
と、アーサーはうつむいていた顔をあげた。
「いいのか?」
その大きな瞳が少し潤みかけていてアントーニョは慌てた。
「ええに決まってるやんっ。俺今日めっちゃ楽しかったし、ギルちゃんが文句言うたら殴り倒してでも、アーサーに会いたいわ」
「…うん…俺も……楽しかった。」
涙目で笑うその顔はもうなんというか…アントーニョの人生の胸キュンランキング堂々1位に輝いている気がする。
これで相手が女の子だったなら、今この場でプロポーズしているんじゃないかというくらいの脳内盛り上がりっぷりだ。
しかし残念ながら相手はいくら可愛くても男なので、アントーニョ本人は気にしなくても、相手は気にする…というか、ドン引きされる自信があるので、とりあえずまた電話するということで、その場は名残は惜しいがわかれる事にした。
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