恋情 - Atadura 後編

蒼白な顔…血の気などどこにもないように見えるのに、青白い唇から吐き出されたのは大量の赤い血だった。

驚くほど急激にさらに青くなっていく顔色…抱き寄せたらわずかに身じろぎをして、何か言葉を紡ごうとしたのか唇がかすかに動いたが、その唇からは言葉の代わりにまた大量の血が吐き出された。

「アーサーっ、アーサー、しっかりしぃ!!!」
力の抜けて行く身体。
光を失っていくペリドットの瞳。
1000年近くの間、何よりも愛した新緑の色…。
それが青白い瞼の下に完全に隠れた時、体中の血が凍りついた。

「アーサーッッ!!!」
アントーニョの絶叫を聞いて、ガチャっとドアが開き、ギルベルトが入ってくる。

「あ~、やったかぁ…」
「何落ち着いとるんやっ!!この子血ぃ吐いたんやでっ!!」
「ああ、とりあえず窒息しねえように横向かせろ」
ぽりぽりと頭を掻きながら近づいてきて、寝かせようとするギルベルトの手を、アントーニョがピシっと払う。

「触らんといてっ!!」
「いや…横向かせねえと吐いたもんが喉に詰まって窒息すっから。ほら、寝かせろ。」
手負いの野生動物のように警戒して吠えるアントーニョに苦笑するギルベルト。

「嫌や…もう嫌や。一人で逝かれるくらいなら放さへんかったっ。あんなにつらい思いしてまで離れへんかったっ!!一緒に死んでも良かったんやっ!!」
ますますぎゅ~っとアーサーを抱え込むアントーニョに、ギルベルトはちょっと笑みを消し、それから大きく息を吐き出す。

「大丈夫。死なねえから。アーサーはストレス溜まるとたまに血吐くから。」
「…なんで?なんでそんな状態で放っておくん?!全然大丈夫やないやん!!」
「しかたねえだろ?ストレスなんて他人がなくそうと思ってなくせるもんじゃねえんだから」
「完全にやなくても、ある程度…せめて血吐かんでもええくらいにはできるかもしれへんやんっ!!こんな事してたらこの子ホンマに死んでまうわっ!」
「あ~、じゃ、やってみればいいんじゃね?とりあえず本当はアーサーこれから俺んとこで料理教える約束してて1週間ほど休み取ってるはずだから、お前ん家連れて帰るか?」
「…ええのん?」
「ああ、そうするならルッツに行って飛行機手配してやるから。」
そう言ってギルベルトは携帯を出すと、ドイツに手配を頼む。

「アーサー…しっかりしぃや…」
その間も自分の方も血の気のなくなった顔で、アントーニョはアーサーを抱きしめた。


結局念のためと麻酔を打ったアーサーと共にギルベルトの好意に甘えてスペインどころか空港から自宅までの車も手配してもらい、帰宅。
客間など当然用意してはいなかったので、そのまま自分の寝室へと運びこむ。

以前…一緒にいた時代から考えるとずいぶんと質素だが、広さだけはあるベッドに眠ったままのアーサーを下ろし、アントーニョは自分もベッドの端に腰をおろしてその青い顔を見下ろした。

昔から健康的とは言えない子供だったが、大国となった今でも儚さがなくならない。
この平和な時代に消える国などほぼないと言っていいはずなのに、目を離したらそのまます~っと消えてしまいそうだ。

「今度こそ…ほんまに守ったるからな。消えさせたりせえへん。」
アントーニョはそうつぶやくと、色を失った薄い唇に口づけた。
数百年ぶりの口づけ…それはかすかに血の味がした。

  

ふんわりと太陽の香り…温かく気持ちの良い感触に、アーサーは思わず頬をすりよせた。

「なんや、相変わらず可愛らし事するなぁ、お姫さんは。」
柔らかい声音と頭をなでる感触。
懐かしい感触。
最近はずいぶんと夢見がいいのか…。
薄く目を見上げると、太陽の日差しを背に微笑む初恋の…そして今現在もずっと想い続けている相手。

その頬をすりよせていた褐色の胸から少し顔を離して、その男らしく整った顔をぼ~っと見つめていると顔が近付いてきて、目を閉じると唇が重ねられる。

ちゅっとリップ音をたてて離れた唇からこぼれるのは
「気分どない?少しはようなった?」
と、少し気遣わしげな声で、そこでアーサーはハタっと我に返った。

夢じゃないっ?!!!
ガバっと身を起こすと、とたんにクラっと世界が回る。

「あかんっ!まだ寝ときっ!!」
慌てる声に伸びてくる腕。
同じく半身起こした状態で再度抱き寄せられた褐色の胸からは、早くなった心臓の音がきこえた。
「頼むから…これ以上心配させんといて…」
切なげな声に恐る恐る顔をあげると、泣きそうなエメラルドグリーンの瞳と視線がぶつかる。

「心…配…?……どうして?」
今現在は少なくとも怒っている様子がない事に少しホッとして聞くと、ぎゅっと抱きしめる腕の力が強くなった。

「当たり前やろっ!自分覚えてへんの?血吐いたんやでっ!心配せんはずないやんっ!!」
抱きしめる腕が…身体が震えてる。
「ほんま…こっちの心臓が止まるかと思ったわ。今でも思い出すと震えが止まらへん。自分が切り刻まれるより…何より、大事な相手が目の前で衰弱してくの見るのはつらいわ…血何度も吐いてどんどん青くなってくアーサー見て気ぃ狂うかと思ってんで…」

嘘をついているようには思えない…震える声。

「……亡くすくらいなら一緒に死にたい思ったんや……」
太陽と情熱の国とは思えない弱々しいつぶやき…。

「でもな…ほんまは…守りたかってん。初めて会うた時からずっとや。」
アントーニョは顔をあげて潤んだ目で微笑んだ。

「なのに俺肝心な時に肝心な事いつも言うてへんことに気付いたんや。
フランの時もアルマダの前もなんも言わんまま消えとるやんな。
アーサー守れるんやったら自分一人で傷つけばええって勝手に思っててんけど、かえって自分の手でアーサーの事傷つけてたんやないかって…ギルちゃんに指摘されて気付いてん。」

堪忍な…と、抱きしめて囁く言葉をアーサーは呆然と聞いている。
ずっと…自分に嫌気がさしたのだと思っていた。
というか…これは現実なのだろうか…。
もう何度もこうやって抱きしめられる夢を見過ぎて、現実である自信がない。
それでも恐る恐るアントーニョのシャツの胸元をぎゅっとつかむと、気付いたアントーニョに強く強く抱きしめられる。

「もう離れへんから…。健やかな時も病める時も一緒にいて、嬉しい事も悲しい事もみぃんな分けあったって?
もうスペインちゅう国としてはイングランド守る力はあらへんけど、アントーニョとしてアーサーを守るのは誰にも邪魔させへん…ずっと全身全霊をかけて守ったるから…。」

頭、瞼、鼻先、そして…唇へと口づけが降ってくる。

「すぐに信じられへんでもええ。信じられるまで何度でも言ったる。せやから…身体だけは大事にしたって?手の届かん所にいってまうのだけは勘弁や。」

とりあえず親分とこで養生し?とアントーニョに久々に頭をなでられて、アーサーはうっとりと目を閉じて力を抜くと、身体をアントーニョに預けた。

夢かもしれない…でもそれに何の問題があるのだろうか…
夢でも現実でもいい…ただ一緒にいたいだけだ…。



「なあ…お前良かったのかよ?たぶんアントーニョが本気になったら寄り戻るぞ?」
その頃のドイツ。
ギルベルトの家のキッチンでパスタをゆでながら言うロマーノに
「あ~、いいんじゃね?」
と皿を出しながら言うギルベルト。
「これでお前独占できるし。」
ケセセっと特徴的な声で笑うギルベルトに皿を受け取ろうと手を伸ばしたロマーノの動きがピキ~ン!と止まった。

「お、お前何をっ!!!お前イギリス様の事好きなんだろ?!!」
「俺様アーサー好きだなんてひとっことも言ってねえけど?」
「じゃあなんでイギリス様の事知りたいだなんて…」
「あ~、アントーニョがあの状態だとお前向こうばかり気にしてっし?
とりあえずあっちは寄りが戻ってめでたしめでたしって事で安心しただろ?
ってことで、ちゃんと俺様だけを構えよ?」
「…お、お前は…」
真赤になるロマーノを後ろから抱き寄せて、ギルベルトはにやりと笑うと
「これでも俺様、戦略は得意なんだぜ?難攻不落のロマーノ様相手でもきっちり落としてやるから覚悟しとけよ」
と、耳元でささやいた。





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