ジュリエット殺人事件A_9

「ギル、全部言われた通りにしたよ。食料は各部屋の冷蔵庫で3F組は川本の部屋に集合。2F組にもリサの部屋で氷川が死んでた事は伝えた。」
自分も部屋の物に触れない様に気をつけて室内に入ると、フランはギルベルトに声をかけた。
「サンキュ。助かった。」
ギルベルトはその声に振り返った。
「いやいや、それはこっちの台詞だよ。」
フランはそう言いつつギルベルトに並ぶ。

「犯人は…リサ…なのかな?」
豪雨の降りしきる外に目をやりながら、フランはつぶやいた。
それにギルベルトは即答える。
「いや、あり得ないだろ。自室にひと呼びつけてその場で殺してそのまま死体放置で一晩死体と寝るなんて馬鹿まずいねえよ。というか…普通嫌だろ?死体と一緒の部屋に寝るのって」

「あ、それもそうだよね…」
フランは苦笑。
そしてすぐ笑みを止める。

「でもさ、そうすると密室じゃない?リサが起きるまでは鍵かかってたわけだし…バルコニーから逃げたにしてもここ3Fだしね。地面からだいたい6m?近くに飛び移れるような物もない。
バルコニーの手すりにロープとか結んで降りるにしても降りた後にはずせないから結んだままのロープが残ってないとおかしいし…梯子なんかここにはないし万が一外から持ち込んだにしてもそれならぬかるんだ地面になんらかの後がついてないとだしね。」

「ラガンは…ここでは施錠する習慣ないみたいだよな?」
「ああ、子供の頃からきてるからねぇ。子供の時って逆に鍵かけた状態で室内で何かあったら危ないから鍵かけちゃだめとか言われてたし。その頃の習慣かな。いまでもどうせかけないからリサが来た時はこの部屋の鍵はマスターと一緒にしてる。…って事で…もしかして俺疑われてたり?」

「いや…全員容疑者と言えば容疑者と思うべきだが…。すごくぶっちゃけるとお前が犯人というのはありえないと思ってる。お前が犯人ならこんなトリック使う必要ないし。」
何か考え込んでいるギルベルトにフランはちょっと興味深げな視線を送る。

「トリック?」
「ああ。全然密室じゃないというか…今回の事で1Fのいたずらについてすごく納得できたんだが…犯人はわかっても動機がわかんねえ。」

「ちょ、犯人わかってるわけ?お前っ!」
ギルベルトの言葉に驚くフラン。
それにギルベルトはあっさりうなづく。

「たぶん…犯人は犯行を隠すつもりも自分が逃げおおすつもりもねえから。問題は…」
「問題は?」

「誰がジュリエットなのか、ということだ…」

「はあ??」
突拍子もないギルベルトの言葉にぽか~んとするフラン。
「たぶん…それがわかれば犯人の目的もわかる気がするんだが…。」

「ジュリエット…ねえ…」
フランは首をひねった。
「ジュリエットと言って今思い浮かぶのはこのジュリエット部屋の主のリサとジュリエットに選ばれた直後死んだジャンヌくらい?」
その言葉にギルベルトはちょっとハッとしたようにフランを振り返った。

「わりい、フラン。古傷えぐるけど…」
心底申し訳なさそうに言うギルベルトに、いや、こういう時だから仕方ない、と、フランは苦笑する
「そのジャンヌが亡くなった時の事、なんでもいいから話してくれないか?」
あーそれか…とフランは前髪をくしゃっとつかむとうつむいた。
それでもため息交じりに話し始める。
「俺達母親同士が知り合いだったから小学校はいる前から4人ずっと一緒でね…彼女、ジャンヌは小学校6年の時にね、毎年恒例教会のチャリティ劇でロミオとジュリエットのジュリエットに選ばれて…それを演じるはずだった日を迎える前…9月の台風の日に屋上から転落して亡くなってる。
台風の強風で飛ばされて足を滑らせたのか自分で飛び降りたのかはわからないけど…でも一人で屋上に上がって行くのを何人もに目撃されてるから少なくとも他殺ではないよ。」

「…自殺…だったとしたら原因に心当たりは?」
「…変わった様子があったら一人でフラフラさせてたと思う?」
少し声にいらつきの見えて来たフランにギルベルトは
「…だよな…失言だ。わりぃ」
と、うつむいた。
それにまたフランが苦笑して首を横に振る。

「ごめん、八つ当たった。ホントのとこはわかんないんだよね。
俺さ、自分で言うのもなんだけど出来たお子様だったわけよ。
家金持ちだし顔可愛かったし空気読めて要領良かったしさ。
でもなんていうか…なまじっかそんなだからみんな上っ面な関係でさ、心の底から信じられる相手なんていなかったわけ。
ところがさ、ジャンヌはさ、これがまあずけずけ物言う子でさ。他が言わないような言いにくい俺の欠点とかもバンバン指摘しちゃうわけ。その代り彼女がほめてくれる言葉は本物だった。
一生懸命で不器用で口下手で…しっかりしてるのに変なところで脆いところあったりとかね…全部全部好きだった。俺の方がジャンヌに夢中だったな。」
そこまで言うと、フランは黙ってうつむいた。

「フラン…」
「…ん?」
「他の二人には?」
「えっと…思い入れってやつ?」
「ああ。」
「そうだねぇ…」
フランは考え込んだ。そして、今は非常時だから特別だけど、秘密だよ、と念を押して話し始める。
「リサには…まあ普通。長く一緒にいたから幼馴染としての情はもちろんあるし、幸せになってくれればいいな~とは思うけど、じゃあ自分がっていうのはないなぁ」
「そんな感じはするな…」
「メイは…半分使命感もあるかなぁ。放っておいたら孤立するだけじゃなくていじめられるタイプだったし、放っておけない感じ?
ジャンヌにも生前”フランは何でもできるからメイを助けてあげてね”ってよく言われてたから。
ジャンヌが死んであの子に対する保護責任くらいしか遺されたもんなかったからねぇ…。」
そこまで言ってフランはポリポリと頭を掻いた。
「あと氷川も知り合い?」
「ああ、あいつは同じ教会。仲良しってわけじゃないし、付き合いってほどの付き合いはないけど顔見知りではある」
「昔から?」
「うん、そうだね。物心ついた頃には知ってた感じ?」
「なるほど」
ギルベルトは少し考え込んでやがて結論を出したようだ。
顔をあげる。

「…というわけで…大丈夫だな?」
ギルベルトが口を開いた。
「真相知ると二人との縁が切れるってことだね…ギルの考えだと」
フランも応じる。
「わかってる範囲で説明する。でもたぶん俺だと内情知らなさすぎて結論まで辿り着かない。だからそこからフランの情報を加味して考えてくれ。」
「了解っ」
「一気に行くぞ」
ギルベルトは宣言して小さく息を吐いた。

「まず…氷川の寝返りの顛末から。
氷川はリサ・ラガンに何か弱みを握られていて、本当は心情的にはトーニョの側につきたくてそのつもりだったのを、そのネタを盾にリサ・ラガンに引き抜かれた。
これは…サービスエリアでの氷川の表情や態度から感じた印象。
始めからぎりぎりで裏切るつもりならしてやったりという顔しててもいいはずだし、単にリサ・ラガンに女性として惹かれてということならもっと引き抜かれた事で喜んでもいいはず。
ところが実際の氷川の表情はオドオドと怯えた感じだった。
気が弱くて神経質で臆病。そんな奴だ、氷川。
普通自主的に個人的好みで裏切ったりとかする度胸ないと思う。以上から脅されての寝返りという推論が成り立つ。

次に…昨夜この部屋に起こった事の推論に移る。
弱みを握られた状態で協力してチェス勝負に負けた氷川は、当然リサ・ラガンからの制裁を怖れる。
犯人はそこにつけこんだ。
犯人は氷川に次のように言った。
リサ・ラガンが氷川の謝罪を求めている。ただし普通の謝罪など欲しくない。
どうせ謝罪するならこの豪雨の中バルコニーまでよじ登ってきて謝罪するくらいの事をしろと言っている。
ただし…リサ・ラガンの立場上万が一にでもそんな事をさせたのがバレては問題だから、他に見つからない様に。
リサ・ラガンとごく親しい人間が言う事でもあるし、ペナルティだからそういうむちゃくちゃな注文もありうるだろうと信じる氷川。
そこで犯人は氷川に時間を指定した上で、その時間にリサ・ラガンの眠りが深くなるように睡眠薬か何かを飲み物にまぜて飲ませる。
あとは普通にドアからリサ・ラガンの部屋に入り、バルコニーからロープを垂らして氷川を待ち伏せて、氷川がロープを伝って登って来て部屋に入ってリサ・ラガンに気を取られてるうちに後ろからさす。
氷川の死を確認したら、あとはリサ・ラガンの部屋のドアの鍵をかけ、自分は氷川が登って来たロープを伝って降りる。そのロープの跡がここにある。かすかに塗装が剥げてる。」
と、ギルベルトは手すりの一本の下の方を指差す。

「ストップ!でもさ、それなら犯人はどうやってそのロープを回収したの?
下からバルコニーの手すりに結んだ結び目解くのは無理でしょ?それに地面には足跡ないし。」
フランの言葉にギルベルトは自分のハンカチを出して、それを手すりに巻いて両端を片方の手でつかんだ。

「こういう事だ。ロープを結んでないんだ。長いロープを半分にしてその間に手すりを挟むような感じで使ったんだ。
で、氷川にもおそらくそこから出る様に指示したんだろうが、開けておいた1Fの廊下の窓から自分も室内に戻ったんだ。
ただここで一つ誤算が。行きは良かったんだが、降りてくる際当然この豪雨だから犯人はかなり濡れていて、室内に入った時絨毯が濡れてしまった。
丁度リサ・ラガンの部屋の真下の絨毯が濡れていれば何らかのチェックをいれる人間がいるかもしれない。
犯人は迷った挙げ句、廊下のあちこちを濡らす事にした。
水…だと雨を連想させる可能性もあるから、撹乱のため、よく血の代わりに使われるトマトジュースで非日常を演出。単にいたずらか何かでぶちまけたんだと思わせる。

これが密室のカラクリなんだが…ここで犯人の特定に移る。
氷川がリサ・ラガンからの使者と信じたという時点で、リサ・ラガンと不仲なトーニョ側の人間はありえない。
明らかに意地の悪い要求というのは目に見えてるため、相手には優しく可愛い女性に思わせたいと思っているとりまきの川本にリサ・ラガンがそういう風に言わせるというのもありえないから奴では同じく氷川が信じない。
松井さん…だと当然お前の耳にも入るよな?
ではお前か?
お前なら鍵を持っているからトリックを使う事自体に意味がない。
で、残りだ、犯人。
リサ・ラガンと親しくて、そいつが言う事ならリサ・ラガンの言葉だと信じさせる事ができ、普通に飲み物をすすめてもリサ・ラガンが疑いなく飲む相手。
そして…リサ・ラガンがここにいる間は施錠しない事を知っている人物。」

ギルベルトは言ってチラリとフランの表情を伺う。
「メイ…なのか…。でも何故氷川を?」
呆然とつぶやくフランにギルベルトもうなづいた。
「そこがわかんねえ。が、」
「が?」
「氷川とリサ・ラガンがおそらくジュリエットの死にかかわっていて、それをネタにリサ・ラガンが氷川を脅していたんだと思う。
ジュリエット、ジャンヌが亡くなってもう5年だ。
何故このタイミングに、なのかと考えた時に、リサ・ラガンが氷川をジャンヌの死に関する事で脅していたのをメイが聞いていて復讐をと考えると納得がいく。
メイが食事の時に亡くなったジャンヌの事を話した時のリサ・ラガンの動揺ぶりを見ると、リサ・ラガン自身もジャンヌの死に無関係じゃないのかもな。
で、1Fのいたずらに戻るが、あのメッセージは…おそらくリサ・ラガン向けたものかと…。
共犯者(?)の氷川を密室のリサ・ラガンの部屋で殺し、ああいうメッセージを残す事でリサ・ラガンに恐怖とプレッシャーを与えるのが目的なんじゃないかと言うところまでは考えたんだが…」
そこでギルベルトは動きかけるフランの腕を掴んだ。

「お前は…暴走すんなよ」
「暴走するなっ?!至極冷静なる報復だったらいい?!」
そのギルベルトの手を振り払ってフランはさけぶ。
ギルベルトはその腕をまたつかんで静かに言った。
「推論にすぎねえんだよ。」
「限りなく事実に近い推論だよっ!」
「暴走する前に…真実を知る方向で動くべきだ。」
「真実がわかって?!それでどうなるって?!」
「とりあえず…処罰されるべき人間が処罰されて…お前は長年納得のいかなかった謎を解決できる。
その後…お前はアーサーを含めた俺ら4人で温泉旅行に行ける。そうだろ?」
「そこでアーサー出すか…」
思わず力が抜けるフラン。
「ここでお前が暴走して何かあったらアーサーだって心痛めるだろ」
「それ…ずるいな…」
「ずるくない。真実だ。アーサーにホントに似てるなら…多分ジャンヌも…」
「それやめて…真面目に滅入る」
「悪い」
謝罪するギルベルトにフランはため息をついた。

「氷川は本当にわからない…でもリサに関しては…自分がジュリエットやりたがってたから。だからそれが原因で嫌がらせくらいしてても不思議じゃない。俺も気をつけてるつもりだったんだけど…」
「とりあえず…氷川本人は死んでるから事情聞けるとしたらリサ・ラガンかメイだが…」
と言ってギルベルトはチラリとフランを伺う。
その無言の問いにフランは考え込んだ。

「聞くならメイの方がいいな。本人も関わってる奴から話聞いたら俺が殺人犯になりかねないから。」
何か苦いものでも飲み込む様にフランは言う。
「じゃ、とりあえず川本の部屋行ってメイ一人連れ出して事情聞くか」
ギルベルトは言ってバルコニーを出て部屋に入ると、そのまま部屋を通り越して廊下に出た。


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