ギルベルトの朝は早い。
毎日の習慣で目覚ましがなくとも5時には目が覚める。
普段だとこれからランニング&基礎鍛錬なのだが…窓の外はあいにく昨日から続く雨がまだ降り止まない。
軽く室内でできる屈伸、腹筋、腕立てなどをやってはみたものの…物足りない。
(廊下…走ったらまずいか…)
確か屋内テニスコートがあると言ってたから、そこなら周囲を走れそうな気がするが、この時間だ。
起こして聞くわけにはいかない。
しかし…逆に早い時間なら絨毯ばりで音もしないことだし廊下を少しくらい走らせてもらってもバレないのでは…と、こそりとドアを開いた丁度同じタイミングで、別の部屋のドアが開いた。
フランだ。
「あ、ギルベルト早いね。どうした?」
「あ~、走りこみしてえんだけど…」
と言うギルベルトに、お前はどこ居ても相変わらずだねぇと苦笑すると、フランは
「そっか、じゃ、案内するよ」
と、ギルベルトを下の階へと促した。
「ま、雨ふってなきゃ良いランニングコースあるんだけど、今日はテニスコート周りかな」
そんなフランの言葉を聞きながら階段を降りたギルベルトは目の前に広がる光景を見て呆然とした。
廊下の…ベージュの絨毯に真っ赤な液体がぶちまかれている。
「…なに…これ?血?!」
隣ではフランが同じく呆然として立ち尽くしていた。
ギルベルトはその場にフランを押しとどめると、自分だけ下に降りてみた。
(血…ではないな…)
乾いた部分も茶色く変色してない事からそう判断して、ギルベルトは染まった部分の匂いを嗅いで見る。
「これ…トマトジュースっぽいぞ…」
最終的に判断してフランを振り返ると、フランは大きく息を吐き出した。
「誰のいたずらだよ…トマトを無駄にするとアントーニョが激怒するぞ」
と、冗談交じりに言いながら階段を下りたフランは、
「ギルベルト…」
と、声をかけた。
「なんだ?」
「ダイニングのドアのとこ…」
フランの言葉にあらためてドアに目をやると、ドアの下に小さな紙キレ。
かけよってきて手に取ろうとするフランをまたギルベルトは制して、紙に目を落とす
” Who killed juliet ? ” (誰がジュリエットを殺したの?)
「おだやかじゃ…ないな…」
いたずらにしては少し度が過ぎている。
ギルベルトは念のためにとフランに言った。
「ビニールの手袋とかあったりしないか?」
その言葉にフランは少し首をかしげる。
「キッチンに行けば使い捨てのがあると思うけど…?」
「じゃ、なるべく現場荒らさないように取ってくるぞ」
といって、ギルベルトはとりあえずポケットからハンカチを出すと、それを使ってノブを回し、フランと共にダイニング、キッチンへと向かう。
そしてフランが取り出す手袋を自分もつけ、フランにもつけるように指示する。
「これでよし、と。ようやく調べられるな。」
当たり前に言うギルベルトにフランは小さく息を吐いた。
「聞いて良いかね?名探偵」
「名探偵…なわけじゃねえが、なんだ?」
「なんでお前はこの状況でこんな探偵か刑事かみたいな事を当たり前に思いついてるんだよ?」
まあ…もっともな質問である。
普通はあの廊下発見した時点で大騒ぎだ。
ギルベルトは少し自分の中で整理して、説明を始めた。
「昨日…お前が見た人影、そしてこの廊下の惨状とドア前のメッセージ。ただの腹いせにしては少し行き過ぎな気がするから。
法的に言えば廊下の絨毯をダメにした時点で器物破損だが、それでもまだ物で収まっていれば弁償でなんとかなるけど、対人に発展する危険性があるからな。それを未然に防ぐ為にも犯人割り出さないと」
ギルベルトの言葉にフランは大きく肩を落とす。
「いやそういう問題もあるかもだけどね…お兄さんが聞きたいのはお前のオツムん中の問題。普通の高校生は騒ぐか慌てるかすると思うんだよ、こういう場面に遭遇すると」
もう…思い切り今の行動が当たり前だと思っている事が普通じゃないとフランは力説してみたわけで…
「ああ…そういう事か」
と、そこで初めて気付いたギルベルトは、また少し自分の中で整理して再度説明する。
「前回の事もあるしな。一度あそこまで経験すると、もうなんか慣れだろ」
淡々と語るギルベルトに慣れんなよと内心思うフラン。
「そんなことより」
答えながらギルベルトは冷蔵庫の前で止まってフランを振り返った。
「廊下にまかれてたトマトジュースはここのものか?」
「たぶんね…」
フランは言って手袋をした手で冷蔵庫を開ける。
「トーニョのために用意しておいたんだけど…。あ~やっぱりかなり減ってるね。トマトジュースだけピッチャーにほとんど残ってないや。」
「フム…」
「誰がなんのためこんな事してるんだと思う?」
フランが言うのにギルベルトは小さく首を振る。
「今の時点ではなんとも言いきれねえな。可能性は色々あるが不確実な情報と多すぎる可能性を列挙しても意味ねえし…とりあえず1Fは立ち入り禁止にしておいて、各私室でトラブルとかないか確認すっか」
「そうだね…」
フランはまず使用人の松井に事情を話して室内から出ない様に指示すると、キッチンからメモと料理用の糸を取ってくる。
そしてメモに立ち入り禁止と書いて、二人して行き同様トマトジュースで濡れている部分を避ける様に階段に戻り、糸にメモを貼って、糸を階段の左右の手すりにくくりつけた。
そしてまず2Fの部屋を順に訪ねた。
まずアントーニョの部屋。
ノックをすると寝ぼけ眼で出てくるアントーニョ。まだパジャマだ。
ギルベルトが事情を説明すると、アントーニョは
「ラガン達じゃないん?昨日負けた腹いせに。」
と忌々しげに舌打ちをする。
「でも…意味無くねえ?トマトジュースぶちまけるって掃除する側が迷惑なだけだろ」
「ん~確かにそうやけど。」
と、それに対してアントーニョも考え込んだ。
「どちらにしても…対物が対人へと発展する可能性が皆無じゃねえから、これから他も回るけど2F組はここの部屋に集合するからな。俺はこれから3F回る事になって部屋開けるから。ベルちゃんとアーサーよろしくな」
ギルベルトの言葉にアントーニョ了承する。
「んじゃちょっとあーちゃん起こしとくわ。何かわかったり手が必要なら知らせてやっ」
と、請け負うアントーニョの部屋を後にして、次にベルの部屋をノックする。
「ベルちゃん、わりいけどちょっとトーニョの部屋に行ってて欲しいんだが…」
ギルベルトが言うと、
「了解っ。5分待って下さい。」
と言う返事と共に足音がする。
そして数分後、開いたドアからベルが顔をのぞかせた。
「こんな時間からどうしはったんです?二人とも」
「ああ~実は…な」
ギルベルトがアントーニョに対するのと同じく現状を説明する。
「はぁ~あの人らしいんやないですか…」
全て聞き終わるとベルは呆れたようにため息をついた。
「どうせ…ジュリエット部屋で自分の心を傷つけたのは誰よ~みたいに浸ってはるんでしょ」
その言葉に、そうかもね、とフランは苦笑する。
「そういう可能性もあるね…。ま、これから3Fも見に行くから。とりあえず何かあると危ないから念のため2F組はトーニョんとこに集合ね」
「わかりました。…ったく人騒がせですねぇ。これで勝負うやむやに~とか考えてはるんでしょうか」
ベルはブチブチと文句を言いながらもアントーニョの部屋へと入って行った。
「結局2Fは異常なしっぽいな。これは…3Fの連中集めて事情聴取か。俺様のランニングタイム邪魔してくれたわけだし、みっちりお仕置きしてやんないと。」
ギルベルトの言葉にフランが吹き出す。
まず氷川。だが出ない。
ドアをノックするがやっぱり出ない。
「氷川~!起きろ~!!つか、でてこいっ!」
ガンガンとドアを叩いても出て来ないので、フランが
「ま、昨日あれだけあり得ん状態で負けて突き上げくってたから、眠れなかったのかもだし寝かしといてやろうか。自業自得なわけだけどさ」
と、宣言してその隣メイの部屋をノックする。
「おはよ…どうしたの?…っあ…」
メイはドアを開けて顔を出したが、そこにギルベルトもいる事に気付いて慌ててドアを閉めた。
「ご、ごめんねっ。バイルシュミットさんもいたんだ。今着替えるから…」
慌てた声と共にワタワタしてる気配がする。
「…ったく…鈍臭いから…」
フランは言って苦笑した。
「俺…外してようか?で、フランが事情を…」
「あ~いい、いい。それはそれでまた気にするから。すぐ出てくるよ」
フランはヒラヒラと手をふって答え、その言葉通り本当に2分ほどでメイは着替えて髪を手櫛でとかしながらでてくる。
「ごめんね、お待たせ。まだご飯じゃないよね?」
なんだか鈍くささと勘違いっぷりがおかしくなって少し吹き出すギルベルト。
「えっ?あ、ごめんなさいっ。私何か変な事を?」
オロオロするメイに
「いや、悪い。なんでもない。」
と謝罪を入れるギルベルト。
そのまま現状を説明すると、メイは
「ご、ごめんなさいっ!ホント悪い子じゃないんです、リサもっ。ホントごめんなさいっ!」
と、こちらもリサの仕業だと思い込んだらしくペコペコ謝る。
「フランも…怒らないで?私もお掃除手伝うからっ」
と、またメイはフランを見上げて言った。
「…確かにチビの頃からの付き合いだからお互い甘いのはあるけど…身内だけじゃなくて他人様にまで迷惑かけるようなら少し厳しくしないとダメかもね、あの子も」
と、だんだんフランもリサの仕業な気がしてきたのだろう、ため息をついて言う。
「とりあえず…犯人問いつめるか。メイもおいで」
と、フランはクルリと反転。今度はリサの部屋の前に立つ。
「リサ~!今日のはさすがにやりすぎだよ。でておいでっ!」
いきなりそう言ってフランがドアを叩くと、中から
「きゃっあああああ~~~!!!!!!」
とすごい悲鳴が聞こえて来た。
ドアに向かって誰かが駆け寄ってくる足音。
それからガチャガチャとノブが回される。
「フランっ?!フラン、そこにいるのっ?!!ドアが開かないのっ!!助けてっ!!!死んでるっ!!!!」
リサの混乱しきった泣き声に、さすがに異常事態だと思ったのかフランはガチャガチャとこちらからも開けようと試みるが開かない。
「マスターを取ってくるっ!」
と反転しかけるフランを制して、ギルベルトは中に向かって声をかけた。
「ラガン、聞こえるか?ギルベルトだ。よく確認してくれ。中から鍵かけてねえか?」
「鍵?!!そんなのかけたこと…あ…」
カチャっと音がしてノブが回される。
「…かかって…た」
ドアが開いてネグリジェのままのリサが呆然とした表情で出てくる。
「もし…内側からも鍵が開いてる状態でドアが開かないなら鍵自体壊れてるという事だしな…マスターキー使っても意味無いぞ」
何か問いたげに自分に目を向けるフランに、ギルベルトはしごく冷静にそう説明した。
「なるほど…そう…だよね。でもさ、お前の冷静さってありえないよ?」
リサの悲鳴と騒ぎに飛び出して来た川本にリサとメイを任せて、フランは小さく息をつく。
ギルベルトは説明しつつそのまま室内へ入りかけて、足を止めた。
「フラン…一応女性の部屋だから、俺一人はまずい。ちょっと付いて来てくれ。絶対に周りの物動かさない様に気をつけろよ」
言っては歩を進める。
「うん」
と続けて部屋に入って床に目をやり、フランも硬直した。
全身水浸しの男が…血まみれで倒れている。氷川だ。
背中には何度か刺された跡があり、ナイフがつきささっている。
「それ…本物?」
倒れている氷川の側にソッと膝をついて首筋から脈を確認するギルベルトに、恐る恐る聞くフラン。
「…だな…死んでる。警察に連絡を…」
言われてフランは部屋の電話にかけよりかけるが、そこでギルベルトが言う。
「この部屋の中の物にはなるべく手を触れない様にな。事件現場の維持は基本だ。電話かけるなら他の部屋で。」
その言葉にフランは再度うなづくと、隣のメイの部屋に電話をかけにいく。
「ギル、連絡はしたんだけど…例の土砂くずれとこの豪雨で明日まで到着できないって…」
やがて戻って来たフランは少し青い顔でそう伝える。
「そう…か…しかたないな…」
それまでその場で遺体を見ていたギルベルトは小さく息を吐きながらもそう答えて淡々と色々チェックをいれ始めた。
「現場…維持基本なんじゃないの?」
その様子をみて不思議に思って聞くフランにギルベルトはチェックを続けながら答える。
「警察がすぐ来てくれるならいいんだが、明日まで来れないとなると警察が来てくれるまで丸一日、殺人犯放置する事になるしな。
何も起こらないならいいんだが万が一考えたらなるべく現状把握しておきたい。
大丈夫。問題がでるような触れ方してねえし、指紋も幸いさっきから手袋してるしな。
とりあえず…ラガンはいったんメイの部屋で着替えてもらって、3F組は3F組で適当な一室に集まっていて貰ってくれ。あと2F組にも現状の連絡。それから…できれば松井さんに調理しないで食べられる食料を各集合部屋に届けてもらってくれ。1F廊下、ダイニング、キッチン、そしてラガンの部屋はなるべく現状保存したいから」
「了解。あとは?」
フランが言われた事を頭の中で反復しつつさらに聞くと、ギルベルトは振り返らず、小さく息をついた。
「いや。でも動かしやすいお前らがいて助かった。これがみんなかってのわからねえ他人ばかりだったと想像すると…泣ける。」
まあ…完全余裕なわけでもないのだろう。そのギルベルトの思わぬ本音にフランは吹き出した。
3F組には指示を伝えて、フランはそのまま2F組の集合場所、アントーニョの部屋へと急ぐ。
ドアをノックして自分である事を告げると、アントーニョがドアを開けた。
「えと…ちょっと大変な事になってて…説明するから部屋入れて」
アントーニョに告げると、アントーニョは少し体をずらしてフランを部屋の中へとうながす。
「落ち着いて聞いて欲しい。」
フランは口を開いた。
「結論から言うと氷川が殺された。後ろからナイフで刺されてた。」
その言葉にざわつく一同。まあ予測の範囲の混乱なので
「質問はあとで受けるから、とりあえず今は全員とにかく話を聞いて」
と、一言注意してフランは続ける。
「遺体は内側から鍵のかかったリサの部屋で発見されて、リサは俺とギルがドアをノックするまで気付かずに寝てたらしくて、ノックの音で起きてパニック。今は3F組は川本の部屋に全員集合させてる。
で、警察に連絡したんだけど、この豪雨と土砂崩れで明日までこれないっぽいのね。
今はギルが遺体を調べて状況を分析してる。
で、俺は今その指示で動いてるわけなんだけど…とりあえず今言える事は、氷川を殺した犯人を含んだ全員がこの屋敷から出れない状態で、犯人は今の時点ではまだわからない。
だからなるべく一人にならないようにして再犯を防ぐって形にするっぽい。
で、関係ありそうな1F廊下、ダイニング、キッチン、リサの部屋あたりはなるべく現状保存したいって事なんで、これからはみんななるべくこの部屋を出ないで欲しい。
食料は調理しないでも良い様なものを選んで松井に運びこませるから、それで食いつないで。
何かあったら携帯か内線で連絡するから。
あとは…そうだな、個人に対する呼び出しは受けない事。必ず全員で行動してね。」
とりあえず2F組への報告をすませると、フランは松井に指示して食料を調べさせる。
幸い…食料の方は薫製やパン、チーズなど豊富にあり、松井にそれを各部屋の冷蔵庫へと移させた。
その上でフランがリサの部屋に戻ると、ギルベルトはバルコニーにいた。
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