俺はアーサーにチェス教えた関係もあるからベルちゃんの側で」
チェス板を挟んで対面のソファにアーサーと氷川が座ると、フランが仕切る。
もちろんベルやアントーニョはそれに従う。
「んで?チェスクロックはどっちに置く?」
氷川がリサにお伺いを立てると、アーサーは即
「そちらの利き手側で結構。」
と、答えた。
「んじゃお言葉に甘えて…俺から向かって右側に」
と、氷川が二つの時計を並べて勝負が始まった。
双方最初の十数手は淡々と打って行く。
15手ほど打った所でそれまで淡々と打っていたアーサーの手が止まった。
『なんか…苦戦してはるの?』
その様子にベルがコソコソとアントーニョに尋ねるが、アントーニョとてわかるはずもない。
『あ~多分だけどね、ある程度自分の考えてる定石に配置し終わって、相手がどう攻めてくるかとか、どう攻めて来たらどう返すかとかを予測しつつ考えてるんだと思うよ。別に苦戦してるとかじゃなくて、むしろすごく冷静に打ってる』
そのベルの質問にはそうフランが答えてきた。
そうこうしているうちにアーサーの手が動く。
そこからは氷川も若干ペースが落ちて来たが、その次の手からはアーサーの方はまた淡々と打って行く。
『なんか…相手さんの顔色悪くなってきてはらへん?』
またしばらくしてベルが話しかけてくる。
『ああ、たぶんアーサーが迷いなく淡々と打つんで氷川が自分のペース保てなくなって焦ってるっぽいね』
それにもしごく冷静にフランが答えた。
そしてさらにしばらくして、氷川がナイトを動かした瞬間
「これで3手先でそちらがどう打ってもチェックメイトだな。最後までやってもいいけどどうする?」
と板を眺めていたアーサーが静かに言って顔をあげた。
「…えっ?!!」
その言葉に真っ青になって板を凝視する氷川。
「説明…必要ならするけど?」
アーサーは組んだ膝の上に肘をついて氷川に目をやる。
無言で青くなる氷川。
アーサーはそれを見て氷川が動かせる限りのパターンを淡々と説明し始めた。
「もう…いい。確かに負けだ…」
掠れた声で言う氷川に
「これで1勝だな。」
とだけ言うと、アーサーは立ち上がった。
「おお~~~!!!!」
歓声を上げるアントーニョとベル。
「さすがあ~ちゃん!賢いなぁ!!」
「アーサーさん!助かりました~おおきに!!」
アーサーをもみくちゃにする二人に、大きく安堵の息を吐くフランとギルベルト。
リサ達はすごい勢いでもめているので、いったん部屋に戻ろうと2Fへの階段を上がるが、そこでフランが一言
「ね、せっかくだからこれからみんなで露天入らない?」
と提案するが、アントーニョは
「なんや、フランがいるとあーちゃん危険やし…俺ら二人で入るわ」
と思い切り顔をしかめてみせた。
そしてアーサーを振り返って、な~と同意を求めるが、とうのアーサーは
「大勢いた方が…安全な気がする」
とあっさりそれを否定した。
「なんでやねん?」
「…自分の胸に聞いてみろ」
少し赤くなってつーんとそっぽを向くアーサーに、同じく赤くなるギルベルトと、にやにやした視線をアントーニョに向けるフラン。
「トーニョ、お前信用なくなるような事ばっかしてんの?」
との言葉にはアントーニョじゃなく、真っ赤になったアーサーのこぶしがとんだ。
「フラン、水着ねえの?もういいじゃん、水着で。せっかくだし露天にはやっぱ入ろうぜ?」
と、ギルベルトがまとめようとすると、アントーニョとフランは二人してじ~っとギルベルトを見る。
「な、なんだよ?俺様なんか悪い事言ったかよ?」
と焦るギルベルトに二人してギルベルトの左右の肩にそれぞれ手を置き、は~っとため息をついた。
「「ギルちゃん…そんなだから、どうて…」」
二人が言い終わる前に、ギルベルトがアントーニョを、アーサーがフランを殴り倒した。
「こいつら放っておいて露天風呂行こうぜ」
とアーサーがギルの腕を引っ張っていく。
「おお、そうだなっ。」
とギルベルトも嬉しそうだ。
こうしてとりあえず二人露天へ直行し、月をみながら一息つく。
「あ~、今回は巻き込んじまって悪かったな」
ギルベルトがまず言った。
「いや、俺こんな風にみんなで旅行とか始めてだから…それなりに楽しんでる。」
アーサーがほわほわ嬉しそうに言うのに、ギルベルトも少し笑みを浮かべた。
「ま、今度はこんなんじゃなくて普通に旅行行こうぜ。それこそ温泉とかさ」
「ああ、いいな。楽しそうだ。」
「すっごい雨だな…これホントやむのか?」
一応露天と言っても雨避け程度の屋根はついている。
雨音を聞きながらアーサーが空を見上げると、
「まあ…この人数でも2週間分くらいはなんとかなる食材はあるから。退屈なだけでさ。」
とフランの声が降ってきた。
「お~。お前らも来たのか。」
と当たり前に言うギルベルトだが、アーサーの眼はフランにくぎ付けになっている。
「やだ、アーサーったらお兄さんの股間に熱い視線?」
とにこりと体をくねらせるフランを
「あーちゃんに変なもんみせるんやないわっ!この変態がっ!」
と後ろからアントーニョが殴り倒した。
バッシャーンとしぶきをあげて、ぶくぶく風呂に沈んでいくフラン。
そして…ぷかりと浮かんできたのは股間を飾っていた真っ赤なバラだ。
そう、アーサーが凝視していたのはこれだ。
「あ~、もう気にすんな、こいつこういう変態だから。」
と、ギルベルトが嫌そうにそのバラを指先でつまんで風呂の外に放り投げる。
「せやで、こいつなんかあるとすぐ裸になるんやけど、その時は必ず股間にバラつけんねん、わっけわからんわ」
とアントーニョも湯につかる。
なんでバラを?と聞いてもおそらくきちんとした理由なんて返ってこないのだろう。
アーサーは疑問をむりやり呑み込み、その代わりに
「フラン、助けないでいいのか?」
と、おそらく今先に聞いておかねばならないことを聞いてみた。
「あ~、おら、起きろっ!アーサーが気にすっから」
と、ギルベルトが足でけりけりすると、ばしゃあっ!とまるでオカルト映画のように濡れた髪を振り乱したフランが立ち上がる。
「お前らねぇ!真面目に今に死ぬからっ!お兄さん死んじゃうからっ!」
と言うフランに、アントーニョがあっさり
「今回は箱根別荘溺死事件て事でどうや?」
とギルベルトに言う。
「お~、それいいなっ。」
と笑うギルベルトの言葉に、
「お前ら愛が足りないよっ!もっとお兄さんを愛してよぉ!!」
というフランのお約束のセリフが続いた。
最初の頃はいじめか何かと思ったが、このやりとりもギルベルトの、だからギルちゃんは童貞…と同じく3人の中の様式美らしいと納得したアーサーはスルーすることにした。
「全く…アーサーはともかく、こんなむさい男二人とつるまないとなんてお兄さん可哀想っ」
との言葉に
「なんや、嫌やったらかわええ女の子でも誘ったったらええねん。」
いつもの調子でそう返すアントーニョの言葉に
「…小学校まではそうだったんだけどね…」
と時と場所が悪かったのか、フランが急に肩を落とした。
「ジャンヌが亡くなってからそういえばこの別荘にもこなくなったな。メイなんかはさ、俺よりジャンヌと仲良かったから…リサだけ誘うのもなんだから…なんとなくね」
ごめん…もうあがるね、と、フランは珍しく肩を落として風呂を出て行った。
なんとなく気まずい雰囲気で3人もすぐ風呂をあがる。
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