拝啓兄ちゃん、お元気ですか?俺は元気です。
俺いまとっても幸せです♪
「………」
「おはよ~、お兄さまどうしたんだよ?怖い顔して…」
西の国の皇太子の執務室。
北の国経由でそこに届けられた手紙を前に、ロマーノは眉間のしわを深くしている。
アントーニョが東の国の少年を拾ったと聞いて様子を見に行ったのが一ヶ月ほど前。
色々あってロマーノの弟のフェリシアーノとその護衛のルートヴィヒがしばらくその場に残る事になったので、ロマーノは先に城へ帰って来た。
しかしさらにそこから色々あったらしい。
アントーニョと少年、アーサーだけではなく、フェリシアーノとルートヴィヒまでそのまま帰らぬ人となった。
いやまあ、別に死んだわけじゃないんだが…。
最後まで関わって戻ってきたギルベルトによると、アントーニョが拾った少年と言うのは実は、島でも最強の魔術師軍団の宗家カークランドの末っ子で…実家に返す返さないで揉めたあげく、最終的にアントーニョは彼を連れてカークランドの影響の及ばない島の外へ逃げたらしい。
なぜかそれに嬉々として付いて行ったという弟組。
事情を全く知らないロマーノはこれでも、もしかして皇太子である自分が城に戻ったから、双子の弟のフェリシアーノは気を使って城を去ったのかなどと、心配していたのだ。
ところが半月以上もたって届いた手紙を見る限り、修学旅行か?駆け落ちか?新婚旅行か?なに?楽しそうじゃねえか、心配した俺の時間を返せこんちくしょうめ!と思えるような、のろけなんだか楽しい旅日記なんだかわからない内容が長々と綴られている。
もういっそお前本書けば?くらいの勢いで綴られている便箋の束のうち、読んだ分をロマーノは黙ってギルベルトに渡した。
「なに?俺様にも読めって?」
弟であるルートヴィヒがいなくなって以来、何かにつけて城に呼び出される事が多くなったギルベルトは、もうロマーノの直属の配下扱いだ。
いや、配下というには少々偉そうかもしれない。
一応他人の目がある場所では騎士としての礼は完璧に崩さないものの、こうしてロマーノ以外の目がない空間では、ちゃっかりロマーノのついでに自分のカフェラテまで用意して、あまつさえ行儀悪く皇太子様の椅子の肘置きに尻を乗せてたりする。
しかし、戦術にも長け、情報通でもある役に立つ男で、偉そうに見えて実はそうとわからせずに空気を読んで行動もするので、フェリシアーノがいなくなった今、本人にはそうとは絶対に言わないが、今ロマーノが一番頼りにしていたりする人間だ。
「いまにあの馬鹿弟にお前の可愛いムキムキ食われるぞ。」
と、ロマーノはこちらも行儀悪く机に肘をつきながら、ギルベルトが入れたカフェラテを口に含む。
「お~いいねぇ。俺様代わって欲しいわ、それ。」
と、こちらもカフェラテ片手に便箋に目を通し中だ。
「…んだよ。お前も野郎のがいいのかよ?」
「ん~、相手にもよるかな…フェリちゃんなら全然いけるぜ。」
「まじかよっ。俺は断然ベッラ派だ。」
「ほ~、そりゃ残念。」
「ざ、残念てっ?!!!」
ガタっと思い切り音を立てて椅子から避難するロマーノ。
思い切り引いた様子で壁にはりつくロマーノを見て、ギルベルトはクックックと笑って手をひらひら降った。
「冗談だって、冗談!お兄さまマジからかいがいあるよなっ」
「て、てめえ!皇太子様に向かって何言ってやがるっ!」
からかわれた事にぽこぽこ怒りながら椅子に戻るロマーノ。
時には逆にロマーノの方がからかう事もあるのだが、こんなやりとりも、もうしょっちゅう行われる日常の一コマだ。
アントーニョに育てられていた時代は完全に保護される子供で…城に来てからは上に立つ側の皇太子、もしくはフェリシアーノの兄で、こんな風に限りなく対等に近いつきあいをした相手はギルベルトが初めてだ。
友達…というのだろうか。いや、親友、いやいや悪友だろうか。
人見知りが強く、他の人間との潤滑油となっていたフェリシアーノが去った今、それでも普通に皇太子としてやっていけているのは、実はこの男のおかげかもしれない。
「“兄ちゃん、急にいなくなっちゃってごめんなさい。
でも俺、兄ちゃんが戻る前からずっと、俺に何ができるのか考えてたんだ。
でね、古書読んでて見つけたんだ。みんなが平和に幸せになれる方法。
カトル・ビジュー・サクレってね宝玉を…(以下略“
…ってけなげじゃん」
ギルベルトは手紙を読みあげつつ感想を述べていく。
それに対してロマーノは自分の読んでいた便箋を放り出し、
「その先の一文がなけりゃな」
と、肩をすくめた。
「その先?」
さらに読み進めるギルベルト。
「“それにね、国を離れればもう王子でも臣下でもなくなるから、ルートもちゃんと俺を一人の人間としてみてくれるかなぁって。今のままじゃ裸でベッドにもぐりこんでも『風邪をひいたらおおごとだから、服を着ろ』って言われて終わっちゃうんだよ。”
…これか」
「それだ。」
嫌そうに答えるロマーノに、ギルベルトは少し考え込んだ。
「なんかやなわけ?」
「普通やだろ。」
「行動が?それともこの二人がってことか?」
「両方」
ギルベルトの問いにロマーノは即答する。それに対して
「そうかよ。」
ギルベルトはくしゃくしゃっと頭をかいた。
「あのさ…こういっちゃなんだけどな、つか皇太子のお前に言っちゃまずいかもだけど…」
「今更だろ、言えよ。」
「お前んとこのジジイ、めちゃくちゃガキいっぱいこしらえてんじゃん?」
「ああ、そうだな。王宮に限った上で俺が知ってるだけでも、宮廷音楽家のローデリヒ、新近衛隊長のバッシュ・ツヴィンクリあたりはジジイが手出した女の孫だな。」
「そそ、地方の貴族でも結構いるし、だからさ、なんつ~の?直系に近い王族だからガキ作んないとってわけでもないだろ。そしたら別に好きな奴がたまたま男でも問題なくね?」
「………そういう問題じゃねぇ……」
ふいっとロマーノは顔をそらした。
「んじゃ、どういう問題よ?」
それを追うギルベルト。
「……気持ちわりぃ…」
「男同士が?」
「いんや…自分の身内が知ってるやつとそういう事すんのが。知らねえ奴ならまだマシなんだけどな。」
「あ~、そっちかよっ。」
ようやく合点がいったというように苦笑するギルベルト。
「あれか~、元親と二重ショックってやつだなっ。ケセセっ」
「あ~、あれは別にいいんだ、あれは」
「ああ?そうなのかよ?」
ちゃかしたつもりがあっさりかわされて、ギルベルトは少し目を丸くする。
「ああ。アントーニョの奴は俺がガキで知らねえと思ってたみたいだけどな、あれで結構あちこちでそういう関係は持ってたみてえだったし。たいていは戦場だったから気持ち抜きの性欲の処理だと思うけどな。」
「ほ~。ガキでも意外にみてるもんなんだな。」
「あの頃は俺の目に入る人間て奴と乳母のばあちゃんだけだったからな。いやでも相手のちょっとした変化が目にはいるんだよ。俺みたいなコブいるからちゃんとした恋人とか作れねえんだな~とかガキなりに思ってたな。
だからむしろホッとしたっつ~か…。まあ綺麗な姉ちゃんが理想っちゃ理想だけどな。まあなんつ~か、アーサーだったらあんまガチって雰囲気ないし、自分が遊びに行く事考えると、年下のが気兼ねなくていいし、普通に馴染めそうな気がする……が」
「が?なんだ?」
そこで言葉を切って考え込むロマーノに、促すギルバート。
「いや…なあ?」
「ん?」
「あれさ、大丈夫だと思うか?」
「なにが?」
「ガキを無理やり手込めにしてたりしねえよな?」
ブ~っとギルベルトは勢いよくカフェラテを吹きだした。
「…っんだよ、きったねえなっ」
嫌そうに顔をしかめるロマーノに反論しようにも、むせて咳き込んでいるギルベルトは言葉がでない。
そんなギルベルトに構わず、ロマーノは一枚の便箋を手に取って読み始めた。
「“こうして王さんの所から戻った時、俺とルートは全く寝てないアントーニョ兄ちゃんに休んでもらおうと思って先に部屋に戻ってって言ったんだけど、アントーニョ兄ちゃんはよっぽど今回の事が堪えたのか、アーサーの手をしっかり握ったまま部屋に戻っていったんだ。
で、俺とルートで心配して待っててくれたみんなに報告して回ったんだけど…(以下略)
翌朝ね、二人とも起きてこないから、俺、疲れてるのかな~って思って放っておいたんだけど、昼になっても起きてこなくて、さすがに心配になって、食事持ってアントーニョ兄ちゃんの部屋にいったんだ。
そしたらアントーニョ兄ちゃん起きてたみたい。
全然元気そうで、ドアの所で食事だけ受けとってくれたんだ。
俺が『アーサーは?』って聞いたら『疲れてて起きられへんみたいやから、明日くらいまで放っておいて』って言われたんだ。
で、俺その時は『うん。じゃあ夜もこっちに運ぶね』って言って戻ってきたんだけどね。
結局それから俺がアーサーに会ったのは次の日の昼。
やっぱりアントーニョ兄ちゃんにしっかり手を掴まれて食堂に降りてきたんだけど、なんだかやつれてるし、目は真っ赤だし、なんていうか…恥ずかしくて居た堪れないって感じの表情してて、あ~、これはアントーニョ兄ちゃん、襲っちゃったのか~って思った。
うん、俺ちゃんと黙ってたよ?すごいよねっ、この時俺、ちゃんと空気読んだんだよっ。“」
そこまで読むと、ロマーノは便箋を机に置いて、は~~~っと長い溜息をついた。
「これさ…読んでる限りはアウトじゃね?」
「アウトだなっ。」
ギルベルトもため息交じりにうなづいた。
「アントーニョの場合は大人なわけだしな、別に相手が野郎だろうとなんだろうと俺的には構わねえんだが…これはさすがにまずいっつ~か…。身内が性犯罪者はマジ勘弁。」
あまりにロマーノがガックリ肩を落とすので、ギルベルトは慌ててフォローに入る。
「でもさ、ほら、ここ、“でもやっぱり気になっちゃったから、俺アントーニョ兄ちゃんの方にコソッと『無理やりとかじゃないよね?』って聞いたら、『そんなわけないやん。ちゃんと合意やで?まあ…ちょっと強引にやったかもしれんけど、無理やりとかではないで?』って。”ってあるからよっ」
「強引にしたけど無理やりじゃねえってなんだ?」
便箋をひらひらさせるギルベルトにどんよりと答えるロマーノ。
「ケセセ…なんだろうな?」
ギルベルトは困ったようにポリポリと頬をかく。
「あ~、ちくしょ~!俺も付いてくべきだったぜ!」
上を向いて叫ぶロマーノに苦笑するギルベルト。
「お前…笑ってっけどな、これお前の弟だって明日は我が身だぞ?」
「はぁ?」
「うちの馬鹿弟、“強引にしても最後合意なら無理やりじゃなくなるんだ~。良い事聞いちゃった♪”とか書いてやがるぞ!」
と、バン!とギルベルトの前に便箋をつきつけた。
「…い、いや、それダメだろ、普通に。無理やりは絶対ダメっ。…って、まあ…フェリちゃんになら強引に迫られてもルッツも本望かもしれねえけど…」
と、ボソボソつぶやくギルベルトの襟首をロマーノはつかむ。
「おい、止めに行くぞ!」
「へ?」
「ジジイにゃ孫腐るほどいんだから、俺いなくなっても無問題だろっ」
「いや、それはまずいって!皇太子はさすがにまずいからっ!!」
いきなり立ち上がるロマーノに慌てるギルベルト。
「るせぇ!てめえは黙って俺についてくりゃいいんだよっ!」
「え?俺?なんで俺?」
「ああ?てめえがいなかったら誰が俺守んだよっ!自慢じゃねえが俺腕には全く自信ねえんだぞ!」
「…ああ…うん…それ自慢になんねえわ、確かに」
「なんか言ったか?家臣のギルベルト・バイルシュミット?」
「なんでもねえよっ、ちくしょ~!」
言いだしたら聞かない暴走気質はおそらく祖父から双子に平等に受け継がれたDNAらしい。
「あ~、もうせめて期間は区切って置手紙は残していけよ。期間はそうだな…1年間。理由は俺を護衛にお忍びで立派な王になるための社会勉強だな。」
結局ロマーノはフェリシアーノの兄ではあってもアントーニョの弟で……自分はどこまで言っても苦労性な兄なわけで……
「兄貴はつらいぜ、ケセセっ」
了承はしたものの自分で手紙を書くつもりはないらしいロマーノの代わりに手紙を代筆しながら、ギルベルトは脳内で旅に必要なモノのリストを考え始めたのだった。
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