そして伝説へ
「アルト、ほら階段気をつけろよ」
「ああ、重い物は持つな。俺が持つ」
結局欧州会議はあのまま早退。
プロイセンはとにかくドイツまで。
「アルト、ほら階段気をつけろよ」
「ああ、重い物は持つな。俺が持つ」
結局欧州会議はあのまま早退。
プロイセンはとにかくドイツまで。
しかしながら普段真面目なドイツが
「すまない。本当に重要な用事ができたのだ」
と言えば誰も追求する者はない。
こうしてムキムキ芋兄弟二人に囲まれるようにしてイギリスは自宅へ帰宅した。
途中、ドイツは二人と分かれてプロイセンの当座の日用品とその日の食事を作るための食材を買いに行き、それを届けてプロイセンが食事の支度をしている間に客室の用意をすると、自分は翌日も続く会議のためにフランスへと戻って行く。
「初期は流産しやすいって言うからな。体調も悪そうだし大人しくしとけ」
と、椅子に座らされたまま、自宅だと言うのに何もさせてもらえない。
普段は1人きりの家で自分しか使わない自宅のキッチンに、たまに来るフランスと自分以外の人間が立っているのは不思議な気分だ。
それでもいちいち人の国の料理を貶しながら調理するフランスと違って、黙々と料理をしながらも、たまにイギリスの様子を気遣わしげに伺ってくるプロイセンがいるのは悪くはない。
「ほら、ホットミルクだ。当分は可哀想だけど紅茶はNGな。
その代わり俺様が毎日栄養のあるモン作ってやるから」
と、コトリと目の前に置かれるホットミルクは頭を撫でてくる男の声音と同様にほんのり甘く、心地よい。
こんな風に大切なもののように扱われた記憶などほぼないに等しくて、幸せだな…と思うが同時に恐ろしくなった。
イギリスの人生の中では幸せと言うものは大抵すぐ壊れて思い出と言う名のその欠片がずっと心に傷をつけ続けるからである。
――イギリス、イギリス、良い匂いね。私達にも頂戴?
と、ほんのり甘みのついたミルクの匂いに惹かれて小さな友人達が集まってきたので、イギリスはカップからソーサーに少しミルクを注いで彼女達の前に置いてやる。
すると程よく冷めたミルクに可愛らしい手が何本も伸びてきて、それをすくって飲み始めた。
――美味しいわ。ねえ、彼は誰?
――あら、あなた知らないの?プロイセンよ。ほら、イギリスのスコーンを食べて倒れた子
――まあ倒れるなんて失礼ね。
――あらでも優しいわよ?それからも何度も訪ねてはイギリスの料理を食べてくれるもの。
――前回よりも上手になったなって彼が言ってくれるとイギリスはとても嬉しそうな顔をするし、彼は良い人よ?
――そうね。でも今日はイギリスじゃなくて彼が作るの?
銀の鈴が震えるような声でおしゃべりを続ける友人達を見て、イギリスはふと思い立った。
目に見えぬモノを感じ取る彼女達ならわかるかもしれない。
「なあ、レディ達、教えてくれないか?」
――なあに?私達の可愛いイギリス。
「今俺の中に新しい命が宿ってたりするのか?なんだかそんな話がでてるんだが……」
聞いた瞬間後悔した。
ここで否定をされたなら、それはこの優しい関係の終焉を示すのではないだろうか…。
――いいえ?あなたはあなた一人よ?
答えはすぐに返された。
それはやっぱり思った通り良いモノではなく……
――まあ、どうしたの?イギリス。
――泣かないで、愛しい子。
キラキラと羽の生えた乙女達が心配そうにイギリスの周りを飛び回る。
――何がそんなに悲しいの?
「…だって…腹に子がいないってわかったらプロイセンは帰って俺はまた1人だ……」
そう、プロイセンが今こうしてイギリスの家に来て世話を焼いてくれるのは、お腹に子どもがいるイギリスを気遣っての事だ。
子どもが出来た事が嬉しいと言っていた。
だからこうやってイギリスに優しくしてくれるのだ…
その前のプロイセンの告白など本当に脳内から消え去っていて、イギリスは悲しさと寂しさにポロポロと涙を零す。
友人達はオロオロと飛び回りながら、
――泣かないで?愛しい子。
――大丈夫、私達がいるわ?
と言ってくれるが溢れる涙は止まらない。
慰めるようにキラキラと光の粉があたりを舞う。
しかし涙は止まる事はない。
大事な優しい友人達に悪いとは思うのだが、本当に止まらないのだ。
しばらくそうして泣いていると、急に友人達が左右へと散って行った。
イギリスは泣きながらも不思議に思ったが、どうやらプロイセンが泣いているイギリスに気づいたらしく、慌てて駆け寄ってきたところだった。
「アルト、気分悪いのか?どこか辛いか?」
と心配そうに綺麗な紅い目が顔を覗き込んでくるのに小さく首を横に振ると、プロイセンは少し考えて
「ちょっと待ってろ。火を止めてくる」
と、イギリスの頭を軽く撫でてキッチンへと戻り、またすぐかえって来た。
そしてエプロンを外してテーブルに置くと、イギリスをリビングのソファの方へと促して、自分もその隣に腰をかける。
「なんか…不安になってるのか?」
と、頭を引き寄せて自分に持たれかけさせながら聞いてくる声音が優しくて、イギリスはまた涙を零した。
不安?不安に決まっている。
だって全てバレたらお前はまた俺を置いて行ってしまって、俺は一人ぼっちになるんだろ?
そう言えたらどんなに良いか…。
でもそれを言ってしまえばこの優しく温かい関係が終わってしまうかと思えば辛すぎて言えない。
返事のないイギリスに図星だと思ったのだろう。
プロイセンは子どもをあやすようにその背を撫でた。
「俺様はこれからはもうずっと一緒だ。
国としての機能はないからな。おはようからおやすみまでずっと世話してやるし、何があってもお前の味方だ。
それじゃあ不満かよ?」
ちゅっとこめかみにキスを落として言うプロイセンにイギリスは
「子どもが…いるからだろ」
と口を尖らせる。
「もし子どもがいなかったら…」
と言う言葉はしかし、最後まで言う事は出来ず、重ねられた唇の中に消えていった。
そしてすぐ離れたプロイセンの唇からはため息。
「お前…俺様の話聞いてなかったのかよ。
俺様言ったろ?酔って抱いたのは悪かったけど、酔ってても好きな相手じゃなきゃ抱かねえって」
「…じゃあ、今抱けよ」
「…おま…言ってる事めちゃくちゃだぞ?」
「良いから今抱け」
「…子ども産まれるまではダメだ」
「やっぱり子どものためなんじゃないか」
「そういう事じゃねえだろ?」
「そういう事だ!」
「…じゃ、せめて安定期はいったらな」
「今だ」
「いまはダメだ」
「いまじゃなきゃ死ぬっ!」
バレたら行ってしまうのだ。
せめて人肌くらい教えて行け!と思いながら睨みつけると、プロイセンは困ったように考え込み、しかし結局両手をあげる。
「…わかったっ!……でも一度だけな。
ただし少しでも体調に変調を感じたら即中断だ、いいな?」
元はと言えば全ての順序が逆で、乱暴にされた記憶しかない男の子どもを産むのは不安なのだろう…などとプロイセン的には理解して譲歩して言ったのだ。
そしてそれにイギリスが頷くと、その両肩に手を置いて本当に真剣な顔で視線をあわせ
「絶対に体調悪くなったら言えよ?
流産て母体にとっても危険なんだからな?」
と念押しをして、こつんと自分の額をイギリスの額に軽くぶつける。
「俺様は…自分のせいでお前になんかあったら、本当に絶対に自分自身を許せねえから…。
頼むぜ」
祈るように縋るようにそう言った声は、確かにイギリスに対する愛情を含んでいるようにイギリスにも思えた。
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