本田の妄想・悪友の企み・ギルベルトの暴走 後編_2

大英帝国の動揺



やっちまった、やらかしちまった…

世界会議後、そのまま待っていてくれと言うプロイセンの言葉を無視して、イギリスはロンドンの自邸へと逃げ帰った。





もう酒は控えよう…と、いまだかつてないほど強くそう思うが、今からそれを控えたからと言って、今現在のこの状況が好転するわけでは決してない。


事の発端はフランス邸での飲み会で酔っ払ったイギリスが、同じくフランス邸で飲んでいたスペインが1本はその日に皆で、もう一本は子分のお土産にと持参していた2本のワインを2本とも飲んでしまった事にある。

可愛い可愛い子分と飲むのを楽しみにしていたワイン。
その空き瓶を前にスペインがあまりに悲嘆にくれるので、うっかり罪悪感に駆られて謝罪してしまったのが悪かったのかもしれない…。
いや、謝罪はすべきだが、そのあとの謝罪を受け入れる条件は飲むべきではなかった。

いわく…プロイセンに軽々しいと夜遊びをたしなめられたスペインが、プロイセンだって実際にそういう状況になれば軽々しい態度を取るに違いない。
だからそういう状況を作ってみて、プロイセンが軽々しい対応を取ることを確認したいので、協力して欲しい…とのことで……

聞いてしまえば頷くしかなかった。
なにしろあのフランスが自分のワインセラーから好きなワインを持ちかえっても良いとまで言うほどにはスペインは落ち込んでいたのだ。

そんな相手がなんとか浮上しようと気力を振り絞るように提案したその条件を飲まないという選択はさすがに出来なかったのだ。

こうして作戦決行は世界会議最終日の打ち上げの席。
プロイセンに飲ませるだけ飲ませて酔いつぶして、ホテルの自分の部屋に連れ帰って服を剥いでベッドに放り込み、自分も服を脱いで同じくベッドで隣に横たわる。

自分が裸で自分の部屋ではないイギリスのベッドに同じく全裸のイギリスと寝ていると気づけば、プロイセンは当然何があったのか聞くだろう。
そうしたらベタではあるが『昨夜の事を覚えてないのか?』とでも聞けば勝手に勘違いしてくれるだろうと思った。

まあプロイセンの性格からすれば開き直りはまずない。
謝罪くらいはあるだろうし、わびの品を送るからというくらいは言うだろうから、そこで種明かしをして、あとは文句はスペインに…という計画だったのだが、正直プロイセンを舐めていた。

彼はスペインの認識など失礼極まりなく、イギリスの想像の範疇を遥かに超えたレベルで真面目だった。

まずジャパニーズドゲザ。
そう、見事なまでに美しく完璧な土下座をしてみせ、いきなり責任を取って結婚してロンドンに居を構えるとまで言いだしたのだ。

驚いた。
正直いきなりそこまで発想が飛躍する事に驚いて言葉も出ない。

そこでそうやって驚きのあまり硬直していたのがまずかった。

話はどんどん進んで行って、とりあえず結婚の前にちゃんとデートをしてきちんとした場所でプロポーズする。
大急ぎでその支度をするからそのままここで待っていてくれと言うや否や、プロイセンはものすごい勢いで部屋を出て行った。

茫然…である。

どうするよ、これ?
おい、腐れトマト、お前の作戦は失敗だぞ。
お前の悪友はお前と違って間違いを犯したら償う気満々だ…。
どうするよ?俺このままだと一生かけて償われそうなんだが……

とそもそもの原因であるスペインにメールをするも返事無し。

このままだと本当に誤解で責任を取られてしまう…と、イギリスも混乱しすぎてどうして良いかわからなくなって、待っていてくれと言われたのに思わずロンドンの自宅に逃げ帰ってしまった。

そしてとりあえず、あれはスペインから頼まれてプロイセンをひっかけただけで誤解なのだ。これ以上はスペインに文句を言ってくれとメールを送って、あとは怖いから着信拒否にしてしまった。

これ…絶対に怒っているか、もしくは軽蔑されたかもしれない……

国の中ではかなり良好な関係を築いてきていて、珍しくイギリスを貶したりからかってきたりしない相手だったので、その良好な関係が崩れたかと思うと、自分は友人が少ないと自覚があるだけにイギリスも落ち込んだ。

スペインが上手く言い繕ってくれていればいいが…そもそも自分が酔ってスペインに対してやらかしたのに無関係のプロイセンを騙すなんて言い訳出来ることではないか…と、がっくり肩を落としながら泣いていると、周りを優しい友達がクルクルと回って慰めてくれる。

――イギリス、泣かないで?何がそんなに悲しいの?
銀の鈴が震えるような声にイギリスは力なく首を横に振った。

「…いや…俺が全部悪いんだ…。
他に何か悪い奴がいるとしたら、強いて言うならあの日俺とスペインを一緒に飲みに誘ったクソ髭か…。
でもあいつを殴り倒したところで、プロイセンとの関係が良くなるわけじゃない…」

それでも今度フランスに会ったら一発殴ろう…などと秘かに決意し、イギリスは翌々日に控えた欧州会議の支度をしつつ、酒をあおった。
もう飲まないとやってられない。

しかしそんな気分で飲む酒は当然美味いはずもなく、それでなくてもストレスでやられていた胃をさらに荒らしただけだった。

会議前日だというのに二日酔いに苦しみ、しかし当日はなんとか酒も抜け、幸いにして開催は隣国なのでユーロスターに飛び乗って一路フランスへ。

プロイセンがすでに国でなく会議に出席する事がないのが救いだが、一緒に暮らしているドイツが何か聞いてたりしたらどうしようか…と、怯えながら会議場入りをした。




「おはよ~坊ちゃん。相変わらず早いね…え?!どうしたの?お前っ!」

会議室のドアを開けると今日は開催国だけあってさすがに早く来て準備をしているフランスはイギリスがドアを開けた瞬間そちらを振り返って驚いたような顔でかけよりかけて……突き飛ばされて吹っ飛んだ。

まだ会議の時間には早い会議室には当たり前に早く来ている国がもう一国。
今一番会いたくなかった国…ドイツ。

眉間に思い切り縦皺をよせて威圧感満載で駈け寄ってくる男に目眩がする。

あ…これダメだ…。
絶対にプロイセンから聞いて怒ってる……
そう思った瞬間、痛む胃。

もうアルコールは抜けているはずだが、ストレスのせいだろうか。
吐き気までこみあげてきて、吹き飛ばされつつも体勢を立て直して駈け寄ってきたフランスの腕を掴んで

…髭…吐きそ……
と、なんとか零すと、
「医務室に連れていく。お前は会議準備を続けろ」
と、フランスから引きはがされ、なんとドイツに抱えあげられた。

もう最悪だ。
これなんの罰なんだ。
と、思いながらも色々深く考える余裕もなく、いったん連れて行かれたトイレで戻して、そのまま医務室へと運ばれた。

そして、イギリスが横たわるベッドの隣で兄と違って土下座ではないものの、きっちり90度に頭を下げられる。

「今回は兄さんが申し訳ない事をした。
でもあの人は本当は悪い人ではないし、気持ちが先走ってしまっただけで酔った勢いのきまぐれじゃないんだ。
ずっと真面目にお前の事を思っていた。
なんとか許してやってもらえないだろうか」

兄以上に生真面目な性格のドイツはそう言ったまま頭をあげない。
いやいや、許すも何も怒ってない…というか、謝らないとならないのはこちらなんだが…と、イギリスは焦る。

「いや…別に怒ってるとかはない…。
むしろ謝らないとならないのはこっちの方で……」

ああ、まだばれてなかったのか…というか、これから怒られる事になるのか…と思うと真面目な相手だけに恐ろしいが、このままにしておくわけにも行かない…と、イギリスが口を開くと、ドイツはガバっと顔をあげ、
「では、責任を取らせてもらえるのだなっ?!」
と、喜色満面で叫んだ。

「いや…だから…責任をとるような事は何もない」
と、これから説明をと思って言うと、今度はしゅぅんと叱られた犬のようにしょげ返るドイツ。
「やっぱり…兄さんはお前の信頼をなくしてしまったのだろうか…」
「いや、そうじゃなくて、本当に何もなくて…」
「それではこうしたらどうだろうか。
お前が兄さんに会うのが嫌だと言うなら、せめて俺のフォローを受けてくれ。
お前がどう思おうとお前の腹の子はお前の子であるのと同時に俺の兄の子。
俺の甥か姪にあたるのだからな。
速やかに出産、育成される環境を提供したいし、提供すべきだと思っている」

は?はああ???!!!
いやいやいやいや、何が起こってる?!!
なんの話だ??!!!!
「ちょっと待ってくれっ!!!
一体なんの話をしてるんだっ?!!!」

さすがに驚いて、いったん話を制した。
というか、この兄弟間では一体どういう話になっているんだ?!!!
「…悪い…もう俺の認識からかけ離れ過ぎてて何がどうなってるのか全くわかんねえ。
今のお前の発言がどういう状況から出たものなのか説明してもらっていいか?」

これ以外に今のイギリスに言える言葉があるだろうか…。
怖いとか辛いとか、もうそんな感情も吹っ飛ぶレベルでのわけのわからなさに、イギリスはとうとうそう言って説明を求めた。

その言葉にドイツは少し考えて、そして
「俺は全てまた聞きだから主観が入らんとも限らん。
より正確を期するなら本人に直接聞いた方が良いと思うのだが…お前が嫌じゃなければ兄さんを呼んではダメだろうか?」
と伺うように聞いてくる。

ああ…もう時間差で軽蔑されるなら、さっさと嫌われた方がましかもしれない。
それ以前にもう何がどうなっているやら本当にわからないので、イギリスは覚悟を決めて頷いた。

「でも…これからドイツから来るのか?」
「いや、普段は会議の時は相談役として随行してもらっているので、随行員用に用意された部屋に待機しているからすぐに来る」
そう言ってドイツは携帯を取り出した。

そうして5分もしないうちにプロイセンが部屋に飛び込んでくる。
騒々しく軽々しいように見えて実は冷静さを崩さない戦略国家にしては珍しく、廊下を走ってきたのだろう。
息を切らして何か言いたげに口を開いたが、先手必勝だ。

「お前をこんな風に巻き込む事になるとか考えてもみなかったんだ!
迷惑かけて悪いっ!!」

プロイセンが何かを言う暇を与えず、イギリスは慌てて先にそう言った。







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