芋兄弟の暴走
「ルッツ、悪い。俺様、子ども作っちまったらしい。
責任取ってロンドンに家借りて住もうと思うんで、仕事は出来るだけそっちで出来る物を回してくれ」
「はあ??」
兄、プロイセンから大事な話があると平日に呼び出されて早退をして帰宅すればいきなりこれだ。
もしかして…消滅の予兆か何かが脳に来てしまったのか??…と、ドイツはまずそれを心配した。
東西が統一された現在、本来は体現する国を失ったに等しいプロイセンがこうして普通に消えずに存在している事自体がイレギュラーである。
いつ消えてもおかしくない…と、しばしば不安に思いながら過ごしてきたドイツは、とうとうその時が来てしまったのかと悲嘆にくれて思わず涙ぐんだ。
しかしそこで無意味に悲嘆にくれていても仕方がない。
そう考えるのは兄であるプロイセンの教育の賜物である。
ドイツは気丈にもぐいっと涙を拭うと顔をあげ
「兄さん…俺達は国だ。国には子どもは出来ん。
兄さんが子どもが出来たなどという幻覚を見ているのはあるいは体調の不調が原因なのかもしれない。
だからきちんと調査を始めよう。
俺達が国である以上、担っている仕事も長い。引き継ぐにはそれなりの時間が必要だ」
と、兄の肩に両手を置いた。
もちろんプロイセンとて自分の今現在の中途半端な存在の仕方についてはドイツと同様の認識は持っているし、ドイツが懸念するように脳に何か来ているわけではないので、弟の言葉で彼が何を考えているかなど容易に想像できたので苦笑する。
「あーちげえよ。別にそのあたりの従来からの認識が無くなったわけじゃねえ。
今回のこれは俺様の妄想とかじゃなくて、日本からの情報だ」
「…日本の?!」
意外な人物の名に驚いて顔をあげるドイツ。
そこでプロイセンは、
・どうやら自分は酔った勢いでイギリスを襲ってしまったらしい事
・それを日本に相談しに行った時にどうやらαやΩという資質があって、αであるらしい自分はΩであるイギリスの発情期にあてられて行動を起こしてしまったらしいこと、
・Ωの発情期にαと性行為を行うとΩは妊娠する可能性が高い事
・実際それでイギリスは妊娠してしまったらしい事
など、教えられた (日本は原稿のネタを話していただけなのだが、プロイセンの側は教えられたと思っている) 事を話す。
「そんな事が本当にあるのか?」
と、兄がそんな事で嘘をつくとも思えず、また、日本とてそんな嘘をつくような輩とは思えない。
しかし聞いた事もみた事もない話に半信半疑で聞き返してくるドイツ。
それに、プロイセンはたたみかけた。
「極東は俺らの数倍は生きてる奴らだからな。
俺様達が知らない事を知っていてもおかしくはねえ。
確かに国の化身がこの世に誕生するところに立ち会ったって話は聞いたことがねえ。
だけど俺らだっていつかどこかで生まれたわけだろ?
ってことは、立ち会わなかった=見たことがない=ありえないとは言い切れねえ。
子どもが生まれねえってのは単純に俺らが女と寝ても出来ねえからそう思ってっけど、非常に稀な特定の条件下でしか生まれないって事なら、単にその稀なケースを見逃して国にも子どもが出来るって事実が認知されないまま来てる可能性はある。
考えてみれば実際イタリアちゃんなんかはローマ爺っていう血縁いるわけだしな」
「ローマとイタリアか…なるほど…」
ドイツはハッとしたようにそう言って、顎に手を当てて考え込んだ。
――そうか…俺も叔父になるのか……
と、この時点でもうドイツもその仮説に全く疑いもなくどっぷり浸かっている。
優秀だが四角四面。
いったん持論が覆されて新たな説に信憑性を感じてしまうと、もうそちらにしか考えが及ばない。
この段階でプロイセンの勘違いはそのままドイツの勘違いになった。
彼の脳内は初めて持つ年下の親族をいかに健やかに成長させるかという一点に絞られている。
「兄さん…出産、育児を考えるならこちらの国の方が色々良くないか?」
という言葉がまず出るあたりでガチである。
「いや、俺様は亡国だから良いけどよ、イギリスは仕事あるだろうし…」
という兄プロイセンももちろんガチ。
この似ていないようで実は似た者兄弟の暴走を止められる者は誰もいなかった。
「で?イギリスはなんと言っているのだ?」
「あー、なんかな…無理矢理だったから認めてくれねえんだよな……。
日本での会議後ホテルで待っててくれっつって支度しに行ったんだけど、戻った時には逃げられちまってて…今はロンドンの自宅。
俺様の電話には出てもらえねえから、それはフランスに確認した。
でもな、腹に子どもいるわけだしやっぱり俺様父親なわけだしな。
イギリスが嫌でもとにかくできるだけフォローして子ども生まれる前にはきちんと籍入れねえとって思うし。
来週の欧州会議までには引っ越し完了してフォロー体制万全にしたいんだよ」
「わかった。任せろ、兄さん。
イギリスの腹の子は俺にとっても甥か姪だ。
無事出産、育成できるよう全力を尽くすつもりだ」
「ルッツ!!ダンケ!!」
「兄さん!!」
美しい兄弟愛である。
そう…これがとてつもない勘違いの末の事でなければ…ではあるが…。
「そうと決まれば兄さんの配属をロンドンに変更、至急イギリス邸に近い物件も用意させるから待っててくれっ!」
と、何か使命感に目覚めてしまったドイツが携帯で部下に指示をしつつ脱いだばかりの上着を再度羽織る。
「兄さんはすぐ引っ越せるように自分の荷物まとめておけよ!」
思えば兄はこれまでひたすらに弟である自分のためだけに生きてきてくれたのだ。
ようやく国と言う枷から解き放たれた今、長年の片想いの相手と子を成し家庭を持って幸せになりたいと言うなら、これまでの恩返しも兼ねて全力で協力するのが弟である自分の責務であるとドイツは思う。
国には珍しく兄弟仲良好と羨まれた兄弟同居が解消されるのは少し寂しいが、欧州同士で争う事が無くなった現在、自分だって条件さえ分かればもしかしたらイタリアとの子を持つ事だって可能かもしれない。
自分達は両方国だからどちらかがずっとどちらかの国にと言うわけにはいかないので、半月ずつ双方の国という形になるのだろうか…。
イタリアと自分の子……
男だったら自分が兄にそうされたように幼い頃から心身ともにしっかりと鍛えて欧州を背負って立てる男に育てなければならないし、女だったら…そう、美しくしとやかながらも芯の強い娘に育てたい。
もちろん、門限はきちっと。
容姿はイタリアのあの可愛らしい容姿を受け継いでくれれば良いのだが、そのあたりの時間のルーズさは引き継がれないように自分がしっかり管理をせねばなるまい。
どこの馬の骨ともわからぬ輩に軽々しく娘に近づいてもらっては困る。
などと、ドイツの想像はいつのまにかプロイセンの事から自分とイタリアの薔薇色の未来へと移行していた。
こうしてムキムキの青年は鼻歌まじりにベンツに乗りこみ会社へ舞い戻る。
芋兄弟の暴走…これを止められる者、止める気のある者はいまのところ、まだ現れない。
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