プロイセンの暴走
その日は世界会議の最終日だった。
いつもなら親友の日本や育て子のアメリカとかと飲んでいるイギリスが、何故か自分の方へとやってきて、『隣いいか?』なんて言ったものだから、プロイセンは有頂天になった。
なんと言っても片想い歴は数百年。
いつからか分からないほど昔から好きだった相手だ。
昔から関係は悪くないものの今ひとつ距離を縮められず悪友達からはちゃっちゃと告れとせっつかれるが、器用にそんな事をできるならば今なお友人以上親友以下の立場に甘んじていたりはしない。
『おう、いいぜ。なんだよ、カッコいい俺様と飲みたいのか。
優しい俺様が椅子引いてやんぜ。ありがたく座れ』
などとはしゃいだ気分で椅子をひいてやると、プロイセンの想い人は
『サンクス』
と、可愛らしく微笑む。
そう、悪友達のようにそこでおとしてきたりはしない。
素直じゃないとしばしば揶揄されるイギリスは、しかし友好的な関係を築いた相手にはこうやって他の国よりもよっぽど素直で可愛らしいのだ。
『日本とアメリカがKomikeの話で盛り上がっていて付いていけなくて…』
と、しょぼんと立派すぎる眉を八の字にしながら落とした肩。
ああ、なるほど、あいつらはオタク三大国家だもんな…と納得しながら、プロイセンは今でも自分を師匠と慕ってくれる極東の島国に心の中で感謝の念を送る。
そうしておきながら
『あいつらはホント、仕方ねえよな。
まあ俺様は1人楽しく飲んでたんだが、お前なら一緒に飲めば二人楽しく飲めるもんなっ』
と、酒のグラスとつまみの皿をまわしてやると、
『そうだよな、俺にはお前もいるもんな』
などと少し涙目になっていたイギリスは気を取り直したようにそんな嬉しい台詞を口にしながら、またにっこりと微笑んだ。
実に美味しい酒だった。
普段は過ごす事はないのだが、隣には想い人。
しかも今までになかった独り占め状態。
不憫ズなどと一緒くたにされるが、実は弟のドイツと悪友達くらいしか寄って来ない自分と違ってイギリスは人気者だ。
悪友二人のうちフランスは腐れ縁などと言って、喧嘩しながらもいつもイギリスの側にいるし、自分には会釈と挨拶で終わらせる東洋の島国はイギリスを見ると嬉しそうに駈け寄って行く。
やたらとイギリスに絡む元弟の超大国はイギリス本人が気づいていないだけでイギリスにいつも熱い視線を送っていて近づく者がいるとすごい目でにらんでくるし、スペインの兄のポルトガルはズッ友などと言われながら気づけば横に寄りそっている。
カナダ、オーストラリア、インドなど英連邦も言うに及ばず。
もうどこがボッチなんだとプロイセン的には主張したい。
俺様のために少しはボッチな時間を作ってくれ!と心ひそかに思っていたが叶うことなくきたわけなので、今日は本当に奇跡と言っても良かった。
しかもアルコール付きでも過ごすことなくご機嫌で、ほんのりと紅くなった頬が可愛らしい程度という、酒癖の悪さで有名なイギリスにしては酒の入り具合も絶妙で、そんな可愛らしいイギリスから機嫌良く酒を注がれたら、男として飲まないわけにはいかない。
そうしてプロイセンは飲んだ。
飲んで…飲んで…普段は飲まない量を飲んで………
朝…自分で戻った記憶はないのだが、ベッドにいる。
側には人の気配。
うっすらと目を開けると、窓から差し込む朝の陽ざしにキラキラと光る金色の髪。
朝露を含んだ若草のように少し潤んだ淡いグリーンの瞳に溜まる涙を白い指先で拭っているのは、間違いようもないプロイセンの想い人…イギリスだ。
――ああ…綺麗だな…
と、感動したのも束の間、相手が全裸なのに気付く。
…そして自分も………
や・ら・か・し・たああああああ~~~???!!!!!!!
よく何かあると頭が真っ白になると言うが、元軍事国家のプロイセンは逆だ。
非常事態だと条件反射で脳がフル回転を始める。
まず飛び起きて現状確認。
前後左右を見回しても自分とイギリス以外の気配はない。
誰かのいたずらでも誤解でもなく、自分はイギリスと昨夜からこの部屋で二人きりだったのだろう。
そして二人とも全裸。
泣いているイギリス。
プロイセンの方は確かにずっと想ってはいたが、イギリスの側にそういう事実はないとすれば、もうここから導き出される答えは……
「悪いっ!!!」
床に額を擦りつけて叫ぶように謝罪。
呑気にベッドで寝ている場合じゃない。
昨夜気分良く酔っ払った自分をイギリスは責任を感じて部屋まで送ってくれたのだ。
なのに、酔ってタガが外れた自分はよりによってイギリスを襲ってしまったのだろう。
土下座じゃ済まないがとりあえず土下座だ。
それから脳内ではこれからのリカバリについてカチカチと思考が動き出す。
とりあえずやってしまったからには責任は取らなければ…。
責任…と言えば結婚。
だが手順としてはだいぶ飛んでいる。
イギリスだっていきなり襲われたから急に結婚しましたなどと周りに知られるのは嫌だろうし、なるべく早急にはしなければならないが、まずは結婚しても不自然に思われない土台を作らなければならない。
デートから始まって…手をつないで、キスをして…プロポーズはもちろんちゃんとロマンティックなシチュエーションを選ばなければ。
幸いにしてここは日本。
今現在でも何かと交流のあるかつての弟子の国だ。
店などの予約は融通を聞かせてもらえるだろう。
あとはせめてイギリス好みにぴったりの諸々を用意しなければ……
ああ…これはもしかしたら俺様軽蔑されるかもしれないし、罵られるかもしれないけど、そのあたりで絶対的に頼れる相手は1人だけだよな……
早急にデートにふさわしい支度をしてくるから待っていてくれるようにとイギリスを部屋に残し、早朝から駆け込んだのは当然のごとく元弟子の東洋の島国の家だ。
「日本!悪いっ!!早急に確認したい事があんだっ!!」
ガンガンと扉を叩くとこんな早朝なのに日本は起きていたらしい。
…というか、寝ていなかったのが正しい。
前髪が落ちてこないように鉢巻き。上下は汚れないようにジャージ。
これはあれだ、日本がGENKOを描いている時のスタイルだ…と、プロイセンは一瞬ひるむが、ここは引けない。
「あの、悪いんだけど…」
と話し始めようとすると日本はクルリと反転。
「ちゃんと鍵かけて下さいね。
何か飲みたければご自分で」
と、おもてなしの国として知られる彼にしてはこの上なく愛想なく言うが、GENKO中の日本は別人だ。
家に入れてくれるだけありがたい。
プロイセンは慌てて玄関を入って鍵をかけ、日本を追って廊下を進む。
その間にも日本は――Ωのアーサーさんが…αは……――などとブツブツと気になる事を呟いているので、ついつい気になって
「Ωとかαってなんだよ?」
と、やめておけばいいのに聞いてみると、日本はカッと目を見開いた。
「そうだっ!師匠がいるじゃないですかっ!!脱いで下さいっ!!!」
と、いきなりどうやらGENKO中の和室にすごい力で引きずり込まれて見る見る間に服を脱がされて行く。
「お、おいっ!!おま、質問っ!!」
日本のGENKO中の奇行は今に始まった事ではないのでプロイセンはとりあえず自分の要件を先に聞いてもらおうと日本の行動はそのまま放置で口だけ開くが、日本は若干イッテる目で語り始めた。
「ああ、質問っ、質問ですねっ!
世の中にα、β、Ωという3種類の人間がいるという世界観なんですよっ!
それではαは優秀な人材が多く、βは普通の人間、Ωは相手がαなら同性相手でも子どもを産めるんですっ!
で、Ωには発情期というものがあって、その時期にはαを惹きつけてしまうというのがあってですねっ、理性じゃなく本能が優先されてしまう事がままあるんですっ!
で、Ωのアーサーさんの発情期にあてられて普段は理性的なはずのαのギルベルト君がね、襲ってしまうわけなんですよ、アーサーさんをっ!
で、アーサーさんは身ごもってしまうわけなんですが、悲観的な人なのでそれを言いだせなくてですね……」
ええっ?!!!!
そうなのかっ?!!
っていうか…爺はなんで俺様がイギリスを襲っちまったのを知ってんだっ?!!!!
プロイセンは硬直した。
子ども?自分とイギリスの???
と、色々がクルクル回り、デートから結婚までの計画に出産育児計画が追加されて行く。
日本は単にプロイセンとイギリスをモデルにしたギルベルトとアーサーの話を描いているに過ぎないのだが、あまりのタイミングなのと、プロイセン自身が騎士団出身で男女関係に疎いというのもあり、なんの疑問もなく、日本のネタを自分の事としてインプットした。
まずい…これはまずい…。
あまり急な入籍はとは思ったが、イギリスの腹が目立つ前に結婚しなければ…と、彼の脳内では予定が変更されていく。
しゅっしゅっと鋭い音をさせながらスケッチブックの上にプロイセンをスケッチして行く日本。
茫然とたたずむプロイセン。
「なあ…ジジイ…」
「なんですか?」
「襲っちまったあとなんだけどよ…とりあえず責任取んなきゃじゃねえか…」
「ああ、あなたならやっぱりそういう方向性になりますよね」
と、日本は絵の端に何やらメモを取って行く。
「まずよ、デートして…プロポーズしてえんだけど…イギリスだとどこが喜ぶと思う?
せめてあいつが少しでも喜んでくれるような事してえんだけど…」
「ぬいぐるみ系なら○ンリオピューロランドかディズニーか…イギリスさんが好きそうな所を回って食事も美味しいところをということで考えるなら横浜人形の○から中華街で食事、プロポーズは山下公園とかでも良いですね。
ああ、でもイギリスさん懐石料理もお好きなので植物園か水族館でデート後、ホテルで着替えて懐石という選択肢もありです。
相手によってチョイスは様々ですが、ギルベルト君ならあまりかしこまらず、子どもが生まれたあとに家族で行けるようなコースがイメージですよね」
――ああ、イメージが沸いてきましたっ!さすが師匠ありがとうございますっ!!
と、そこで何故か急に大声で叫ぶように礼を言って、日本は移動してこたつの上の原稿にへばりついてガリガリやり始めたので、ギルベルトは脱がされた服を再度身につけると
「んじゃ、予約取れなかった場合だけ悪いけど祖国特権頼むかもしんねえからよろしく」
と、日本宅を後にした。
そう…思い切り誤解をさらに深めたまま………
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