続 聖夜の贈り物 - 大陸編 7章_1

「あの…オランさん?」
「なんじゃ」
「このフード…取ってもいいですか?」
「取るな」
「……はい」


「あの…」
「なんじゃ」
「僕一人で食べられますけど…」
「………」
「いえ、なんでもありません」

アントーニョ達がアーサーの救出に向かっている留守中、“ねこのみみ亭”の食堂では異様な光景が繰り広げられていた。

おっかないと評判のこの宿の主人であるオランが、毎朝昼晩、クマの耳付きフードをかぶった幼児を膝に乗せて、こちらも柄の先に可愛いクマさんがついた幼児用のスプーンで幼児に食事をさせている。

居心地悪そうにオランの膝の上でモジモジとする幼児をガシっと片手で捕まえて、無表情にその小さな口に可愛いスプーンで食事を運ぶ姿ははっきり言って怖い。

しかしその気になれば冒険者の一人や二人簡単に伸せるオランに突っ込みを入れる者は誰もいない。
ただそのごつい手で押さえつけられながら食事を飲みこむ幼児に同情の視線を送るのみだ。

だから…
「あ、アーサーさんっ」
と、数日後いつものように食事中、開いた食堂のドアから顔をのぞかせた華奢なローブ姿にマシューが顔を輝かせてそちらへ行こうとバタバタ手足を動かしたのは、何も最愛のマスターに会えたというだけの理由ではないだろう。

それでもがっしりと後ろから腹に腕をまわされて動けないマシューの方へ、アーサーの方が駆け寄った。
「ただいま、マシュー」
と、腕を伸ばすと、オランはようやくマシューを開放し、マシューは目線を合わせるようにしゃがみ込んだアーサーの腕の中におさまった。

そこに何故かポンとアーサーの肩に手を置くオラン。
「あ…ただいま…」
人見知りであまり馴染んでいないとは言え、一応大陸に来てからずっと彼の宿に泊まって、今回はマシューまで預かってもらっている事もあるしと、おずおずアーサーが声をかけると、オランは言う。
「なかなか帰ってこんで ものごいんやったが。こんからはおめぇもここにおればええが。二人まとめて引き取っちゃる。」

「え~っと……」
オランの言葉はたまにわからない。
困った笑顔で固まるアーサー。

「何言うとるん?馬鹿な事言わんといてやっ!アーサーはもう身も心も親分だけのもんなんやでっ!」
何故か言葉を理解して乱入するアントーニョ。
「な、何言ってるんだっ!ばかぁ!!」
そのままアーサーの肩に置かれたオランの手をピシっと払うアントーニョに涙目で叫ぶアーサー。

「なんつ~かな…うん、通常運転に戻ったって感じだな。」
とそれを見てホッとため息をつくギルベルトにうなづくロマーノ。

ギルベルトの言葉通り、一気に日常が戻ってきた感じだ。
遠目でそのにぎやかなやりとりに目をやっていた他の常連たちも、口々に
「おかえり~。今回は大変だったな」
などと声をかけつつ、自分の食事へと戻って行く。


「あ、僕ご飯中なんです。一緒に食べませんか?」
空気が落ち着いた所で嬉しそうに声をかけるマシュー。
「ん、そうだな…」
というアーサーの返答はアントーニョの
「今回はアーサー色々疲れとるんよ。部屋でゆっくりさせるわ、堪忍な」
という言葉に持って行かれる。そしてそのまま
「え?なっ…」
と抗議の声をあげかけるアーサーを半ば強引に引っ張って途中ベルに
「部屋に軽いもんよろしくな~」
と言い置いて上に連れて行ってしまう。

「……」
それを悲しそうな目で見送るマシュー。
みかねたギルベルトが、ひょいっと抱き上げて自分達の席に連れてきた。

「わりぃな。あいつ大人げなくて。」
速やかにベルが用意してくれた足の高い子供用のクマさん椅子にギルベルトがマシューをスポンと下ろすと、ロマーノが苦い笑いを浮かべて謝罪する。
マシューはそれに対してフワフワの髪を揺らしながら首を横に振って
「いえ…慣れてますから」
と微笑んだ。

「慣れてる?」
ロマーノが不思議そうに目を丸くする。

「はい。マスターと暮らしてた頃も、マスターは二人とも平等に可愛がってくれてたんですけど、アル…双子の弟は一人占めしたかったみたいで…よく強引にマスターひっぱっていっちゃってたんです」

ぽよぽよの眉毛をちょっとはの字にして、困ったように笑うマシューに、ギルベルトは大きく息を吐き出した。

「お前も……ほんと苦労してんな。でも簡単に諦めずにもうちっと我儘言った方がいいぜ?」
というギルベルトの言葉には
「お前はもうちょっと諦めってもの知った方がいいけどな」
とロマーノが当たり前にお約束の突っ込みを入れる。

そんなやりとりをクスクスと笑いながら、クマさんスプーンを口に運んでいたマシューだが、ふと手を止めて視線を落とした。

「僕らは…人間のために作られたマジックドールで、人間じゃありませんから。
…たまに思うんです。マスターアルテュールが亡くなった今、僕らはなんのために誰のために存在してるんだろうって。
昔からアルはとても外界に興味があって、今頃あちこちで新しい物、珍しい物を目にして楽しんでいるんだろうって思うんですけど、僕が望むのはただ…マスターの側で静かに暮らす事だけだったんです。
マスターの研究のお手伝いをしながらお茶飲んだりお菓子食べたり…天気の良い日はお弁当を持って森にピクニックに行く……そんな日々はもう来ないんだなって思うとたまに…」

「あ~!もう!お前、アーサー引っ張ってこいっ!」
マシューの言葉を遮って、ロマーノがピシっと客室へと続く階段を指さしてギルベルトに言った。

「え~?俺かよ?無理ッ!マジお姫さん関わった時のお日様こえ~よ。」
「ええぃ!このヘタレ!もういいっ、俺が…」
立ち上がりかけるロマーノの服の裾をマシューがつかんだ。
「ありがとうございます。でもいいんです。今マスターがアントーニョさんといて幸せならそれで…。」
二コリと微笑むマシュー。
王宮で天使と称されてるうちの馬鹿弟よりよほど天使だ~とロマーノは思う。

「あのよ、弟と二人で静かにっていうのはダメなのかよ?なんなら俺らで本格的に弟探そうか?」
ギルベルトの提案にマシューは複雑な表情を返した。

「えと…アルと二人はちょっと…」
と、珍しく言葉を濁す。

「仲悪いのか?」
意外に思ってきくロマーノには、困ったように首を少し傾けた。

「えと…悪くはないんですけど、正反対すぎて二人きりはかなりつらいというか…アルもそう思ってると思いますし、そもそも彼はひとところにジッとしているのが苦手なタイプなので」

「そっか~。じゃあこれ終わったら城に来いよ。城ならさ、俺がもしいつか年取って死んでも俺の子孫がずっとお前を一人にしないしな。」
「その前に嫁さんみつけねえとな」
ケセセっとまぜっかえすギルベルトをぱか~んとどつくロマーノ。
そしてそのまま
「あ~、可愛いベッラどっかにいねえかなぁ…」
とガバっとテーブルにつっぷす。

「ケセセっ、その前にどこぞの南の王様に食われんなよ」
「や~め~ろ~~!!それマジこええからっ!!」
ガバっと起きあがるロマーノは真剣に涙目だ。
「お兄さまってさ…あれだよな。思い切りノンケなのに男に好かれるよな」
ギルベルトはロマーノに同情の視線を送った。


…アルかぁ……。

そんなギルベルトとロマーノのやりとりを前に、マシューは姿を消した双子の弟の事を考えた。

自分だってマスターを一人占めしたくなかったわけではない。
でも別にいつもいつも自分だけをみていてくれなくてもいい。

もっと言えば、たまに自分だけに目を向けてくれれば、あとは側においてくれるだけで良いくらいに思っていた。

でもアルはもっと貪欲にマスターを求めていたと思う。
それこそ今アントーニョがアーサーを抱え込むのに負けずとも劣らないくらいには…。

自分はアーサーをマスターの生まれ変わりだと思って接しているのだが、アルはどうなんだろう?
もしアルもそう思ったら?……怖い想像になった。

うん…なんていうか…アルに会う前に宝玉の欠片が集まって、みんな東の島へ帰る事になるといいな。
マシューは遠い眼をしてそんな事を思う。

研究補佐型の自分と違って戦闘型マジックドールのアルと人間だけど炎の石の攻撃力を持つアントーニョ…そんな二人の戦いはご免こうむりたい。


「お前…あの態度なんなんだよ。マシューが可哀想だろ?」
一方部屋に戻ったアントーニョとアーサーの二人。
パタンとドアを閉めるなりとりあえずそうかみつくアーサーをアントーニョがぎゅっと抱きしめて、その肩口に顔をうずめた。

「アントーニョ?」
自分はよくやるが、逆はあまりないその行動に少し驚いて、少しためらいがちにアントーニョの背中に腕を回すアーサー。
不思議そうに首をかしげると、肩のあたりからくぐもった声が聞こえた。

「…怖なった…。」
「へ?…マシューがか?」
驚いて聞くアーサーにうなづくアントーニョ。
抱きしめられた腕にさらに力がこもる。

「あいつも一度大事なモンなくして今に至ってるやん。今ようやく見つけた大事なモンなくしとうない、抱え込みたいって思ってんのちゃうかなって。せやのに肝心のアーサーは戻って即マシューんとこ行ってあいつの事めっちゃ大事なモンみたいに抱きしめとるし…」

「……もしかして……やきもちか?」
「もしかせんでもそうやって!親分めっちゃやきもち妬きなんやで?」

「お前…良い大人のくせに…」
ぐりぐりと肩口に頭をすりよせるアントーニョに思わず笑うアーサー。

「ええ大人やからやん。ちっちゃい子の可愛らしさにはホンマかなわへんもん。もうな、親分アーサーが子供産めん男でホント良かったと思うわ。自分の子ぉでもめっちゃやきもち妬く自信あるわ。」

「お前…変。」
「変やないで~。親分な、物心ついた時には親おれへんかったから一人やってん。
途中でロマ引き取ったけど城帰ってもうて……ロマにはもうちゃんと別の家族おるから、アーサーに会うまでホンマに一人やってん。
帰り待つ家族もおれへんし、もし俺が戦場で死んでもだあれも困らへん。そんな事思って戦場転々としとったんや。
せやから…アーサー拾って…朝起きたら家族いて…飯作ったらホンマ美味そうに食ってくれて…リビング覗いたらちゃんと家族居って…ってそんなんがめっちゃ幸せやったわ。
ず~っと欲しい思ってて手に入らへんで、ようやく手にはいったんや。もう手放せへん。なくしてまた一人になるなんて耐えられへんわ。
もちろんもうアーサーが嫌やっていっても他の奴がアーサーの事欲しいって言っても、それこそ相手殺してでも絶対に手離す気あらへんのやけど、それでもアーサーの気が他に行くの怖いし嫌やねん。」

絶対に手放さないと言うのは何度となく言われたが話半分に聞いていたので、皆から好かれていて皆から大事に思われているはずのお日様王子の告白に少し驚くアーサー。

「…引いた?」
無言のアーサーに、少し肩口から顔を放してその顔を覗き込むように聞くアントーニョ。
しかしその顔は引いて青くなるというよりは真っ赤で……

「いつも思うんやけど…普通引くようなことがアーサーの羞恥の琴線にふれるんやね…」
前もこんな事あったなと思いつつ言うアントーニョに、
「見るなっばかぁ!」
とアーサーは真っ赤な顔を隠すように両手で覆う

「だってしかたないだろっ!そんな事言われ慣れてないし…。そもそも俺よりお前の方が離れていける立場じゃないかっ。生活力あるし、家事できるから一人でやっていけるし…今回の事だって俺はお前としかできなくなったけど、お前の方はできるわけだし……」
最後の方はもにょもにょと小声になっていく。

「ん~、でも稼いでも飯つくっても喜んでくれる相手おらんかったらしゃあないやん。親分の方がしたくてしてる事やし、アーサーなんもして欲しいとか言うてくれへんし…」
「…だって…言えないだろ…これ以上…。」
「なんで?言うてや。前にシた時も言うたやん。一方的やなくてアーサーにも求めて欲しいんやて」
「うああぁ!もう何言ってんだ、ばかぁ!!」
真っ赤になってぽかぽか殴るアーサーに、対して痛くもないがアイタタと言いながらアントーニョは苦笑した。
「いや、夜の事だけやなくて…。なんでもええねん。一緒にしたいこととか、欲しいもんとか。親分がしてやりたい事だけやなくて、アーサーがして欲しい事知りたいねん。」
「…したい事?」
「そ、したい事や。」
上目づかいに見あげるアーサーにアントーニョはうなづいた。

う~ん…と考え込むアーサー。
「……ピクニック…」
ぽつりとつぶやく。
「あ~、ええなぁ。ベルにキッチン借りて弁当作って」
「みんなで…かな。」
続く言葉にガックリ肩を落とすアントーニョ。
身体を繋げようと保護者公認の仲になろうと相変わらずのフラグクラッシャーなところがアーサーのアーサーたる所以だ。

「ま、ええか。」
すっかりその気になってピクニックの図を想像したのか楽しげなアーサーに、アントーニョも笑みを浮かべる。
大陸に来てからあまりゆっくりできる事も楽しめる事もなかったので、丁度いいかもしれない。
皆がいても関係なくベタベタすればいいだけの事だ。
こうしてピクニックに行く事にして、軽食を持ってきてくれたベルに翌日のキッチンの使用許可を取った。
久々にアーサーの好きなエンパナーダを作ってやろう。





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