続 聖夜の贈り物 - 大陸編 6章_4

「まあ…残念やけんど、しかたなか。」
一行を見送ってインディはゆったりと長衣のすそを翻して、一部崩れた王宮内に戻った。

「東の魔人は…怒らせたらいかんばい。くわばらくわばら。」

強い磁場により魔法の力から守られている…と油断していた。
あの強い意志を持った男が諦めるはずのない事は予想がついたはずなのに…


15年前…さして期待もしていなかったが、緑の瞳の綺麗な子供がいると、魔力を持った子供だから他には売れないから魔法の影響を受けない土地の王子に買って欲しいとの話を受けて、気まぐれに東の国に足を運んだ。

この国では珍重される翡翠と同じ瞳の色…それだけで確かに価値はなくはないが、それだけなら別に自分が足を運ぶまでもない…と、たかをくくっていたインディは、連れられて来た子供をひとめ見て心を奪われた。

美しい…などと軽い言葉で表現できる色ではない。

新しい生命の喜びにあふれる春の新緑…それを縁取る驚くほど長いまつげはキラキラと光り輝く金色で、ともすれば陰鬱な色に染まる南の国の空気を吹き飛ばすような強烈な純粋さを醸し出していた。
それでいてその強烈さは何かを跳ね返すようなモノではなく、闇や混沌ですらふんわりととりこんで染まってしまいそうな柔らかさをも帯びている。

欲しい…インディはこれほど何かを欲した事はないほど、その幼児が欲しくなった。
しかし怯えた幼児が抵抗して怪我をしないように、使い慣れた香をかがせ、ぐったりとしたその子供を提供者から受け取ろうとしたその瞬間、いきなり手元に向けて雷が走った。

「…っ!」
慌てて手をひっこめると、それまで手があった空間の下の地面が稲妻をうけて焼け焦げている。

「…去れ!」
背中から稲妻に貫かれ息絶えた提供者の手から子供を抱き上げた少年は、燃えるような怒りを含んだ視線をインディに送った後、自らの腕の中で眠る子供に視線を向けると、本当に愛おしいモノに向けるような顔で微笑んだ。

それからまたインディに全身を貫くような鋭い怒りの視線を向ける。

「南を踏みつぶすのも悪くはないが…今回だけは見逃してやる。去れ!」

インディはおそらくまだ少年の域をでていないであろう子供の威圧感に、言葉を返す事もできずにただ硬直した。
幼児と同じ緑の色を持つのに、それは他者を圧倒し排除する瞳だった。

少年は動かず硬直したままのインディにやがて興味をなくしたように去って行ったが、その様々な意味で強烈な一瞬の邂逅は、15年間インディの頭を離れる事はなかった。

それからしばらくして、それがカークランドの宗家の長男と末弟だったと言う事を知ると、インディは定期的に二人の様子を報告させた。

そして最近…末弟が大陸に渡ったと聞いて好機だと思った。
あの新緑の瞳を手に入れたい。

何ものにも染まってない…それだからこそ何ものに容易く染まってしまうあの元子供を白蛇の力を使ってでも自分の色に染めてしまえば、もう何者にも手は出せまい。

そう思って攫ってきたのだが…まさかもう手折られているとは思ってもみなかった。

白蛇との契約が終わり、いざあの子と契約をと手折ろうとしてみたら…全く事に及べない自分がいて、遅かった事に気付いた。

まだ白蛇の契約がなければ強引にでもと言う事もできたのだろうが、白蛇の呪縛のせいで手も足もでない。

15年間の想いが水泡に帰した事に気づくと、軽く目まいがした。
気を失ったままの元子供を目の前に放心していると、いきなり壁が吹っ飛ばされた。
反射的に元子供をかばうが、幸い四方を布で囲まれている部屋のため、布がガードしてくれたようだ。

「また貴様か…」
全てを焼きつくすような視線。

「どうやってきたばい…」
南の国の西南にあるこの王宮は、東の国から徒歩で来れる距離ではない。
ぽか~んとするインディの問いには答えず、東の魔人…カークランド一族の頭領のスコットは視線をインディの長衣に包まれて床で気を失っているアーサーに移した。

「貴様…何をした?」
激情を押さえこんだような静かな問い。
ロッドを握りこんだ手が怒りのためかかすかに震えている。

「陛下?どないしはりました?!」
と、そこにタイミング悪く衛兵達がかけつけてきた。
「曲者っ?!」
と叫んで剣を構えて飛び込んでくる。

「やめときんしゃいっ!」
とインディが止める声は届かない。

「相手は魔術師一人だっ、やってしまえ!!」
と勢い込んで衛兵達がなだれ込んできた。

そして…

「うらぁぁあ~~~!!!」
ブン!!とスコットのロッドがふりあげられる。
ロッドの先に付いた大きなピジョンブラッドが宙を舞い、炎が舞い散っているような錯覚を覚えた。

魔力の力は使っていないはずなのに、弾かれるように衛兵達が四方へ飛ぶ。
まるで鬼神だ…。

「魔法…使えんはずじゃなか?」
10人以上はいたはずの衛兵達があっという間に吹き飛ばされ、思わずそう問いかけると、ロッドがインディの鼻先すれすれにドン!!と振り下ろされる。

「カークランドを見くびるな。もう一度だけ聞く。何をした?」
燃えるような視線。
返答次第ではこのままロッドで首をへし折られそうだ。

「呪術をしたばい。白蛇の。」
「白蛇のっ?!」
どうやらそれが何を意味するかは知っていたらしい。
一気にすさまじい殺気を放って杖を持つ手に力をこめるのを感じる。
が、インディは冷静に言葉を続けた。

「けど…契約できんかったとよ。」
その言葉に振り上げたロッドがインディの頭すれすれで止まる。

「どういう事だ?」
「文字通りばい。白蛇の契約をさせた後、今度は私が契約しよう思ったけん、怪我ばせんように動けんくなる薬を使わせてもらったんじゃが、事に及べんかったと。」

ダン!!
その言葉に言外の意味を察してスコットはロッドをそのまま床に激しく振り下ろした。
そして何かに耐えるようにしばらくジッと目をつぶっていたが、やがてひょいっとアーサーを抱き上げると、

「…帰る」
と、そのまま吹き飛ばした壁から外へと出て行った。







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