続 聖夜の贈り物 - 大陸編 6章_3

鬱蒼とした密林…それは天然の要塞にも等しい…と思っていたら、ブン!!と怒りの炎のハルバードの一振りで一瞬で炭化した。

南の国との国境で絨毯を降りたアントーニョ一行。


「で?王宮ってどこ?」
とりあえず、と、ぐるりと密林を一周炭化させてから怖い笑顔で振り返られて、ウィルはプルプル首を横に振った。
「知らない…てか、この国鬼門だって言ったじゃない。だから足踏み入れた事ないよ。」
正直に言うウィルの言葉に、
「さよか…」
とす~っとアントーニョの顔から表情が消えて行く。

ああ…キレてる……
経験上察したウィルは黙ってフェリシアーノの腕をつかんで距離を取った。

「じゃ、とりあえずなぎ倒しながら行こうか?」
クルリとふりむいた笑顔がホラーじみた怖さだ。

「おい…いざとなったら逃げるぞ」
いつのまにかフェリシアーノの腕をつかんでいるのと反対側の腕を掴まれて顔をあげると、そこにはぷるぷる震えたフェリシアーノに似た面差しの男。

「走って国境越えて即空へ撤退だ。」
という男に
「君…誰?」
と聞くと、こちらは空気を全く読まないせいか笑顔を笑顔と受け取って平然としているフェリシアーノが
「俺の兄ちゃんのロマーノだよ♪」
と笑顔で答える。

「ああ…西の皇太子か…」
そういえばアーサー連れ戻しに行った時にいたっけ…と、思い出すウィリアム。
西の皇太子に北の貴族、そして東の魔術師の自分がこうして連れだって南の国を歩いているのも不思議だな、と、少し冷静な部分で思った。

「ふふっ、なんかさ、なんのかんので国境越えてみんな仲良しになったよね♪」
同じような事を思ったのかフェリシアーノが楽しげに言う。
その笑顔に心がほわほわと温かくなる気がして、ウィリアムは少し笑みを浮かべた。

厳しい社会の荒波にもまれてきた自分たちとはちがって、ふわふわと可愛らしい。
自他共に認める個人主義で打算的な自分ですら無条件でなにかしてあげたくなる気がする。
無垢なのもこういう風なら悪くはない。

おかげで自分は西の国に随分と気持ちが傾いている気がするし、幼馴染のフランシスがいるため、本人には絶対に死んでも言わないが、北の国にもそこそこ思い入れがある。

個人レベルで好意がつのっていけば、最終的に平和になるのかもしれない。
まあ、自分のように下っ端がいくら好意を持ったとしても、国を動かすほどの影響は与えられないのだが…。

そういう意味では、東の…少なくともカークランド一族の西への敵対心はうなぎ上りに上がっているだろう。
そして今回の事で南に対する敵対心もマックスだ。




冷徹な東の魔人と人の良い西のお日様王子…アーサーに縁のある二人は正反対のようでいて中身が一緒だとウィリアムは目の前の惨状を見てうんざりと思う。

偉大な魔術師と炎の石に完全シンクロする男、双方とも味方と認識した者以外に対する切り捨て方が半端じゃない。
物も人も男も女も老人も子供も皆等しく排除していくその姿は魔術師としてあまたの戦場に身を置いた自分でも空恐ろしい。
助けを求めて逃げまどう相手をかばえば自分も容赦なく排除されるのでは…と思うと止めるに止められないのは、どうやらウィリアムだけではないようだ。

「…どうしよう?」
さすがに露骨な惨状を目の前にしてフェリシアーノが震えながらルートを見上げるが、彼もまた味方に矛先が向かないようにと思えばどうすることもできない。

「とりあえず…皆戦意喪失だろうし、お日様の目につかないとこで王宮の情報集めてそれ餌にここ離れようぜ。」
ギルベルトはさすがに修羅場をくぐった場数が違うのかそう言って、フランシスの肩をポンと叩いてうながす。
「そうだね。お兄さんもこの美しくない風景見てるの限界…」
真っ青な顔をしてフランシスもそれに同意すると、それぞれ逃げまどう人達の間に散っていく。

「お前らは巻き込まれないように立ちまわるなんて無理だから離れてろよ」
と、ギルベルトに忠告され、他は少し離れた所でひたすら待つ事にした。

(昔も…こんな風景みたなぁ…)
燃え上がる村を遠目にしながら、ウィリアムはぼ~っともの思いにふけった。

あの時暴れていたのはまだ自身もわずかに少年の面影の残る長兄だったのだが……。

あれは確か15年ほど前だったか…下っ端すぎて事情をよく知らない一族の者が、てっきり本当に宗家がアーサーを疎んでいるものと思って、まだ幼児だったアーサーを連れ出して他国に売り渡そうとした事があったのだ。

(あ~…あれも確か相手が南の国だったっけ…)
やっぱり南の国は鬼門だ…と、立てた膝に頬杖をつきながら思うウィリアム。

あの時の長兄は幼心にも怖かった。

他国どころか自国の村々を焼き払い、逃げる一族の者を鬼のような形相で追って追って追いつめて…南の国の者の手に渡る寸前にアーサーをその手に取り戻した時には敵味方の区別なく累々と屍が積み重なっていた。

鬼神か死神のような形相で誘拐犯の手から眠っているまだ幼いアーサーを取り戻して抱き上げた時…その表情が一転とても優しくなって、手の中のモノを本当に愛おしげに抱きしめたのもまた印象的だった。

長として冷静である事を求められて表情に乏しいように思われるが、実は非常に激しく、また愛情深い人間なのだ、長兄は…。

強すぎる義務感から気持ちを押し殺して最愛の弟につらくあたり、本人に気付かれないようにこっそり愛情を注ぐ長兄を気の毒だとは思っていた。

面倒くさいので関わりたくはないが、嫌いにはなれない相手だ。

でもそうやってつらく当たる部分しか見てないはずの末弟が選んだ相手が長兄と似たタイプというのは、案外どこかで注がれていた愛情を感じ取っていたのかもしれないな、とも思う。

まあ…報われない事は変わらないわけだが……。

そんな風に昔に思いをはせているうちに虐殺終了のお知らせらしい。
王宮の場所を聞きだしたギルベルトとフランシスに連れられてアントーニョが無表情にこちらへと歩いてきた。

「さて…と、王宮この勢いで破壊したら南の国終了かねぇ」
パンパンと立ちあがって埃を払うと、ウィリアムも一行にまじって歩き始めた。


「う~ん…どうなってんだ、こりゃ?」
こうして情報を集めて王宮にたどり着いた一行だったが、台風一過とでも言えばいいのだろうか…。南の国の王宮ではすでに一部壁が崩れ落ち、負傷した兵を運び出す作業が行われていた。


「あ~、ようやっと来たとね。」
入り口あたりで呆然と立ち尽くす一行の前に、当たり前のようにのんびりと顔を出したのは、アントーニョが“いぬのしっぽ亭”で対峙した南の国の王、インディだ。

「あ~!アーサー返しぃっ!!」
アントーニョがまず血相を変えて詰め寄って、その襟首をつかむが、インディは動揺することなく静かにその手を離させると
「遅かったばい。ついさっき東の魔人が連れ帰ったとよ。」
とにこりと告げる。

うっわぁ~~~青くなって頭を抱えるウィリアムとフランシス。
(あの人…なんでこんなとこまで出向いてるかな?てか…どうやってきたんだろ??)
(それどころじゃないよ、お兄さん死亡フラグじゃない?!)
(くれぐれも僕を巻き込まないでねっ。)
(え?なにそれ?!巻き込まれてるのお兄さんの方じゃないのっ?!)

二人でこそこそそんなやりとりをしてる間、とりあえず最低限今の時点でアーサーの身の安全が確保されているとわかったアントーニョは、来る道々気になっていた事を問い詰める。

「アーサーに変な事したり、変なモン使ったりしてへんやろな?」
「した…いうたら?」
アントーニョの剣幕に臆することなく、インディはクスリと笑みをこぼした。

「許さへん!お前ごとこの国滅ぼしたるわっ!」
アントーニョの身体が光って、次の瞬間紅のハルバードが姿を現す。

「おお~、こんが炎の石の力たいね」
目の前に突然現れた最強の武器にもやはり動じる事はなく、インディはむしろ感心したようにしげしげとそれを眺めた。

「いったい何をしたんやっ!!」
キレかかるアントーニョの声に、インディはようやくアントーニョに視線を戻した。
そしてにこりと微笑む。

「あんたには感謝されてもよかことよ?」
「…どういうことなん?」
「うちん国には白蛇様ちゅう精霊がおるんやけんど、100年に1度使えるその白蛇様の呪術をちょぉ使ってみたんやけんど…」

「解きっ!」
インディの襟首を再度つかむアントーニョ。

「解いてええん?」
インディはまたゆっくりその手を外す。

「まあ一度かけたら本人が死ぬまで解けんのやけど、悪いもんやなかよ」
「呪術がええなんて事あるかいっ!」
「ん~その呪術、最初に身体繋げたモン以外と身体繋げることばできなくなるちゅうもんなんやけんど」
「…へ?」

「私がしようとしたらできんかったばい。あんたやないん?相手」
「……」
アントーニョの褐色の頬がカ~ッと赤くなった。

「ほんま?ほんまにそれだけの呪術なん?」
「残念やけど、そうじゃね。東の魔人がずぅっと大事にしまっとったけん、よもやもう手ぇつけられちょるなんて思わんかったばい、これで手に入れられると思ったんやけんど、自分で自分の首しめてしもうたと。」

苦い笑みを浮かべる若き王の手を思わず握り締めたアントーニョ。
「おおきにっ!これで悩みが一つ減ったわっ。あんたええ人やったんな!」
と礼まで述べてしまったあたりで

「あほか~いっ!!」
と、どこから出したのか、ロマーノがハリセンでぱこ~ん!とアントーニョの後頭部を張り倒した。

「お前馬鹿かっ?!話よく聞いとけよっ?!こいつはな、アーサーと最初にやればもうあいつが他の奴とできなくなるからあいつをモノにできると思って呪術かけてんだぞ?!」

「ロマーノ~、それちょぉ痛いわぁ。せやかて、結果的にはアーサーが親分としかできんくなるようにしてくれはったわけやし…これでもう完璧二人運命共同体やん」

「…いいか、耳の穴かっぽじってよ~く聞けよ?こいつはな、し・よ・う・と・は・し・た・んだぞ!」

「で?したん?」
ロマーノの方を向いていたのをクルリとインディの方を振り返って聞くアントーニョ。
「いや、やから、呪術のせいでできんかったばい。」
「ほら、ロマーノしてへんて。」

「もういいっ!お前はそういうやつだよな…」
は~っと諦めの息をついて肩を落としたロマーノは、目の前に落ちた影に顔をあげた。

「ああ?なんだよ?」
ジ~っと見下ろすインディの黒い瞳をにらみ返したロマーノの顎を、褐色の指がクイっとあげさせた。
「ああ…あんたも綺麗な翡翠なんやね」
「はぁあ??」
ぽか~んとするロマーノに、インディはずいっと一歩近づく。

「あんたは確か西の皇太子やろ?」
「ああ。だから?」
思わず一歩引くロマーノに、インディはまた一歩詰め寄った。

「上ん立つもん同士仲よぉしとったら争いも起きんばい…」
闇色の瞳でじ~っと顔を覗きこまれて、ぞわわっと背筋に悪寒が走ったロマーノはまた一歩引こうとするが、腕をしっかりつかまれているため動けない。

「私らが仲良ぉしとったらええと思わんと?」
吸い込まれそうな闇色の瞳が近づいてくる。

呆然となすすべもなく立ちすくむロマーノ。
だがその時、

「わりいが、こいつは俺様の王だ。近づきたかったらまずこいつの騎士である俺様を倒すんだなっ」
と、さらに近づこうとするインディの腕を強引に離させて、ロマーノを後ろにかばったギルベルトがインディを紅い眼で睨みつけた。
ほ~っとその後ろで力を抜くロマーノ。

「第一、こいつは別に宝玉とか関係ねえぞ?」
と続けるギルベルトにやはり食えない笑みを張り付けたままインディが答えた。
「私がいつ宝玉が欲しいと言うたと?うちん国は魔法を受け付けん土地柄じゃけん、別に宝玉なんかなくてもよかとよ。」
「ああ?じゃあなんで“選ばれし者”のアーサーさらったんだよ?」
「綺麗な翡翠の眼ぇばしちょったからばい。私はずぅっと綺麗な翡翠が欲しい思っちょったとよ。」
「はぁぁ??」
「うちん国では宝玉より翡翠の方がよっぽど価値があると。」

「え~っと…兄ちゃん次のターゲット?」
コソコソっとささやくフェリシアーノに
「怖い事言うなっ!」
と涙目で震えるロマーノ。

「まあ…今はまだよか。とりあえず…また城壊しに来られても面倒ばい。あんたが国に戻って正式に国継いだら今度はちゃんと手順踏んで口説いてみるとよ。」
「ひぃぃ!」
ハンターのような目で見据えられて思わず隣のフェリシアーノに抱きつくロマーノ。

「それまではこれを…贈り物ばい」
ズイっと強引にギルベルトを押しのけてロマーノの前に出ると、インディはロマーノの両手を取って小箱を握らせ、ふわっと抱き寄せると額に口づけを落とした。

「あんたらにとってのこれの価値やったら、このくらいは許されるやろ?」
と、一瞬で離れて片目をつぶる。

「これ…?」
ロマーノはぽか~んと手の中の小箱を見降ろし、
「なんだろ~?」
とフェリシアーノが横から手を出して箱の蓋を開けた。

「「え?ええ??」」
双子の声がはもる。

「い、いいのかよっ?!これって…」
箱の中には風の石。
驚いて顔をあげるロマーノに、インディは
「私にはなんの価値もない石ころじゃけん。持っていきんしゃい。」
と微笑む。
「それで少しでもあんたの帰国が早まればそれでええよ」

思いがけず手に入った二つ目の欠片。

「兄ちゃん、兄ちゃん、これ俺にちょうだい♪」
と、いきなりフェリシアーノが箱の中に手を伸ばす。
「あ、待てっ!おいっ!!」
止める間もなく、両手でそれを抱え込むフェリシアーノ。
えいっ、えいっ、と、自分の腹に押し当ててみるが無反応だ。

「ヴェ~。ウィル~、これ入らないよぉ~~」
ウィリアムに訴えるが、ウィリアムは苦笑する。
「だから言ったじゃない。石に選ばれる方がレアなんだよ。
普通“選ばれし者”の能力が介在しないと無理。」
「ちぇ~、アントーニョ兄ちゃんだけずる~い。」
口をとがらせるフェリシアーノ。
「まああれや、とりあえずアーサー取り戻したら使わせてもらおうな。」
「ああ、そうだな。次は…カークランド本家?」
ロマーノがチラリとギルベルトを振り向くと、ギルベルトもうなづいた。
「とりあえずこっからだと海出た方が早いな。で、海から絨毯で島をぐるっと回って東の国だな。」

こうして一行は南の国の西の側の海を目指すのだった。







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