アントーニョの朝は早い。
自宅にいる時は畑仕事で始まるが、こうして自宅を離れている時はゆっくりしている時もあり、鍛錬のためにいったんは起きることもある。だいたい半々くらいだろうか。
今日は後者だ。
アーサーが隣で無防備に眠っている時点で選択の余地はない。
朝の男は色々大変なのだ。
宿の周りをランニングしながら、朝市を冷やかしつつ話を聞いたり、普通にそのあたりを行きかう人々の噂話に耳を傾けて情報を集める。
アントーニョにしてみたら単に一緒にいるのを反対するであろうカークランド当主から逃れてアーサーと一緒に生きていくために大陸まで逃げてきただけなのだが、フェリシアーノには別の目的がある。
元々は大陸行きはそのフェリシアーノの目的にアーサーが乗るという形の約束だったらしいし、アーサーの救出の際にはフェリシアーノにも世話になったので、アントーニョとしてもそのあたりは無視もできない。
というか…可愛い恋人アーサーの親友であり、可愛い弟ロマーノの実弟である時点で、世間知らずの王子様暮らししかしたことのないフェリシアーノと同じく腕はたっても城のエリート兵をやってきた世間知らずのルートヴィヒを二人で放り出すという選択はありえないわけなのだが…
こうしてアントーニョは趣味と実益を兼ねて聞きこみにいそしんでいる。
“可愛い恋人と引き離されそうになって東の島から駆け落ちしてきた”と言うアントーニョの言葉を信じた人情に厚い市場のおばちゃん達は、アントーニョ自身の人懐っこい雰囲気もあって随分打ち解けて色々話してくれた。
とりあえず…カトル・ヴィジュー・サクレについてはこちらでも伝説とかおとぎ話とかそういう感じに扱われているらしい。
ただ伝承というものが往々にしてそうであるように、それが語られる元になった出来事と言うのは存在する。
自分といるために実家を遠く離れる事を余儀なくされた、まだ年若い恋人のなぐさめにおとぎ話を語ってやりたいのだというと、おばちゃん達は喜んで、こぞって色々な話を教えてくれた。
そして役に立つ情報もたわいもないおとぎ話もニコニコと聞き、最後に礼を言って市場を離れる頃には、手ぶらだったはずのアントーニョの手にはたくさんの果物が、服のポケットには何故か飴が大量に入っている。
「おばちゃんて、どこのおばちゃんでも飴ちゃんくれはるのはなんでやろ?」
と首をかしげつつ、さすがにそれを抱えてこれ以上ランニングするのもなんだし、アーサーがそろそろ起きる時間だろうということもあって、アントーニョはいったん宿に戻る事にした。
「おはよ~さん。二人でトレーニングかいな?」
宿に戻って、宿の庭で腕立て伏せをしているルートヴィヒをみかけたアントーニョが声をかけると、その腕立て伏せをするルートヴィヒの背中に座っているフェリシアーノが
「ちゃお~。良いモノ持ってるね、アントーニョ兄ちゃん。そんなにたくさんどうしたの?」
と、アントーニョの腕に目をやって手を振る。
「あ~、これな。ランニングしてる途中で話し込んでたおばちゃん達がくれてん。フェリちゃん半分要らん?」
「わ~い♪ありがとう♪」
アントーニョが差し出す果物と飴を受け取ると、フェリシアーノはその中の飴を一つ口に放り込んだ。
その間も黙々とフェリシアーノの下で腕立て伏せを続けるルートヴィヒ。
触らぬ神に祟りなしと黙っていたわけだが…あれだけ昨日険悪だった雰囲気はどこに行ったのだろうか…と内心思う。
いや…機嫌が直ったら直ったでいいのだが…。
どうもこの西の国の人間特有の熱しやすく冷めやすい感情の起伏についていけない苦労性な北の国の血を色濃く継ぐルートヴィヒだった。
「ルートもそんな難しい顔ばかりしてたら早くハゲるで?」
と、アントーニョはご丁寧にも飴の包みを一つむくと、ルートヴィヒの口にも強引に放り込んで去っていく。
「…お前もそういうところがあるのだが…あれだけ昨日揉めて不機嫌だったのが、今朝いきなりケロっとしているのがわからん…。心底わからん。」
ガリっと飴を噛み砕いてつぶやくルートヴィヒ。
「え~?そう?普通だよ?どんなに嫌な事があってもね、探せば笑顔になれる程度のささやかな幸せってみつかるものなんだよ?」
眩しいほどの天使の笑顔。
コロコロとその頬で転がされているその飴が欲しいと思う自分は、やっぱり変人なのだろうか…。
それでもそれはとても美味しそうにみえた。
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