「ね、ウィルちゃん、本当は暇なの?それともお兄さんがそこまで信用されてないの?」
アーサー達の泊まる“ねこのみみ亭”を上から見渡す形の小高い丘の上にフランシスの別邸があった。
そしてそこには使用人と館の主とは別にほぼ居候化している男が一人。
「朝からコーヒーとかやめてよ?あとベーコンはもっとカリカリにっ!え?マーマイトないってありえなくない?」
と、下手すれば館の主より偉そうな白金の髪の男…ウィリアム・カークランドだ。
言い分をスルーされるのも注文が多いのもいつものこと。
「あ~、もう言う通りにしてあげて。……マーマイト以外ね」
と、そこは最低限の境界線は守りながらも、慣れたものでフランシスは使用人に命じて、ついでに人払いをする。
そこでウィリアムは珍しくフランシスの言葉を聞いていたらしい。
かじりかけていたトーストをいったん置いた。
「だってね、スコット兄さんめちゃ機嫌悪いんだよ」
と、思い切り要点だけの返答。
「それで…家出?」
「ううん。監視。フランがちゃんとお目付け役やってるかどうか」
「……それなら自分でやった方が早くない?」
「やに決まってるじゃない。責任取らされかねないし。」
「……あっそ……」
慣れた…うん、この子のこういうところには慣れてるよ、お兄さん。
遠い目をするフランシス。
子供の時一緒に修行していた頃からウィルの方が年下だったせいか、こういう立ち位置だったような?
そもそも自分の事を“お兄さん”と称するようになったのは、キレそうになった時に“ウィルはまだ子供、キレちゃダメ”と自戒するためだったような?
「スコット兄さんいわく“従者をつけただけで嫁にやったつもりはない”らしくてさ」
フランシスがしみじみ過去を思い起こしている間もウィルの話は続く。
「フラン、聞いてる?!」
と、返答がないと怒るウィリアム。
自分はスルーでも相手にスルーされるのは許せないらしい。
「ああ、聞いてるよ。で?手はだすなよ?ってことね」
「ちゃんと返事はしてよねっ!」
と、自分の事を棚に上げて怒りつつ、ウィリアムはうなづいた。
「一応さ、宿の主人の性格上、絶対に坊っちゃんを誰かと同室にとかしないだろうなって宿屋に放り込んであげたけど…でもさ、男の子だったら生理現象とかあるわけじゃない?なんとなくムラムラ~って来た時に、相手もそんな気分だったら、無駄よ?宿の主だって、お互いの部屋訪ねるなって権限はないわけだから。」
「…そこなんだよねぇ…。チビちゃん、今まで性欲とかの生理現象を体験させたことないから。いきなりそういうの感じるようになったら戸惑うだろうし、そこにこられたら押し切られそう」
ため息をつくウィリアムに
「ちょっと待って」
とストップをかけるフランシス。
「“生理現象を体験させた事がない”って聞こえたんですけど?」
「うん。お年頃になる頃に、スコット兄さんがこっそり魔法でそういうの抑えてた。」
「なにそれ?!やだ、もうカークランド危ないよっ!怖いよっ!」
「だから言ったじゃない。あの人のチビちゃんに対する愛情はドロドロに重くて深いって。変に世間に染まるより、無垢なままいた方が幸せだって豪語してたからね」
「うああ~……」
「で、その効果が切れるのがだいたい一ヶ月くらいだから…イライラがすごいんだよ。帰ったら国の一つくらい消えてないといいんだけど…」
「ちょ、弟が第二次性徴を正常に迎えたくらいで国滅ぼすってどんだけよっ!箱入りどころか、金庫入りだよっ…もういいじゃないっ!もう一回かければ?」
ブルルと顔面蒼白で身震いしてみせるフランシス。
「あのねぇ…その手の魔法ってめちゃ難しいんだよ?スコット兄さんじゃないと無理」
「じゃ、スコットがかけにくれば?」
というフランシスの言い分はもっともなわけだが…ウィリアムは難しい顔で首を横に振った。
「僕みたいに本家でも下っ端ならともかくとして…カークランド本家の当主がこっちきたら、下手すれば戦争になるよ?
昔さ…4つに割れたカトル・ヴィジュー・サクレを持ち逃げした奴らが大陸に逃げ込んだ時に、あちこちでかなり派手に魔法ぶっ放したらしいからさ…。
こっちではうちの一族“悪魔の一族”って呼ばれてるみたいじゃない?」
「あ~…そう言えば…こっちでは東の島から悪魔が宝玉を奪いに来たって事になってるね…。で、宝玉が悪魔の手に渡ると世界が滅ぶからってあちこちで様々な方法で宝玉を隠してるって…」
「うん。その親玉がさ、いきなり来てみなよ。パニックだよ?」
「ですよね~。」
よもやその親玉が重度のブラコンで…弟が大人になるのが嫌で魔法をかけにきただけなんていう与太話を信じる奴が果たしてどれだけいるだろうか…
「だからなのね、坊っちゃんに大陸ではカークランドを名乗らせるなって念押しされたの。」
「そそ。ちゃんと言っておいてくれた?」
「うん。一応ね、フェリちゃんの従兄の一人って事にしておいたよ。あそこの国の王様、鬼のように子供いるから、孫が一人くらい増えてもばれやしないし」
「なら結構」
と、うなづくウィリアム。
そして
「…というわけで…とりあえずほとぼりが冷めるまではこっちに避難してるからよろしくねっ」
と当たり前に続ける彼に、フランシスは
(結局…腹もたつけどなんのかんの言って俺もこの子に弱いのかねぇ…ま、いっか。顔だけは可愛いし)
と苦笑した。
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