続 聖夜の贈り物 - 大陸編 1章_2

”ねこのみみ亭”それが4人の当座の宿泊場所となる宿の名だ。

フランシスの紹介で見つけたその宿は、乱暴者の冒険者達でも簡単につまみだせる腕はたつが目つきの悪い大男オランと、店の名前の由来でもあるのだろう、何故か常時猫耳装備の愛想のよい若い女性ベルの兄妹で切り盛りしている、冒険者相手の宿としては治安がいいと評判の宿屋である。



どのくらい治安がいいかと言うと…最初にアーサーを伴って宿に入ったアントーニョを、オランが少年趣味の誘拐犯として役所に付きだそうとした程度には……

いやいや、でもさりげなくアーサーの事は自分が責任持って面倒みるから安心して臭い飯食ってこいと言っていたあたりで、お前の方が少年趣味の誘拐犯ちゃう?とアントーニョは思ったわけだが……。
治安……いいのか?本当に??

結局あとから来たフランシスのとりなしで誤解はとけたわけなのだが、オランがその時『チッ!』と舌打ちしたのをアントーニョは忘れない。

「お連れさん、童顔やしなぁ。うちのお兄ちゃん、ちょっと子供好きすぎるんですわ。
”好き”で終われば平和なんやけど、”すぎる”がつく時点であかんなぁとは私も思いますねん。せやけど、いまさら治るもんやなし。堪忍な」
とりなすように言うベルの言葉も全然とりなしになってないぞ、おい…と思わないでもない。

それでも下に併設している酒場兼食堂で食事をする際には、他の酔っ払いがこちらのテーブルにちょっかいかけようとすると、手にした大きめの固そうなキセルでバキ~ン!と殴り倒したあと、つまみだしてくれるし、主人のオラン本人の事をのぞけばまあ治安は保たれている。

部屋はそれぞれ個室。
二人部屋×2で良いと言ったのだが、相変わらずアントーニョを胡散臭げな目で見ているらしいオランが、アーサーと二人部屋にするくらいなら思い切り出血…それこそ出血多量で失血死そうな出血大サービスや…と、言いつつ、二人部屋×2の値段で個室×4を用意してくれる事になった。
精神的にもお財布的にも余裕がない今の時点では、理由はともあれ、それはかなりありがたいサービスだ。

とりあえず頭を冷やすため、途中の露店で軽食を買って一人の部屋で夕食を済ませたアントーニョは、そのままベッドに寝転んだ。

ルートヴィヒの提案は戦略的には正しい。
フェリシアーノがそういう意味で好きなのはルートヴィヒで、アーサーとは単に一番仲の良いお友達という感覚なのもわかる。

フェリシアーノをそういう意味で好きなはずのルートヴィヒは全く妬いていたりしないのだから、そこで自分だけ妬いているのもおかしいし、一番大人なはずなのに大人げないとも思う。

「やのに、めっちゃ腹たつのはなんなんやろな…」
木の天井を眺めながら、アントーニョはぽつりとつぶやいた。

アーサーが自分よりフェリシアーノの言う事を優先した形になったからだろうか…。
しかしこの先あの程度の事でいちいち腹を立てていては旅にならない。
気分を切り替えなければ…と思うものの、どうもうまくいかない。
イライラした気分を抱えたまま、眠るのを諦めてベッドから起きあがった時、コンコンと控えめなノックの音がした。

「アントーニョ?…入って良いか?」
イライラのそもそもの原因なわけだが、心細げな声で言われて否と言えるはずもない。
「なん?入り」
と、ドアを開けると、少し暗くなった廊下をキャンドルの灯り一つ持って立っていたアーサーは、アントーニョの不機嫌な物言いに少し身を引きかけた。
それに何故かまたイラっとしたアントーニョは
「こんな廊下に一人でいたら危ないやろ。さっさと入り!」
と、その腕をグイっとつかんで強引にひきいれてドアを閉めた。

「…やっぱり…怒ってるのか?」
腕をつかまれたままの状態で、アーサーはおそるおそるアントーニョを見上げた。
大きなグリーンアイズがうるうると涙目になっている。

この目に自分は本当に弱いのだ…と、アントーニョは少し視線をそらしてため息をついた。
怒りはひいていくというよりはヘナヘナと萎えていって、それでもすっきりとしないモヤモヤが残っている。

「フェリちゃん優先されて気分ええわけないやろ…どっちの方が大事なん?」
と、もう情けないのを承知で心情を吐露すると、アーサーは
「フェリは…初めて出来た友達だから…」
と言った後に真っ赤になって言葉に詰まった。

(え?そこで終わるん?)
そう思い切りガッカリした瞬間、アーサーに爆弾を落とされる。
「でもお前は…愛を交わした恋人だろぉ!ばかぁ!!」
もうホントに涙目で真っ赤で…いまにも倒れそうなくらいいっぱいいっぱいですオーラを出しつつ震えている。
愛を交わした、は、若干…いや、かなりの勘違いがあるにしても、もうそれだけで楽園の扉が開かれた勢いで、目の前が光り輝いた。

「俺…初めてだったし、ちょっと怖かったけど、でもお前だったから許したんだからなっ!」
ああ、もう可愛い。

「怖かったん?」
クスリと笑って聞くと、アーサーは涙目でにらみつけてきた。
「悪いかっ、ばかぁ!」
握ったこぶしまでフルフル震えてるのがたまらない。

「じゃ、慣れて怖なくなるまで、しよか。」
「へ?」
いきなり機嫌を直すアントーニョの感情の変化についていけないアーサーはぽかんと呆けた。
そうすると童顔がよけいに幼く見えて、悪い事をしている気分にかられるが、それにちょっと興奮する。

アントーニョはアーサーを抱き寄せて指で顎をとらえて上を向かせると、チュッとリップ音を立てて一度軽く口づけた後、今度は軽く唇を押しあてて、舌先でトントンとまだ閉じられた唇をノックした。
アーサーは何を求められているか察して少し身をかたくするが、そこは二回目だけあって素直に少し唇を開く。
そしてさらに前回は強引に引き出すまで逃げていた舌を、今回はおずおずと自分から絡めてくる。
しかしそれは慣れた、というにはあまりに稚拙で、アントーニョが舌を絡めて愛撫すると、ピクンと硬直したあと、慌てて逃げる。
今回は優しくしようと思ってソフトに始めてみたのだが、そんな可愛い反応をされると体の奥から熱い何かがこみあげてきそうだ。

「嫌やなかったら逃げんといて?優しゅうしたいねん」
そのまま激しくしたいのをこらえて、少し唇を離してそう告げると、アーサーは真っ赤な顔でコクコクとうなづく。
そして再度唇を重ねると、ギュッと固く目をつぶるものの、今度は逃げずに舌を預けてきた。
「…ふぅ…ぁ…」
重ねた唇の間から、おそらく本人も全く意識してないであろう吐息まじりの甘い声。
ピチャピチャとしばらく舌を絡め、甘噛みし、また絡めていると、アントーニョの背に回したアーサーの手に少しずつ力が入る。
しかしそれと反比例するようにギュッと閉じられていた瞳はトロンと焦点を失ったように力なく蕩け、足も膝から力が抜けて崩れ落ちそうになっていった。

(ああ…このまま最後まででけへんかなぁ…)
力をなくした体をしっかり支えながらそんな考えがふと脳裏をよぎる。
童顔のアーサーが白い頬を首筋を…いや、体全体を薄桃色に染め、大きなエメラルドの瞳を潤ませる様子は、壮絶な色気があり、下肢にかなりくるものがあった。

このまま続けているとやばいと、いよいよ思ったアントーニョは、唐突にアーサーの体を離して、そのままベッドに座らせた。
力の抜けきった体はそのままくたりとベッドに崩れ落ちる。

「ちょっと親分寝る前に風呂はいってくるわ。今日汗かいたさかいな。先寝とって。」
そう言った声が届いたかどうかも確認する余裕もなく、アントーニョはバスルームにかけこんだ。

「あれは…反則やんなぁ…」
風呂場で抜いて、ほ~っと息を吐き出す。
何も知らず何もわかってないのに、あの色気。
徐々に教えようにも途中で自分の忍耐が尽きて襲ってしまいそうな気がしてきた。
しかしそこで食ってしまったら、怯えてトラウマを残しそうなのが性質が悪い。

「…は~……もっかい抜いとこ」
さあこれから長い理性との戦いの始まりだっ。

もう絶対にそんな気は起こらない、起こる体力も気力もない、念の為そう思うまで処理をして風呂場を出たアントーニョ。
ベッドを覗き込むとアーサーはあのままの状況で落ちたらしい。
膝から下をベッドから床に放り出した形で、上半身だけベッドに横たわっている。

「風邪ひくで~」
と、アントーニョはアーサーの全身をベッドの上に横たわらせると、布団をかけ、自らもその横に横たわった。

するとこれも無意識らしいが、以前そうだったように、アーサーはスルリとアントーニョの懐に潜り込んできて、スリスリと頭をすりつけるように、寝やすい位置を探している様子で、しばらくすると丁度良い位置をみつけたのだろう。そのままコトリとまた静かになる。

「可愛ええなぁ……」
性的なものを抜かしても、無意識に完全に自分を信頼して身を預け切ってしまっているアーサーはありえないほど可愛いと思う。

どちらが大事かと聞かれれば初めての恋人と初めての親友の間で迷うかもしれないが、アーサーが最終的に頼って戻ってくる場所は自分の所なのだ…。
そう気付くと、さきほどまでの怒りやモヤモヤが馬鹿らしくなってくる。
こうしてあっさり霧散したアントーニョの怒り。

明日はみんなで軽く訓練がてら街の外で戦闘やな…と、どうやらフェリシアーノの立ち位置も実は苛立ちの原因ではなかった事を自覚しながら、アントーニョも静かに目を閉じた。





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